AMDのRDNA 4 GPU、特にRX 9000シリーズはその価格性能比で市場に大きなインパクトを与えたばかりだが、水面下ではすでに次世代「UDNA(Unified DNA)」アーキテクチャへの移行が着々と進められているようだ。ここ数年のAMDによる特許出願状況を詳細に分析した情報から、次世代GPUが目指す驚くべき性能、特に長年の課題であったレイトレーシング性能において、競合NVIDIAの最新アーキテクチャ「Blackwell」に匹敵、あるいは凌駕する可能性すら見えてきた。
特許が語るUDNA世代の「レイトレーシング性能の劇的進化」

AMDの次世代GPUに関する具体的な情報はまだ少ないものの、その輪郭は同社が過去2年間に申請・公開した多数の特許情報から浮かび上がってくる。特に注目すべきは、Redditユーザーの@MrMPFR氏が行った詳細な分析だ。同氏は、AMDの公開特許情報やその他の公開リソースを丹念に調査し、UDNA(あるいはUDNA 5とも噂される)アーキテクチャにおけるレイトレーシング性能向上のための具体的な取り組みを明らかにした。
もちろん、特許情報がそのまま製品に実装されるとは限らない点は留意が必要だが、その内容はAMDが目指す方向性を示す重要な手がかりとなる。 @MrMPFR氏の分析によれば、AMDはレイトレーシング処理のボトルネックとなりがちなBVH(Bounding Volume Hierarchy)管理の効率化に注力しているようだ。
BVH管理の革新:より速く、軽く、美しく
BVHとは、3D空間内のオブジェクトを階層的な境界ボリューム(箱のようなもの)で管理し、レイ(光線)がどのオブジェクトに衝突するかを効率的に判定するためのデータ構造だ。レイトレーシングでは、このBVHの構築と走査(トラバーサル)が性能に大きく影響する。
AMDの特許では、このBVH管理をよりスマートに行うための複数のアプローチが示唆されている。
- デルタインスタンス圧縮: シーン内の類似したオブジェクト間でBVHデータの共通部分を見つけ出し、差分(デルタ)のみを記録・圧縮することで、メモリ使用量(VRAMフットプリント)とBVH構築にかかるCPUオーバーヘッドを削減する。 これは、特に複雑なシーンや多数の動的オブジェクトが存在する場合に効果を発揮すると考えられる。
- ターボチャージされたレイトラバーサルと交差判定: レイがBVHツリーを辿り、オブジェクトとの交差を判定するプロセスそのものを高速化する技術も含まれているようだ。 これにより、より少ない計算リソースで、より多くのレイを処理できるようになる可能性がある。
これらのBVH管理の改善は、単にフレームレートを向上させるだけでなく、よりインタラクティブで現実に近いゲーム体験を実現する上で鍵となる。 例えば、CPUオーバーヘッドの削減は、破壊可能なオブジェクトや多数のアニメーションキャラクターがリアルタイムに動くような、より動的なゲームワールドの実現に貢献するだろう。 さらに、メモリ使用量の削減は、より高解像度のテクスチャや複雑なジオメトリを扱えるようにし、グラフィック全体の忠実度向上にも繋がる。
@MrMPFR氏は、これらの特許が目指すレベルは、NVIDIAの「RTX Mega Geometry」技術に匹敵、あるいはそれを超える可能性すらあると指摘している。
AMDが「Maxwellモーメント」を再現する?
@MrMPFR氏の分析で特に衝撃的なのは、これらの特許技術が実装された場合、AMDの次世代GPU(RDNA 5 / UDNA世代とされる)は、レイトレーシング性能においてNVIDIAの最新アーキテクチャ「Blackwell」(GeForce RTX 50シリーズに採用)と同等レベルの性能を実現する可能性があるという指摘だ。
具体的には、「ラスター性能が同等の場合」において、レイトレーシングを有効にした際のフレームレート低下率がBlackwellと同等になる、つまり実質的なレイトレーシング性能で肩を並べる可能性を示唆している。 もしこれが実現すれば、長年NVIDIAが圧倒的な優位性を保ってきたレイトレーシング分野において、AMDにとってまさに「Maxwellモーメント」(かつてNVIDIAがMaxwellアーキテクチャで電力効率と性能を飛躍的に向上させ、市場の勢力図を塗り替えた出来事)に匹敵するブレイクスルーとなるだろう。
さらに、公開されている特許以上のアーキテクチャ変更が加えられれば、NVIDIA Blackwellを全面的に上回る可能性すらあるという。 ただし、NVIDIAの高度なパストレーシング技術である「ReSTIR」や、前述の「RTX Mega Geometry」の機能性については、同等レベルに達するのが目標になるだろう、とも付け加えられている。
この背景には、AMDが2022年から2023年にかけて、元NVIDIAやIntelのエンジニア、さらには学術機関から積極的に人材を獲得してきた動きも関係している可能性がある。 これらの新しい才能が本格的に開発に貢献し始めるのは「RDNA 6+ / UDNA 2+」以降になるかもしれないが、着実に技術力の底上げが進んでいることは間違いないだろう。
RDNAとCDNAの「統一」がもたらすもの
