AIデータセンターの電力消費が臨界点に達しつつある。大規模言語モデル(LLM)の訓練や推論が爆発的に拡大するなか、GPUとメモリの間を往復するデータ転送が消費電力の主因となり、計算能力のスケーリングそのものにブレーキをかけている。現行の高帯域幅メモリ(HBM)は、DRAMダイを垂直に積層する構造で帯域幅を稼いできたが、層を重ねるほど内部に熱がこもるという物理的制約から逃れられない。現在主流の16層積層では20層程度が実用上の上限とされ、容量・帯域幅の両面で天井が見えてきた。

この「メモリの壁」を正面から打ち破ろうとするプロジェクトが、いま台湾・米国・日本の三カ国にまたがる形で動き出している。ソフトバンクグループが2024年12月に設立したメモリ新会社SAIMEMORYとIntelが共同開発する次世代メモリ「ZAM(Z-Angle Memory)」だ。そして2026年2月、台湾のファウンドリ大手、力積電(PSMC)が試作・製造パートナーとして正式に合流したことで、この構想は「構想段階」から「実行段階」へと明確にギアを上げた。

AD

ZAMの技術的特異性:なぜ「Z軸」なのか

ZAMが既存のHBMと根本的に異なるのは、ダイの配置方法そのものを再設計した点にある。HBMがダイを水平に積み重ねる構造であるのに対し、ZAMはダイを縦方向(Z軸)に並べて実装する。名称の「Z-Angle」はこの構造に由来する。

この設計変更がもたらす最大の恩恵は放熱効率の劇的な改善だ。水平積層では下層のダイが発する熱が上層に遮られ、層数を増やすほど冷却が困難になる。ZAMの縦配置構造では、各ダイの放熱経路が独立に確保されるため、熱の滞留を構造的に回避できる。SAIMEMORYが公表した目標スペックは、HBMに対して容量2〜3倍(チップ当たり最大512GB)、消費電力40〜50%削減、製造コスト約60%(4割のコストダウン)という数字である。電力コストがデータセンター運営費の過半を占める現状を踏まえれば、仮にこの目標に近い水準を実現できた場合、AIインフラの経済性は根底から変わることになる。

ZAMの実現を支えるのは、Intelが米エネルギー省(DoE)やサンディア国立研究所、ローレンス・リバモア国立研究所と共同で進めてきた「AMT(Advanced Memory Technology)」プログラムの技術的蓄積だ。ここから生まれた2つの要素技術が、ZAMのアーキテクチャの中核を成している。

一つはNGDB(Next Generation DRAM Bonding)である。従来のメモリ積層技術はTSV(シリコン貫通電極)に依存しており、ダイに物理的な穴を開けて上下を接続するため、穴の占有面積がメモリ容量を圧迫し、製造工程も複雑化するという問題があった。NGDBは銅同士を直接接合するハイブリッド・ボンディングを採用し、あたかも単一のシリコンブロックのような高密度接続を可能にする。これにより接続遅延を最小化しつつ帯域幅を大幅に拡大できる。

もう一つはEMIB(Embedded Multi-Die Interconnect Bridge)と呼ばれるパッケージング技術だ。EMIBは複数のチップを最短距離で高速接続する「架け橋」として機能し、ZAMではメモリとGPU等のAIアクセラレータをEMIBで直結する設計が想定されている。Intelのフェローで政府技術部門CTOを務めるJoshua Fryman博士は、「標準的なメモリ・アーキテクチャではAIのニーズを満たせない」と断言し、NGDBを「次の10年を加速させる全く新しいアプローチ」と位置づけている。

日米台・三カ国連携の分業構造

ZAMプロジェクトの注目すべき特徴は、その分業体制の明確さにある。SAIMEMORYが設計と知的財産の統括を担い、Intelがアーキテクチャと要素技術を供給する。そして製造サイドでは、PSMCと日本の新光電気工業が試作および量産を受け持つ構図である。

PSMCの参画は、このプロジェクトにとって製造の現実性を担保する上で極めて重要な意味を持つ。同社は台湾で成熟プロセスノードの受託製造を手がけてきたファウンドリであり、先端ロジック半導体の世界ではTSMCやSamsungの後塵を拝してきた。だが今回のZAMプロジェクトへの参画は、PSMCをAIメモリ製造の中核プレイヤーへと押し上げる可能性がある。台湾の業界筋は、この動きを「PSMCが成熟プロセス代工から、AI記憶體の製造・統合を担う要角へとアップグレードする転機」と評している。

台湾にとって、これはAIメモリという戦略領域で初めて「発言権」を握る機会でもある。現在のHBM市場はSK hynix、Samsung、Micronの三社による寡占状態にあり、台湾はメモリ分野で存在感を示せていなかった。ZAMは、既存のHBMサプライチェーンとは異なる新たなルートを構築することで、この構図そのものを変える可能性を秘めている。

AD

ソフトバンクの変貌:投資家から「技術の当事者」へ

ソフトバンクグループにとって、SAIMEMORYの設立は事業構造の質的転換を象徴する動きだ。孫正義氏がArmの買収やビジョン・ファンドを通じてAI業界の投資家として振る舞ってきたのは周知の事実だが、SAIMEMORYの設立は「投資先の成功に賭ける」フェーズから「自らAIインフラの供給者となる」フェーズへの移行を意味する。

その背景には、孫氏が提唱するASI(人工超知能)構想がある。ASIの実現には現在の数百倍から数千倍の計算資源が必要とされるが、既存の半導体エコシステムでは電力制約がボトルネックとなり、その進化を支え切れない。ソフトバンクにとってメモリの内製化は、自社のAIデータセンター事業やIzanagiプロジェクトを支えるための「インフラ確保」であり、外部のサプライヤーの供給意思に自社の成長を委ねることへのリスクヘッジでもある。

