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2030年、中国が「世界一」の半導体国家となる?米制裁下で生産能力シェア30%へ拡大か

Y Kobayashi

2025年7月1日11:50AM

市場調査会社Yole Groupが発表した一つの予測によれば、2030年までに、中国が世界の半導体ファウンドリ(受託製造)生産能力の30%を掌握し、長年王座に君臨してきた台湾を抜いて世界最大の製造ハブになるという。これは、米国が主導する厳格な対中半導体規制の真っ只中で示された未来図であり、単なる市場シェアの変動を遥かに超えた、地政学的なパワーバランスの根本的な変化を示唆するものだ。米国の制裁は、果たして意図した通りの効果を上げているのだろうか。それとも、我々は今、半導体覇権をめぐるゲームのルールそのものが変わる瞬間を目撃しているのだろうか。

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データが示す地殻変動:2030年、中国が台湾を抜き去る未来

Yole Groupが示すデータは、静かだが確実な変化を物語っている。

現在(2024年時点)の世界のファウンドリ生産能力シェアは、以下の通りだ。

  • 台湾: 23%
  • 中国: 21%
  • 韓国: 19%
  • 日本: 13%
  • 米国: 10%
  • 欧州: 8%

台湾が僅差で首位を維持しているものの、中国の猛追は凄まじい。中国の半導体生産量は2024年に月産885万ウェハー(前年比15%増)に達し、2025年には月産1010万ウェハーに達すると予測されている。この驚異的な成長を支えているのが、Huahong Semiconductorが江蘇省無錫市に開設した12インチファブをはじめとする、国内で進行中の18もの新工場(ファブ)建設計画だ。

そしてYole Groupは、このトレンドが続けば、2030年には中国のシェアが30%に達し、台湾、韓国、日本を上回ると予測している。これは、北京政府が掲げる「半導体自給自足」という国家目標に向けた、巨額の資本投下と国家主導の産業政策が着実に実を結びつつあることの証左と言えるだろう。

米国の制裁は「逆効果」だったのか?――成熟プロセスで巨大化する中国

この予測がことさらに衝撃的なのは、米国による前例のない規模の輸出規制強化の文脈で語られているからだ。米国は最先端の半導体製造装置(特にEUV露光装置など)やEDA(電子設計自動化)ソフトウェアの対中輸出を厳しく制限し、日本やオランダといった同盟国にも同調を促してきた。その狙いは、中国が最先端半導体の製造能力を獲得することを阻止し、軍事技術への応用を防ぐことにあったはずだ。

しかし、現実はどうだろうか。Yole Groupの予測は、米国の制裁が中国の半導体産業の「量的な拡大」を止めるには至っていない、あるいはむしろ、特定の分野での拡大を加速させた可能性を示唆している。

最先端プロセスへの道を絶たれた中国の半導体メーカーは、その有り余る資本と国家の支援を、規制対象外である「成熟プロセス(レガシープロセス)」に集中的に投下した。これは、自動車、産業機器、IoTデバイスなどで依然として大量に必要とされる、28ナノメートル以上のプロセスノードの半導体である。TechPowerUpが指摘するように、特に自動車分野では成熟プロセス半導体の需要が旺盛であり、中国の巨大な生産能力は、この領域で支配的な地位を築く可能性がある。

つまり、米国の制裁は最先端分野で中国の足を止める効果はあったかもしれないが、その副作用として、中国を「成熟プロセスの巨人」へと変貌させる結果を招いているのではないか。これは、制裁の意図せざる結果(Unintended Consequences)と言えるかもしれない。

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「量」と「質」のデカップリング:半導体覇権の新たなゲーム

この状況は、世界の半導体サプライチェーンにおいて「量」と「質」のデカップリング(分離)が進んでいることを浮き彫りにする。

  • 「質」の世界: 最先端プロセス(7ナノ以下)は、依然としてTSMC(台湾)、Samsung(韓国)、そしてCHIPS法で巻き返しを図るIntel(米国)が主導権を握る。ここは米国の技術的・地政学的影響力が強く及ぶ領域だ。
  • 「量」の世界: 成熟プロセスでは、中国が圧倒的な生産能力を背景に価格決定権を握り、世界中の産業の「土台」を供給する存在になる。

