葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』に描かれた波の飛沫や、冬の空から舞い落ちる雪の結晶は、顔料で白く塗られているわけではない。水や氷という透明な物質と、空気との境界面が光をあらゆる方向に散乱させることで、人間の目には純白として映る。和紙が白く見えるのも、絡み合った植物繊維が光を散乱しているためだ。この自然の仕組みを工業材料に応用すれば、環境に負荷をかける化学物質を排除できる。

京都大学アイセムスのEasan Sivaniah教授らが2026年9月に学術誌『Nature』で発表した新技術は、光と溶剤の処理だけで素材内部に微細な泡を作り出し、色と撥水性を同時に引き出す手法である。

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有害な化学物質に依存してきた白さと撥水性

現代の工業製品において、日用品や建材に明るい白さと水や油を弾く性能は欠かせない。しかし、その背後には特定の化学物質への強い依存があった。

食品添加物から外された二酸化チタン

白色を生み出すために長年使われてきたのが二酸化チタンだ。約2.7という極めて高い光の屈折率を持ち、少量を混ぜるだけで下地を隠す強い不透明度と鮮やかな白さを発揮する。この優れた光学特性により、塗料やプラスチック、紙、化粧品などに広く添加されてきた。しかし近年、ナノサイズの微粒子が体内に取り込まれた際の安全性が議論の的となっている。欧州連合は発がん性の疑いや体内への蓄積リスクを完全に排除できないとし、2022年に食品添加物としての使用を全面禁止した。安全性への懸念は、他の用途における代替技術の模索を促している。

「永遠の化学物質」PFASの規制拡大

同時に、水を弾くためのコーティングとして普及してきた有機フッ素化合物群に対する目も厳しくなっている。PFASと呼ばれるこれらの物質は、炭素原子とフッ素原子の結合が化学的に極めて強固であり、水も油も弾き、熱にも強い。フライパンの表面処理からアウトドアウェア、防水スプレーに重宝されてきた。だが、その強固な結合ゆえに自然界の微生物や光では極めて分解されにくく、地下水や土壌を通じて生態系に長く留まる性質を持つ。水質汚染や健康被害との関連が指摘され、「永遠の化学物質」として世界各地で製造や使用の規制が急速に拡大している。

産業界は白さと撥水性を維持したまま、これら二つの添加物を代替する手段を迫られていた。新しい安全な化学物質をゼロから合成し、毒性試験をクリアするには膨大な時間とコストがかかる。そこで研究チームは、材料に何を混ぜるかではなく、材料の形をどう変えるかという物理的なアプローチへ切り替えた。

分子を光で切り刻み、弱溶剤で膨らませる

研究チームが開発した「Deep Foam Photolithography (DFP)」は、ポリマーの内部構造を光と溶剤で書き換える技術だ。

フォトリソグラフィの立体的な応用

原理は半導体製造で使われるフォトリソグラフィ技術の応用に近いが、狙いは平面の回路を描くことではなく、立体的な泡のネットワークを作ることにある。手順は二つの段階で進む。まず、光増感剤を含ませたポリマーフィルムに、特定の波長の紫外線を照射する。光のエネルギーはフィルムの深部まで到達し、ポリマーを構成する長い分子の鎖を短い断片へと切断していく。と同時に、光が強く当たった箇所では分子同士を繋ぎ止める架橋反応も進行する。光の照射によって、切断と架橋という相反する反応が材料の内部に混在する状態を作り出す。

溶剤による膨潤と構造の固定化

次に、光を当てたフィルムを弱い溶剤に浸透させる。通常、ポリマーを強力な溶媒に入れると全体が溶けて形を失ってしまう。しかしDFP処理を施したフィルムでは、光によって新しく作られた架橋の網目構造が骨組みとして働き、フィルム全体の形状を維持する。

その一方で、光で短く切断された分子断片は溶剤を取り込んで局所的に溶解し、膨張しようとする。架橋された硬い網目の中で、溶け出した断片が内側から圧力をかけて空間を押し広げることで、無数の微細な孔が生まれる。浸透と膨潤のプロセスを粘弾性的に制御することで、泡が崩れるのを防ぎながら、多孔質の発泡構造を固定している。

