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ロブスターと共にGPUを密輸?中国による奇妙な密輸手口を報告するAnthropicとNVIDIAが対立

Y Kobayashi

2025年5月3日

AIチャットボットClaudeで知られるAnthropicが、NVIDIA製チップの奇妙な密輸手口を告発した。対するNVIDIAは「作り話」と一蹴し、両社の間に激しい火花が散っている。米国の新たなAI半導体輸出規制「Diffusion Rule」の施行を目前に控え、業界大手間の異例の対立は何を意味するのか?

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発端はAnthropicの政策提言:強化されるべき輸出規制

ことの発端は、Amazonなどから巨額の資金調達を行う有力AIスタートアップ、Anthropicが2025年5月初旬に公開した政策提言だ。同社は、米商務省が2025年1月に発表した暫定最終規則「AI Diffusion Rule」に対する意見を提出。この規則は、高性能AIチップとその学習済みモデル(モデルウェイト)の輸出を全世界的に規制し、国家安全保障上のリスクに応じて対象国を3つのティア(Tier 1: 友好国、Tier 2: その他多くの国、Tier 3: 敵対国)に分類するものだ。

Anthropicは、この提言の中で、米国の「計算資源における優位性」を維持・強化することの重要性を強く訴えた。特に、AI開発が国家間の戦略的競争の中心となる中、中国に対する先端半導体の輸出規制は、米国のリーダーシップを守る上で不可欠であると主張している。

同社がその根拠として挙げるのは、以下の点だ。

  1. 計算資源の圧倒的重要性: 高度なAIモデルの学習と運用には膨大な計算能力が必要であり、米国はこの分野で技術的優位を持つ。輸出規制により、米国の技術進歩が続く一方で、中国などの進歩は遅れる。2027年までには、旧世代チップを使う国は、最先端技術を持つ国に比べてAI学習コストが10倍になる可能性があると指摘している。
  2. 中国AI企業の現状 (DeepSeekの例): 中国のAI企業DeepSeekなどは、チップ規制が主な制約であることを公然と認めており、米国企業と同様の結果を得るために2〜4倍の計算資源を必要としている。彼らは規制前に取得した先端チップを使用していた可能性が高く、今後の規制は彼らを効率の劣る中国製チップへの移行を強いるだろう。
  3. 米国のAIインフラ主導権の確立: 厳しい規制がなければ、最先端AI学習のためのインフラ開発が海外(太陽光パネルやバッテリーのように)に移転し、米国の戦略的優位が脅かされる可能性がある。世界の先端半導体製造における米国のシェアは1990年の40%から現在12%に低下しており、この「オフショアリング」は戦略的脆弱性だと警告。Diffusion Ruleは、国内での計算資源利用要件や海外での計算資源上限を設けることで、AIインフラ構築を米国内に留めることを目指している。
  4. 深刻化するチップ密輸: Anthropicは、中国が高度な密輸ネットワークを構築し、数億ドル相当のチップが不正に持ち込まれている事例があると指摘。具体例として、「妊婦を装うための偽物の腹部にプロセッサを隠す」「生きたロブスターと共にGPUを梱包する」といった驚くべき手口が使われていると主張した。また、中国企業が輸出規制を回避するために第三国にペーパーカンパニーを設立する動きも加速しているという。

これらの現状認識に基づき、AnthropicはDiffusion Ruleをさらに強化するため、以下の3点を提言した。

  1. ティアリングシステムの調整: Tier 2国の中でもデータセンターのセキュリティが強固な国に対しては、密輸を防ぎ技術管理を連携させる政府間合意を通じて、より多くのチップを入手できるようにする。
  2. Tier 2国へのライセンス不要枠の引き下げ: 現在、Tier 2国は政府の許可なしにNVIDIA H100換算で約1,700個(約4,000万ドル相当)の先端チップを購入できる。これは密輸の抜け穴となり得るため、しきい値を引き下げ、より多くの取引を審査対象とすべきだと主張。
  3. 輸出執行体制への予算増強: 規制の実効性を高めるため、産業安全保障局(BIS)のリソースを強化する必要がある。

さらにAnthropicは、規則施行の遅延リスクも強調。2025年5月15日の施行日を前に、中国企業による積極的な「駆け込み備蓄」が行われており、いかなる施行延期もさらなる備蓄を招き、規制の効果を弱めると警鐘を鳴らしている。

NVIDIAの猛反論:「作り話」と一蹴

Anthropicのこの大胆な主張に対し、AIチップ市場で圧倒的なシェアを誇るNVIDIAは、異例とも言える強い口調で反論した。NVIDIAの広報担当者はCNBCに対し、次のように述べた。

米国の企業は革新に集中し、挑戦に立ち向かうべきです。大きくて重く、取り扱いに注意が必要な電子機器が『偽の腹部』や『生きたロブスターと一緒』に密輸されているなどという作り話をするのではなく」

これは、Anthropicが挙げた具体的な密輸手口を真っ向から否定し、むしろ規制強化によって競争を制限しようとする動きではないかと示唆するものだ。NVIDIAはさらに、「世界のAI研究者の半数を擁する中国は、AIスタックのあらゆる層に非常に有能な専門家を抱えている。米国は規制当局を操作してAIにおける勝利を掴むことはできない」とも述べ、政策による競争制限を批判した。

