栄養補助食品として広く知られるビタミンB12が、次世代蓄電池の電極触媒として注目されている。スペインのコルドバ大学無機化学・ナノ化学研究所(IQUEMA)のFQM-204物理化学研究グループなどは、単層カーボンナノチューブ(SWCNT)の表面にビタミンB12分子を共有結合させ、充電式亜鉛空気電池の空気極触媒として利用する技術を開発した。分子構造を高温で分解することなく固定化し、充電と放電の両方に必要な電極反応を促進できることを示したものだ。研究成果は、王立化学会の査読付き学術誌『Journal of Materials Chemistry A』に掲載され、論文は2026年4月1日の受付、7月11日の受理を経て、7月13日に公開された(DOI: 10.1039/D6TA02773C)。
ただし、今回開発されたのは「ビタミンを燃料にして発電する電池」ではない。亜鉛空気電池は、負極に金属亜鉛、正極の空気極に酸素を利用する電池であり、研究チームはビタミンB12の分子構造に含まれるコバルト錯体を触媒として活用した。具体的には、放電時の酸素還元反応(ORR)と充電時の酸素発生反応(OER)を促進する役割を担う。電池のエネルギーを蓄える化学反応の主体は亜鉛と酸素であり、ビタミンB12は電極反応に必要な過電圧を低減するための材料として組み込まれている。
亜鉛空気電池は理論的な体積エネルギー密度が高く、水系電解液を利用すれば可燃性電解液に伴うリスクも抑えられることから、定置型蓄電システムなどへの応用が期待されてきた。しかし、空気極で起こる酸素還元反応と酸素発生反応はいずれも反応速度が遅く、効率的な充放電には両方の反応を促進する二元機能触媒が必要となる。これまでは白金や酸化イリジウムなどの高価な貴金属触媒に加え、遷移金属と炭素材料を高温処理して作る触媒が研究されてきた。今回の研究は、生体内で機能する金属錯体の分子構造を維持したまま炭素材料に固定し、電解液への溶出を抑えながら触媒として働かせた点に特徴がある。
ビタミンB12をナノチューブに固定し、酸素反応を促進
ビタミンB12の一種であるシアノコバラミンは、中心にコバルト原子を持つ「コリン環」と呼ばれる大環状構造を備えている。このコバルト錯体は電子移動を伴う反応の触媒として利用できる可能性があるものの、ビタミンB12は水に溶けやすいという問題を抱えている。単に電極材料へ混合するだけでは、電解液中へ溶け出してしまい、長期間にわたり触媒として機能させることが難しい。そのため、分子の触媒活性を保ちながら電極表面に固定する方法が求められていた。
研究チームは、表面にカルボキシ基を導入した単層カーボンナノチューブを用い、ビタミンB12との間に共有結合を形成する方法を採用した。具体的には、pH 6.5のリン酸緩衝液中でEDCとNHSを用いたカルボジイミド反応を行い、アミド結合によってB12分子をナノチューブ表面に固定した。反応後は未反応物を洗い流し、40℃で3日間乾燥させて複合材料「VitB12-SWCNT」を得た。高温で焼成する従来型の触媒製造とは異なり、ビタミンB12の分子骨格を熱分解せずに残せることが、この手法の利点となっている。
得られた材料は、高分解能透過電子顕微鏡(HR-TEM)、X線光電子分光法(XPS)、共鳴ラマン分光法などで分析され、ナノチューブ表面にコバラミン骨格が固定されていることが確認された。さらに、アルカリ電解液中での共鳴ラマンスペクトルから、B12分子の下部軸配位子である5,6-ジメチルベンズイミダゾール基がコバルト中心から外れた「ベースオフ(base-off)」構造への変化が示唆された。この構造では、コバルト原子がコリン環の平面からわずかに露出し、酸素分子や反応中間体が結合しやすくなると考えられる。研究チームは、こうした分子構造の変化が触媒活性の向上に寄与しているとみている。
触媒性能の評価には、酸素で飽和させた0.1 Mの水酸化カリウム(KOH)水溶液と、回転リングディスク電極(RRDE)を用いた3電極式測定が採用された。1600 rpmの回転条件で未修飾SWCNTや固定化していないビタミンB12と比較したところ、VitB12-SWCNTは酸素還元反応の開始電位がより正側にあり、限界電流密度も大きくなった。開始電位は可逆水素電極(RHE)基準で約+0.85 V、実験的な過電圧は約0.38 Vと報告されている。また、反応に伴う電子移動数は約4と推定され、酸素が主に4電子移動経路で還元されることと整合する結果が得られた。
