米国の厳しい制裁下に置かれる中国の通信機器大手Huawei。その創業者でありCEOの任正非(Ren Zhengfei)氏が、中国共産党の機関紙「人民日報」との異例のインタビューに応じ、自社の半導体技術について「米国にはまだ一世代遅れている」と発言したことが注目を集めている。 この発言は、単なる技術的な現実認識の吐露なのか、それとも米中間の熾烈な技術覇権争いにおける、高度に計算された外交的メッセージなのだろうか?
「米国は誇張している」- 任正非氏、異例のインタビューで本音を吐露
「米国はHuaweiの業績を過大評価している。Huaweiはそれほど偉大な企業ではない」。 80歳の創業者は、人民日報の一面に掲載された記事の中で、驚くほど謙虚な言葉を並べた。 この発言の直接的な引き金となったのは、米国政府がHuawei製のAI半導体「Ascend」シリーズについて、米国の輸出規制に違反するリスクがあると警告する新たな指針を発表したことだ。
任氏はこの点について、「中国には多くのチップ企業があり、多くが良い仕事をしている。Huaweiはその一つに過ぎない」と述べ、自社がことさらに標的にされることへの違和感を示唆した。 さらに、「当社のシングルチップは、米国よりまだ一世代遅れている。米国の評価に見合うには努力しなければならない」と、自社の技術的な立ち位置を率直に認めた。
外部からの封鎖や抑圧については「考えたこともない」と一蹴し、「困難にこだわらず、ただ仕事をし、一歩一歩前進するだけだ」と、不屈の姿勢を強調している。
“一世代遅れ”の技術的リアリティ – 発熱問題とNVIDIAとの差
任氏が語る「一世代遅れ」という言葉は、単なる謙遜ではない可能性が高い。複数の報道が、その技術的な現実を示唆しているからだ。
特に、HuaweiのAIチップ「Ascend 910C」については、中国のテック大手であるByteDance(TikTok運営元)やAlibabaなどが実施したテストで、周期的にオーバーヒートする問題が確認されたと報じられている。 データセンターにおいて熱問題は、システムの安定稼働を脅かし、性能を低下させる致命的な欠陥になり得る。 この「熱すぎる」という評価が、大手企業による大量採用を躊躇させている一因であることは想像に難くない。
では、「一世代」とは具体的に何を指すのか。現在、AIチップ市場で独走するNVIDIAの最新アーキテクチャは「Blackwell」である。もし任氏が言う「一世代遅れ」が、その前の世代である「Hopper」アーキテクチャを指すのであれば、Huaweiは依然として世界トップクラスの強力な計算能力を持つことになる。しかし、市場の評価や発熱問題を踏まえると、その解釈には慎重になるべきだろう。
NVIDIAのCEO、Jensen Huang氏自身も、米国の輸出規制が中国企業の開発を加速させていると認めており、Huaweiが決して侮れない競争相手であることは事実だ。 しかし、最先端のシングルチップ性能という点においては、まだ米国勢に及ばないというのが、任氏の発言と複数の報道から浮かび上がる客観的な状況と言える。
苦境が生んだ逆襲の戦略 – 「重ね合わせ」と巨額の研究開発費
しかし、この告白を単なる「敗北宣言」と捉えるのは早計だ。任氏はインタビューの中で、逆境を乗り越えるための具体的な戦略も示唆している。
「数学で物理を補い、非ムーアの法則でムーアの法則を補完し、クラスターコンピューティングでシングルチップを補完する」。
この言葉は、最先端の製造技術へのアクセスが絶たれた中で、Huaweiがどのように活路を見出そうとしているかを物語っている。EUV(極端紫外線)リソグラフィのような最先端装置がなくても、複数のチップを高密度に連携させる「クラスタリング」や、ソフトウェアの工夫によって、個々のチップ性能の不足をシステム全体で補うというアプローチだ。
実際にHuaweiは、384個の「Ascend 910C」を統合したAIシステム「AI CloudMatrix 384」を発表しており、一部の指標ではNVIDIAのシステムに匹敵、あるいはそれを上回る性能を発揮できるとアナリストは指摘している。
この戦略を支えるのが、年間1800億元(約3兆6,200億円)にも上る莫大な研究開発投資だ。 任氏によれば、その約3分の1は基礎理論の研究に充てられているという。 「理論なくしてブレークスルーはなく、米国に追いつくことはできない」という彼の言葉からは、目先の困難を乗り越え、長期的な視点で技術的自立を達成しようとする強い意志が感じられる。
さらに、パートナー企業であるSiCarrierが、EUV装置に頼らずに5nmクラスのチップ製造を目指すSAQP(自己整合4重パターニング)技術の特許を取得するなど、サプライチェーン全体での国産化に向けた動きも加速している。
謙遜か、外交カードか?発言の裏に隠された政治的意図
この発言が、中国共産党の公式な代弁者である人民日報の一面を飾ったという事実は、極めて重要だ。 これは単なる一企業のトップの発言ではなく、中国政府の何らかの意図を反映した、高度に戦略的なメッセージである可能性が高い。
考えられるのは、米国に対する「戦略的脆弱性の提示」だ。つまり、「我々はまだ脅威ではない」とアピールすることで、これ以上の制裁強化を牽制し、交渉のテーブルに着くための環境を整えようという狙いだ。米中間の貿易協議が水面下で進む中、このようなシグナルを送ることで、米国側の譲歩を引き出そうとしているのかもしれない。
過去にも、米中間のハイレベルな対話の直後に、中国へのEDA(電子設計自動化)ソフトウェアの輸出規制が緩和された例がある。今回の発言も、来るべき交渉に向けた巧妙な布石であるという見方は、決して穿ち過ぎではないだろう。
巨龍のしたたかな息遣い – Huaweiの次の一手は?
任正非氏の「一世代遅れ」という言葉は、一枚岩ではない。それは、厳しい制裁下における技術的な苦闘の現実を認めつつも、それをバネに独自の進化を遂げようとする不屈の決意の表れだ。そして同時に、国際政治の舞台で繰り広げられるポーカーゲームにおける、巧妙なブラフ(はったり)あるいは駆け引きのカードでもある。
米国による包囲網の中で、Huaweiは正面からの殴り合いを避け、ソフトウェアとシステム統合という別の土俵で戦おうとしている。 その姿は、逆境の中でこそ知恵を絞り、したたかに生き抜こうとする巨龍の息遣いを我々に感じさせる。
この告白が、米中テック戦争の緊張緩和につながるのか、それとも新たな戦いの序章に過ぎないのか。確かなことは、Huaweiが立ち止まることはないということだ。世界は、この老練な創業者が率いる巨大企業の次の一手に注目せざるを得ないだろう。
Sources
- South China Morning Post: Tech war: Huawei founder Ren says state-of-the-art chip performance can be achieved