NASAが2026年4月1日に打ち上げた有人月周回ミッション「アルテミス2(Artemis II)」では、Orion宇宙船に搭載したレーザー通信システム「Orion Artemis II Optical Communications system(O2O)」の実証も進める。O2Oは、月近傍から地球へ4K高精細映像や画像、各種運用データを送ることを想定した光通信系で、NASA Goddard Space Flight CenterとMIT Lincoln Laboratoryが共同で開発してきた。
アルテミス2は、アポロ計画以来50年以上ぶりとなる有人の月周回飛行である。今回の焦点は月周回飛行そのものに加え、従来の無線周波数(RF)通信より広い帯域を扱える光通信を有人ミッションへ持ち込み、映像伝送、機体データの早期取得、地上との双方向連絡をどこまで実運用に近い形で成立させられるかを試す点にある。NASAはO2Oについて最大260Mbpsの伝送能力を示しており、4K高精細映像の伝送が可能だとしている。
O2Oは月近傍の映像と運用データを地球へ送る通信系である
O2Oは、アルテミス2のOrion宇宙船に搭載される光通信システムである。NASAの説明では、月近傍から地球に向けて4K高精細映像を送るほか、飛行手順、画像、フライトプラン、科学データ、乗員と地上管制のやり取りにも使う構成になっている。位置づけとしては、一般向けの高精細映像配信にとどまらず、有人深宇宙飛行で増える情報量に対応する通信基盤の実証である。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ミッション | Artemis II |
| 打ち上げ日 | 2026年4月1日 |
| 飛行の性格 | 有人の月周回試験飛行 |
| ミッション期間 | 約10日間 |
| 通信システム名 | Orion Artemis II Optical Communications system(O2O) |
| 通信方式 | 光通信(レーザー、赤外線ベース) |
| 最大伝送速度 | 260Mbps |
| 伝送対象 | 4K高精細映像、画像、飛行手順、フライトプラン、科学データ、地上との通信 |
| 開発主体 | NASA Goddard Space Flight Center、MIT Lincoln Laboratory |
| 資金 | NASAのSCaN program |
この表から読み取れるのは、O2Oが映像専用の装置ではなく、飛行運用そのものを支える通信系として設計されている点である。公表資料ではRF通信も引き続き併用される前提が示されており、アルテミス2では既存の通信手段を維持しながら、高帯域の光リンクを追加する形になる。深宇宙探査向けの通信を一気に切り替えるのではなく、既存系の上に新しい高帯域系を重ねる段階に入ったといえる。
260Mbpsで変わるのは映像品質だけではない
NASAはO2Oの利点として、RFより多くのデータを一度に運べる点を挙げる。光通信では赤外線を用いるため、より高い情報量を載せやすく、高精細映像だけでなく、宇宙船内で発生する運用情報や科学データもまとめて速く地球側へ送れる。
MIT Lincoln Laboratoryの説明では、Orionはミッション初日に大量のデータを取得し、従来であれば海上着水後まで機体内に保持され、取り出しに数カ月かかることもあるという。これに対して光リンクを最高レートで使えれば、データを数時間で地球へ降ろし、即時解析に回せる見通しだとしている。有人飛行では映像の見栄えよりも、機体状態や搭載系の情報を早く地上へ渡せることの方が運用上の意味は大きい。O2Oの価値は、その点にある。
研究チームは、光リンクを通じて宇宙飛行士が地上とリアルタイムに近い形で連絡し、医師との相談やミッション調整、映像共有に使える可能性にも触れている。現時点の公表資料では、Artemis IIでO2Oをどの時間帯にどれだけ使うのか、一般向け映像がどの頻度で公開されるのかまでは明記されていない。それでも、260Mbpsという水準は、月近傍の有人飛行で映像付き深宇宙通信を運用するうえで重要な節目になる。
中核端末MAScOTは小型の光学系に指向制御を集約した
O2Oの中核にあるのが、MIT Lincoln Laboratoryが開発した光通信端末「MAScOT(Modular, Agile, Scalable Optical Terminal)」である。研究所の説明では、MAScOTは猫ほどの大きさで、4インチ望遠鏡を2軸ジンバルに載せ、固定式の後段光学系を組み合わせた構造を採る。ジンバルで望遠鏡を精密に向け、後段側ではレンズ、追尾センサー、高速ステアリングミラーなどを使ってレーザービームを細かく制御する。

