空飛ぶクルマ(eVTOL)産業は、プロトタイプ開発の段階を終え、商用展開に向けた技術検証のフェーズへ移行している。GAC(広州汽車集団)がインキュベートする低高度モビリティ企業GAC Govyの創業者兼CEOであるSu Qingpengは、現在のeVTOL市場を約10年前の電気自動車(EV)市場になぞらえている。新エネルギー車が市場シェア7%を超えて急成長したのと同様に、航空モビリティも普及の閾値を超えれば急速に拡大すると予測し、2030年までに持続可能な商業エコシステムが確立されるとの見通しを示した。
一方で、資本市場のeVTOLに対する視線は変化している。かつては技術的なスペックや性能の主張に注目が集まっていたが、現在ではより現実的な商業的成功の指標が重視されている。具体的には、機体の納入数、収益性、生産体制の整備、そして耐空証明取得に向けた明確なスケジュールといった実務的な進捗である。GAC Govyの主力機「AirCab」は2025年にプレオーダーを開始し、2026年5月29日には最初のマルチローター製品が正式に生産ラインからロールオフした。同社は2026年末までに耐空性検証を完了して型式証明(TC)を取得し、2027年上半期には量産証明(PC)を取得する計画を立てている。これにより、大規模製造と商業運航への道が開かれることになる。
型式証明(TC)の取得は、航空機が国が定める安全基準に適合していることを証明する極めて重要なプロセスである。機体設計の継続的な改善と耐空性検証に加え、複雑な製造プロセスの確立が求められるため、空飛ぶクルマの生産拡大は従来の自動車よりも緩やかなペースで進むと予想される。GAC Govyは将来の拡張性と自動化を確保するため、モジュール化された標準的な生産プロセスに注力しており、商用化への着実なステップを踏んでいる。
航空基準を満たす「不燃性」と「高エネルギー密度」
eVTOLの飛行距離延長と安全基準の達成において、全固体電池技術が中核となる。Su Qingpengは、全固体電池が空飛ぶクルマの長航続距離と高い安全性の問題を解決する「不可欠な経路」であると明言している。次世代の航空モビリティを実現するためには、従来の液体電解質リチウムイオン電池の限界を超えるエネルギー密度と熱安定性が要求されるためだ。
従来の液体電解質を用いたバッテリーは、過熱や物理的衝撃による熱暴走(サーマルランナウェイ)のリスクを抱えており、航空機に搭載する上で極めて厳しい安全基準をクリアする必要があった。全固体電池は可燃性の液体を使用しないため、この熱暴走リスクを根本から抑え込むことができる。さらに、エネルギー密度が大幅に向上することで、限られた重量の中でより多くの電力を蓄えることが可能になり、eVTOLのペイロード(積載量)や航続距離の制約を大きく打破できる。安全面と性能面の両方において、航空モビリティの基盤となる技術である。
コスト構造の違いがもたらす先行導入の論理
自動車産業と航空産業では、全固体電池に対する経済的なアプローチが大きく異なる。自動車メーカーは主に大量生産市場でのコスト削減と競争力強化を目的に全固体電池の導入を模索している。これに対し、航空機の製造コストは自動車の50倍から100倍に達するため、eVTOLメーカーはより高いバッテリーコストを吸収できる余裕がある。
このコスト構造の違いにより、全固体電池は早期の小規模生産段階であっても、eVTOL向けの実用的な動力源として採用することが可能になる。つまり、コスト競争が熾烈な自動車市場に投入する前に、価格許容度が高く高性能を要求される航空分野が全固体電池の初期市場となる。eVTOLでの採用を通じて技術が成熟し、量産効果が現れることで、その後に自動車産業での広範な採用が進む。最終的なバッテリーコストの低下と商業利用の拡大が期待されている。
Ganfeng Lithiumの技術的進展と量産化への布石
中国のリチウム大手Ganfeng Lithiumは、こうした要求水準に応える技術的成果を発表した。同社は、エネルギー密度500Wh/kgに達する全固体電池の小規模生産を開始したことを投資家向け会議の議事録で明らかにした。現在の一般的なEV用バッテリーのエネルギー密度が250〜300Wh/kg程度であることを考慮すると、この数値は革新的である。このバッテリーは10Ahの全固体製品として500Wh/kgのマークを達成した世界初の事例とされ、リチウム金属電池の将来の商業化に向けた業界のベンチマークとなる。
超高密度全固体電池の開発に加えて、Ganfeng Lithiumは400Wh/kgの全固体セルの試験でも進展を報告している。この高エネルギー密度バッテリーのサイクル寿命は1100サイクルを突破し、エンジニアリング検証を完了したことで、大規模な実用化の可能性を示した。同社はシリコンカーボンとリチウム金属の両方の負極技術ルートを同時並行で進めており、リチウム金属負極技術を中心に高比エネルギーバッテリーの量産を加速させている。
同社の次世代全固体電池製品は、ハイエンドEVに加え、成長する低高度経済、ロボティクス、消費者向け電子機器をターゲットとしている。すでに同社の高密度バッテリーは、Geely(吉利汽車)傘下のAerofugia Technologyが開発するeVTOL「AE200-100」に搭載されている。CATLなど他の大手バッテリーメーカーも航空分野向けの次世代電池開発に注力する中、Ganfeng Lithiumの具体的な搭載実績と量産への移行は市場における強みを示している。
「低高度経済」の国家戦略と2027年問題
中国市場では「低高度経済(Low-Altitude Economy)」が新たな産業基盤として注目を集めている。国営資本が積極的に参入し、技術開発やインフラ整備に向けた投資が加速している。これにより、eVTOLの認証プロセスや運航ルールの策定が迅速に進められており、産業の発展を下支えする基盤となっている。GeelyやGACのような既存の自動車メーカーが相次いで航空モビリティ事業を展開している背景には、こうした国家的な成長戦略と歩調を合わせる意図がある。
一方で、材料供給の側面では懸念材料も存在する。Ganfeng Lithiumの予測によれば、世界のリチウム資源は2026年および2027年も需給の均衡が逼迫した状態が続く。過去数年間のリチウム価格の低迷により業界全体で大規模な資本支出が行われなかったため、将来の新規供給の放出は制限される見込みである。材料供給の制約が存在する中で、単価の高い全固体電池の実装は、高付加価値を提供する航空分野から優先的に進められる可能性が高い。
Su Qingpengが指摘するように、2027年は有人eVTOLの商業化における「元年」となる。技術の成熟、安全基準のクリア、そしてサプライチェーンの最適化という3つの要素が交差するタイミングであり、市場の覇権を巡る企業間の競争は今後さらに激しさを増していく。