一方、充電時に必要な酸素発生反応では、電流密度10 mA cm⁻²に達するために0.77 Vの過電圧が必要だった。これは比較対象となった市販の四酸化三コバルト(Co₃O₄)ナノ粒子の0.45 Vより大きく、酸素発生反応だけを見れば無機酸化物触媒に及ばない。それでも未修飾SWCNTより明確に高い活性を示しており、1種類の複合材料で酸素還元と酸素発生の両方を促進できることが確認された。つまり、既存の高性能触媒を全面的に上回ったわけではないものの、ビタミンB12を利用した二元機能触媒の成立を実証したことに意義がある。
研究チームは、密度汎関数理論(DFT)を用いて反応機構も検討した。計算には、B12分子の軸配位子やリボース、リン酸基などを簡略化したモデルを使用している。その結果、コバルト中心が3価から2価へ事前に還元されなくても、Co(III)サイト上で酸素還元反応が進行し得ることが示唆された。ただし、これは計算モデルから導かれた反応経路であり、実際の電極表面で生じる各反応中間体を直接観測して確認したものではない。
小型亜鉛空気電池で充放電を実証、容量の評価には注意が必要
電気化学測定に続き、研究チームはVitB12-SWCNTを空気極触媒に使った亜鉛空気電池を組み立て、出力と放電容量を評価した。ただし、ここで示された数値を解釈する際には、実験セルの構成と、放電容量をどの部材の質量で割っているかを区別する必要がある。特に触媒質量だけを基準とした比容量は、完成した電池全体の重量当たりの蓄電性能とは大きく異なる。
実験に使用された液体電解液セルは、有効電極面積が1.1 cm²の小型セルで、電解液には1 mLの6 M KOH水溶液を用いた。負極には厚さ0.5 mmの亜鉛板を配置し、空気極にはガス拡散層となるカーボンクロスを使用している。カーボンクロス上に塗布したVitB12-SWCNT触媒の質量は0.625 mgだった。一方、集電体やガス拡散層を含む空気極全体の質量は約48.28 mgであり、触媒そのものの約77倍に相当する。
この液体電解液セルの最大出力は約30 mWで、未修飾SWCNTを使った対照セルの約25 mWを上回った。ビタミンB12の固定化によって空気極の性能が改善されたことを示す結果だが、測定対象はあくまでミリワット級の小型実験セルである。大面積の電極や複数のセルを組み合わせた実用システムで、同様の性能が得られるかは検証されていない。
放電容量の測定では、−1 mAの定電流で終止電圧まで放電させた結果、セル全体で124.6 mAhの放電電気量が記録された。研究チームは、この電気量を触媒質量0.625 mgで割り、比電流1.6 A g⁻¹における比容量を199.4 Ah g⁻¹(199,400 mAh g⁻¹)と算出している。一方、論文には空気極全体の質量約48.28 mgを基準とした値として、比電流0.021 A g⁻¹における4.13 Ah g⁻¹(4,130 mAh g⁻¹)も記載されている。
しかし、論文に記載されたこれらの比容量には、算術上の不整合がある。 放電電気量124.6 mAhを空気極の総質量48.28 mgで割ると、約2.58 Ah g⁻¹となり、論文が示す4.13 Ah g⁻¹とは一致しない。また、触媒質量と空気極総質量の比率は約77倍だが、記載された二つの比容量の比率は約48倍にとどまる。論文には、この差を説明する具体的な計算過程や補正条件が明記されていないため、4.13 Ah g⁻¹は論文の公表値として扱い、同じ放電結果から単純計算で得られる値とは区別する必要がある。
さらに重要なのは、199.4 Ah g⁻¹という値が、電池全体ではなく触媒の質量だけを分母にした数値であることだ。触媒以外の電極部材を含めると比容量は大幅に小さくなり、亜鉛負極や電解液、容器などを含むセル全体の質量を基準にすれば、さらに低下する。したがって、この数値を商用リチウムイオン電池の電極材料が持つ数百mAh g⁻¹という比容量と直接比較しても、実用電池としての性能差は判断できない。なお、研究チームは液体電解液セルに加え、ポリビニルアルコール(PVA)とKOHを組み合わせたゲル電解質による準固体セルも作製し、柔軟なセル構造で充放電できることを確認している。
