イングランド北部の鉄道路線網は長年にわたり、慢性的な遅延や突発的な運休、そして複雑な運賃体系に悩まされてきた。炭鉱と綿織物で栄えたマンチェスターやリーズといった主要都市を結ぶ路線群は、イギリス産業革命の礎を築いた歴史を持つ。しかし現代においては、南部のロンドン近郊と比べて近代化投資の遅れが指摘され続けている。とくにペニン山脈地帯を跨ぐ険しい難所では、トンネル断面の制約や高架橋の補強工事がネックとなって架線の敷設工事が長期化し、旧式ディーゼル車による運行が日常の風景として固定化していた。

この膠着したインフラ環境を打破する手段として、イギリス政府と鉄道運行会社が踏み切ったのが蓄電池ハイブリッド車両の幹線導入だ。フランスの鉄道車両大手Alstomと運行会社TransPennine Express(以下、TPE)は2026年9月11日、29編成の蓄電池電車(BEMU)の製造と保守に関する大規模契約を正式に締結した。

しかし、一部の海外テックメディアが報じる「全線バッテリー駆動」や「2024年の日立試験の直接的発展」といった要約は、工学的実態や調達体制と乖離している。英国運輸省(DfT)、Network Rail、Alstom、TPEが公式に発表した確定文書を突き合わせると、確定した契約事実と未開示の技術的制約の境界が浮かび上がる。

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10億ポンド契約とダービー工場が担う調達の実像

調達契約の骨格は、単なるクリーンテックの概念実証ではなく、車両保有会社(ROSCO)を介した商業枠組みとして組み立てられている。車両を買い取るのは鉄道車両投資会社のRock Railであり、同社がTPEに長期リースする形態を取る。DfTおよびAlstomの公表資料によると、この契約によって導入される「Adessia Stream」は、TPEが現在運行しているSiemens製Class 185ディーゼル車の一部を直接置き換える予定だ。

  • GBP表示(DfT/TPE/Network Rail公表値)
  • EUR表示(Alstom公式リリース公表値)
英TPE向け新型BEMU契約の内訳比較横棒グラフ。カテゴリ 3 件、系列: GBP表示(DfT/TPE/Network Rail公表値), EUR表示(Alstom公式リリース公表値)(単位: 百万)車両製造・納入車両製造・納入車両製造・納入 — GBP表示(DfT/TPE/Network Rail公表値): 800百万800車両製造・納入 — EUR表示(Alstom公式リリース公表値): 930百万930保守・デポ整備保守・デポ整備保守・デポ整備 — GBP表示(DfT/TPE/Network Rail公表値): 200百万200保守・デポ整備 — EUR表示(Alstom公式リリース公表値): 230百万230総契約額総契約額総契約額 — GBP表示(DfT/TPE/Network Rail公表値): 1,000百万1,000総契約額 — EUR表示(Alstom公式リリース公表値): 1,200百万1,200単位: 百万
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GBP表示(DfT/TPE/Network Rail公表値) (百万)EUR表示(Alstom公式リリース公表値) (百万)
車両製造・納入800930
保守・デポ整備200230
総契約額1,0001,200
英TPE向け新型BEMU契約の内訳比較公表機関による通貨表示と概算内訳の差異(Modern Railwaysおよび公式発表に基づく)出典: Alstom、UK DfT、TPE各社プレスリリース

契約額の表記には、一次資料間で通貨による差異が存在する。Alstomの公式発表では総額12億ユーロ(車両製造が約9億3,000万ユーロ、保守契約が約2億3,000万ユーロ)と明記されている一方、英国運輸省(DfT)、TPE、Network Railの共同発表では「約10億ポンド」と公表されている。英鉄道業界誌Modern RailwaysおよびRail UKの内訳報道によれば、この10億ポンド枠は車両分が約8億ポンド、保守施設および充電設備等の保守分が約2億ポンドに対応する。

製造を担うのは、イングランド中部ダービーにあるAlstomのLitchurch Lane工場だ。Alstomは同拠点を「設計、工学開発、製造、試験を一貫して完結できる英国内唯一の完成車両工場」と位置づけている。近年、英国内の車両新造需要の変動によって同工場の稼働維持が政治的焦点となっていた経緯もあり、DfTはこの発注を英国製造業の再興策の一環として位置づけている。

