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トランプ政権、バイデン時代のAIチップ輸出規制を撤廃か?報道をNVIDIAは歓迎

Y Kobayashi

2025年5月8日

米Trump政権が、Biden前政権によって導入された人工知能(AI)チップの輸出規制、通称「AI Diffusion Rule」を撤廃し、新たな方針に置き換える計画であることが複数の報道で明らかになった。この動きは、NVIDIAをはじめとする半導体メーカーや関連テクノロジー企業、さらには国際関係にも大きな影響を与える可能性があり、業界内外から熱い視線が注がれている。

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突然の方針転換:Biden政権の「AI拡散防止ルール」とは何だったのか?

問題となっているのは、Biden前政権の末期、今年1月に発表された「Framework for Artificial Intelligence Diffusion(AI拡散に関する枠組み)」、通称「AI Diffusion Rule」と呼ばれる一連の規制だ。 この規制は、高性能なAIチップや関連技術の輸出を管理し、特に中国への流出を阻止することで、米国の技術的優位性を維持し、国家安全保障上の懸念に対処することを目的としていた。 Reutersによれば、これはBiden政権による4年間にわたる取り組みの集大成であり、中国の軍事力強化に繋がりかねない先端チップへのアクセスを制限する狙いがあった。

具体的には、このルールは世界各国を3つの「Tier(階層)」に分類するものだった。

  • Tier1: 米国の同盟国など17カ国と台湾が含まれ、AIチップを無制限に輸入できる。
  • Tier2: 約120カ国が該当し、輸入できるチップの数に上限が設けられる。
  • Tier3: 中国、ロシア、イラン、北朝鮮といった懸念国が含まれ、原則としてAIチップの輸入が全面的に禁止される。

この規制は来る5月15日に発効する予定だったが、Trump政権はこれを施行しない方針を固めたようだ。

「複雑すぎる、官僚的」― 商務省が語る撤廃の理由

なぜ、発効直前の規制を覆すのか。米商務省の報道官は、この政策転換の理由について、「Biden政権のAIルールは過度に複雑で、官僚的すぎ、米国のイノベーションを阻害するだろう」と説明している。 さらに、「我々はこれを、米国のイノベーションを解き放ち、米国のAIにおける支配的地位を確実にする、はるかにシンプルなルールに置き換える」と述べており、新たなアプローチへの移行を示唆した。

Reutersの報道によれば、商務省当局者は特にこの「ティアシステム」を問題視しており、「執行不可能」との認識を示しているという。 複雑な階層分けが現実的でないと判断された格好だ。

この政策転換の背景には、経済界からの反発も無視できない。AIチップの巨人であるNVIDIAは、この規制を「前例がなく、見当違い」と批判していた。 MicrosoftやOracleといった他の大手テクノロジー企業も、このルールが中国への影響を限定的にしか与えない一方で、海外でのビジネスチャンスを妨げることになると懸念を示していた。

興味深いのは、これがTrump大統領が中東訪問を準備しているタイミングでの発表であることだ。サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)は、AIチップの入手が制限されることに難色を示していたとされ、今回の規制緩和がこれらの国々への配慮である可能性も取り沙汰されている。 また、NVIDIAのCEOであるJensen Huang氏が今年初めにTrump大統領とホワイトハウスで会談していたという事実も、何らかの影響があったのか憶測を呼んでいる。

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NVIDIAは歓迎の声明、株価も反応

今回の規制撤廃の報を受け、最も大きな影響を受けると目されるNVIDIAは、すぐさま歓迎の声明を発表した。「我々は政権のリーダーシップとAI政策に関する新たな方向性を歓迎する」とし、「AI Diffusion Ruleが撤廃されることで、アメリカは次世代の産業革命をリードし、高給の米国雇用を創出し、新たな米国の供給インフラを構築し、貿易赤字を緩和するという、一世一代の機会を得るだろう」と期待感を示した。 このニュースを受けて、NVIDIAの株価は一時3%上昇するなど、市場も敏感に反応している。

NVIDIAだけでなく、AMDやIntelといった他の主要な半導体メーカーも、この規制に反対の立場を示していた。 AMDのCEOであるLisa Su氏はCNBCに対し、「国家安全保障のためのアクセス制限と、米国チップ産業を後押しするアクセス提供の間で、米国はバランスを取るべきだ」とコメントしている。 また、NVIDIAのHuang CEOも以前、「中国のAI市場から締め出されることは途方もない損失になるだろう」と述べており、巨大市場へのアクセス維持を強く望んでいたことがうかがえる。

この規制撤廃は、これらの企業にとって短期的には朗報と言えるだろう。輸出の制約が緩和されることで、より多くの国へAIチップを販売できるようになる可能性が広がるからだ。しかし、NVIDIAが過去に中国への先端チップ販売で55億ドルの課徴金を科された事例もあり、中国への輸出管理が完全に自由化されるわけではなく、依然として厳しい管理下に置かれる可能性が高いことには留意が必要だ。

新たな規制の姿は? ― 「グローバルライセンス制度」や「二国間合意」が浮上

では、撤廃される「AI Diffusion Rule」に代わる新しい規制はどのようなものになるのだろうか。商務省報道官は「はるかにシンプルなルール」への置き換えを明言しているが、その具体的な内容はまだ明らかにされていない。 新ルールの策定時期についても未定だという。

しかし、いくつかの可能性が報じられている。Reutersによれば、Trump政権はティアアプローチを完全に廃止し、代わりに「グローバルライセンス制度」や各国との「政府間合意」または「個別合意」を導入することを検討しているという。 これは、各国と個別に交渉し、AIチップへのアクセスを認める代わりに、例えば関税面での譲歩を求めるといった形になる可能性も示唆されている。

このようなアプローチは、画一的なルールではなく、各国の事情や米国との関係性に応じて柔軟に対応できるというメリットがある一方で、交渉が複雑化したり、国によって不公平感が生じたりする可能性も否定できない。今後の具体的な制度設計が注目されるところだ。

米国のAI覇権戦略の転換か? ― 深まる謎と今後の展望

今回の政策転換は、単なる規制の技術的な見直しに留まらず、米国のAI戦略や国際的な技術覇権争いに大きな影響を与える可能性がある。Biden前政権は、先端技術へのアクセスを制限することで中国の台頭を抑え込もうとした。これに対し、Trump政権は「米国のイノベーションを解き放つ」ことで、米国の優位性を確保しようとしているように見える。このアプローチの違いが、長期的にどのような結果をもたらすのか、専門家の間でも意見が分かれるところだろう。

かつて、高性能なゲーム機であったPlayStation 2が、その処理能力の高さからスーパーコンピュータに匹敵すると見なされ、核兵器開発に転用される危険性があるとして輸出が制限された時代があった。 今回のAIチップ規制も、その現代版と言えるかもしれない。しかし、技術の進化は止まらず、グローバルなサプライチェーンは複雑に絡み合っている。そのような中で、一国が技術の流れを完全にコントロールしようとすることの難しさを、今回の政策転換は示しているのかもしれない。

とはいえ、この動きが直ちに米国の対中技術戦略の軟化を意味するとは考えられないだろう。むしろ、より実効性があり、かつ米国の経済的利益にも資する形での新たな牽制策を模索している段階なのではないだろうか。商務省が「米国のAIにおける支配的地位を確実にする」と述べていることからも、その意志は明確だ。

今後、どのような「シンプルなルール」が登場するのか。それが世界のAI開発競争や半導体市場、そして米中関係にどのような影響を及ぼすのか。不確実性は依然として高いが、テクノロジー業界の未来を占う上で、この動向から目が離せないことだけは確かである。


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