Samsung Electronicsが、長年の課題であったモバイルプロセッサ(AP)の「発熱」問題に対し、物理的な構造改革による根本的な解決策を打ち出そうとしている。
2025年12月30日、業界関係者および現地メディアの報道によると、Samsungは次世代「Exynos」チップ向けに、新たなパッケージング構造である「SbS(Side-by-Side)」の開発を加速させていることが明らかになった。これは、従来の半導体積層の常識を覆す水平配置のアプローチであり、スマートフォンの薄型化と放熱性能を同時に極限まで追求する試みだ。
終わらない「熱」との戦い:Exynosの現状と課題
Samsungの独自SoC「Exynos」シリーズは、過去数世代にわたり、競合である米QualcommのSnapdragonや米AppleのAシリーズと比較して、発熱と電力効率の面で厳しい評価に晒されてきた。高負荷時のスロットリング(熱による性能制限)は、ゲーマーやパワーユーザーにとって最大の懸念事項であった。
現行の解決策:「Exynos 2600」とHPBの導入

この状況を打破すべく、Samsungは2025年末に量産を開始した最新チップ「Exynos 2600」において、HPB(Heat Path Block)という技術を初めて導入した。
- HPBとは: チップパッケージ内部に埋め込まれた銅(Cu)素材の放熱板(ヒートシンク)である。
- 効果: Samsungによれば、HPBの適用により、前世代比で発熱を約30%低減することに成功している。
- 構造: 既存のパッケージング技術であるFOWLP(Fan-Out Wafer Level Package)と組み合わせ、SoCの上部、またはDRAMとの間に配置される。
しかし、Exynos 2600で採用されている構造には、物理的な限界が存在する。それは、依然として「PoP(Package-on-Package)」と呼ばれる垂直積層構造をベースにしている点だ。
垂直積層(PoP)のジレンマ
現在のスマートフォンのほとんどは、実装面積を節約するために、AP(CPU/GPU)の上にメモリ(DRAM)を重ねるPoP構造を採用している。
- 熱の逃げ場がない: 発熱源であるAPの上にDRAMが覆いかぶさる形になるため、熱がこもりやすい。
- DRAMも発熱する: 近年のLPDDR5Xなどの高速メモリは、それ自体が無視できない熱を発する。HPBがAPの上に配置されても、DRAMの熱までは効率的に処理しきれない場合がある。
- 厚みの制約: チップを重ねる分、パッケージ全体の厚み(Zハイト)が増し、スマートフォンの薄型化を阻害する。
新技術「SbS(Side-by-Side)」の構造
Samsungが開発を進める「SbS」構造は、この垂直積層の限界を突破するために考案された、シンプルかつ大胆なアプローチである。
「積み上げ」から「並列」へ
SbS構造の核心は、その名の通り「APとDRAMを横に並べて配置する」ことにある。
- 水平配置: 従来のようにAPの上にDRAMを乗せるのではなく、同一平面上に隣接させて配置する。
- 統合HPB: その上部全体を覆うように、薄型のHPB(放熱板)を配置する。
- FOWLP-SbS: 基盤技術には、プリント基板(PCB)を使わずにシリコンウェハ上で再配線を行うFOWLPを使用し、電気的特性を高める。
SbSがもたらす3つの技術的革新
この構造変更は、単なる配置換え以上の物理的なメリットを多数もたらす。
① 「デュアル冷却」の実現
従来の構造では、HPBは主にAPの冷却に寄与していた。しかし、SbS構造では、APとDRAMの両方がヒートシンク(HPB)に直接接触する形となる。これにより、高負荷時にAPだけでなく、高速動作で発熱したDRAMの熱も効率的に吸い上げ、拡散させることが可能になる。これは、システム全体の熱安定性を劇的に向上させる。
② シリコンの厚み活用による熱容量増大
垂直方向のスペースに余裕ができるため、APやDRAM自体のシリコンダイを意図的に「厚く」することが可能になる。直感には反するかもしれないが、シリコンの体積が増えれば熱容量が増し、急激な温度上昇を抑えるバッファとして機能する。また、厚みがあることで物理的な強度も増す。