この二つの世界の分離は、今後の半導体覇権のあり方を根本的に変える可能性がある。AIやスーパーコンピュータといった最先端技術は「質」の世界に依存する一方で、現代社会を支えるあらゆる電子機器は「量」の世界から供給される半導体なしには成り立たない。中国がこの「量」を支配することは、世界経済に対する新たな戦略的レバレッジとなりうるのだ。

専門家が鳴らす警鐘:「どこで作るか」から「誰が所有するか」へ

Yole Groupのアナリスト、Pierre Cambou氏は、この状況をより深く読み解くための重要な視点を提示している。

「ファウンドリ市場は製品競争というより資本主義的なゲームだ。所有権、立地、稼働率を、国家の利益、経済安全保障、長期的な技術戦略を通して読まねばならない」

これは、グローバル化の時代における「最適な場所で生産する」という経済合理性から、地政学の時代における「誰がコントロールするのか」という安全保障の論理へと、ゲームのルールが変化したことを意味する。

Yole Groupのデータは、この新しいルールブックの下で各国の歪な立ち位置を露呈させる。

  • 米国: 世界のウェハ需要の57%を占める最大の消費国でありながら、国内生産能力はわずか10%。供給の大部分を海外、特に地政学的リスクを抱える台湾や、競争相手である中国に依存している。
  • 台湾: 世界の生産能力の23%を誇るが、国内需要はわずか4%。その生産能力は、米国のファブレス企業(設計専門企業)のために存在していると言っても過言ではない。

この需要と供給の極端なミスマッチこそが、現代の経済安全保障における最大のアキレス腱だ。そしてCambou氏が指摘する「所有権」の問題はさらに重要だ。たとえ工場が中国にあったとしても、それが外資系企業のものであれば話は変わってくる。逆に、米国のCHIPS法によって国内に工場を誘致しても、その所有権や経営権が海外企業にあれば、有事の際に完全にコントロールできるとは限らない。これからの10年は、「どこに工場があるか」だけでなく、「誰がその工場を所有し、動かしているのか」が厳しく問われることになるだろう。

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米国の反撃と不確実性:CHIPS法は流れを変えられるか?

もちろん、米国も手をこまねいているわけではない。Yole Groupの予測は、米国内で進行中の巨大な投資計画を完全には織り込んでいない可能性がある。

CHIPS法による巨額の補助金を受け、TSMCはアリゾナ州で最先端工場の建設を進めており、Intel、Samsung、Micronといった企業も米国内での生産能力増強に動いている。これらのプロジェクトが計画通りに稼働すれば、2030年時点での米国の生産能力シェアは現在の10%から大きく上昇し、Yole Groupの予測値に変動をもたらす可能性がある。

しかし、それでも中国が築き上げつつある「成熟プロセスの牙城」を崩すのは容易ではない。むしろ世界は、「最先端は米国とその同盟国、成熟プロセスは中国」という二極化したサプライチェーン構造に適応していくことになるのかもしれない。その中で、世界の工場稼働率は70%程度という比較的低い水準で推移する、とYole Groupは予測する。これは、各国が経済合理性よりも安全保障を優先して過剰な投資を行った結果、供給能力が需要を恒常的に上回る「ニューノーマル」の到来を示唆している。

結論として、2030年に向けた半導体業界は、単なる技術開発や市場シェアの競争ではない。国家の威信と経済安全保障をかけた、壮大な地政学的ゲームの舞台となっている。中国が「量」で世界を制する未来は、我々が依存するサプライチェーンの脆弱性と、これからの産業構造のあり方を根本から問い直している。この「長い10年」の戦いの行方を、我々は固唾をのんで見守る必要がある。


Sources

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