AI(人工知能)の進化は、単なる計算速度の競争から、膨大なデータを「いかに速く、効率的に供給するか」というフェーズへと完全に移行した。

2025年12月10日、ソウルで開催された「2025 人工知能半導体未来技術カンファレンス(AISFC)」において、SK hynixは、AI半導体の王者NVIDIAとタッグを組み、従来の常識を覆す超高性能AI NAND(AI-NAND)を開発中であることを明らかにした。

目標とする性能指標は「1億IOPS」。現在の最高峰サーバー用SSDの約30倍に達するこの数値は、AIインフラにおける「ストレージのボトルネック」を根本から破壊する可能性を秘めたものだ。

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「Storage Next」プロジェクト:NVIDIAとの密接な連携

SK hynixが推進しているのは、NVIDIAと共同で進めるPoC(概念実証)プロジェクト、その名も「Storage Next」である。

協業の背景にある「必然」

なぜNVIDIAは、メモリメーカーであるSK hynixとこれほど深く連携するのか。答えは「GPUの空転」を防ぐためである。
現在のAIサーバーにおいて、NVIDIAのGPUは驚異的な演算能力を持つが、データを供給するストレージ(SSD)の速度がそれに追いついていない。高価なGPUがデータの到着を待って待機する「アイドルタイム」が発生しており、これがシステム全体の効率を下げているのだ。この課題を解決するために、SK hynixは自社の次世代製品群を「AI-N P(AI-NAND Performance)」と定義し、NVIDIAの次世代システムに最適化しようとしている。

ロードマップ:2026年から始まる変革

キム・チョンソン副社長が明らかにした開発ロードマップは極めて野心的だ。

  • 2026年末(フェーズ1): PCIe Gen 6インターフェースをベースとした初期サンプルが登場予定。この時点で2,500万IOPSを達成し、既存のハイエンドSSD(約300万IOPS)に対し、約8〜10倍の性能向上を実現する。
  • 2027年末(フェーズ2): 本命となる第2世代製品の量産準備へ。ここでは1億IOPSという天文学的な数値を目指す。

このタイムラインは、AIモデルのパラメータ数が爆発的に増加し続ける時期と重なっており、インフラ側の要請に完璧に合致させた戦略と言える。

技術的深層:なぜ「1億IOPS」が必要なのか?

1億IOPS」は桁が違いすぎてピンとこない方もいるかもしれない。ここで技術的な文脈を整理し、その革新性を可視化する。

IOPS(Input/Output Operations Per Second)の壁

IOPSとは、ストレージが1秒間に処理できる読み書きの回数を示す。

  • 従来のeSSD(企業用SSD): 最大でも300万IOPS程度。
  • DRAM(メインメモリ): 数十億〜100億IOPSクラス。
  • SK hynixの新AI-NAND: 1億IOPS(2027年目標)。

これまで、SSDとDRAMの間には、性能において「埋められない断絶(ギャップ)」が存在した。AIの推論処理において、巨大なモデルデータをSSDからDRAMへ読み込む際の遅延が最大のボトルネックとなっていたのである。SK hynixの「AI-N P」は、このギャップを埋める「ストレージ・クラス・メモリ(SCM)」に近い領域へNANDフラッシュを引き上げようとする試みだ。

アーキテクチャの刷新

単にNANDチップを速くするだけではこの性能は出ない。SK hynixは以下の領域で根本的な再設計を行っている。

  1. コントローラの刷新: 膨大な並列アクセスを捌くための専用コントローラ。
  2. PCIe Gen 6の採用: データの通り道(レーン)の帯域幅を現行のGen 5から倍増させる。
  3. AI推論への特化: 大規模なデータを読み出す際の「読み出しレイテンシ」を極限まで短縮し、GPUへのデータ供給を途切れさせない設計。

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「AINファミリー」:SKハイニックスの全方位戦略

今回の発表で注目すべきは、SK hynixがAI向けNAND戦略を「AINファミリー」として体系化している点だ。彼らは用途に合わせて3つの矢を用意している。

1. AI-N P (Performance)

前述の通り、NVIDIAとの協業による「超高速読み出し」に特化したモデル。主にAIの学習および推論サーバーのホットデータ(頻繁にアクセスされるデータ)格納用として機能する。

2. AI-N B (Bandwidth) – HBFの衝撃

もう一つの目玉が、「AI-N B」、通称HBF(High Bandwidth Flash)である。
HBM(High Bandwidth Memory)がDRAMを積層して帯域を稼ぐのと同様に、HBFNANDフラッシュを積層し、TSV(シリコン貫通電極)技術を用いて接続する技術だ。

  • パートナー: 米国SanDiskWestern Digital傘下)と共同で標準化を推進。
  • スケジュール: 2026年1月末にアルファバージョンが登場し、2027年にサンプル評価を開始予定。

HBFは、従来のSSDのような「ストレージ」というよりも、「容量の巨大な低速メモリ」に近い挙動を示すようになると推測される。これにより、DRAMの容量不足を補完し、より巨大なAIモデルをオンメモリに近い感覚で扱えるようになる可能性がある。

3. AI-N D (Data/Capacity)

低コストかつ大容量を実現するモデル。AIデータのアーカイブや、頻繁にアクセスされないコールドデータの保存に最適化される。これは従来のQLC/PLC技術の延長線上にあると考えられる。

市場と地政学への影響

このニュースは、単なる一企業の製品発表に留まらない。IT業界全体に以下のような構造変化をもたらす。

1. 「HBMのSK」から「AIメモリ全体のSK」へ

SK hynixはすでにHBM市場で独走状態にあるが、NAND分野ではSamsung Electronicsに対してシェアで劣後していた。しかし、NVIDIAという最強のパートナーと共に「AI専用NAND」という新市場を定義・開拓することで、DRAMとNANDの両輪でAIインフラを支配するポジションを狙っている。これは競合であるSamsungやMicronにとって強烈なプレッシャーとなる。

2. AIサーバーアーキテクチャの変容

「AI-N P」や「HBF」の実用化は、サーバー設計そのものを変える。従来、メモリ不足を補うために高価なDRAMを大量に搭載していた部分を、相対的に安価で高速な次世代NANDで置き換える(あるいは階層化する)ことが可能になる。これはデータセンターのTCO(総所有コスト)削減と、電力効率の向上に直結する。

3. オンデバイスAIへの波及

今回の発表はデータセンター向けが主眼だが、ここで培われたコントローラ技術や高速化技術は、将来的にはスマートフォンやPC向けの「オンデバイスAI」用ストレージにも転用されるだろう。スマホ上で瞬時にLLM(大規模言語モデル)が立ち上がる未来は、こうしたストレージ技術の進化にかかっている。

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2027年、ボトルネックは解消されるか

SK hynixの発表は、AIハードウェアの進化が「演算機(GPU)」偏重から、「足回り(メモリ・ストレージ)」との調和へと向かっていることを明確に示した。

NVIDIAの「Storage Next」構想とSK hynixの「AI-N P」が、予定通り2027年に1億IOPSを実現すれば、我々は真の意味で「リアルタイムAI」の恩恵を受けることになるだろう。それは、動画生成AIの待ち時間が消滅し、人間に匹敵するレスポンス速度を持つAIアシスタントが誕生することを意味する。

注目すべきは2026年1月と年末。 HBFのアルファ版と、AI-N Pの初期サンプルの出来栄えが、2027年の覇権を占う試金石となる。


Sources