インドが半導体産業への本格参入を加速させている。2026年3月1日、Micron Technologyがグジャラート州サナンドに建設したATMP(Assembly, Testing, Marking and Packaging: 組み立て・テスト・マーキング・パッケージング)施設をナレンドラ・モディ首相が開所した。投資額は27億5000万ドル(約4,100億円)。世界のIC(集積回路)設計人材の約20%を占め、IntelやNVIDIA、Qualcommの主要研究開発拠点を国内に抱えながら、チップの大半を輸入に頼り続けてきた国が、製造の領域でようやく産声を上げた。
IESA(India Electronics and Semiconductor Association: インドエレクトロニクス・半導体協会)会長のアショク・チャンダク氏は、2026年末から2027年初にかけてインドのチップ生産能力が1日7500万〜8000万ユニットに達すると予測する。複数の施設が稼働フェーズに移行すれば、ATMP・OSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test: 外注半導体組み立て・テスト)における処理能力は大幅に拡大する。この数字は野心的に映るが、その実態を理解するには「何を、どの工程で製造するのか」を問い直す必要がある。
Micronのサナンド工場が開いた扉と、その構造的限界
モディ首相が開所式に臨んだMicronのサナンド工場は、DRAM(Dynamic Random Access Memory: 動的ランダムアクセスメモリ)、NAND(フラッシュメモリの一種)、SSD(Solid State Drive: 半導体記憶装置)などのメモリ製品を生産する。ただしここで行われるのはウェハーの「組み立てとパッケージング」であり、ウェハーそのものは海外から調達する。半導体産業における回路の焼き付け工程、すなわちウェハー製造(ファブリケーション)はインド国内ではまだ行われていない。
インドが現在注力しているのはATMPとOSATの工程だ。Tata Electronicsがアッサム州ジャギロードに建設中のOSAT施設は主に電力デバイスとマルチチップモジュールを扱い、1日5000万ユニット以上の生産能力を目指す。CG Power and Industrial Solutionsの施設は産業・自動車向けIC(集積回路)を手がけ、最終的に1日約1500万ユニットへの到達を見込む。Kaynes TechnologyはIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor: 絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)などの電力モジュールとPCB(Printed Circuit Board: プリント回路基板)の製造に特化する。
これらの施設が初期段階で対象とするのは14〜28nmの技術ノードだ。現在インドが製造可能な範囲は28〜110nmと成熟世代のチップに限られており、3〜5nmの先端チップを焼き付けるEUV(Extreme Ultraviolet: 極端紫外線)リソグラフィ装置はない。Business Standardの社説が指摘するように、先進パッケージング技術であるCoWoS(Chip-on-Wafer-on-Substrate)やHBM(High Bandwidth Memory: 高帯域幅メモリ)は少数の専業サプライヤーが独占しており、インドがこれらの領域に食い込むにはさらなる技術蓄積が必要だ。
設計大国の矛盾——世界の2割を抱えながら製造が追いつかない理由
インドの半導体産業における本質的な強みは「人材」にある。世界のIC設計エンジニアの約20%がインド出身者または国内在住者で占められており、IntelはバンガロールやハイデラバードにR&D拠点を、NVIDIAとQualcommも大規模な設計チームをインド国内に構えている。チップアーキテクチャ、回路検証、組み込みシステム開発の各領域で、インド人エンジニアは長年にわたってグローバルなサプライチェーンを支えてきた。
しかしこの設計人材の厚みは、国内製造の発展に直結してこなかった。The Diplomatに寄稿した戦略研究者のTitli Basu氏が分析するように、インドがChip 4やPax Silicaといった半導体同盟の文脈で担う役割は、台湾・韓国のファブ能力や日本の素材・装置とは異なる次元にある。インドの価値は「人材のスケール」——特に半導体設計の専門性と工学系の人材パイプラインにある。
製造業が必要とする条件である大規模な資本投資、安定したクリーンエネルギー、精密な水供給、化学品・素材の国内サプライチェーンは、ソフトウェア主体で成長してきたインドIT産業が培ってきたものとは性質が異なる。ファブリケーション施設の建設には何兆円もの資本が必要で、TSMCが数十年かけて築いたエコシステムを短期間で再現することは容易ではない。ISM(India Semiconductor Mission: インド半導体ミッション)が2021年の発足以来、製造インフラの整備を加速してきたのも、この構造的ギャップへの認識からだ。
