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米国、NVIDIA製チップの対中迂回阻止へマレーシア・タイにも輸出規制か

Y Kobayashi

2025年7月7日

米中間の技術覇権争いは、今や新たな局面を迎えつつある。Trump政権下の米国商務省が、NVIDIA製の高性能AI半導体について、マレーシアとタイへの輸出を事実上制限する新たな規制案を準備していることが明らかになった。この動きは、中国が既存の米国の輸出規制をこれらの東南アジア諸国を経由して回避しているとの懸念に基づくもので、実現すれば東南アジア諸国に対する初のAI半導体輸出規制となる。今回の措置は、バイデン政権下での広範なAI拡散規則からの転換点とも位置付けられ、AI技術を巡る米中間の戦略的競争が新たなフェーズに入ったことを明確に示唆している。

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なぜ今、マレーシアとタイが標的とされるのか?

米国がAIチップの輸出規制の矛先をマレーシアとタイに向けた背景には、中国がこれらの国々を介して高性能AI半導体を調達しているという強い疑念がある。これは、単なる憶測ではなく、複数の状況証拠が、両国が中国への「迂回ルート」として機能している可能性を強く示唆しているからだ。

「迂回ルート」としての疑惑 – 具体的なデータと事例

米国の懸念を裏付けるように、マレーシアの半導体関連の貿易データは近年、異常な伸びを見せている。Bloombergによれば、マレーシアは2024年に約370億ドル相当の半導体を輸出し、その実に3分の1以上が中国および香港向けであった。台湾からマレーシアへのコンピューティング機器(AIに不可欠なCPUやGPUを含む)の出荷も急増しており、そちらもマレーシアが最終目的地ではない可能性を示唆している。

さらに、この流れを象徴する生々しい事例も報告されている。中国のエンジニア集団が、AIの学習データが詰まったハードドライブをスーツケースでマレーシアに持ち込み、現地のデータセンターで300台以上のNVIDIA製サーバーをレンタルしてAIモデルを訓練。その成果物だけを中国に持ち帰ったという一件だ。彼らはシンガポール籍の法人を経由することで、その活動の実態を巧妙に隠蔽していたという。

この動きは、隣国シンガポールで起訴された詐欺事件とも連動している。この事件では、中国のAI企業DeepSeek社への関連が疑われるAIサーバーが、シンガポールからマレーシアを経由して不正に動かされたとされている。もはや、東南アジアが意図せずして、あるいは意図的に、米国の規制網をかいくぐるための温床となっている構図が浮かび上がってくる。

規制の具体的な中身と「未確定」要素

今回検討されている規制は、全面的な禁輸措置という「棍棒」ではなく、ライセンス制という「メス」に近い。しかし、その切れ味は鋭い。

ライセンス制導入という「外科手術的アプローチ」

草案によれば、NVIDIAのH200に代表されるような高性能AI GPUをマレーシアやタイに輸出する際、米国企業は商務省から個別にライセンスを取得する必要が生じる。これは、輸出の流れをケースバイケースで精査し、中国への再輸出リスクが高いと判断されれば、いつでも供給を停止できる権限を米国政府が握ることを意味する。

この「外科手術的アプローチ」は、Biden前政権が導入した、より広範な「AI拡散規則(AI diffusion rule)」からの明確な方針転換だ。同盟国からも反発を招いた包括的な規制から、リスクの高い国や経路に焦点を絞った、より標的型の規制へとシフトする。これは、Trump政権がより実利的かつ強硬な手段を好むことの表れとも言えるだろう。

サプライチェーンへの配慮? – 緩和措置と例外規定

一方で米国は、この規制がグローバルなサプライチェーンに与える壊滅的なダメージを避けたいとも考えている。報道によれば、規制案にはいくつかの緩和措置や例外規定が盛り込まれる見込みだ。