さらにDfTとNetwork Railは、本フリートが将来的に線路インフラと運行組織の一元化を目指す「Great British Railways(GBR)」の下で運行される最初の新造車両群になると強調している。民営化以降、長らく上下分離と運行権の細分化に揺れてきた英国鉄道網において、公的統制を強める新体制の象徴的案件として位置づけられている。

架線と電池を併用するバイモード設計の実際

本車両が「主にバッテリーで走行する完全電気列車(fully electric)」であるかのように誤認されるケースが散見されるが、Modern Railwaysをはじめとする専門誌の報告および一次資料によれば、Adessia Streamの走行モードは架空電車線方式(交流25kV 50Hz)と蓄電池を併用するバイモード設計(BEMU)だ。

現在、英国政府とNetwork Railはペニン山脈を横断する幹線の大規模近代化事業「Transpennine Route Upgrade(TRU)」を進めている。このTRUによって電化が完了する区間では、パンタグラフを上げて交流25kVの架線から直接電力を得て走行する。そして、架線が存在しない海沿いの末端区間や支線へ進入する際、車載バッテリーに駆動源を切り替えて走行する仕組みだ。Alstomが主張する「走行時の二酸化炭素排出ゼロ」は、あくまでバッテリー駆動モードで走行している区間を指すものであり、運行ルート全域が蓄電池だけで賄われるわけではない。

車両の基本寸法について、Alstomは5両編成で全長121メートル、最高速度は時速110マイル(約177km/h)に達すると公表している。Modern Railwaysの補足によれば、各車両の車体長は24.2メートルとなる。座席数はファーストクラスの飲食提供設備を含めて編成あたり約300席が確保される計画だ。

車両構成要素 仕様・公表数値 出典・確認状況
編成形態 5両固定編成(全長121m、各車24.2m) Alstom公式発表、Modern Railways
最高運転速度 110 mph(約177 km/h) Alstom公式発表
総座席数 約300席(ファーストクラス飲食設備含む) Alstom公式発表
主な給電方式 交流25kV架空線 + 床下/車載蓄電池 Modern Railways、一次資料各社
プラットフォーム適合 国内既存駅の85%で水平乗降を設計目標(対象プラットフォームの総数は確認できた公表資料では非開示) Alstom公表値(設計段階の主張)

一方で、技術評価において極めて重要となる中核スペックは、一次資料のどこにも開示されていない。具体的には以下の数値が公表対象から外れている。

  • 搭載バッテリーの総容量(kWh)および正味利用可能容量
  • バッテリー単独での確実な稼働可能航続距離(キロメートル)
  • 1編成あたりの総車両重量および軸重制限
  • パンタグラフ走行中および駅停車時の急速充電レート(CレートまたはkW値)

欧州の鉄道技術専門メディアRailvolutionは、これらの詳細な技術データをAlstomに対して正式に照会したものの、発表時点では回答を得られていないと明記している。蓄電池の性能限界や熱管理システム、冬期低温環境における航続距離の低下幅など、運行実務の根幹に関わる工学的数値は、依然として非公開の領域にある。

AlstomはAdessiaプラットフォームの系譜について、3年間にわたる研究プログラムと3,500万ポンドの自社投資に基づき、英国内で180億マイル以上の旅客運行実績を持つ「Aventra」電車の進化系であると説明している。ただし、これはベンダー側による設計資産の主張であり、蓄電池を搭載した幹線高速車両としての信頼性が第三者機関によって検証されたデータではない。

車内アメニティとしては、全席へのWi-Fi、空調、電源コンセントおよびUSB-Cポートの配備、リアルタイム運行情報ディスプレイ、防犯カメラ、自転車専用ラック、車椅子スペース3台分、バリアフリートイレ2箇所、ベビーカー保管スペースが盛り込まれている。さらにAlstomは、各乗降ドアの高さをホームに揃えることで、英国内の既存プラットフォームの85%において介助なしの水平乗降(level boarding)を実現し、停車時間を短縮できると主張している。ただし、この85%という割合の母数となる対象プラットフォームの総数は確認できた公表資料では示されていない。これも設計段階の目標値であり、実際の運用でホームと車体のクリアランスがどこまで解消されるかは営業開始後の実測を待つ必要がある。

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契約から運行まで8年を要する開発タイムライン

契約成立が報じられたことで、即座に現場へ新型車両が投入されるかのような印象を抱く向きもあるが、実際のスケジュールは長期にわたる。公表された工程表によれば、製造の開始時期は2028年を予定している。