ISMは76,000クロール・ルピー(約90億ドル)の予算規模で始まり、2025年12月時点で6州にまたがる10のプロジェクトを承認した。2026〜27年度の連邦予算で発表されたISM 2.0は、製造インフラの整備から半導体設計IP(知的財産)の創出、素材サプライチェーンの国産化、ファブレス革新へと重点をシフトさせる。製造の規模拡大から「何を作るかを自ら決める」段階への移行を、政策として明示した形だ。
タタ・PSMC連合が挑むインド初の商用ウェハーファブ
設計と製造の分断を埋めるための最大の賭けが、Tata ElectronicsとPSMC(Powerchip Semiconductor Manufacturing Corporation: 台湾の半導体受託製造企業)によるグジャラート州ドーレラへのファブ建設計画だ。投資額は約110億ドル(約1兆6,500億円)。28nm以上の技術ノードを対象に、月間5万枚のウェハー投入を目指す。自動車、コンピューティング、AIの各分野向けチップを供給する計画だ。
日本勢もこの動きに参画している。東京エレクトロンはファブ建設に必要な製造装置のインフラ整備を目的としてTata ElectronicsとMoU(覚書)を締結した。Renesas Electronicsはインド国内に3nmチップアーキテクチャを対象にしたデザインセンター2拠点を開設し、インド人エンジニアが先端R&Dに参画できる環境を整えた。
インド-日本半導体サプライチェーンパートナーシップは2025年の共同ビジョンで経済安全保障上の柱として明文化されており、5年間で50万人の人材育成、うち5万人の熟練人材の相互交流を目標に掲げる。日本は高度な製造技術と素材知識を持つが、急速な少子高齢化による人材不足に直面している。インドの工学系人材と日本の製造ノウハウを組み合わせる構想は、双方にとって代替が効かない。日本は技術のある工場を持ちながら動かす人材が細り、インドは設計者が余りながら動かせる工場がない。
技術自立の側面では、2025年9月に公開された国産32ビットマイクロプロセッサ「Vikram」が象徴的だ。ISRO(Indian Space Research Organisation: インド宇宙研究機関)のSemiconductor Laboratoryがモハリで180nm CMOS技術を使って設計し、2024年のPSLV-C60ミッションで検証された。商用競争力より設計・検証の完全国産化を優先したこの取り組みは、輸入チップへの依存を段階的に減らす長期戦略の布石として位置づけられている。
2032年の需要の6割が10nm以下:インドが抱える時間との勝負
問題は、インドが整備している製造能力と、今後10年の需要見通しとのギャップだ。IESAの調査によれば、2032年にはインドの半導体需要の約60%(金額ベース)が10nm以下のチップになると予測されている。データセンター、スマートフォン、コンピューティングハードウェアが主な牽引役だ。
この需要を満たすチップを製造できるのは、TSMCやSamsung、Intel Foundriesといった先端ファブだ。インドが現在構築しているATMP・OSATの能力や、タタ-PSMCの28nmファブは、2032年の高付加価値需要の大部分に対して直接の代替とはならない。インドエレクトロニクス産業は2014〜15年の1兆9,000億ルピーから2024〜25年には11兆3,000億ルピーへと急拡大し、世界第2位のスマートフォン製造国となったが、その端末に搭載される先端チップは引き続き輸入に依存する。
だとすれば、インドの半導体戦略を「製造大国への即時転身」として読むのは誤りだ。成熟ノードのATMP能力を足がかりに多国籍企業の資本と技術を呼び込み、設計人材の厚みを製造知識に変換し、段階的にバリューチェーンを上昇していく——この長期ロジックで戦略を動かしている。2030年に5000億ドルの電子産業エコシステムと100万人雇用創出を掲げるインドにとって、半導体は産業政策の宣言であると同時に、地政学的自律性の試金石でもある。
焦点は政策の方向性ではなく、実行速度にある。2032年の需要シナリオが示す10nm以下チップへの集中は、インドが設計人材の優位を製造技術の蓄積に転化するための時間が十分にあるかどうかを問いかけている。ATMPを起点にしたバリューチェーンの段階的な上昇は、台湾や韓国が過去40年かけて歩んだ道の圧縮版だ。それが6年で可能かどうかを、2032年のインドの輸入依存度が答えることになる。
Sources
- DigiTimes Asia: India’s 2026 budget targets semiconductor supply chain with five-year tax exemptions and near-zero import duties
- Business Today: Micron’s Sanand plant puts India on the chip map, now the hard part begins for the country
- The Diplomat: Skill at Scale: India’s Edge in Semiconductor Alliances



