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AMD、VRAM使用量35GBを51KBに圧縮する新技術を公開

Y Kobayashi

2025年6月27日

現代のPCゲーミングにおいて、GPUのVRAM(ビデオメモリ)容量は常に議論の的となってきた。グラフィックスの進化は、より多くのVRAMを要求し、ゲーマーは常に「メモリの壁」に直面してきた。しかし、AMDの研究者たちが発表した新技術は、この長年の課題に対する我々の認識を根本から覆す可能性を秘めている。従来であれば約35GBものVRAMを消費する高品質な3Dシーンを、わずか51KBのデータでリアルタイムに描画することに成功したのだ。これは単なるメモリ最適化技術ではない。ゲーム開発のパラダイムそのものを変えうる、重大な一歩と言えるだろう。

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ギガバイトからキロバイトへ。66万倍の効率化が示す未来

AMDが発表した研究内容は、まさに驚異的だ。従来の手法であれば、高精細な森林シーンを描画するために約34.8GBものVRAMを必要とした。これは、ハイエンドGPUであるRadeon RX 7900 XTXの24GBという容量すら上回る数値である。

ところが、AMDの新技術を用いると、同じシーンの描画に必要なデータ量はわずか51KBにまで削減される。ギガバイト(GB)がキロバイト(KB)になる――。その削減率は実に66万倍だ。これは単なる最適化という言葉では片付けられない、レンダリングの根本思想に関わるブレークスルーである。

Real-Time GPU Tree Generation - Supplemental

デモ映像では、単に静的な森が描画されるだけではない。樹木は風にそよぎ、季節の変化に応じてその姿を変えるなど、動的で生命感あふれる表現が実現されている。さらに、遠景から近景への移行時にオブジェクトが突然現れる「ポップイン」現象も見られず、極めて自然なレベル・オブ・ディテール(LOD)管理がなされていることがわかる。

「Work Graphs」の魔法:GPUはなぜ”記憶”を不要とするのか

この魔法の鍵を握るのが、DirectX 12の新機能である「Work Graphs(ワークグラフ)」と「Mesh Nodes(メッシュノード)」だ。

従来のレンダリングパイプラインを簡潔に説明すると、CPUが「司令塔」として機能し、GPUに「このオブジェクトを、この位置に、このように描画せよ」と逐一指示を送るという流れが基本だった。しかし、シーンが複雑化するにつれて、このCPUからGPUへの指示(ドローコール)自体が膨大な量となり、パフォーマンスのボトルネックになることが長年の課題だった。

Work Graphsは、この依存関係を断ち切る。GPU自身が、まるで自律的な思考を持つかのように、次に何をすべきかを判断し、タスクを自分自身に割り振ることができるようになるのだ。

今回の樹木レンダリングの例で言えば、GPUは以下のようなプロセスを自律的に実行していると考えられる。

  1. データの保持ではなく「生成規則」を保持: VRAMには、樹木の全ての頂点データ(ジオメトリ)を保存するのではない。代わりに、「幹はどのように伸び、枝はどのように分岐し、葉はどのようにつくか」といった手続き型生成(Procedural Generation)のアルゴリズムを、わずか51KBのデータとして保持する。
  2. GPUによる自律的なタスク実行: GPUはカメラの位置や視野角に基づき、「この範囲には樹木が必要だ」と判断する。
  3. オンザフライ生成: Work GraphsとMesh Nodes(Work Graphsをメッシュ描画に特化させたもの)を使い、保持している「生成規則」に従って、必要な樹木のジオメトリをその場で(オンザフライで)生成し、描画する。

つまり、巨大な完成品(3Dモデル)をメモリに置いておくのではなく、小さな設計図(生成規則)だけを置き、必要な時に必要な分だけGPU自身が製造する、という工場のような仕組みに変わったのだ。これにより、CPUへの依存を劇的に減らし、CPUとGPU間のデータ転送というボトルネックからも解放されるのだ。

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なぜ今、この技術が重要なのか? – VRAMという「見えざる壁」

この技術がなぜこれほどまでに注目されるのか。それは、現代のPCゲーミングが抱える根深い問題、すなわち「VRAMの壁」に直接的な解決策を提示するからだ。

『インディ・ジョーンズ/大いなる円環』のような最新AAAタイトルでは、高設定でプレイすると容易に8GBのVRAMを使い切ってしまうことが示されている。一方で、市場のボリュームゾーンであるミドルレンジGPUに16GB以上の大容量VRAMを搭載することは、コストの観点から依然として難しいのが現実だ。