ハスの葉に学ぶ散乱と撥水メカニズム

形成された微細な泡の集合体が、二つの機能を同時に発現させる。一つは内部の空洞による光の散乱だ。泡とポリマーの境界面が光を全方向に反射することで、二酸化チタンのような顔料を一切含まずに強い白さを見せる。

もう一つは表面形状の変化である。発泡によってフィルムの表面に微小な凹凸が形成され、これがハスの葉の表面と同じ仕組みで水を弾く。水滴が触れる面積が極端に小さくなるため、水が球状になって転がり落ちる強力な撥水性が生まれる。

光を当てる場所と強さを変えれば、発泡する位置も自在に制御できる。研究チームは20,000 DPIという極めて高い解像度でこの微細構造を印刷することに成功した。これは微細な構造の周期性によって光の干渉を利用し、回折による発色現象すら引き起こせるほどの精密さであり、一般的な家庭用プリンターの解像度をはるかに凌ぐ。

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既存の市販ポリマーをそのまま使える利点

項目 従来技術 Deep Foam Photolithography (DFP)
白色の発色原理 二酸化チタン(TiO2)などの顔料による光散乱 内部に形成した発泡多孔質構造による光散乱
撥水性の付与 PFAS(有機フッ素化合物)などの表面コーティング 表面に形成される微細な凹凸構造(ロータス効果)
環境・安全リスク 毒性懸念や長期残留性により世界的に規制強化 添加物不使用、既存の市販ポリマーで実現可能
微細加工の解像度 顔料粒子のサイズや塗布手法の物理的限界に依存 最大20,000 DPIで任意の位置に形成可能

ゼロからの合成を避けるコスト優位性

DFP技術が持つもう一つの強みは、実用化へのハードルの低さにある。自然界の構造色や撥水性を模倣するバイオミメティクス技術の多くは、微細なシリカ粒子を精密に並べる自己組織化プロセスや、真空環境での特殊なエッチング加工を必要とし、製造コストの高さが課題になっていた。また、新しい機能を持たせるために未知の化学物質を合成すれば、長期的な安全性や環境への影響を評価する毒性試験に長い年月を要する。

DFP技術はこれらの課題を迂回する。研究チームは東華大学の研究者と共同で、すでに市場に広く流通している複数の一般的なポリマーを用いて、この手法が機能することを確かめた。既存の安全な材料を基材に使い、光と溶剤という既存の工業プロセスを組み合わせるだけで、新しい機能を引き出せる。

布地や立体物への適用と軽量化

また、発泡プロセスは平らなフィルムだけでなく、布地などの繊維材料や曲面を持つ立体物にも適用できる。光の照射と溶剤への浸透という手順は、複雑な形状の対象物でも表面から内部へ均一に処理を施しやすい。

さらに、顔料の粉末やフッ素系の重いコーティング剤を物理的に塗り重ねないため、材料そのものの重量も軽くなる。微小な気泡を含んだ多孔質構造は、素材全体の密度を下げる効果も併せ持つ。有害な化学物質を使い捨ての包装材や衣料品から取り除きながら、これまで通りの見た目と機能を維持する現実的な選択肢となる。

摩耗や長期使用に向けた次の検証条件

機能を生み出す主役を化学から構造へと移す設計思想は、素材産業の持続可能性を大きく高める。しかし、物理的な構造に依存するからこそ直面する制約もある。

連続生産プロセスにおける均一性の確保

工業的な実用化に向けては、フィルムや繊維をロール状に巻き取って連続的に加工するロール・トゥ・ロール方式のような大量生産プロセスにおいて、20,000 DPIの精度と発泡の均一性を維持できるかが問われる。製造ラインの移動速度と、溶剤が浸透してポリマーが膨潤する速度のバランスをどう最適化するかが、製造コストを左右する。

物理的ストレスに対する長期耐久性

次の判断材料は、微細な発泡構造が屋外環境や物理的なストレスにどこまで耐えられるかだ。表面の微細な凹凸は、強い摩擦や圧力が加われば削れて平らになってしまう。構造が潰れれば撥水性も失われる。また、多孔質構造の内部に細かい汚れや油が入り込んだ場合、光の散乱が妨げられ、白さを長期間維持できない可能性もある。

耐久性と量産プロセスの検証が進めば、日用品や建材において、私たちの身の回りにある白い製品の素材が根本から置き換わる条件が揃う。