NVIDIAとしては、Diffusion Ruleによって中国への先端チップ販売が制限されることに懸念を抱いていると見られる。同社は規制の範囲内で可能な限り中国市場への供給を続けたい意向であり、Anthropicのような規制強化論は、自社のビジネスにとって直接的な脅威となり得るからだ。

NVIDIAのJensen Huang CEO自身も、中国のAI技術力を高く評価している。同氏は4月中旬に中国の通商当局者と面会した後、ワシントンD.C.で「中国はAIで米国に遅れをとっていない」と述べ、Huaweiなどをトップクラスのグローバルテクノロジー企業として賞賛した。

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「ロブスターとGPU」は現実か?密輸の実態と論点のズレ

Anthropicが主張する「偽の腹部」や「ロブスターとGPU」といった密輸手口は、果たして本当に「作り話」なのだろうか?

こうした奇妙な密輸手口については、過去に実際に中国税関によって類似の密輸事例が摘発されている。例えば、CPUを妊婦の偽の腹部に隠して持ち込もうとした事例や、香港でロブスターの貨物と共に「コンピュータディスプレイカード(グラフィックカード)」が押収された事例が報告されている。

もちろん、これらの摘発事例で扱われたのは、Anthropicが主眼とするようなデータセンター向けの大規模なAIアクセラレータ(NVIDIA H100など)そのものではなく、コンシューマー向けのCPUやディスクリートGPUだった可能性が高い。今日のハイエンドグラフィックカードも「大きく、重く、取り扱いに注意が必要な電子機器」に分類されうるものではあるが、NVIDIAが指摘するように、巨大なラック規模のサーバーソリューションとはスケールが異なる。

しかし、重要なのは、規制対象品を回避・密輸しようとする創造的(あるいは奇妙な)試みが存在すること自体は事実であるという点だ。Anthropicが挙げた例は、そうした密輸の実態を象徴的に示すものと言えるだろう。摘発された事例は氷山の一角に過ぎず、シンガポールやマレーシアなど第三国を経由した不審なGPU取引も報告されており、米国政府による調査も進んでいるとされている。

NVIDIAの反論は、Anthropicが挙げた具体例の「奇妙さ」や「スケール感」を強調し、「作り話」と印象付ける戦略かもしれない。しかし、より本質的な論点である「中国による高度な密輸ネットワークの存在と、それを助長しかねない規制の抜け穴」というAnthropicの警告自体を完全に否定するものではない。

それぞれの思惑とAI覇権の行方

この公然たる対立の背景には、両社の置かれた立場と戦略的な思惑が見え隠れする。

  • Anthropic: 最先端のAIモデル開発企業として、NVIDIA製の高性能GPUへのアクセスは生命線だ。国内での安定的なチップ供給を確保し、計算資源コストの上昇を抑えたいという動機は当然あるだろう。同時に、AI技術が軍事転用されるリスクや、民主主義的価値観に基づかないAI開発が進むことへの懸念も表明しており、国家安全保障の観点から規制強化を支持する立場は一貫している。
  • NVIDIA: 世界最大のAIチップ供給者として、可能な限り広範な市場に製品を販売し、収益を最大化したいと考えている。中国市場は依然として巨大であり、規制の範囲内で最大限のビジネスチャンスを追求したい意向が強い。規制強化は自社の売上を直接的に制限する可能性があるため、これに抵抗するのは自然な反応と言える。

皮肉なことに、Anthropic自身もそのAIモデル開発においてNVIDIAのハードウェアに大きく依存している。この状況は、一部の批評家から「米国のトップAI企業が、自社への優先的なチップ供給を確保するために規制を利用しようとしているのではないか」という見方すら生んでいる。

施行迫る規制と不透明な未来

AnthropicとNVIDIAのこの対立は、単なる企業間の意見の相違を超え、米国の対中技術戦略、AI開発競争の行方、そしてグローバルな半導体サプライチェーンの未来を巡る、より大きな構造的問題を浮き彫りにしている。

「AI Diffusion Rule」は5月15日に施行される予定だが、Trump大統領による政策変更の可能性も報じられており、依然として不透明感が漂う。

Anthropicが警告する密輸のリスクは、その具体的な手口の奇抜さに関わらず、輸出規制の実効性を揺るがしかねない現実的な脅威だ。一方で、NVIDIAが主張するように、過度な規制が技術革新のインセンティブを削ぎ、結果的に米国の競争力を損なう可能性も否定できない。

現時点では、どちらの主張が完全に正しいと断定することは難しい。重要なのは、この対立が示す複雑な現実を多角的に理解し、今後の政策決定や技術開発の動向を注意深く見守ることだろう。AIという、人類の未来を左右しかねない技術の覇権を巡る競争は、計算資源という物理的なボトルネックを舞台に、ますます激しさと複雑さを増している。この一件は、その最前線で起きている生々しい現実の一端を垣間見せるものと言えるだろう。


Sources

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