開発・導入フェーズ 予定時期 公表主体 実施内容
契約締結 2026年9月11日 Alstom、DfT、TPE 車両調達(10億ポンド/12億ユーロ枠)および8年間の保守契約を締結
車両製造着工 2028年 DfT、TPE ダービーLitchurch Lane工場にて車体構造および電装品の組立を開始
車両納入 2032年冬まで TPE(Alstom発表は「2032年以降」) 全29編成の完成車引き渡しと受領試験の実施
営業運行開始 2034年冬 DfT、TPE(ダイヤ改正基準) 12月ダイヤ改正より北部主要都市間の旅客営業運転へ投入

TPEは全29編成の納入完了時期を2032年冬と定めており、Alstom側は「2032年より順次納入」と表現している。さらに、納入後の乗務員習熟や地上設備との適合試験を経て、旅客運行が開始されるのは「2034年冬(2034年冬までに)」と設定されている。Modern Railwaysは、2034年12月の全国ダイヤ改正に合わせて営業運転に入ると指摘している。

つまり、2026年9月の契約調印から最初の旅客が乗車するまでには、約8年におよぶ開発・検証期間が存在する。現時点でAdessia StreamのTPE向け実車は1両も製造されておらず、走行試験はおろか車体組み立てにも入っていない。公表されている性能や信頼性に関する数値は、すべて確定した契約仕様および設計予測値であり、走行線路上で観測された実績値ではない。

本契約には納入後8年間の初期保守契約が含まれており、さらに8年間の延長オプションが付帯している。AlstomとTPEはこの保守業務によって英国内で100名以上の専任雇用が維持されるとしている。

また、長距離運行を成立させる手段として、終端駅における地上充電設備の敷設が計画されている。Alstomはキングストン・アポン・ハル(Hull)、スカーブラ(Scarborough)、ソルトバーン(Saltburn)の3駅に専用の充電インフラを導入し、折り返し停車時間を利用して電力を補給する方式を採用する。Alstomはこれを「英国幹線鉄道における初の取り組み」と呼び、アイルランドで先行して導入された同等システムに続く実績になると説明している。ただし、これらの充電設備も現時点で稼働しているわけではなく、車両の納入スケジュールに合わせて設計・施工されるインフラ投資項目である。

運行系統の事実関係と所要時間短縮の前提条件

新フリートの運行範囲について、一部報道には事実の誤認が見られる。Electrekが掲載した「リバプールからクリーソープス間をトランスペナイン経由で運行する」という記述は、一次資料のどこにも存在しない。

英国運輸省(DfT)が公式に公表した投入予定路線は、以下の3つの運行系統に明確に限定されている。

  1. リバプール・ライム・ストリート(Liverpool Lime Street)〜 スカーブラ(Scarborough)
  2. マンチェスター空港(Manchester Airport)〜 ソルトバーン(Saltburn)
  3. マンチェスター・ピカデリー(Manchester Piccadilly)〜 ハル(Hull)

AlstomおよびTPEも、運行都市としてリバプール、マンチェスター、ヨーク、ハル、スカーブラ、ソルトバーンを列挙している。Modern Railwaysの報告によると、クリーソープス(Cleethorpes)発着の系統に関しては、既存のSiemens製Class 185ディーゼル車の一部を延命・残留させて運用を継続する計画となっており、新型BEMUが投入される路線には含まれていない。

また、発表資料で強調されている「移動時間の短縮」や「輸送容量の拡大」についても、その因果関係を正確に切り分ける必要がある。DfTとNetwork Railの発表では、以下の短縮効果が示されている。

  • マンチェスター〜リーズ間: 最大10分短縮
  • マンチェスター〜ヨーク間: 最大14分短縮

これらの数値は、今回発注されたBEMU単体の加速性能や最高速度のみによって達成されるものではない。現在進行中であるTRU(Transpennine Route Upgrade)全体の線形改良、信号システムの刷新、そして主要区間の電化工事が完了することを前提とした、プログラム全体の「最大見込み(up to)」数値である。

さらに、「2030年代初頭から半ばにかけてペニン山脈を越える座席数を1日あたり数千席増やし、輸送容量を30%引き上げる」という目標も、DfTの公表資料上はTRUプログラムが掲げる全体目標(ambition)であり、新型車両フリートがその達成を「支援する(will help deliver)」という位置づけにとどまる。ただし、TRUの公表資料は比較前後の1日当たり座席数の絶対値を示していない。契約上の保証数値として独立して担保された供給量ではない。

