世界のAI開発競争が加速する中、その心臓部とも言えるAIアクセラレータの性能を左右する「高帯域幅メモリ(HBM)」を巡り、新たな動きが起きている。中国最大のDRAMメーカーであるChangXin Memory Technologies(以下、CXMT)が、第4世代のHBM製品である「HBM3」の本格的な量産体制に乗り出したと言うのだ。
米国の輸出規制によって先端半導体の入手が困難な中国において、自国主導のAIエコシステムを確立するための「死活問題」とも言えるプロジェクトである。同時に、世界的なメモリ不足を背景に、これまで韓国勢が独占してきた市場に中国製メモリが浸透し始める前兆でもあるだろう。
20%の生産能力をHBM3に投じるCXMTの覚悟
韓国メディア、MKの報道によれば、CXMTは2026年までに同社のDRAM総生産能力の約20%にあたる、月間6万枚(ウェハー換算)をHBM3の生産に割り当てる計画を立てていると言う。CXMT全体の月間生産能力が30万枚であることを踏まえれば、この「20%」という数字は極めて重い。
HBMは、従来のDRAMを垂直方向に積み重ねることでデータ転送速度を飛躍的に高めた特殊なメモリだ。その製造工程は通常のDRAMよりもはるかに複雑で、歩留まり(良品率)の確保が極めて難しいとされる。それにもかかわらず、CXMTが生産能力の5分の1を割くという判断を下したのは、中国国内におけるAIチップ向けの需要が爆発的に高まっているためだ。
Huaweiとの「密約」と垂直統合の動き
この増産計画の背景には、中国の通信機器大手Huaweiの存在が色濃く影を落としている。Huaweiが進めるAIアクセラレータ「Ascend」シリーズの進化において、最大のボトルネックとなっているのがHBMの確保だ。
米国の制裁により、HuaweiはSamsungやSK hynix、Micronといった世界トップ3のメーカーからHBMを調達することができない。これまでは輸出規制が強化される前に備蓄したSamsung製の在庫でしのいできたが、それも限界に近い。そこでHuaweiは、CXMTと共同でHBMの開発・製造を進めるという「内製化」の道を突き進んでいる。
業界関係者の証言によれば、CXMTは現在、Huaweiに対してHBM3のサンプル出荷を開始しており、両者は低い歩留まりを覚悟の上で量産へと踏み切る構えだ。これは経済合理性よりも、国家戦略としての「自給自足」を優先した結果と言えるだろう。
縮まる「技術格差」:4年から3年への短縮が意味するもの
これまで、メモリ半導体、特にHBMのような最先端技術において、中国メーカーと韓国メーカーの間には埋めがたい溝があると考えられてきた。しかし、その距離は確実に縮まりつつある。
韓国の半導体業界の分析によれば、前世代の製品における中韓の技術格差は約4年だった。しかし、今回のHBM3に関しては、韓国勢が2023年に量産を開始したのに対し、CXMTは2026年に大規模な量産を見込んでいる。つまり、格差は3年にまで短縮されたことになる。
EUV不在の壁をどう乗り越えるか
もちろん、CXMTの行く手には巨大な技術的障壁が立ちはだかっている。最大の懸念は、最先端の露光装置であるEUV(極端紫外線)リソグラフィ装置へのアクセスが遮断されていることだ。
通常、HBM3のような微細なプロセスが必要な製品の製造にはEUVが不可欠とされる。しかし、CXMTは既存のDUV(深紫外線)装置を用いた「マルチパターニング(多重露光)」技術を駆使して、この壁を突破しようとしている。
マルチパターニングは、一度で済む露光工程を複数回に分けて行うため、製造コストが跳ね上がり、工程が複雑になるほど欠陥が生じるリスクも高まる。これが「低い歩留まり」が予測される最大の理由だ。それでもなお、中国政府の巨額の補助金、具体的には「国家集成電路産業投資基金(大基金)」による強力なバックアップが、この非効率な製造プロセスを支えている。
Samsungの反撃:世界初のHBM4量産へ