このジレンマは、「8GBで十分か、否か」という終わりのない論争を生み出してきた。AMDのFrank Azor氏が「ゲーマーの大半は1080pでプレイしており、8GB以上のメモリは不要」と発言したことも記憶に新しい。しかし、ユーザーは将来性を見越して、より大容量のVRAMを求める。このギャップを埋めるのが、Work Graphsのような「賢さ」で「量」を克服する技術なのである。

物理的なメモリ容量を増やすというハードウェア的なアプローチだけでなく、ソフトウェアとアーキテクチャの革新によってグラフィックスの限界を押し上げる。AMDの今回の発表は、その方向性を明確に示したと言えるだろう。

ライバルNVIDIAとのアプローチの違い:ジオメトリ生成 vs テクスチャ圧縮

VRAM使用量の削減を目指す動きは、もちろんAMDだけのものではない。ライバルのNVIDIAも、数年前から「Neural Texture Compression (NTC)」という技術を開発している

NTCは、機械学習(AI)を活用してテクスチャデータを極めて高い圧縮率で圧縮し、レンダリング時にリアルタイムで高品質に復元する技術だ。これにより、VRAM使用量を最大95%削減できるとされている。

両社の技術は「VRAM削減」というゴールは同じだが、アプローチが異なる点が興味深い。

  • AMDのWork Graphs(今回のデモ): 主にジオメトリ(物体の形状)をターゲットとし、「データを保持せず、その場で生成する」アプローチ。
  • NVIDIAのNTC: 主にテクスチャ(物体の表面の模様)をターゲットとし、「データを賢く圧縮・解凍する」アプローチ。

これらは競合する技術というよりは、むしろ相互補完的な関係にあると見るべきだろう。将来的には、Work Graphsでジオメトリを生成し、その表面にNTCで圧縮されたテクスチャを貼り付ける、といった合わせ技が標準になるかもしれない。GPU業界全体が、力任せの物量作戦から、より洗練されたデータ効率化の時代へと舵を切っていることは間違いない。

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単なるメモリ節約術ではない – ゲーム開発の「パラダイムシフト」

筆者がこの技術に最も興奮を覚えるのは、単なるメモリ節約術に留まらない、より大きな変革の可能性を秘めている点だ。それは、ゲーム開発における「アセット配布からアルゴリズム配布へ」という根本的なパラダイムシフトである。

現在のゲームは、数GBから時には100GBを超える巨大なアセット(3Dモデル、テクスチャ、サウンドなど)の塊としてユーザーに配布される。しかし、もしゲーム内の樹木、岩、建物といったオブジェクトの多くが、わずか数KBの「生成規則」で代替可能になったらどうだろうか。

  • ゲームのダウンロードサイズが劇的に縮小: プレイヤーは長大なダウンロード時間を待つ必要がなくなる。
  • クラウドゲーミング/モバイルゲーミングへの貢献: データ転送量が減ることは、ストリーミングの遅延やデータ通信量の削減に直結し、これらのプラットフォームの体験を大きく向上させる。
  • 開発ワークフローの変革: 3Dアーティストが一つ一つのLODモデルを手作業で最適化するような、時間のかかる作業が自動化されるかもしれない。代わりに、「プロシージャルアーティスト」のような、魅力的な生成アルゴリズムを設計する専門職の重要性が増すだろう。

これは、ゲームというデジタルコンテンツのあり方そのものを変えうるポテンシャルを秘めている。

未来への課題と展望

もちろん、このバラ色の未来がすぐに訪れるわけではない。Work Graphs技術が広く普及するには、いくつかの課題を乗り越える必要がある。

  • ゲームエンジンの対応: Unreal EngineやUnityといった主要なゲームエンジンが、この技術を開発者が容易に利用できる形で統合する必要がある。
  • 開発者の学習コスト: 新しい開発手法に適応するための時間と学習が必要となる。
  • 品質のコントロール: 手続き型生成は、意図しない凡庸な結果を生み出すリスクも伴う。「偶然の産物」ではなく、アーティストが意図した通りのユニークで魅力的な世界を創造するためのツールやノウハウの確立が不可欠だ。

しかし、これらの課題は乗り越えられない壁ではない。AMDが示した驚異的なデモは、グラフィックス技術の進化が新たなステージに入ったことを明確に告げている。それは、物理的な限界を「知性」と「効率」で乗り越えていく時代だ。

我々は今、VRAM容量を巡る不毛な論争が過去のものとなり、代わりにGPUの「賢さ」が評価される時代の入り口に立っているのかもしれない。この小さな51KBのデータが、ゲーム業界の巨大な未来を動かし始めるのだ。


Sources

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