Alliance for Open Media(AOMedia)が、設立10周年の節目に次世代ビデオコーデック「AV2」を2025年末にリリースすると発表した。現行のAV1を大幅に上回る圧縮性能と、AR/VRなど未来のメディア体験を見据えた新機能を搭載し、我々の視聴体験を大きく変えるものとなりそうだ。

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ネット動画の常識を変えたAV1、その遺産と「次」が求められる理由

今日の私たちが、スマートフォンで手軽に4K動画を視聴し、NetflixやYouTubeの高品質なコンテンツを当たり前のように享受できる背景には、ビデオコーデック「AV1」の存在がある。2018年にAOMediaによって標準化されたこの技術は、単なる技術仕様以上の意味を持つ、一つの革命であった。

ロイヤリティフリーという「解放」

AV1登場以前、高性能なビデオコーデックの世界は、主に「H.264/AVC」やその後継「H.265/HEVC」といった規格が主流だった。これらは優れた技術である一方、複雑で高額な特許ライセンス料(ロイヤリティ)が必要であり、特にオープンソースプロジェクトやスタートアップにとっては参入障壁となっていた。

そこに風穴を開けたのが、Google、AmazonMicrosoft、Netflixといった業界の巨人が結集したAOMediaであり、その成果物であるAV1だ。AV1の最大の特徴は、その名の通り「オープンメディアのための同盟」が掲げる理念、すなわちロイヤリティフリーであること。これにより、誰でも自由に、無償でこの最先端技術を利用できる道が開かれた。この「解放」が、ブラウザ、OS、動画配信プラットフォームからコンテンツクリエイターに至るまで、エコシステム全体での爆発的な普及を後押ししたのだ。

今やNetflix、YouTube、Twitch、Instagramといった主要プラットフォームがAV1を採用しており、ユーザーは知らず知らずのうちにその恩恵を受けている。 圧縮効率の高さは、通信量の削減、すなわち低速なモバイル回線でも安定した高画質再生を可能にし、配信事業者のサーバコストを抑制するという、ユーザーと事業者の双方に利益をもたらす構図を完成させた。

成功が故に生まれた「次なる渇望」

AOMediaが実施したメンバー調査によれば、88%の企業がAV1を自社の製品ロードマップにおいて「極めて重要」または「重要」と位置付けている。 この数字は、AV1が業界標準として確固たる地位を築いたことを雄弁に物語る。

だが、技術の進化は止まらない。4Kが標準となり、8Kの実用化も視野に入ってきた。さらに、メタバースの構成要素として注目されるAR(拡張現実)やVR(仮想現実)コンテンツは、従来の動画とは比較にならないほどのデータ量と低遅延伝送を要求する。成功を収めたAV1ですら、この指数関数的に増大するデータ需要の前では、いずれ限界が見えてくる。AV1の成功が、皮肉にも「次なる渇望」を生み出したのだ。その渇望に対する答えこそが、今回発表された「AV2」なのである。

ベールを脱いだAV2、その驚異的な進化点とは

AOMediaはAV2について、「オープンビデオコーディングにおける世代的な飛躍」であり、「AV1よりも大幅に優れた圧縮性能を提供する」と明言している。 具体的に、AV2はAV1からどのような進化を遂げたのか。現時点で公表されている情報を紐解いていこう。

「さらなる高圧縮」がもたらす経済的・体験的インパクト

AV2の核心は、AV1を凌駕する圧縮効率にある。現時点では具体的な仕様は明らかにされていないが、AV1はH.265/HEVCと比較して約30%の帯域削減を実現した実績があるが AV2がこれを「大幅に」上回るとなれば、そのインパクトは計り知れない。

