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ニューヨークで半世紀ぶりの原発新設へ:テクノロジー業界の歓迎と環境派の猛反発

Y Kobayashi

2025年6月24日10:22AM

2025年6月23日、ニューヨーク州のKathy Hochul知事は、州内で約半世紀ぶりとなる新規原子力発電所の建設計画を発表した。AI(人工知能)や半導体といった次世代産業の爆発的な電力需要を見据え、州のエネルギー政策を大きく転換させるこの決断は、テクノロジー業界から歓迎の声が上がる一方、環境保護団体からは激しい怒りの声が噴出。州の未来を左右するこの「賭け」は、クリーンエネルギーの理想と経済成長の現実がぶつかり合う、米国のエネルギー政策の縮図を映し出している。この一手は、ニューヨーク州をハイテク産業のリーダーへと押し上げる賢明な選択なのか、それとも将来に禍根を残す高価な過ちなのか。

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AIと半導体が突きつけた「電力の壁」― 知事、原子力回帰の決断

今回の発表の核心は、ニューヨーク州が直面する、目前に迫った「電力の壁」である。Hochul知事は、州の公営電力会社であるニューヨーク州電力公社(New York Power Authority, NYPA)に対し、アップステート・ニューヨークに少なくとも1ギガワット(一般家庭約100万世帯分に相当)の発電能力を持つ新規原子力発電所の建設を指示した。

その背景には、テクノロジー主導の急激な電力需要の増加がある。特に、シラキュース近郊に建設予定のMicron社の巨大半導体工場や、州内で拡大を続けるAIデータセンターは、桁違いの電力を消費する「怪物」だ。Hochul知事は、「彼らは夢では動かない。電力を必要としている」と述べ、電力供給を大幅に増やさなければ、これらのハイテク企業が他州へ流出しかねないという強い危機感を露わにした。

この決定は、NY州がAI時代における産業覇権を維持するための、極めて戦略的な一手と見るべきだろう。州の気候目標達成が難航する中で、化石燃料プラントを段階的に閉鎖しながら、いかにして信頼性が高く、手頃で、持続可能な電力を確保するか。その答えとして、Hochul知事は「原子力」に賭けることを選んだのだ。

テクノロジー業界からの喝采と環境派からの怒号―二極化する評価

この決断は、社会を真っ二つに分断した。

「英断だ」―歓迎するテクノロジー業界

Micron社、GlobalFoundries社、そしてニューヨークのテクノロジー企業団体であるTech:NYCは、即座に歓迎の意を表明した。彼らにとって、24時間365日、途切れることのない安定した電力供給は、事業の生命線そのものである。太陽光や風力といった再生可能エネルギーは天候に左右される不安定さを抱えるが、原子力はゼロエミッションでありながら、安定したベースロード電源として機能する。エネルギー企業のConstellation社も、「国のクリーンエネルギー目標達成における原子力の重要な役割を再認識させるものだ」と、この動きを高く評価している。

「無謀な賭けだ」―猛反発する環境保護団体

一方で、環境保護団体からの反発は熾烈を極める。
長年、再生可能エネルギーへの移行を訴えてきたFood & Water WatchのAlex Beauchamp氏は、「知事の核ギャンブルは、ニューヨーカーが本当に必要としているクリーンで手頃なエネルギーからの無謀な気晴らしだ」と厳しく断罪。「原子力は汚く、危険で、とてつもなく高価だ」と述べ、このプロジェクトが州民に多大な負担を強いる一方で、再生可能エネルギーへの移行を遅らせるだけだと批判した。

Green Education and Legal FundやPublic Power NY Coalitionといった団体も同様に、「高価で偽りの気候変動対策」「風力や太陽光発電から目をそらすためのもの」と非難の声を上げている。彼らの主張の根底には、原子力発電が抱えるメルトダウンのリスク、放射性廃棄物の処理という未解決の問題、そして過去の事例が示す莫大な建設コストと長期にわたる工期への強い不信感がある。

