ワシントン大学セントルイス校(WashU)の物理学者チームが、物理学の常識に挑戦する「時間準結晶」と呼ばれる全く新しい物質相の生成に成功した。時間結晶をさらに発展させたこの発見は、この発見は時間と運動に関する従来の理解を変革し、量子コンピューティングや高精度センシング技術への革新的な応用可能性を示している。
時間結晶とは?:時間軸上の秩序
時間結晶は、2012年に理論的に予測され、2016年に初めて実験的に確認された特殊な物質の状態である。通常の結晶(ダイヤモンドや水晶など)では、原子が空間的に規則正しく配列している。一方、時間結晶は、原子が空間的および時間的に規則正しいパターンを示す。つまり、時間結晶は「時間」の次元においても結晶化していると言える。
時間結晶は、外部からの周期的な刺激(例えば、マイクロ波パルス)を受けることで、その刺激の周期とは異なる一定の周期で「振動」または「鼓動」する。この性質は、エネルギーを消費せずに永遠に動き続ける時計のようなもので、「理論的には永遠に続くはず」(Chong Zu 助教)だが、実際には壊れやすく、環境に敏感である。
時間を結晶化する—従来の物理学を超えた新たな次元

今回の研究では、この時間結晶をさらに発展させた「時間準結晶」が実現された。研究の共著者であるChong Zu助教授は次のように説明する。「通常の時間結晶が同じ周波数で振動するのに対し、時間準結晶では異なる次元が異なる周波数で振動します。そのリズムは非常に精密で高度に組織化されていますが、単一の音符というより和音のようなものです」
この研究成果は2025年3月12日に学術誌『Physical Review X』に掲載された。研究チームにはワシントン大学セントルイス校のKater Murch教授、Chong Zu助教授、大学院生のGuanghui He、Ruotian Gong、Changyu Yao、Zhongyuan Liuのほか、MITのBingtian YeとハーバードのNorman Yaoが参加している。
ダイヤモンドの中で時間をねじ曲げる
研究チームは独創的な方法でミリメートルサイズのダイヤモンド内部に時間準結晶を構築した。彼らは窒素ビームでダイヤモンドを衝撃し、炭素原子をはじき出して原子サイズの空隙を作り出した。電子がこれらの空隙に移動し、量子レベルでの相互作用を生み出す。
「時間準結晶のリズムを開始するためにマイクロ波パルスを使用しました」とMITのBingtian Yeは説明する。「マイクロ波が時間における秩序の創出を助けるのです」
こうして作られた時間準結晶はダイヤモンド内に100万以上の空孔からなり、各準結晶は約1マイクロメートル(ミリメートルの1000分の1)の大きさだ。研究チームは、この時間準結晶が崩壊する前に数百サイクルの振動を観察することに成功した。
特に重要な発見は、この新たな物質状態がスピンの強い相互作用により長寿命で、外部からの摂動に対して強い耐性を持つことが実証された点である。論文の筆頭著者であるGuanghui Heは「我々は真の時間準結晶を実現した最初のグループだと確信しています」と述べている。
量子技術の未来を切り拓く可能性
この発見は、量子力学の基本理論を実証するだけでなく、様々な実用的応用への道を開く。Zu助教授によれば、時間準結晶は以下のような分野で革新をもたらす可能性がある:
- 高精度センシング技術: 磁気などの量子力に敏感な時間準結晶は、再充電の必要がない長寿命の量子センサーとして活用できる可能性がある。特に複数の周波数を同時に測定できる能力は、従来のセンサーでは不可能とされていた機能である。
- 精密時間計測: 現在の時計や電子機器で使用される水晶発振器は時間とともに誤差が生じ校正が必要だが、時間結晶はエネルギー損失を最小限に抑えながら一貫した刻みを維持できる可能性がある。
- 量子コンピューティング: 「時間結晶は長期間にわたって量子メモリを保存することができ、本質的に量子コンピュータのRAMのような役割を果たす可能性があります」とZu助教授は説明する。
研究論文の結論では、時間準結晶が「空間的および時間的準結晶の間のギャップを埋め、時間における複雑な対称性破れ現象を研究するための新しいパラダイムを提供する」と述べられている。
次のステップとして研究チームは、冷却原子、超伝導量子ビット、または二次元材料のスピン欠陥などの代替プラットフォームでこれらの状態を構築することを目指している。
これらの実験結果は、量子物理学の境界を押し広げるだけでなく、未来の量子技術の基盤となる可能性を示しており、物理学の根本的な理解を変革する重要な一歩と言える。
論文
- Physical Review X: Experimental Realization of Discrete Time Quasicrystals
参考文献
- Washington University in St. Louis: Crystallizing time