例えば、半導体製造の最終工程である「パッケージング」や「テスト」をマレーシアやタイで行っている企業に対しては、一定の猶予期間が与えられる可能性がある。また、米国やその友好国に本社を置く信頼性の高い企業については、規制発効後も数ヶ月間はライセンスなしでの輸出が許可されるといった案も浮上している。これは、正当なビジネスへの影響を最小限に抑えつつ、規制の実効性を確保しようとする米国の苦心が垣間見える部分だ。

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この規制がもたらす三重の衝撃

この規制案が最終的にどのような形で着地するにせよ、その影響はマレーシアとタイに留まらない。世界のハイテク産業、米国の世界戦略、そして中国の未来を左右する、三重の衝撃をもたらす可能性を秘めている。

衝撃①:東南アジア「半導体ハブ」構想への冷や水

近年、マレーシアは米中の対立を追い風に、新たな「半導体ハブ」としての地位を確立しようと野心的な投資誘致を進めてきた。TechWire Asiaが報じるように、Microsoft、Google、Oracleといった米巨大テック企業が、データセンター建設のために合計で169億ドルもの巨額投資を約束している。しかし、そのデータセンターで稼働するはずの最先端AIチップの供給に「待った」がかかれば、この壮大な構想そのものが根底から揺らぎかねない。

タイも同様だ。Kaohoon Internationalが指摘するように、Hana Microelectronics (HANA) のような後工程を担う企業は、サプライチェーンの川下に位置するため、直接的な打撃を受けるリスクが高い。米国の今回の動きは、東南アジア諸国に対し、「米国のサプライチェーンに組み込まれることの利益」と、「地政学的な中立性を維持することの難しさ」という厳しい現実を突きつけている。

衝撃②:米国の世界戦略 – 「米国管理下」という新秩序

この規制は、Trump政権の対中政策の一環であると同時に、米国のより大きな世界戦略の変化を示唆している。そのヒントは、Howard Lutnick商務長官の発言にある。「承認された米国のデータセンター事業者が運営し、そのクラウドが承認された米国の事業者である場合に限り、同盟国へのAIチップ販売を許可する」という彼の言葉は、衝撃的だ。

これはつまり、米国の技術、特にAIという戦略物資の利用を、「米国の管理・監視が及ぶ範囲」に限定しようとする思想の表れである。単に中国への流出を防ぐだけでなく、世界のAIインフラを米国のコントロール下に置こうとする、新たな世界秩序の構築に向けた布石とさえ考えられる。これは、デジタル空間における新たな「パックス・アメリカーナ(米国による平和)」の試みと言えるかもしれない。

衝撃③:中国の次の一手とサプライチェーンの未来

追い詰められる中国が、このまま手をこまねいているとは考えにくい。迂回ルートが次々と塞がれる中、中国は半導体の完全な国産化に向けた動きをさらに加速させるだろう。しかし、最先端分野での技術格差は依然として大きく、当面は性能の劣るチップで代替するか、さらなるグレーな調達ルートを模索し続けることになる。

グローバル企業にとっては、いよいよサプライチェーンの「デカップリング(分断)」か、あるいは米国向けと中国向けの二重投資(One World, Two Systems)か、という究極の選択を迫られる時代が本格化する。どちらの道を選んでも、コスト増と非効率は避けられない。この米国の規制は、世界経済の分断を決定的にする、重要な一歩となる可能性がある。

残された問いと日本への示唆

現時点では、この規制案はまだ流動的だ。最終的にどのような線引きで、どのような例外措置が設けられるのか、予断を許さない。また、この動きがベトナムなど他の東南アジア諸国へ波及するのかも、注視すべき点である。

日本企業にとって、これは対岸の火事ではない。自社のサプライチェーンにマレーシアやタイがどの程度組み込まれているのか、再評価が急務となる。それ以上に重要なのは、地政学リスクがもはや無視できない経営変数になったという厳然たる事実を認識することだ。米国の描く「管理された技術秩序」の中で、日本はどのような立ち位置を取り、自国の産業と技術を守り育てていくのか。米中対立の新たな戦線は、我々にも重い問いを投げかけている。


Sources

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