AMDは、ワークステーションおよびハイエンドデスクトップ(HEDT)市場の支配力強化に向けた新たな一手として、「Ryzen Threadripper 9000」シリーズを正式に発表した。最新の「Zen 5」アーキテクチャを心臓部に宿したこの怪物プロセッサは、最大96コア/192スレッドという圧倒的なスペックを誇り、AMDが公開した性能データによれば、競合であるIntelのXeon Wプロセッサを一部のワークロードで2倍以上も上回るという。
ワークステーション市場に投じられた「Zen 5」という決定打

AMDは長年、HEDT市場においてThreadripperブランドで確固たる地位を築いてきた。今回同社は、その牙城をさらに強固にすると同時に、これまでIntelが優位性を保ってきたプロフェッショナルワークステーション市場に戦いを挑む構えのようだ。
その戦略を具現化するのが、以下の2つの製品ファミリーだ。
- Ryzen Threadripper 9000Xシリーズ: コンテンツクリエイター、開発者、そして究極のパフォーマンスを求めるエンスージアストをターゲットにしたHEDT向けプロセッサ。
- Ryzen Threadripper PRO 9000 WXシリーズ: 8チャネルメモリや多数のPCIeレーン、高度な管理・セキュリティ機能を必要とする、最も要求の厳しいプロフェッショナルワークステーション向けの最上位ライン。
両シリーズともに「Shimada Peak」という開発コードネームで知られ、基盤となるのはAMDの最新マイクロアーキテクチャ「Zen 5」である。この新アーキテクチャが、今回の飛躍的な性能向上の鍵を握っている。
圧倒的な性能差:データが物語るIntel Xeonへの挑戦状
まずは、AMDが提示したデータを見る方が話が早いだろう。その数値は、競合に対するAMDの自信を雄弁に物語っている。
HEDT対決:Threadripper 9980X vs. Xeon w9-3595X

まず注目すべきは、HEDT市場における直接対決だ。AMDは64コアの「Ryzen Threadripper 9980X」と、Intelの60コア「Xeon W9-3595X」を比較。その結果は衝撃的である。
- 最大108%高速: AMDの主張によれば、特定のワークロードにおいてThreadripper 9980XはXeon W9-3595Xを最大で108%も上回る。これは、実質的に2倍以上の性能を叩き出しているに等しい。
- 平均66%高速: 様々なベンチマークを平均しても、66%という大きなアドバンテージを維持している。最低でも22%の性能向上を果たしており、あらゆる場面で優位に立つことを示唆している。
頂上決戦:96コアの巨人が示す「2倍以上」の実力

プロフェッショナル向けフラッグシップモデル「Ryzen Threadripper PRO 9995WX」は、まさに別次元の性能を見せつける。96コアのパワーは、Intelの60コアXeon Wを圧倒する。
- Chaos V-Ray: レンダリングソフトの代表格であるV-Rayにおいて、PRO 9995WXはXeon W9-3595Xの約2.5倍のパフォーマンスを発揮するという。
- Keyshot: こちらも主要なレンダリングツールだが、最大で119%高速(2.19倍)という驚異的な結果が示された。
- AI性能: 大規模言語モデル(LLM)の処理においても、最大で49%高速であると主張している(ただし、この比較にはGPUの性能も含まれている点に注意が必要だ)。
世代交代の証明:前世代を最大26%上回る進化

今回の性能向上は、単にコア数で競合を上回っているからだけではない。同じ96コアを持つ前世代の「Threadripper PRO 7995WX」と比較しても、新モデル「PRO 9995WX」はZen 5アーキテクチャの力によって着実な進化を遂げている。
- 最大26%の性能向上: 同一コア数での比較にもかかわらず、様々なワークロードにおいて最大26%、平均でも約20%の性能向上を実現している。これは、アーキテクチャ自体の効率が大幅に改善されたことの何よりの証拠と言えるだろう。
なぜこれほど速いのか?Zen 5アーキテクチャの核心に迫る
では、この驚異的なパフォーマンスはどこから来るのだろうか。その答えは「Zen 5」アーキテクチャの設計思想にある。
IPC 16%向上の裏側:より賢く、より広く

Zen 5は、前世代のZen 4と比較してクロックあたりの命令実行数(IPC)が平均で16%向上している。これは、いくつかの重要な改良によって達成された。
- より賢い分岐予測: CPUが次に実行すべき命令を予測する精度が向上し、無駄な処理が減少した。
- より広い実行エンジン: 一度に処理できる命令の数を増やすため、命令発行/リタイアの幅をZen 4の6-wideから8-wideへと拡張。これにより、より多くの命令を並列で処理できるようになった。
- 強化されたキャッシュシステム: L1データキャッシュを50%増量(32KB→48KB)し、L2キャッシュからL1キャッシュへのデータ転送帯域を倍増させることで、データアクセスのボトルネックを解消した。
AI時代への回答:真の「512-bit」AVX-512対応

