コンシューマー向けストレージ市場において、性能向上とコスト、そして電力効率のバランスをどう設計するかという命題は常に存在している。Samsungが中国フラッシュ市場サミット(CFMS 2026)にて発表した次世代ソリッドステートドライブ「BM9K1」は、この設計課題に対する最新の技術的アプローチを提示した。本製品は、PCIe 5.0インターフェースとQLC(Quad-Level Cell)NANDフラッシュを組み合わせたドライブであるが、技術的観点から最も注視すべきは、長年採用されてきたArmアーキテクチャ設計から離れ、オープンソースのRISC-V命令セットに基づく自社開発コントローラーを採用した点にある。
パーソナルAIというワークロードの台頭とストレージへの要請
これまで、PC向けのクライアントストレージの性能指標は、オペレーティングシステムの起動時間、大規模ゲームアセットのロード、あるいは高解像度動画ファイルのシーケンシャル書き込み速度などが主たる評価軸であった。しかし、SamsungがBM9K1の主要ターゲットとして明言している「パーソナルAIコンピューティング」は、ストレージデバイスに対してこれまでとは異なる特性の入出力(I/O)パターンを要求する。
ローカル環境での大規模言語モデル(LLM)の推論や、検索拡張生成(RAG)のためのベクタデータベース解析においては、数ギガバイトから数十ギガバイトに及ぶモデルウェイトデータを、ストレージからVRAMやシステムメモリへと瞬時に転送する必要が生じる。例えば、数十億パラメータを持つAIモデルをローカルのメモリ空間に展開する際、データ転送の遅延は即座にユーザーの待ち時間へと直結する。ここでは持続的な書き込み性能よりも、シーケンシャルおよびランダムの読み取り(Read)性能と、レイテンシの最小化がシステム全体のボトルネックを解消する鍵となる。BM9K1はPCIe 5.0の広帯域を最大限に活用し、前世代モデルにあたるBM9C1(PCIe 4.0接続)の約1.6倍に相当する最大11.4GB/sのシーケンシャル読み取り速度を達成している。これにより、巨大なAIパラメータのRAMへのロード時間を物理的に短縮し、対話型AIの応答開始までの立ち上がり時間を削り落とす設計となっている。
QLC NANDとPCIe Gen5の交差点における独自の階層化戦略
NANDフラッシュメモリの高密度化において、1セルあたり4ビットのデータを記録するQLC NANDは、ギガバイトあたりの製造コストを引き下げる有効な手段として普及してきた。反面、データを記録する際の電圧制御が極めて複雑になるため、TLC(Triple-Level Cell)と比較して書き込み速度が遅く、データの書き換えに伴う物理的なセル劣化が早く寿命(TBW:Total Bytes Written)が短いという物理的な制約を抱えている。
Samsungは、このQLCの物理的な弱点をコントローラーの高度な管理アルゴリズムによって覆い隠し、読み取りに特化した大容量の高速ドライブとして成立させる道を選んだ。競合環境を俯瞰すると、PCIe 5.0対応のQLC SSD市場には2026年1月に発表されたMicron 3610が先行事例として存在する。Micron 3610はシーケンシャル読み取り11GB/s、書き込み9.3GB/sを実現し、最大4TBの容量を展開している。対してSamsungのBM9K1は、読み取り速度において11.4GB/sとわずかに上回るものの、容量展開は512GB、1TB、2TBに制限している。
この容量制限の背景には、明確な製品のティアリング(階層化)戦略がある。Samsungはハイエンドセグメントにおいて、TLC NANDと5nm世代のPrestoコントローラーを搭載し、読み取り14.8GB/sを誇る「9100 Pro」やOEM向け「PM9E1」を上位モデルとして配置している。書き込み耐性と最高速を求めるプロフェッショナル用途にはTLCモデルを据え、AIモデルの読み込みやコンテンツ消費のアセットロードが中心となるメインストリーム用途にQLCモデルを充てることで、自社製品群の中でのカニバリゼーション(共食い)を防ぎつつ、異なる用途に最適化されたポートフォリオを構築している。