③ 信号経路の短縮と電気的特性の向上
垂直に積層する場合、チップ間を接続するために長いボンディングワイヤや複雑な再配線層が必要だった。しかし、FOWLPベースの水平配置であれば、APとDRAM間の信号経路を最短距離で結ぶことが可能になる。これは、信号遅延(レイテンシ)の低減と、信号品質(シグナルインテグリティ)の向上に直結し、結果として電力効率の改善にも寄与する。
SamsungがSbSの導入を急ぐ理由
SamsungがこのタイミングでSbSへの移行を検討している背景には、単なるExynosの性能向上以上の、業界全体を巻き込む構造的な変化がある。
ポスト・ムーアの法則と「アドバンスド・パッケージング」
半導体の微細化プロセス(2nm、1.4nmなど)は物理的な限界に近づきつつあり、微細化だけで性能を上げることが難しくなっている。その結果、競争の主戦場は「いかにチップを作るか(前工程)」から、「いかにチップを繋ぎ、冷やすか(後工程・パッケージング)」へとシフトしている。
TSMCの「CoWoS」やIntelの「Foveros」といった2.5D/3Dパッケージング技術が注目される中、サムスンのSbSは、モバイル向けに最適化された「2.5D的アプローチ」と言える。PC向けプロセッサではすでにヒートスプレッダを用いた水平配置が一般的だが、これを極限までスペースが限られるスマートフォンに持ち込もうとしている点が革新的だ。
折りたたみスマホ(Foldables)というドライビングフォース
SbS構造には明確なデメリットがある。それは「実装面積(フットプリント)の増大」だ。チップを横に並べれば、当然ながら基板上で占める面積は広くなる。これは、バッテリーやカメラモジュールとの場所の奪い合いを意味する。
しかし、このデメリットを許容し、むしろメリット(薄型化)を享受できるデバイスが存在する。それが「折りたたみスマートフォン(Galaxy Z Foldシリーズ)」だ。
- 薄さへの渇望: 折りたたみスマホは2枚の画面を重ねる構造上、閉じた時の厚みが最大の課題である。SbSによりチップセットの高さを抑えられれば、デバイス全体をより薄く設計できる。
- 広い内部面積: 一般的なバー型スマホに比べ、展開時の内部容積(特に表面積)には余裕があるため、横に広いSbSパッケージを受け入れやすい。
サムスン関係者が「中長期的にはExynosの主流になる可能性があるが、まずは折りたたみなどの特定のフォームファクタから先行適用される」と示唆しているのは、この合理的判断に基づいている。
セットメーカーとの「陣取り合戦」
SbS構造の実用化において、最大の障壁となるのは技術そのものではなく、スマートフォンの設計思想そのものだ。
バッテリー vs チップセット
報道にある通り、SbSの適用には「セットメーカー(スマホ製造部門)が実装面積の増大を許容できるか」が鍵となる。APの面積が広がれば、その分バッテリーを削るか、あるいはマザーボードを大型化(=バッテリースペースの縮小)しなければならない。
- シナリオA: 省電力化が進み、バッテリー容量を維持、あるいは微減させても駆動時間が確保できるなら、SbSは採用される。
- シナリオB: カメラの大型化(1インチセンサーなど)が優先されるトレンドが続けば、基板面積を食うSbSは敬遠される可能性がある。
Exynos復活への試金石
Samsungにとって、Exynosのブランドイメージ回復は急務である。Exynos 2600でのHPB採用、そして将来的なSbS構造への移行は、同社が「発熱」という汚名を返上し、QualcommやAppleに追いつくための、なりふり構わぬ技術投資の表れである。
もしSbS構造によって、「極薄なのに熱くならず、長時間高性能を維持できるGalaxy」が実現すれば、それは単なるスペック競争を超え、ユーザー体験(UX)における大きな差別化要因となるだろう。
2026年以降、Galaxy Z Foldシリーズに搭載されるExynosがどのような形状をしているか。そこに、モバイル半導体の新たなトレンドの萌芽が見て取れるはずだ。
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