TSMCは最新の技術シンポジウムで、AI時代の爆発的な性能要求に応えるため、チップパッケージング技術の野心的なロードマップを発表した。現行のCoWoS技術を大幅に拡張し、さらにウェハーレベルでチップを集積するSoW (System-on-Wafer) やSoW-X技術を投入することで、最大で標準モデル比40倍もの性能向上を目指すという。
なぜ今、高度なパッケージング技術が求められるのか?
半導体業界では長年、ムーアの法則に従いトランジスタの微細化によって性能向上が図られてきた。しかし、その微細化も物理的な限界に近づきつつあり、プロセスルールの進化だけでは、特にAIやハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)分野で求められる飛躍的な性能向上を達成することが難しくなっている。
TSMCのシニアVPであるKevin Zhang氏が指摘するように、「AIの急増は半導体業界の様相を実質的に変えた」。データセンターにおけるAIチップへの需要は、かつて最大市場であったスマートフォンやIoTデバイスを凌駕する勢いである。
こうした背景から、複数のチップ(チップレット)を高密度に接続し、あたかも一つの巨大なチップのように動作させる「アドバンスト・パッケージング」技術の重要性が増している。NVIDIAのGPUやAMDのAIアクセラレータなどが採用するTSMCのCoWoS (Chip-on-Wafer-on-Substrate) 技術は、まさにこの分野をリードしてきた。しかし、AIの進化は止まらない。TSMCは、そのCoWoSをさらに進化させ、全く新しい次元の統合技術を打ち出すことで、次世代の要求に応えようとしているのだ。

CoWoS技術の進化:巨大化するチップレット統合
TSMCは、CoWoS技術を着実に進化させ、より多くのチップレットとメモリを搭載可能なプラットフォームを提供していく計画だ。

現行CoWoS:すでに限界への挑戦
現在主流のCoWoS技術では、約2,831 mm^2のインターポーザ(チップレット間を接続する基板)サイズを実現している。これは、EUVリソグラフィで一度に露光できる限界サイズ(レチクルサイズ、約858 mm^2)の約3.3倍に相当する。この技術により、AMD Instinct MI300XやNVIDIA B200 GPUのように、2つの巨大な演算チップレットと8スタックのHBM(広帯域メモリ)を搭載することが可能になっている。
次世代CoWoS-L:5.5倍レチクルへ
TSMCは、2025年以降に「CoWoS-L」と呼ばれる次世代技術を導入予定だ。これはインターポーザサイズを約4,719 mm^2(レチクルサイズの約5.5倍)に拡大し、最大12スタックのHBMを搭載可能にする。基板サイズも100×100 mm(10,000 mm^2)へと大型化する。TSMCは、この技術世代で現行比3.5倍以上の演算性能を実現できると見込んでいる。NVIDIAが次世代GPU「Rubin」で12スタックのHBM4を採用すると噂されており、このCoWoS-Lがその基盤となる可能性が高い。
将来のCoWoS:9.5倍レチクルという領域
さらにTSMCは、インターポーザ面積を約7,885 mm^2(レチクルサイズの約9.5倍)まで拡大する計画を持つ。基板サイズは120×150 mm(18,000 mm^2)と、CDケース(約142×125 mm)に匹敵する大きさになる。これは、昨年TSMCが示していた8倍レチクル/120×120mm基板の計画からさらに拡大しており、顧客からの強い要求を反映したものと考えられる。この巨大なパッケージ上には、複数の演算チップレット(例えば、N2プロセスとN3プロセスで作られたダイを3D積層したSoIC)や12スタックのHBM4メモリ、さらに入出力(I/O)用ダイなどを集積することが想定されている。
究極の統合:System-on-Wafer (SoW) と SoW-X

CoWoSの進化の先には、シリコンウェハーそのものを巨大なインターポーザとして利用する「System-on-Wafer (SoW)」技術がある。
SoW:ウェハー全体が一つのシステムに
チップ設計がレチクルサイズを超えるという課題に対し、TSMCは「シリコン・オン・ウェハー技術」を解決策として提示している。「ウェハーを使ってインターポーザを作り、その上に全てのダイを載せる。これにより、実質的にレチクルサイズの40倍もの統合能力が得られる」とZhang氏は述べている。これは、理論上、極めて多数の演算ユニットとメモリを1枚のウェハー上に集積できる可能性を示唆する。
現在、ウェハーレベル統合を採用しているのは、AIチップを手掛けるCerebras SystemsやTesla(Dojoプロセッサ)などに限られるが、TSMCは今後、同様の要求を持つ顧客が増えると見込んでいる。