- 触媒質量基準(0.625 mg)
- 空気極総質量基準の計算値(48.28 mg)
データを表で見る
| 触媒質量基準(0.625 mg) (Ah/g) | 空気極総質量基準の計算値(48.28 mg) (Ah/g) | |
|---|---|---|
| 放電容量の規格化基準 | 199.4 | 2.58 |
「250サイクルの耐久性」は完全充放電250回を意味しない
今回の研究では、250サイクル前後に及ぶ充放電試験の結果も報告されている。ただし、二次電池の耐久性はサイクル数だけで評価できるものではなく、充放電電流や1サイクル当たりの電気量、放電深度などの条件を確認する必要がある。特に今回の試験は、電池の容量を大きく使う完全充放電ではなく、ごく一部の容量を繰り返し出し入れする浅い充放電試験だった。
具体的には、充放電電流を±2 mAに設定し、1サイクル当たりの電気量を0.2 mAhに制限している。これは放電6分、充電6分に相当する条件で、前述した単発放電容量124.6 mAhの約0.16%にすぎない。したがって、今回報告されたサイクル寿命は、電池を深く放電させてから再充電するディープサイクル試験の結果とは区別しなければならない。
液体の6 M KOH電解液を使用したセルでは、未修飾SWCNTを使った対照セルが100サイクル経過後に電圧維持能力を失ったのに対し、VitB12-SWCNTセルは180サイクルにわたって放電電圧1.0 V以上を維持した。さらに、PVA-KOHゲル電解質を使用した準固体セルでは、未修飾SWCNTの対照セルがわずか2サイクル目で充放電を維持できなくなった一方、VitB12-SWCNTセルは大幅に長く動作した。論文の詳細な記述によれば、ゲルセルは225サイクルにわたって安定した挙動を示し、180サイクル時点でも放電電圧1.0 V以上、235サイクル時点でも0.9 V以上を維持していた。この条件で1サイクル当たりに出し入れした0.2 mAhは、触媒質量基準では320 mAh g⁻¹に相当する。
主な測定結果とその評価上の注意点を整理すると、以下のようになる。
| 測定項目 | VitB12-SWCNTの結果 | 比較対象 | 主な測定条件 | 解釈上の注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 酸素還元反応(ORR) | 開始電位約+0.85 V vs. RHE、過電圧0.38 V | 未修飾SWCNTより良好 | 0.1 M KOH、1600 rpm、RRDE測定 | 約4電子の還元経路を支持するが、Pt/Cとの包括的な性能比較ではない |
| 酸素発生反応(OER) | 過電圧0.77 V | 市販Co₃O₄:0.45 V | 0.1 M KOH、10 mA cm⁻² | 二元機能性は示すが、OER単独の性能は比較対象より低い |
| 液体セル最大出力 | 約30 mW | 未修飾SWCNT:約25 mW | 電極面積1.1 cm²、6 M KOH | 小型実験セルでの測定値 |
| 液体セル放電容量 | 総電気量124.6 mAh | 未修飾SWCNTセルは早期に電圧降下 | −1 mA、終止電圧まで放電 | 触媒質量基準は199.4 Ah g⁻¹。空気極総質量基準の計算値は約2.58 Ah g⁻¹で、論文記載の4.13 Ah g⁻¹と不一致 |
| 液体セルのサイクル寿命 | 180サイクルで放電電圧1.0 V以上 | 未修飾SWCNT:約100サイクルで劣化 | ±2 mA、0.2 mAh/サイクル | 非常に浅い充放電条件での結果 |
| ゲルセルのサイクル寿命 | 225サイクルで安定、235サイクルで放電電圧0.9 V以上 | 未修飾SWCNT:2サイクル目で破綻 | PVA-KOH、±2 mA、0.2 mAh/サイクル | 250サイクル前後まで動作したが、初期性能が維持されたわけではない |