SAIMEMORYの山口秀哉社長は「SAIMEMORYの『SAI』は、物流単位の『才』だけでなく、世界へ発信する才能の『才』にも通じている」と語る。ソフトバンクの資本力とグローバルネットワーク、Intelの技術、そして台湾・日本の製造能力を組み合わせることで、既存のメモリ産業の地図を塗り替えようという意図が透けて見える。

地政学の中のZAM

このプロジェクトの射程は、純粋な技術開発や企業競争の枠を超えている。背景には日米両政府の戦略的関与がある。

Intelの株主構成が一つの鍵である。2025年8月、Trump政権はIntelに対して約89億ドル(約1兆4,000億円)を出資し、9.9%を保有する筆頭株主となった。米政府が大企業の株式を直接保有するのは異例中の異例であり、IntelはもはやAIインフラにおける国策企業としての性格を色濃くしている。SAIMEMORYにとっては、Intelとの提携がそのまま米エネルギー省や国立研究所が蓄積してきた最先端技術へのアクセスチャネルとなっている。

日本側も国家単位で動いている。SAIMEMORYの開発にはソフトバンク(30億円出資)のほか、理化学研究所(理研)、富士通、東京大学が参画している。2027年度までの開発費は約80億円規模で、その多くを国の補助金で賄う計画である。先端ロジック半導体の国産化を目指すRapidus(ラピダス)がIBMの技術を軸に米国との連携で進んでいるのと同様、ZAMもまた日米が共同で特定国への依存度を下げ、サプライチェーンの多元化を図る国家戦略の延長線上にある。

興味深いのは、メモリという領域がロジック半導体以上にサプライチェーンの集中リスクが高いという事実である。HBM市場はSK hynixが圧倒的シェアを握り、SamsungとMicronがそれに続く構図で、地理的には韓国への依存度が極めて高い。米中対立や朝鮮半島情勢の不確実性を考慮すれば、HBMに代わるメモリ技術を日米台のサプライチェーンで確保すること自体に安全保障上の価値がある。

AD

HBM4との競合:技術覇権を左右する標準化の戦い

ZAMが市場に投入される2029年前後には、HBMも次世代のHBM4が本格普及しているはずである。HBM4はインターフェース幅を1024ビットから2048ビットへ倍増させ、帯域幅をさらに押し上げる設計であるが、積層構造に起因する熱問題と高額な製造コストという構造的課題は解消されていない。

ZAMの真の競争優位は、性能面の数値だけではなく「製造コスト6割」というコスト構造にある。データセンター事業者にとって、性能が同等であればコストが安い方を選ぶのは当然であり、小規模事業者がAIワークロードに参入する際の障壁も大幅に下がる。加えて、消費電力の40〜50%削減はデータセンターの電力インフラ設計そのものを変える可能性がある。電力供給がAIデータセンターの立地を制約する最大要因となっている現状で、この数字のインパクトは単なるコスト削減にとどまらない。

ただし、ZAMが実際にHBMの市場を浸食できるかどうかは、技術性能以上に「標準化」と「エコシステム」の構築に懸かっている。HBMはJEDEC規格として業界標準の地位を確立しており、NVIDIAのGPUを筆頭に、AMD、Intelのアクセラレータ製品すべてがHBMインターフェースを前提に設計されている。ZAMが市場に受け入れられるには、Intelが自社のXeonやGPU製品にZAMインターフェースを実装するのは当然として、NVIDIAやAMD、さらにはカスタムAIチップを設計するGoogle、Amazon、Microsoftのようなハイパースケーラーにも採用を促す必要がある。Intelがここで持つ交渉カードは「低コスト・低消費電力」という経済合理性であり、技術仕様の優位性だけでは足りない。

2029年の実用化までに残される高いハードル

SAIMEMORYとIntelのロードマップでは、2026年第1四半期に開発オペレーションを本格始動し、2027年度中にプロトタイプを完成、2029年度中に商用化を開始する計画である。2026年2月にはIntel Connection Japan 2026でZAMのプロトタイプが初公開されており、研究室レベルでの技術実証は着実に進んでいる。

だが、研究開発と量産の間には深い溝がある。Z軸方向のスタッキングやハイブリッド・ボンディングの歩留まり(良品率)を商業レベルで維持することは、製造技術としては未踏の領域に近い。PSMCが試作・製造を担うことで製造能力の実現可能性は高まったが、量産ラインの構築と歩留まりの安定化には相当の時間と投資が必要になるだろう。

加えて、Trump政権が推進する「米国製造業の復活」政策のもと、将来的にZAMの量産拠点を米国内に置くよう圧力がかかる可能性もある。Intelが事実上の国策企業と化した以上、その技術を用いたメモリの量産が海外で行われることに米政府が無条件で容認し続ける保証はない。サプライチェーンの地理的配置は、技術開発と同等以上に複雑な交渉の対象となり得る。

それでもなお、ZAMプロジェクトが持つ意味は大きい。メモリはAI時代における「算力インフラの最重要部材」であり、そのサプライチェーンが特定の企業や国に集中していることは、AI開発に参画するすべての国家・企業にとってシステミックなリスクとなっている。HBMとは異なるアーキテクチャで、異なるサプライチェーンに基づくメモリ技術が実用化されれば、その存在自体が産業の冗長性を高める。ZAMが2029年に約束通りの性能とコストで市場に登場するかどうか──それは、AIインフラの勢力図だけでなく、日米台の産業政策の正否をも占う試金石となる。


Sources