SoW-X:40倍の性能向上を目指す?
TSMCはさらに「SoW-X」と呼ばれるバリアントも発表した。このSoW-Xは「現行世代のCoWoSソリューションと比較して40倍高いコンピューティングパワー」を提供すると主張されている。
現時点でSoW-Xの技術的な詳細は不明な点が多いものの、SoW技術をベースに、さらなる性能向上を実現する最上位パッケージング技術と位置づけられる可能性が高い。これらのSoWバリアントは、2027年までに量産が開始される予定だ。
技術的課題への挑戦:電力供給、インターコネクト、冷却
これほどまでに巨大なチップパッケージを実現するには、数々の技術的課題を克服する必要がある。
キロワット級の電力供給
最大の課題の一つが、消費電力がキロワット級に達する巨大プロセッサへの効率的な電力供給だ。TSMCはシステムレベルでの解決策を提示している。具体的には、TSMCのN16 FinFETプロセスで作られたモノリシックな電力管理IC(PMIC)とオンウェハーインダクタを、CoWoS-LパッケージのRDLインターポーザに直接統合する。これにより、電源とアクティブなダイとの距離が短縮され、電力供給の効率と安定性が向上する。さらに、インターポーザやシリコン基板に直接埋め込まれたディープトレンチキャパシタ(eDTC/DTC)が高密度のデカップリングを提供し、急激な負荷変動下でも安定した動作を保証する。これは、電力供給をチップ設計やパッケージングと一体で最適化する、システムレベルでのアプローチへの移行を示すものだ。
銅配線の限界とシリコンフォトニクス
チップレット間のデータ伝送速度が向上するにつれて、従来の銅配線は消費電力と信号損失の面で限界が見え始めている。Zhang氏が指摘するように、「今日の高速サービスIOは銅線ソリューションに基づいており、非常に電力消費が大きい」。TSMCは、この問題を解決するためにシリコンフォトニクス技術(光を使ってデータ伝送する技術)の導入を進めている。光インターコネクトは、データセンター内での処理速度を向上させ、消費電力を削減する鍵となる。TSMCは、光ダイと電子ダイをCoWoSのようなパッケージ上で統合し、「1年以内に生産に導入する」ことを目指している。将来的には、チップ間接続の主流が銅線から光へと移行する可能性がある。
フォームファクタと冷却
パッケージサイズがCDケース大にまで巨大化すると、既存のサーバー規格にも影響が及ぶ。計画されている100×100 mm基板はOAM 2.0フォームファクタ(102×165 mm)の物理的限界に近く、120×150 mm基板はそのサイズを超えるため、新しいモジュール規格やボードレイアウトが必要になるだろう。
また、キロワット級の電力を消費するプロセッサは膨大な熱を発生させるため、冷却も大きな課題となる。すでに直接液体冷却や液浸冷却といった先進的な冷却技術が導入され始めているが、パッケージの巨大化に伴い、より高度な熱対策が不可欠となる。
業界への影響と将来展望
TSMCによるこれらの先進的なパッケージング技術の発表は、半導体業界、特にAIとHPC分野に大きな影響を与えるだろう。
- 性能競争の加速: CoWoSの進化とSoW/SoW-Xの登場は、NVIDIA、AMD、Intelといった主要プレイヤー間のAIチップ開発競争をさらに激化させる。より多くの演算コアとメモリを統合できるようになることで、これまで不可能だった規模のAIモデルの開発や、より複雑なシミュレーションが可能になる。
- TSMCの優位性: TSMCは、最先端のプロセス技術(A14ノードなど)と先進的なパッケージング技術の両輪で、ファウンドリ市場におけるリーダーシップをさらに強固なものにするだろう。TechInsightsのDan Hutcheson氏の言葉を借りれば、「TSMCはまるで何も行く手を阻むものがないかのように革新を続けている」。競合であるIntelやSamsungも追随を図るが、TSMCの包括的なソリューションは強力なアドバンテージとなる。
- 新たなアプリケーションの創出: これらの技術は、データセンターだけでなく、将来的にはスマートグラスのようなエッジデバイスにも応用される可能性がある。Zhang氏が示唆するように、スマートグラスがスマートフォンを上回る最大のコンシューマデバイスになる可能性もあり、そのためには高度なセンサー、接続性、そして効率的な演算能力を小型パッケージに収める技術が不可欠となる。
TSMCが描く未来は、単なるチップの微細化ではなく、多様なチップレットを巨大な一枚の基板上、あるいはウェハー上に統合することで、システム全体の性能を飛躍的に向上させるというものだ。その道のりには電力供給や冷却といった多くの課題が存在するが、TSMCはそれらを克服するための具体的な解決策を着実に打ち出している。今後数年間で、これらの技術がAIコンピューティングの風景をどのように変えていくのか、注目していく必要がある。
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