中国の猛追を前に、王座を死守せんとする韓国勢も手をこまねいているわけではない。業界のリーダーであるSamsungは、2026年2月第3週にも、第6世代となる「HBM4」の量産を開始する予定だ。
Samsungが今回量産するHBM4は、NVIDIAの次世代AIアクセラレータ「Vera Rubin」に搭載されることが期待されている。Samsungは既にNVIDIAの品質テストを通過し、正式な購買注文(PO)を獲得したと報じられている。また、SK hynixも2026年第1四半期中にHBM4の量産供給を開始する予定であり、中韓の技術競争は「追いつき、追い越せ」から「突き放し」のフェーズへと移行している。
ここで注目すべきは、HBMの世代交代の速さだ。CXMTがHBM3(第4世代)に心血を注いでいる間に、SamsungとSK hynixは既に2世代先を見据えている。このスピード感についていけるかどうかが、CXMTが真のグローバルプレーヤーになれるかどうかの試金石となる。
コンシューマー市場への波及:ゲーマーに及ぶ影響
CXMTのHBM3への生産能力シフトは、意外なところにも影響を及ぼそうとしている。それは、私たちが日常的に使用するPCやゲーミングデバイス向けのDRAM市場だ。
CXMTがHBM3のような先端製品にリソースを集中させることで、本来同社が得意としていたコンシューマー向けの安価なDRAMの供給が抑制される可能性がある。実際に、DellやHP、ASUS、AcerといったPCメーカー大手は、主要なDRAMサプライヤーがAI向けのHBMに生産ラインを奪われていることによる供給不足を懸念し、CXMTからの供給拡大を模索している。
しかし、そのCXMTまでもがHBMに軸足を移すとなれば、市場全体のDRAM価格を押し上げる要因になりかねない。これまで「安価な中国製メモリが供給不足を救う」という期待もあったが、AIブームの熱狂は、一般のユーザーが手にするメモリの価格という形でも影響を及ぼし始めている。
構造的なボトルネック:メモリとネットワークのジレンマ
Neuberger Bermanの分析によれば、現在のAIエコシステムには2つの決定的な「チョークポイント(障害)」が存在する。一つは今回の主題であるメモリチップ(HBM)であり、もう一つはデータセンター間の通信を支えるネットワーク接続(光学ネットワーキング)だ。
AIのモデルが巨大化するにつれ、計算速度だけでなく、データをメモリからプロセッサへと送り込むスピードが追いつかなくなっている。これがHBMへの需要を異常なまでに押し上げている正体だ。
この構造的な需要は、半導体製造装置メーカー(SEM)にとっても大きな商機となっている。Applied MaterialsやASMLといった装置メーカーへの需要は、2026年から2027年にかけてピークを迎えると予測されている。CXMTによる生産ラインの構築も、こうした世界的な製造装置市場の活況を裏支えする要因の一つとなっている。
地政学が書き換える技術ロードマップ
CXMTのHBM3量産への挑戦は、単に「遅れたランナーが先頭集団を追っている」という構図ではない。そこには、米国による規制という逆風を、国家を挙げた執念で克服しようとする中国の意地が見て取れる。
格差が4年から3年に縮まった事実は、韓国勢にとって看過できない脅威だ。しかし、同時にSamsungやSK Hynixといったトップランナーが次世代のHBM4へと舵を切っている現状では、中国が本当の意味で肩を並べるまでには、まだいくつもの高い壁が存在する。
今後数年間の注目点は、CXMTが「低い歩留まり」というコストの壁を乗り越え、Huawei以外の広範な顧客にHBMを供給できるレベルにまで到達できるか。そして、その過程で世界のDRAMサプライチェーンがどのように再編されるかにある。AIがもたらす熱狂は、半導体業界の地図を塗り替えようとしている。
Sources
- MK
- The Korea Times: Imperative to stay ahead in memory chips