NVIDIAAMDによる長年の市場支配、そしてIntelの参入を経て、世界のグラフィックス・プロセッシング・ユニット(GPU)市場に新たなプレイヤーが本格的な一歩を踏み出している。中国の半導体企業である砺算科技(Lisuan Tech)は、2026年3月12日に開幕したAWE2026(中国家電及び消費電子博覧会)において、同社初となるコンシューマー向けゲーミングGPU「Lisuan Extreme LX 7G106」およびプロフェッショナル・AI向けGPU「LX Ultra / Pro / Max」の実機展示と詳細な発売スケジュールを明らかにした。

事前予約は3月17日に開始され、6月18日には一般向けに出荷が開始される予定だという。

AD

テック業界の地政学と「完全自社開発」の真意

これまでの中国発の半導体プロジェクトの多くは、欧米企業の旧世代ライセンスをベースにするか、あるいは他社のIP(知的財産)を組み合わせて製品化するという手法を採ってきた。しかし、Lisuan Techが主張する「TrueGPU」アーキテクチャの特異性は、設計の根底にある。同社は、命令セットアーキテクチャ(ISA)から演算コアの最適化、そして最も開発難易度が高いとされる基盤ソフトウェアスタックに至るまで、文字通りのゼロベースでの開発を明言しているのだ。

ソフトウェアスタックの独立がもたらす意味

GPU業界における競争の主戦場は、ハードウェアのトランジスタ数からCUDAに代表されるソフトウェアエコシステムへと明確に移行している。Lisuan Techが自社製ドライバとコンパイラを含むソフトウェアスタックを内製化している事実は、彼らがNVIDIAのCUDA互換性という「借り物の土俵」での戦いを放棄し、中長期的な独立エコシステムの構築を目指していることの表れである。当然、初期段階における最適化不足やバグの多発というリスクを伴うが、米国による半導体技術の輸出規制が常態化する中、中核的なAI演算能力とグラフィックス描画能力を外部要因に依存せず構築するという戦略は、国家のテクノロジー安全保障という観点からも不可避の選択であると言える。

TSMC 6nm DUVの選択が意味する戦略的リアリズム

製造を担うのは台湾TSMCであり、プロセスノードには最先端とは言えない6nmのDUV(深紫外)露光プロセスが採用される。NVIDIAやAMDが4nm、あるいは3nmEUV(極端紫外)露光プロセスへと移行している現在の水準から見れば、数世代遅れの選択である。しかし、この選択には強烈なリアリズムが存在する。

EUV露光装置はオランダASMLの独占市場であり、地政学的な輸出規制の対象となっている。Lisuan Techは、安定した歩留まりと確実な供給網が維持できる枯れたプロセス(N6)を選択することで、歩留まり低下による製造コストの増大と、最先端技術を活用した際の政治的干渉リスクを巧みに回避しているのである。モノリシック・ダイ(単一シリコン)である点も、パッケージングの複雑さを嫌い、初期製品の量産性を最優先した堅実な設計方針であると解釈できる。

「渲推一体」(Render-Infer integrated)のアプローチと製品力

Lisuan Techが掲げるコンセプトの中心にあるのが、「渲推一体(レンダリングと推論の統合)」というアプローチである。現代のGPUはゲーマー向けの描画性能だけでなく、AIモデルのローカル推論能力が強く求められる。彼らが一から築き上げたアーキテクチャは、この二つの需要を単一のシリコンで満たすことを意図している。

AAAタイトルを実用レベルで駆動するLX 7G106のポテンシャル

コンシューマー向けのゲーミングGPU層を担う「LX 7G106」は、12GBのGDDR6メモリ、192 TMU(テクスチャマッピングユニット)、96 ROP(レンダーアウトプットユニット)を192-bitのバスインターフェースで接続するという、NVIDIAのGeForce RTX 4060クラスから少し上を狙うようなスペックを備える。特筆すべきは、最大24 TFLOPSという単精度浮動小数点(FP32)の理論演算性能である。

DirectX 12、Vulkan 1.3、OpenGL 4.6、OpenCL 3.0という業界標準の主要グラフィックスAPIを網羅しており、『Cyberpunk 2077』『Black Myth: Wukong (黒神話:悟空)』『Resident Evil 4 Remake』『Baldur’s Gate III』といった代表的なAAAゲームタイトルが実用的なフレームレートで動作することが公式に確認されている。中国独自のチップが、世界的に広く遊ばれているゲームタイトルをネイティブ環境で描画できる水準に到達したという実績は、ハードウェアの進化というよりも、裏側を支えるグラフィックスドライバの開発において特筆すべきブレイクスルーがあったことを意味している。

レイトレーシングとHDMIの切り捨てに見る実利主義

その一方で、明確な「切り捨て」も行われている。LX 7G106はDirectX 12をサポートするものの、ハードウェアレベルでのレイトレーシング機能は搭載されておらず、結果としてDirectX 12 Ultimateへの準拠は見送られている。また、映像出力端子に関しては4基のDisplayPort 1.4a(DSC 1.2b対応)を搭載する一方で、HDMI端子が一つも実装されていない。