そもそも「UDNA」とは、昨年9月にAMD幹部が明らかにした、これまで別々に開発されてきたコンシューマー向けGPUアーキテクチャ「RDNA」と、データセンター/HPC向けGPUアーキテクチャ「CDNA」を「統一(Unforking)」する構想だ。
この統合には、いくつかの重要な戦略的意図があると考えられる。
- 開発リソースの集中: RDNAとCDNAで分かれていた開発チームやリソースを一本化することで、開発効率を高め、より迅速かつ強力なアーキテクチャ進化を目指す。
- CUDAへの対抗: データセンターやAI、プロフェッショナルなクリエイティブワークロードにおいて、NVIDIAの「CUDA」エコシステムは圧倒的な地位を築いている。UDNAは、ゲーミング性能だけでなく、これらの分野での性能も強化し、CUDAに代わる選択肢を提供することを目指している。 統一アーキテクチャは、NVIDIAがTensorコアなどをコンシューマーGPUにも展開してきたように、AIや機械学習関連の機能をコンシューマー向け製品にスムーズに導入する上でも有利に働くだろう。
- 技術の相互活用: サーバー向けで培われた高度な演算能力やAI技術がゲーミング分野(例:FidelityFX Super Resolution (FSR) のようなアップスケーリング技術)に応用されたり、逆にゲーミングで磨かれたグラフィックス技術がプロフェッショナル分野で活用されたりといった、技術の相乗効果が期待できる。
RDNA 4が主にミドルレンジ市場で成功を収めた一方で、ハイエンド市場や生産性ワークロードでは依然としてNVIDIAの牙城は厚い。 UDNAへの移行は、この状況を打破し、AMDがGPU市場全体でより大きなシェアを獲得するための重要な布石と言えるだろう。
Sony PlayStation 6との蜜月:コンソールが牽引するGPU進化

AMDの次世代GPU開発において、もう一つ見逃せない要素がSonyとの緊密な連携だ。 次世代ゲームコンソール「PlayStation 6(PS6)」には、AMDのUDNAベースのカスタムGPUが搭載されると有力視されている。
この協業は、単にAMDが大規模なカスタムチップ契約を獲得するというだけでなく、双方にとって技術的なメリットが大きい。
- コンソール向け最適化のフィードバック: PS6のような最先端コンソール向けにGPUを最適化する過程で得られた知見や技術(特にレイトレーシングやメモリ管理など)は、PC向けのRadeon GPU開発にもフィードバックされる可能性が高い。
- FSR技術の共同開発: すでにAMDとSonyはアップスケーリング技術FSRで協力していると報じられており、UDNA世代ではさらに連携が深まる可能性がある。 コンソールでの採用拡大は、PCゲームにおけるFSRの普及と性能向上にも繋がるだろう。
- 高度なグラフィックス技術への挑戦: Sonyは「Project Amethyst」と呼ばれるプロジェクトで、ニューラルレンダリング(AI)を活用した高度なパストレーシング技術の開発を進めているとも噂されており、ここでもAMDとの連携が鍵となる可能性がある。 これは、NVIDIAのReSTIR技術に対抗する上で重要な要素となるかもしれない。
PS6の登場時期はまだ不明だが、『Grand Theft Auto 6』のリリース時期などを考えると、そう遠くない未来かもしれない。 PS6がUDNAベースの強力なGPUを搭載し、「4K/120fps」や「レイトレーシングを最大限活用した4K/60fps」といった体験を実現すれば、PCゲーミングにおけるグラフィックス水準もさらに引き上げられることになるだろう。
AMDはGPU市場の覇者となれるか?
UDNAアーキテクチャへの期待は大きいが、AMDが乗り越えるべき課題も存在する。RDNA 4(RX 9000シリーズ)のローンチでは、当初の価格設定や発売後の流通で混乱が見られた。 UDNA世代では、よりスムーズな市場投入と、ユーザーコミュニティの声に耳を傾けた適切な価格設定が求められるだろう。
また、長年NVIDIA CUDAが支配してきたプロフェッショナル市場への食い込みは容易ではない。 UDNAが単なるゲーミングGPUに留まらず、開発者やクリエイターにとっても魅力的な選択肢となるためには、ソフトウェアエコシステムの整備も含めた長期的な取り組みが必要だ。
しかし、特許情報が示すレイトレーシング性能の飛躍的な向上、RDNA/CDNA統合による開発効率化と技術シナジー、そしてSonyとの強力なパートナーシップは、AMDがGPU市場で新たな時代を切り開く可能性を十分に感じさせる。
UDNAは、AMDのGPU戦略におけるパラダイムシフトの始まりなのかもしれない。もし特許情報が示す通りの進化を遂げれば、NVIDIA Blackwellと互角以上に渡り合う、あるいはそれを超える性能を持つRadeon GPUが市場にもたらされ、ゲーマーにとっても、クリエイターにとっても、そしてテクノロジー業界全体にとっても、非常にエキサイティングな未来になると言えるだろう。高騰著しいPCグラフィックボード市場に競争がもたらされ、お財布に優しい状況に変わる事を期待したい物だ。
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