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なぜ今、原子力なのか?―「安定供給」という名の切り札

この賛否両論の嵐の中心で、なぜHochul知事は敢えて原子力という選択肢に踏み込んだのか。その答えは、理想論だけでは乗り越えられない、エネルギー供給の冷徹な現実に隠されている。

ニューヨーク州独立系統運用者(NYISO)が発行した「2025 Power Trends」レポートは、その現実を浮き彫りにしている。レポートは、風力や太陽光が「天候という変動要因に依存するため、出力が不安定である」と指摘する一方、「既存の原子力エネルギーは、排出ゼロであることに加え、信頼性が高く、継続的で、予測可能な供給を提供する」とその価値を明確に認めているのだ。

さらに、この決定には歴史的な教訓も影響している。Hochul知事は、Andrew Cuomo前知事が2021年にインディアンポイント原子力発電所を閉鎖した判断を「間違いだった」と公然と批判した。この閉鎖により、ニューヨーク市の電力供給の約4分の1を占めていたクリーンエネルギーが一夜にして失われ、結果的に化石燃料の燃焼量が増加したという事実は、エネルギー政策の難しさを示す象徴的な出来事だった。今回の原子力回帰は、この「過ち」を正し、現実的なエネルギーミックスを再構築しようとする「揺り戻し」の動きと解釈できる。

この動きは、ニューヨーク州だけの孤立したものではない。既にAmazon、Meta、Googleといった巨大テック企業は、世界的な原子力発電能力の増強を呼びかけている。Amazonは最近、ペンシルベニア州でデータセンター用の電力を原子力から購入する契約を締結した。AIというグローバルな競争の最前線に立つ企業にとって、クリーンで安定した電力の確保は、今や最重要の経営課題なのだ。Hochul知事の決断は、こうした世界的な潮流と完全に同期している。

残された巨大なハードル―コスト、時間、そして住民の合意

しかし、原子力の未来への道は決して平坦ではない。巨大なハードルがいくつも待ち構えている。

第一に、経済性の問題だ。Food & Water Watchが指摘するように、近年の原子力プロジェクトは軒並み莫大なコスト超過と遅延に見舞われている。NYISOのレポートでさえ、「先進的な原子力設計の商業的利用可能性は不確実」と慎重な見方を示しており、Liz Krueger州上院議員も「我々のクリーンエネルギー資金の最も費用対効果の高い使い方なのか」と疑問を呈する。

第二に、時間軸の問題だ。そもそも、新規原発が稼働を開始するのは、早くても2030年代になる可能性が高い。目前に迫るAIデータセンターの電力需要増に、果たして間に合うのかという切実な問いが残る。

そして最も根深いのが、社会的受容性の問題だ。メルトダウンの脅威、放射能漏れへの懸念、そして高レベル放射性廃棄物の最終処分方法がいまだ確立されていないという事実は、人々の心に根強い不安を植え付けている。今後、建設候補地の選定が始まれば、地域住民からの激しい反対運動が巻き起こることは避けられないだろう。

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NY州が踏み出す「原子力の未来」―ハイテク覇権を賭けた壮大な賭け

Kathy Hochul知事による半世紀ぶりの原子力発電所新設計画は、単なる一つの発電所の建設ではない。それは、AI時代の産業覇権を維持し、経済成長を確かなものにするために、ニューヨーク州が踏み出す壮大な「賭け」である。

再生可能エネルギー100%という崇高な理想と、経済を支える安定電力の確保という厳しい現実。その狭間で、NY州は極めて困難で、論争を呼ぶ道を選択した。この決断が、未来の世代から「賢明な一手だった」と評価されるのか、それとも「高くついた過ちだった」と断じられるのか。

その答えはまだ誰にも分からない。しかし、一つだけ確かなことがある。このニューヨーク州の挑戦の行方は、テクノロジーとエネルギーが交差するこの時代において、米国の、そして世界のエネルギー政策の未来を占う上で、極めて重要な出来事となるだろう。


Sources

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