運行の定時性や乗り心地に関しても、DfTや運行会社は「より速く、より信頼性の高い輸送」「静粛で滑らかな走行」と定性的に表現している。しかし、一次資料の範囲において、この新型フリートに義務づけられた具体的な目標故障間走行距離(MKBF)や可用性(アベイラビリティ)の保証率、遅延時のペナルティ条項といった数値基準は一切公開されていない。

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日立の2024年レトロフィット試験との混同を排す

今回の導入計画を理解する上で、先行して実施された蓄電池列車の試験データとの混同を避けることが求められる。Electrekの記事は、TPEが2024年からインターシティ列車で蓄電池駆動の試験を行ってきた事実を挙げ、Alstomの新型車両がそのコンセプトを直接発展させたものであるかのように構成している。しかし、これは競合する2つの異なるメーカーによる別個のプロジェクトを混同した記述である。

2024年に実施された走行試験は、日立レール(Hitachi Rail)、車両保有会社Angel Trains、そしてTPEの3者が共同で実施した「既存車両の改造(レトロフィット)」プロジェクトだ。対象となったのは、日立製の5両編成インターシティ車両Class 802「Nova 1」である。日立らは編成内に搭載されている3基のディーゼルエンジンのうち1基を取り外し、その空きスペースに最大出力700kWの蓄電池システムを1基換装した。日立はこれを「英国の都市間特急車両においてディーゼルエンジンをバッテリーに換装した初の試み」と位置づけて2024年5月24日に発表した。

走行試験は2024年8月下旬から約8週間にわたり、ヨーク〜マンチェスター空港間およびリーズ〜リバプール・ライム・ストリート間を中心に行われた。鉄道専門誌Rail magazineが報じた通り、この試験はすべて非営業の試運転として実施され、一般乗客を乗せて運行されたわけではない。

日立レールが2024年11月8日に発表した試験完了報告によると、得られた成果は以下の通りである。

  • 燃料消費量およびコストを35〜50%削減(事前予測の最大30%削減を上回る実績。ただし比較元・比較先の燃料量・コストの絶対値は、確認できた公表資料では示されていない)
  • バッテリー単独モードでの走行時に時速75マイル(約120km/h)以上の速度を達成
  • 既存のディーゼル運行に必要な運転時分および加速性能の要件をすべてクリア
  • 換装したバッテリーの重量と寸法が既存のディーゼルエンジンおよび燃料タンクと同等に収束

また、日立の報告書には「単一のテストランにおいて、バッテリー駆動のみで70kmの距離を完走した」という記録が含まれている。ただし、通常運行時の制御モードは、駅の前後1マイル(約1.6km)のみを蓄電池の電力でゼロエミッション走行し、騒音と大気汚染物質を抑えた後、郊外区間で再びディーゼルエンジンを稼働させるというハイブリッド運用(ステーション・アプローチ・モード)であった。全行程をバッテリーのみで走り抜く運用形態ではない。

日立はこの実測データを踏まえ、将来的にディーゼルエンジンをすべて排除した都市間フル蓄電池車両を新規設計した場合、100〜150kmのバッテリー航続距離を実現できるという予測値を公表した。しかし、これは日立が独自に算定した将来構想の数値であり、今回Alstomが受注した新造車両Adessia Streamの性能値ではない。

日立の試験用バッテリーは、サンダーランドに拠点を置くTurntide Technologiesと共同開発されたものであり、日立は英国北東部のサプライチェーンに対して1,700万ポンド(2024年8月発表時は1,500万ポンド超)を投資したとしている。一方、AlstomのAdessia Streamはダービー工場で設計・製造される完全に別系統の新造プラットフォームであり、日立の試験データや Turntide 製バッテリーがAlstomの車両設計に流用・適用される事実関係は存在しない。