これらの判断は、新興メーカーとしての開発リソースの集中と、コスト削減の徹底ぶりを示している。HDMIの実装にはHDMIコンソーシアムに対するライセンス費用と出力ポートごとのロイヤリティが必要となる。ゲーミングモニターの大半がDisplayPortをサポートしている現状を踏まえ、テレビ画面への出力を捨てることでライセンス料を抑え、価格競争力に全振りするという判断は、実用的かつ合理的である。レイトレーシングの排除も同様に、歩留まりを下げる複雑な回路の実装を見送り、一般的なラスタライズ性能によって実際のゲーム体験を向上させるという目標に絞った結果であると考えられる。

強化されたエンコードとAI向けのハードウェア拡張

SIMDエンジンにはFP32計算機能に加えて、最新のAI推論において主流となっているINT8(8ビット整数)データ型での計算能力が組み込まれている。これによって、グラフィックスボード側での軽量なAIモデルの動作が高速化される。また、現代の映像配信需要に応えるべく、ハードウェアアクセラレーションによる映像処理エンジンはAV1やHEVC(H.265)形式のデコード・エンコードに対応しており、最大解像度8K/60FPSでのデコード、あるいは4K/30FPSでのAV1エンコード能力を備えるなど、単なる「ゲーム用ボード」以上の機能性が付与されている。

AD

プロフェッショナルおよびAIワークステーション向け「LXシリーズ」の陣容

ゲーミング向けと並行して、AWE2026ではプロフェッショナルおよびAIワークステーションユーザーを対象としたLXシリーズも発表されている。最上位モデルである「LX Ultra」とデュアルファンモデルの「LX PRO」の両製品は、24GBの広大なVRAM容量を搭載しており、特にLX UltraにはECC(Error Correction Code)機能がサポートされ、長時間の安定性が求められるサーバーやワークステーション筐体での運用を前提としたブロワー(シロッコファン)タイプの冷却機構が採用されている。

下位モデルの「LX MAX」は12GBのVRAMを搭載し、PROと同じく冷却ファンを採用している構成だ。これらプロフェッショナル向けにおける最大の特徴は、そのプラットフォームの独立性に対する適応力にある。x86ベースのIntelやAMDプロセッサはもちろんのこと、Hygon、Loongson(龍芯)、Phytium(飛騰)など、中国国内の自社製CPU群と極めて強固な互換性を持っている。

OSの呪縛からの解放:Windows-on-ArmとLinuxネイティブ対応

Lisuan Techが示す最大のゲームチェンジングな要素の一つが、オペレーティングシステムのサポート構造である。従来のWindowsベースのx86環境に加えて、中国国内で普及が進む「UOS」や「Kylin(麒麟)」をはじめとする各種Linux系ディストリビューションに対して、ハードウェアレベルのネイティブなドライバ提供が行われる。

さらに興味深いのは、NVIDIAやAMDといった既存の大手GPUベンダーでさえ現在なお後れを取っている「Windows-on-Arm(WoA)」環境へのいち早い対応を名言している点にある。QualcommによるSnapdragon X Eliteの登場と、Copilot+ PC構想によってArmアーキテクチャのWindowsエコシステムが急拡大する中、ディスクリート(単体)GPUとしてArm向けドライバを完璧に動作させることができれば、Lisuan Techは従来の勢力図が未だ固まっていない未開拓のブルーオーシャン市場で明確な先行者利益を得る可能性がある。

AD

グローバル市場における競争力と今後の課題

Lisuan Techの第一世代GPU「G100シリーズ」の本格的な市場投入は、単なる「中国製GPUの誕生」を意味するものではない。地政学的な分断が進むテクノロジーのサプライチェーンにおいて、依存体質から脱却し自律的な演算エコシステムを構築しようとする国家レベルの意志が、ついに一般消費者市場に流通する商品として顕在化し始めたと捉えるのが妥当である。

もちろん、彼らの前途は平坦ではない。NVIDIAから独立したソフトウェアスタックを主張するものの、世界のAI開発現場やゲームスタジオに「Lisuan環境での最適化」を強いるためには、途方もない規模の営業努力とサポート体制が要求される。また、自社発表による24 TFLOPSという単精度浮動小数点演算性能は非常に高い数値であるが、それらが実際のタスクにおいてどこまで実効性能として発揮されるかは、目前に迫った6月の出荷以降に独立した第三者機関による厳密なベンチマーク測定を待たなければならない。

価格設定と実売性能のバランスが適切であれば、JD.comなどの中国国内ECプラットフォームで確実な支持を得るだろう。そしてその実績を引っさげ、長らくNVIDIA、AMD、Intelの三極で寡占されてきたアジアや欧米のマスマーケットへと進路を取る日も、決して絵空事ではない。Lisuan Extremeの登場によって、ディスクリートGPU市場は全く新しい力学による再編の兆しを見せている。


Sources