半導体受託製造(ファウンドリ)世界最大手のTSMC(台湾積体電路製造)は、長らく業界で囁かれていた米Intelとの合弁会社(JV)設立に関する憶測を公式に否定した。TSMCのCEOであるC.C. Wei博士が決算発表の場で明確に述べたもので、これにより両社の提携に関する一連の報道に終止符が打たれた形だ。
TSMCトップが明言「いかなる企業ともJV交渉せず」
TSMCのC.C. Wei CEOは、同社の2025年第1四半期決算に関するアナリスト向け電話会議において、Intelとの合弁会社設立に関する質問に対し、極めて明確な言葉でこれを否定した。
“TSMC is not engaged in any discussion with other companies regarding any joint venture, technology licensing or technology.”(TSMCはいかなる企業とも、合弁事業、技術ライセンス、あるいは技術に関するいかなる協議にも関与していない。)
この発言は、ここ数ヶ月間、特に欧米メディアを中心に報じられてきたTSMCとIntelの提携に関する様々な憶測を一掃するものだ。報道では、TSMCがIntelの米国工場運営を支援する、あるいはIntelのファウンドリ事業にTSMCやNVIDIA、AMD、Broadcom、Qualcommなどが共同で出資するといった具体的な内容まで伝えられていた。
特に、ニュースサイトThe Informationは4月3日、両社がTSMCが21%を出資してIntelの工場を運営する合弁会社設立に関する暫定合意に達したと報じていた。しかし、今回のWei CEOの発言は、こうした報道内容が事実ではないことを強く示唆しており、Intelの将来に再び不確実性をもたらすものと言えるだろう。
また、過去にはNVIDIAのJensen Huang CEOがJVへの投資について打診を受けたことはないと述べ、TSMCの取締役会メンバーも同様の協議を否定していた経緯があり、今回の公式否定はこれまでの流れを裏付けるものとなった。
なぜ合弁会社の噂が広まったのか?背景と経緯
では、なぜTSMCとIntelの合弁会社設立という噂がこれほどまでに広まったのだろうか。その背景には、いくつかの要因が考えられる。
第一に、Intelの苦境がある。かつて半導体業界の絶対的王者であったIntelは、近年、製造プロセスの微細化でTSMCやSamsungに遅れを取り、AMDやNVIDIA、さらには自社チップ設計を進めるAppleやQualcommといった企業に市場シェアを奪われている。2024年には、Intelのファウンドリ部門(IFS)が175億ドルの収益に対し130億ドル以上の損失を計上し、会社全体でも188億ドルの純損失となり、1986年以来初の年間損失を記録した。株価も低迷しており、経営再建が急務となっている。
第二に、米国の国内半導体生産強化の動きである。トランプ政権下で顕著になったこの動きは、経済安全保障の観点から、先端半導体のサプライチェーンを米国内に確保しようとするものだ。半導体製造の大部分を台湾に拠点を置くTSMCに依存している現状への懸念があり、ホワイトハウスはIntelの経営状況が悪化した場合の緊急時対応計画を検討しているとも報じられていた。この文脈の中で、技術力を持つTSMCが米国内企業であるIntelを支援するというシナリオが、政府関係者や業界関係者の間で魅力的に映った可能性は否定できない。
第三に、TSMC自身の米国への大規模投資が、憶測を呼ぶ一因となった可能性もある。TSMCはアリゾナ州に大規模な工場建設を進めており、投資総額は当初の計画を大幅に上回り、最終的に1650億ドルに達すると発表している。これは米国史上最大級の外国投資であり、トランプ大統領(当時)も「これは我々にとって国家安全保障の問題だ」と歓迎の意を示していた。この巨大プロジェクトが、何らかの形でIntelとの連携を含むのではないか、という見方が生まれやすかった土壌がある。
しかし、TSMCは一貫して、アリゾナへの投資は主に顧客からの需要増に対応するためであると説明している。AMDやNVIDIA、Apple、Qualcomm、Broadcomといった主要顧客が、TSMCの米国工場での生産を求めていることが背景にあるようだ。
TSMCの好調な業績と米国戦略
今回の合弁会社否定の背景には、TSMC自身の好調さも無視できない。同社が発表した2025年第1四半期決算は、市場予想を上回る好調な内容だった。
- 売上高: 257億7000万ドル(市場予想257億2000万ドル)
- 純利益: 111億2000万ドル(前年同期比60%増)
- 第2四半期売上高見通し: 284億ドル~292億ドル(中間値288億ドルは、従来の市場予想を16億ドル上回る)
特にAI(人工知能)向けチップの需要が好調で、HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)分野が売上の59%を占め、7%成長した。一方でスマートフォン向けは季節的な要因で22%減少し、売上構成比は28%となった。プロセスノード別では、5nmが36%、3nmが22%と先端プロセスが売上の大半を占めている。
この好調な業績を背景に、TSMCは米国アリゾナ州への投資を着実に進めている。現在建設中の工場に加え、さらに2つの工場を建設し、サブ2nm(2nm未満)プロセスの生産を行う計画だ。Wei CEOは、将来的にはアリゾナ工場がTSMC全体のサブ2nm生産能力の30%を占める可能性があると述べている。また、アリゾナ工場の製造歩留まり(良品率)は、すでに台湾の工場と同等のレベルに達していることも明らかにされた。
これらの事実は、TSMCがIntelの助けを借りずとも、自社の技術力と資金力で米国での事業拡大を着実に進めていることを示している。顧客も、米国生産によるコスト増を「価値提案」として受け入れている模様だ。
関税の不確実性と今後の展望
一方で、TSMCを取り巻く環境には不確実性も存在する。特に、Trump政権の関税政策の行方は懸念材料だ。TSMCのWendell Huang最高財務責任者(CFO)は、「これまでのところ顧客の行動に変化は見られないものの、関税政策の潜在的な影響による不確実性とリスクは存在する」と述べ、市場動向を注視していく姿勢を示している。NVIDIAやAMDはすでに、特定の高性能GPUに対する米国の輸出規制(事実上の関税措置)により、財務的な影響を受けている。
今回のTSMCによる合弁会社否定は、以下の点で重要な意味を持つ。
- Intelの再建戦略への影響: Intelにとって、TSMCとの提携は製造技術のキャッチアップやファウンドリ事業立て直しの切り札と見られていた側面がある。この選択肢が消えたことで、Intelは自力での再建戦略を一層強化する必要に迫られる可能性がある。
- TSMCの独立路線: TSMCは、特定の企業との深い提携関係に踏み込むよりも、あくまで独立したファウンドリとしての地位を堅持し、幅広い顧客にサービスを提供する戦略を明確にしたと言える。
- 半導体サプライチェーン: 米国政府の意向とは別に、企業の戦略としては、必ずしも国境を越えた大型提携が最適解とは限らないことを示唆している。TSMCは自社での米国投資を着実に進めることで、米国内生産への要請に応えようとしている。
以前からTSMCとIntelの合弁会社設立に懐疑的だったCitiのような金融機関の見方が正しかったとも言えるだろう。
今後、Intelがどのような次の一手を打つのか、また米国の関税政策や半導体に関する規制がどのように変化していくのか、そしてTSMCがアリゾナでの生産を計画通り拡大できるのか。これらの動向が、今後の半導体業界の勢力図を左右することになるだろう。TSMCの今回の明確な否定は、業界の大きな節目となる可能性がある。
Sources
- Focus Taiwan: TSMC denies rumors about joint venture with Intel
- Taiwan News: TSMC US fabs to account for 30% of sub-2nm production