両プロジェクトの技術的諸元と検証フェーズを比較すると、実測値が存在する試験車両と、未製造の確定契約車両という構造的差異が浮き彫りになる。

項目 Alstom Adessia Stream(TPE新造発注) 日立 Class 802「Nova 1」改造試験 データの性質と情報開示状況
車両形態 新造蓄電池電車(BEMU、5両編成) 既存バイモード車の改造(1エンジン換装) 新造プラットフォーム vs 既存ディーゼル換装
編成数 29編成 1編成(試験専用車) 商業量産契約 vs 単一実証試験
最高速度 110 mph(約 177 km/h) 75 mph超(バッテリー走行実測値) 公表目標仕様 vs 試験線実測記録
駆動方式 交流 25 kV 架空線 + 蓄電池 ディーゼルエンジン2基 + 蓄電池1基 完全架線/電池バイモード vs ハイブリッド
バッテリー容量 非公表(Railvolutionが照会中) ピーク出力 700 kW(容量非公表) 両社とも総容量(kWh)は詳細非公表
バッテリー航続距離 非公表 70 km(単一試運転の走行記録) Alstomは未開示、日立は特定試験時の実測値
燃料/CO2削減効果 バッテリー区間の排出ゼロを主張 燃料消費 35〜50% 削減を実測(絶対値は非公表) 営業前提の設計主張 vs 試運転での検証値
営業運行開始予定 2034年冬ダイヤ 営業運行なし(2024年11月に試験完了) 将来の確定契約 vs 完了済みの研究開発
製造・開発拠点 英国ダービー Litchurch Lane工場 英国ニュートン・エイクリフ工場 / 日立 完全に独立した別企業のサプライチェーン

雇用予測と欧州先行事例から見る位置づけ

本案件の経済効果についても、関係機関の発表数値には微妙な振れ幅が見られる。海外メディアでは「英国内で6,000人以上の恒久雇用を創出する」と一律に報じられているが、各機関が公表した詳細な雇用推定値の内訳は以下の通りだ。

Alstomのプレスリリースでは、ダービー工場において「350名以上の高度技能職」を支え、英国内のサプライチェーン全体で「5,500名以上の雇用」を支援すると明記されている。足し合わせると約5,850名となる計算だ。一方、英国運輸省(DfT)の発表では、見出しや本文において「6,000人の英国雇用」や「英国サプライチェーン全体でさらに6,000人の雇用」と表現される箇所がある一方、要点箇条書きでは「ほぼ6,000人(almost 6,000)」と記述されている。

これらの雇用数値は、ダービー工場に6,000人の新規正規雇用が一斉に直接採用されることを意味していない。契約期間を通じて維持・支援されるサプライチェーン関連雇用の推計値を含んだ数字であり、産業波及効果の試算と解釈するのが実態に即している。

若年層の育成目標に関しても、Alstomは契約期間中に「少なくとも36名のアプレンティス(見習い工)と36名のTレベル(技能教育)実習生」を受け入れると表明しているが、DfTおよびModern Railwaysの資料では「40名のアプレンティスと40名の実習生」と端数処理された数値が掲載されている。また、英国内サプライヤーへの直接調達支出について、Alstomは少なくとも3億6,000万ポンドの支出を見込むと公表し、DfTも広範な地域経済への恩恵として同規模の約3億6,000万ポンドを挙げている。さらにAlstomは自社の地域貢献枠組みを通じて年間1,000人以上の地域住民に利益を還元する公約を掲げているが、これらは企業のCSR目標であり、独立監査された実績ではない。

最後に、Alstomが主張する「蓄電池列車のパイオニア」としての位置づけについて、同社の過去の実績と今回の契約の新規性を相対化しておく必要がある。

Alstomは近年、欧州大陸において蓄電池車両および水素燃料電池車両の営業投入を相次いで進めてきた。2026年2月には、ドイツの鉄道運行会社VMS(Verkehrsverbund Mittelsachsen)向けに開発された「Coradia Continental BEMU」が営業運行を開始した。さらに同年7月には、フランス国内初となる地域圏向け蓄電池電車が営業運転に投入された。Alstomはこれにより「水素列車と蓄電池列車の双方向において商用運行実績を持つ初の鉄道車両メーカーとなった」と主張している。

ただし、ドイツやフランスで営業入りしたこれらの先行車両は、都市近郊輸送や非電化のローカル線を担う中低速の地域交通向け車両である。今回イギリスで契約されたAdessia Streamのように、主要都市間を結ぶ過密ダイヤの幹線(mainline)において、交流25kVの架線集電と蓄電池駆動を切り替えながら最高時速110マイル(約177km/h)で高速巡航する蓄電池電車の商用運行実績は、Alstom自身にもまだ存在しない。

まさにこの「幹線高速運用への適応」こそが、今回の調達が「英国初」と称される本質的な技術的ハードルである。車両側がどれだけの蓄電池重量増を許容できるのか、加減速の激しい山岳幹線でバッテリーの劣化耐性をいかに確保するのか、そして折り返し駅における急速充電がダイヤの乱れに耐えうるのか。2028年の着工と2034年の営業開始に向けて、非公開となっている詳細な工学データと現場のインフラ整合性が、計画の実効性を測る指標となる。