今回の性能向上、特にAIや科学技術計算における飛躍の最大の立役者の一つが、AVX-512命令セットの扱いの進化である。
Zen 4では、512-bitの命令を処理する際に、内部的には256-bitの演算ユニットを2回動かす「ダブルポンプ」方式を採用していた。これに対しZen 5では、ネイティブに512-bitのデータを一度に処理できる「フル512-bitデータパス」を実装した。
これは、大型トラックが通るために設計された高速道路と、普通車用の道を2車線使って無理やり通るような違いだ。AIや機械学習で多用される複雑なベクトル演算において、この差は絶大な性能向上となって現れる。AMDがAI/MLワークロードで最大25%の世代間性能向上を謳う背景には、このアーキテクチャレベルでの根本的な強化があるのだ。
ラインナップとプラットフォーム戦略:ユーザーに寄り添うAMDの巧みさ
AMDは、圧倒的な性能だけでなく、ユーザーが導入しやすい環境を整える戦略も同時に展開している。
用途で選べる2つのファミリー:Threadripper 9000X と PRO 9000 WX


前述の通り、AMDは市場を明確に2つに分けてアプローチしている。
ファミリー | Ryzen Threadripper 9000X (HEDT) | Ryzen Threadripper PRO 9000 WX |
---|---|---|
ターゲット | クリエイター、エンスージアスト | プロフェッショナル、データサイエンティスト |
プラットフォーム | TRX50 | WRX90 |
メモリ | 4チャネル DDR5-6400 | 8チャネル DDR5-6400 ECC |
PCIe 5.0レーン | 最大48 | 最大128 |
AMD PRO機能 | 非対応 | 対応 |
これにより、ユーザーは自らの予算と要求性能に応じて最適なプラットフォームを選択できる。
詳細スペック一覧
プロセッサ名 | コア/スレッド | ベースクロック (GHz) | ブーストクロック (GHz) | L3キャッシュ (MB) | メモリチャネル | TDP (W) |
---|---|---|---|---|---|---|
PRO 9995WX | 96 / 192 | 2.5 | 5.45 | 384 | 8 | 350 |
PRO 9985WX | 64 / 128 | 3.2 | 5.4 | 256 | 8 | 350 |
PRO 9975WX | 32 / 64 | 4.0 | 5.4 | 128 | 8 | 350 |
PRO 9965WX | 24 / 48 | 4.2 | 5.4 | 128 | 8 | 350 |
PRO 9955WX | 16 / 32 | 4.5 | 5.4 | 64 | 8 | 350 |
PRO 9945WX | 12 / 24 | 4.7 | 5.4 | 64 | 8 | 350 |
9980X | 64 / 128 | 3.2 | 5.4 | 256 | 4 | 350 |
9970X | 32 / 64 | 4.0 | 5.4 | 128 | 4 | 350 |
9960X | 24 / 48 | 4.2 | 5.4 | 128 | 4 | 350 |
既存資産を活かす「ドロップイン互換」という福音
今回の発表で特筆すべきは、Threadripper 9000シリーズが既存のsTR5ソケットと互換性を持つ点だ。これは、Threadripper 7000シリーズ向けに設計されたWRX90およびTRX50マザーボードのユーザーが、BIOS(UEFI)をアップデートするだけで最新プロセッサへアップグレードできることを意味する。
これは単なる技術的な後方互換性ではない。高価なワークステーションプラットフォームにおいて、マザーボードを買い換えることなくCPUを最新世代に更新できることは、ユーザーにとって金銭的・時間的コストを大幅に削減する「福音」であり、AMDプラットフォームへの投資を継続する強力なインセンティブとなる、非常に巧みな戦略である。
Threadripper 9000が描く半導体業界の未来図
AMD Threadripper 9000シリーズの登場は、Intelの現状もあり、半導体業界に大きなインパクトを与えそうだ。
Intelの牙城を崩す「コンピュート密度」という破壊的イノベーション
現代のプロセッサ競争は、もはや単純なクロック周波数やIPCの競争ではない。限られた消費電力(TDP)と物理的なサイズの中で、いかに多くの計算能力を詰め込むかという「コンピュート密度」の戦いだ。AMDはチップレット技術を駆使することで、この密度競争において圧倒的な優位性を確立している。
Threadripper 9000は、まさにその象徴だ。350WというTDP枠の中で最大96コアもの計算資源を提供できる能力は、Intelのモノリシックなアプローチでは追随が困難な領域に達している。これは、データセンターで起きている勢力図の変化が、ワークステーション市場でも決定的な形で現れた瞬間と言えるだろう。
AIワークステーションの主導権争いとエコシステム
AMDがCPUと同時にプロフェッショナル向けGPU「Radeon AI PRO 9700」を発表したことを見逃してはならない。これは、AI開発の現場が求めるCPUとGPUのトータルソリューションをAMD自身が提供し、長らく「CUDA」でAIエコシステムを支配してきたNVIDIAと、そのパートナーであるIntelの連合体に対抗しようという野心的な試みだ。AMDのソフトウェアスタック「ROCm」の今後の展開が、この戦略の成否を占う上で極めて重要になる。
残された課題とIntelの反撃
圧倒的な性能を見せつけたAMDだが、盤石とは言えない。最大の課題は価格だ。現時点で価格は未発表だが、これがユーザーの選択を左右する最大の要因となることは間違いない。また、ソフトウェアエコシステム、特に長年プロフェッショナル市場で培われてきたIntel製CPUへの最適化や、NVIDIAのCUDAという巨大な壁をどう乗り越えるかも大きな挑戦だ。
一方、Intelも黙ってはいないだろう。今回のThreadripper 9000は、Intelにとって次世代Xeon Wプロセッサの開発目標を再設定させるほどのインパクトを与えたはずだ。Intelがどのような対抗策を打ち出してくるのか、今後の両社の開発競争は、AI時代のコンピューティングの未来を形作る上で、ますます目が離せない展開となるだろう。
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