この構成の意味は、深宇宙向けの高帯域通信を、宇宙船に載せられるサイズ、重量、消費電力の範囲に収める点にある。NASAはO2Oの解説で、光通信システムは同等の機能を持つRF系より小型・軽量・省電力にしやすく、将来ミッションでは他の機器の搭載余地を広げられるとしている。アルテミス2では、その考え方を有人宇宙船で試すことになる。
MAScOTは2025年にアルテミス2のOrion外部へ搭載され、2026年4月1日の打ち上げで実際の飛行へ入った。O2Oは概念実証にとどまらず、打ち上げ前の統合作業を終えた実ミッション搭載機材として運用されている。
地上側は晴天条件を見込んだ受信局と複数拠点の運用体制で支える
光通信は高帯域だが、運用条件はRFより繊細である。NASAは、O2Oの地上側拠点としてLas Cruces(New Mexico州)とTable Mountain(California州)を挙げ、どちらも晴天が見込まれやすいことを選定理由としている。公表資料でも、雲が光通信に影響しうる点は明示されており、性能は宇宙船側の機器だけでなく、地上側の気象条件にも左右される。
一方、MIT Lincoln Laboratoryは、運用チームがHouston、White Sands、さらに南半球から視認性を確保しやすいオーストラリアの実験地上局から打ち上げと約10日間のミッションを追っていると説明している。NASAの資料にある受信局情報と、Lincoln Laboratoryが示す運用拠点情報は、同じ地上側システムでも役割が異なる可能性がある。ただし、公表資料では各拠点の機能分担までは細かく示されていない。少なくとも、O2Oが宇宙船上の新装備だけで完結するのではなく、天候条件を踏まえた受信局配置と、複数地点からの運用支援を前提としたシステムであることは分かる。
アルテミス2のO2Oは過去のレーザー通信実証の延長線上にある
NASAとMIT Lincoln Laboratoryは、O2Oを単独の新規装置としてではなく、過去10年以上にわたる光通信実証の延長として位置づけている。2013年のLLCDでは、月から地球への622Mbpsダウンロードを達成し、月距離でレーザー通信が成立することを示した。2021年のLCRDでは双方向のレーザー中継系を構築し、2022年のTBIRDでは宇宙からの200Gbpsダウンリンクを実証した。さらに2023年に国際宇宙ステーションへ送られたILLUMA-Tでは、当初目標の622Mbps下り、51Mbps上りを上回り、6カ月の実験で1.2Gbps下り、155Mbps上りを達成している。
| 実証・システム | 時期 | 主な到達点 |
|---|---|---|
| LLCD | 2013年 | 月から地球へ622Mbpsのダウンロードを実証 |
| LCRD | 2021年 | 双方向のレーザー通信中継システムを実証 |
| TBIRD | 2022年 | 宇宙から200Gbpsのダウンリンクを実証 |
| ILLUMA-T | 2023年打ち上げ、以後6カ月実験 | 目標622Mbps下り/51Mbps上り、実測では1.2Gbps下り/155Mbps上りを達成 |
| O2O(アルテミス2) | 2026年 | 有人月周回飛行で最大260Mbps、4K映像と運用データの伝送を実証へ |
この比較表から見えてくるのは、アルテミス2のO2Oが単純な最高速度競争の延長にはないという点である。TBIRDやILLUMA-Tの方が高い数値を示していても、O2Oは有人の月周回飛行という条件のもとで、映像、運用手順、飛行計画、機体データを含む実ミッション通信として成立させるところに意味がある。評価軸は速度だけではなく、「誰が」「どこから」「どの任務で」使うのかへ移っている。
アルテミス2の公表資料から分かるのは、NASAが月周回の有人飛行を、探査再開の象徴としてだけでなく、将来の月面活動やその先の深宇宙探査で必要になる通信方式の試験場としても使っている点である。現時点で公開されている情報では、O2Oの実運用比率や一般向け4K映像公開の具体的なスケジュールまでは示されていない。ただ、アルテミス2で光通信を有人ミッションへ組み込んだこと自体が、深宇宙通信の設計を一段進める節目になったことは確かである。
Sources
- MIT Lincoln Laboratory: Lincoln Laboratory laser communications terminal launches on historic Artemis II Moon mission