RISC-Vコントローラー採用がもたらすファームウェアの自由度
BM9K1の技術的根幹であり、半導体業界全体に広範な波及効果をもたらす可能性を秘めているのが、RISC-Vアーキテクチャへの移行である。ストレージコントローラーや組み込みプロセッサ市場では、長期にわたりArmの提供するコアデザインが事実上の標準となっていた。SamsungはBM9K1の開発において、特注のRISC-Vコアに基づくコントローラーを内製した。
このアーキテクチャ転換の最大の要因は、特定用途向けにコントローラーの挙動を極限まで最適化したいという設計上の要求に起因する。オープンソースの命令セット規格であるRISC-Vは、ライセンスによる制約が少なく、開発者がハードウェアレベルでのカスタマイズを自由に行える。NANDの劣化を防ぐためのガベージコレクションやウェアレベリングのアルゴリズム、誤り訂正符号(ECC)の処理フローに合わせて、プロセッサパイプラインの調整や専用の演算命令(カスタム命令)を自在に組み込むことが可能になる。
Samsungは、このRISC-Vの柔軟性を活用することで、QLC NAND特有の微細なしきい値電圧の変動をより高精度かつ低遅延で補正し、前述したAI特有の突発的な読み出しパターンに対してリソースを無駄なく割り当てている。結果として、BM9K1は前世代のBM9C1と比較して23%もの電力効率改善を達成した。これは単なるアーキテクチャの変更にとどまらず、ソフトウェアとハードウェアの密結合による性能向上アプローチの体現である。
薄型デバイスの熱制約とフォームファクタの壁に対する最適解
23%の電力効率改善は、データセンターなどの大型設備において有益であるのと同時に、コンシューマー向けのモバイルデバイスにおいてより深刻な物理的制約を緩和する。PCIe 5.0対応のSSDは、その圧倒的なデータ転送能力と引き換えに高い発熱を伴う特性がある。デスクトップPCでは巨大な金属製ヒートシンクやアクティブ冷却ファンによってこの熱を処理できるが、内部空間に余裕がない薄型ノートPCや小型フォームファクタ(SFF)PCでは、熱の逃げ場が存在しない。発熱が規定値を超えればサーマルスロットリング(過熱保護による一時的な性能低下機構)が即座に発動し、Gen5の理論上の帯域幅は意味をなさなくなる。
RISC-Vコントローラーの精緻な電力管理とタスクスケジューリングによる消費電力の削減は、ドライブ全体の発熱量を直接的に押し下げる。これにより、ヒートシンクが小型化された環境、あるいはマザーボード上の限られた放熱面積しか持たないモバイルPCであっても、高い実効転送速度を長時間維持することが可能となる。バッテリー駆動時間と排熱性能のバランスに極めてシビアなノートPC環境へ、妥協のない読み出し性能を提供する設計解である。
システムアーキテクチャの変遷と今後の展望
SamsungがBM9K1の市場投入を2027年に計画している点は、PCプラットフォーム全体における技術水準の底上げサイクルと軌を一にしている。段階的に各容量の製品を市場に投入していく戦略は、コントローラーとNANDの製造プロセスが成熟するのを待ち、歩留まりを向上させるための標準的な手法である。
ストレージデバイスは内部に独立したプロセッサとメモリを配置し、ホストPCからの要求に対して高度な内部処理を実行する自律的な演算ユニットとして進化を遂げている。Samsungが自社製RISC-Vコントローラーへと舵を切ったことは、ストレージの心臓部における設計の自由度を獲得し、NANDフラッシュが持つ物理的な劣位をコントローラー側のソフトウェア技術で補填していくという明確な方針を示している。パーソナルPCがローカルで高度な推論タスクを実行する時代へ移行する中、データの蓄積にとどまらず、システム全体の処理効率を押し上げる中核コンポーネントとしての要件をBM9K1は満たそうとしている。
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