米核融合スタートアップのPacific Fusionは2026年8月25日、ニューメキシコ州アルバカーキで10億ドル規模の研究・製造キャンパスを着工した。中核となる「Demonstration System」は、2030年までに施設全体で正味のエネルギー利得を示し、1回のパルスで100メガジュールを超える核融合出力を生む設計だという。ただし、100メガジュールは将来の実験目標であり、送電網へ売る電力量ではない。今回の建設開始で動き出したのは発電所ではなく、核融合エネルギーと国家安全保障という二つの目的を担う大型実験施設である。
100メガジュールと「施設利得」は別の物差し
Pacific Fusionが掲げる二つの目標は、同じ達成条件を指すわけではない。100メガジュール超は1回のパルス(ショット)で得る核融合出力の大きさを指す。一方、「net facility gain(施設利得)」は、核融合出力が発射前に装置へ蓄えた全エネルギーを上回ったかを測る比率だ。出力が大きくても、装置を動かすためにそれ以上のエネルギーを蓄えていれば施設利得は得られない。
この区別は、米ローレンス・リバモア国立研究所のNational Ignition Facility(NIF)が2022年12月5日に達成した「点火」と比べると分かりやすい。NIFは標的へ2.05メガジュールのレーザーエネルギーを与え、3.15メガジュールの核融合エネルギーを得た。燃料へ届いた入力を出力が上回る「科学利得」を初めて示した成果だが、レーザー設備を含む施設全体の消費エネルギーとの比較ではなかった。
Pacific Fusionは、電源に蓄えたエネルギーまで分母を広げた施設利得を2030年までに実証するとしている。それでも、電気を正味で生み出す「power gain」には届かない。核融合で生じた熱を電気へ変える際にも損失が出るためだ。同社は一般的な熱機関の効率を30〜40%と置き、正味の発電には施設利得を約3〜4まで高める必要があると説明する。
したがって、2030年に施設利得を達成しても、そのまま商用発電が始まるわけではない。反応熱を回収する機器、電気へ変換する設備、燃料を繰り返し供給する運転系を組み合わせ、正味の電力と発電コストを別に実証する必要がある。今回の建物は、その前段を試す場所だ。
156基を束ねる前に、実寸パルサー1基を試す
Demonstration Systemは、巨大なレーザー群やトカマク型の磁場閉じ込め装置とは仕組みが異なる。コンセントから取り込んだ電気をいったん蓄え、約156基の同一パルサーモジュールから短時間に放出する。約60メガアンペアの電流を標的へ集中させ、その磁気圧で燃料を急激に圧縮するパルサー駆動慣性核融合である。モジュールを共通化し、一般に調達できる材料で量産する設計には、巨大な一品物になりやすい核融合装置の建設費と保守負担を下げる狙いがある。
電力を一気に送り出す中核技術が、impedance-matched Marx generator(IMG)だ。従来のパルス電源は複数段でパルスを圧縮することが多い。これに対しIMGは、充電したコンデンサーから生じる電磁波を一つの伝送路で同期させ、必要な高速パルスを1段で負荷へ送る。部品点数とエネルギー損失を抑えながら同じ回路を横に増やせる点が、設計上の利点になる。
ローレンス・リバモア国立研究所で試験した小型機SIRIUSは、3000回を超えるフルパワーショットを完了した。4段の試作機は抵抗負荷へ60ギガワットを100ナノ秒で送り、エネルギー効率95%を記録した。スイッチとコンデンサーの故障率も設定要件の範囲に収まり、同研究所は技術成熟度をTRL 4からTRL 5へ進めるためのデータが得られたとしている。
ただし、95%という数字は、SIRIUSが電気を抵抗負荷へ送ったときの効率だ。核融合反応を起こした装置全体の効率ではない。3000回の反復は部品寿命への信頼を増したが、156基を同期する制御や、燃料標的を狙い通りに圧縮できるかまでは証明していない。
Pacific Fusionが次に完成させる実寸パルサーモジュールは、SIRIUSの約40倍の規模で1テラワット超のピーク出力を安定して出す必要がある。1基の実証を終えて初めて、残る約155基を製造し、科学利得から施設利得へ進む工程が現実の建設課題になる。
発電より先に、核兵器備蓄管理の実験基盤へ
100メガジュール超という設計目標には、発電研究とは異なる用途がある。大きな核融合反応が生む中性子やX線、ガンマ線と超高圧状態を使えば、極端な環境で物質と放射線がどう振る舞うかを調べられる。米国が爆発を伴う地下核実験を行わず、核兵器備蓄の安全性と信頼性を評価する「科学に基づく備蓄管理」に必要な高エネルギー密度実験である。
着工と同じ8月25日、米エネルギー省国家核安全保障局(NNSA)とPacific Fusionは、高収量核融合や高エネルギー密度科学で協力機会を探る覚書を結んだ。NNSAはDemonstration Systemを、慣性核融合実験と国家安全保障研究の双方に使える施設として扱う。民間企業はエネルギー開発だけでは回収しにくい大型実験設備に、政府研究の利用機会を組み合わせられる。
もっとも、覚書は資金契約ではない。具体的な共同研究や資金拠出には別の合意が必要だとNNSAは明記した。施設が100メガジュール超を出せるか、政府がどの実験を委ねるか、費用を誰が負担するかは、それぞれ別に確認しなければならない。
10億ドル計画と公的支援の実像
Mesa del Solのキャンパスは約22万5000平方フィートで、Pacific Fusionは約200人の恒久雇用に加え、建設と地域の供給網で数百人規模の雇用を見込む。同社は近隣のLos Lunasでも製造事業を拡大し、核融合システム用のモジュール部品を作る。アルバカーキで研究と実証を進め、Los Lunasで部品を製造する分業だ。
10億ドルという投資額のうち、7億7660万ドルはアルバカーキ市が承認した課税対象の産業歳入債である。ただし、市が同額をPacific Fusionへ支出する仕組みではない。同社が債券を自ら購入して返済し、市は財務責任を負わない。市を介した債券発行によって、固定資産税と総収入税の優遇を受ける制度だ。
直接の公的支援として承認されたLocal Economic Development Act(LEDA)資金は最大1000万ドルで、内訳は州900万ドル、市100万ドルとなる。施設規模や雇用に比べれば限られるが、建設と雇用の達成条件に結び付く。10億ドルの民間投資、税制上の産業歳入債、1000万ドルの公的資金は分けて見る必要がある。
着工は、構想が土地と建物を伴う事業へ移ったことを示す。一方で、技術リスクは建設の進捗だけでは減らない。実寸パルサー1基が1テラワット超を再現し、156基を同期させた装置がまず科学利得を超え、その後に施設利得を示せるか。2030年という期限の確からしさは、この順番で測るべきである。