論文の総括部分やコルドバ大学の発表では、「250サイクルを超える耐久性」あるいは「最大250サイクル」という表現が使われている。しかし、これは250回の充放電を通じて初期の電圧や容量が維持されたことを意味しない。詳細な実測結果では、180サイクルまで放電電圧1.0 V以上を維持した後、235サイクル時点で0.9 V以上となり、250サイクル前後まで動作が続いたという経過が示されている。
それでも、未修飾SWCNTの対照セルが早期に劣化したことを踏まえると、ビタミンB12の固定化によって充放電の安定性が大きく改善されたことは重要な成果だ。一方で、電池の容量をほとんど使わない浅い充放電条件であるため、実用電池で重視される深い充放電や数千サイクルにわたる耐久性を実証したものではない。試験条件の違いを考慮せず、既存の二次電池とサイクル数だけで比較することは適切ではない。
劣化の主因は触媒の分解ではなく、電極表面に堆積する副生成物
長期間の充放電によって性能が低下する原因を調べるため、研究チームは試験後の電極をX線光電子分光法(XPS)や、走査型電子顕微鏡とエネルギー分散型X線分光法を組み合わせたSEM-EDXによって分析した。その結果、電極表面にはビタミンB12由来のコバルト錯体が残っており、触媒分子自体の分解や電解液への溶出が主な劣化原因とは考えにくいことが示された。むしろ、電極表面に堆積した副生成物が触媒の働きを妨げていることが分かった。
アルカリ電解液を使う亜鉛空気電池では、負極で生成した亜鉛酸イオン()が空気極側へ移動する「亜鉛種クロスオーバー」が起こる。また、空気中の二酸化炭素がKOH電解液に吸収されると、炭酸塩の生成が進む。今回の事後解析でも、空気極表面に炭酸カリウムや亜鉛酸化物などを含む堆積物が認められた。これらの副生成物が不働態化被膜を形成し、ナノチューブ表面の触媒サイトを覆うことで、酸素やイオンの移動が妨げられたと考えられる。
この結果は、ビタミンB12分子を共有結合で固定する方法が、電極上での触媒の保持に役立つことを裏付けている。一方、触媒分子が安定していても、電極表面が副生成物で覆われれば電池全体の性能は低下する。したがって、実用化には触媒自体の活性向上だけでなく、亜鉛種の移動や炭酸塩の生成を抑え、空気極への酸素供給を維持する設計が不可欠となる。より深い充放電や長期間の大気開放運転では、亜鉛デンドライトの成長や水分の蒸発なども問題となり得るため、実際の使用環境でどの程度の寿命を確保できるかは、今後の検証が必要だ。
また、今回の性能評価には実験規模に伴う限界もある。論文に掲載された主要なセル特性は個別の実験セルの測定結果として提示されており、複数セルでの統計的な再現性や測定値のばらつきを示す誤差範囲は明記されていない。触媒材料の合成もグラム未満の実験室規模にとどまり、大面積電極の製造方法や量産時のコスト、長期的な環境負荷などは検討されていない。第三者による独立した追試結果も示されておらず、実用化に向けた性能の再現性や製造上の課題は残されている。
コルドバ大学の公式発表では、亜鉛空気電池について、リチウムイオン電池より軽量で安全性が高く、低コストで環境負荷の小さい蓄電技術になり得るという展望も紹介されている。ただし、これは亜鉛空気電池という技術全体が持つ理論的な利点や将来の可能性を述べたものであり、今回の実験セルが既存のリチウムイオン電池を上回る性能を達成したという意味ではない。電池全体のエネルギー密度、充放電効率、寿命、製造コストについて、商用電池との直接的な優位性はまだ実証されていない。
今回の成果は、ビタミンB12という有機金属錯体の分子構造を保ちながら炭素電極に固定し、酸素還元と酸素発生の両方に利用できることを示した点に価値がある。高温処理に頼らず、分子の構造と触媒機能を活用する電極設計は、今後の非貴金属触媒開発に新たな選択肢をもたらす可能性がある。ただし、実用的な蓄電池へ発展させるには、深い充放電条件での耐久性、不働態化被膜の形成防止、電極や電解液を含めたセル全体のエネルギー密度を検証する必要がある。研究の次の焦点は、分子レベルで確認された触媒の利点を、実際の電池システムでも維持できるかどうかにある。