これは何を意味するのか?
例えば、現在4Kストリーミングに25Mbpsを必要としているサービスが、AV2を用いることで同じ画質を15Mbps20Mbpsで提供できるようになるかもしれない。これは、データ通信量に上限があるモバイルプランのユーザーにとっては朗報であり、インフラが脆弱な地域への高画質コンテンツ配信を可能にする社会的な意義も持つ。
逆に、同じ25Mbpsの帯域を使えば、より高精細な8Kコンテンツや、色深度・フレームレートを向上させた、よりリッチな映像体験を提供できる。AV2は、画質とデータ量のトレードオフを、さらに高い次元で解決する可能性を秘めている。

未来を見据えた新機能群:AR/VRからマルチビューまで

AV2の進化は、単なる圧縮率の向上に留まらない。未来のユースケースを明確に意識した機能強化が図られている点が、最も注目すべきポイントだと考える。

  • AR/VRサポートの強化: AR/VRコンテンツは、360度の映像を極めて低い遅延で伝送する必要がある。AV2は、こうした要求に応えるための最適化が施されており、より没入感の高いリアルな体験の実現に貢献するだろう。
  • スプリットスクリーン(マルチプログラム配信)の改善: スポーツ中継で複数のカメラアングルを同時に表示したり、eスポーツ配信でプレイヤーの表情とゲーム画面を並べたりといった「マルチビュー」体験の需要は高まっている。AV2は、こうした複数の映像ストリームを効率的に配信する機能を強化しており、視聴体験の多様化を加速させるはずだ。
  • スクリーンコンテンツ処理の高度化: リモートワークでの画面共有や、オンライン教育、ゲーム実況など、PCやスマートフォンの画面そのものを配信する「スクリーンコンテンツ」は、文字やUI要素が多く、従来の映像とは異なる圧縮特性が求められる。AV2ではこの処理能力が向上し、テキストはより鮮明に、UIはよりシャープに表示されるようになる。

AV1 vs AV2 性能比較(2025年9月時点)

機能 / 能力AV1 (現行標準)AV2 (次世代標準、年末リリース予定)
圧縮効率HEVC/VP9比で約30%向上。高効率を実現。AV1を「大幅に」上回る効率。同画質をより低ビットレートで実現。
ユースケースストリーミング動画、ビデオ通話、SNSプラットフォームストリーミング全般に加え、AR/VR、ゲーム、マルチビュー配信など
AR/VRサポート限定的な最適化強化。 高精細・低遅延が求められるコンテンツに最適化。
スプリットスクリーン専用の最適化はなし改善。 複数のストリームを効率的に配信。
スクリーンコンテンツ良好だが、テキストやUIの扱いに課題あり強化。 文字やUIのレンダリング精度が向上。
視覚品質範囲HDから8Kまでをカバーより広範な品質範囲に対応。低帯域からハイエンドまでをカバー。
特許ポリシーロイヤリティフリー、オープンスタンダードロイヤリティフリーモデルを継承。
業界の採用意向88%のメンバーが「重要」と回答53%が1年以内、88%が2年以内の採用を計画。

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AV2は「AIコーデック」の夢を見るか?

今回の発表では具体的な技術仕様は明らかにされていないが、水面下では次世代コーデックに関する興味深い研究が進んでいる。Phoronixが指摘するように、AV2がLinuxのパッチで2年以上前から言及されていたこと、そして現在「AV2のテスト」として語られているものの多くが、最終仕様ではなく研究用コードベース「AVM (AOM Video Model)」を指している点は注目すべきだろう。

このAVMで探求されている技術の一つに、ニューラルネットワーク(AI)を用いたインループ復元がある。 これは、圧縮によって失われたディテールをAIが推測して復元し、主観的な画質を向上させるという画期的なアプローチだ。もしこの種の技術がAV2の正式仕様に採用されれば、それは単なる圧縮率の改善に留まらない、コーデックの「質的転換」を意味する。

ただし、AOMediaの公式発表ではAI関連のツールには言及されておらず、これがAV2の初期リリースに搭載されるかは現時点では不明だ。 とはいえ、AOMediaを主導するGoogleやNVIDIA、Metaといった企業がAI研究の最前線を走っていることを考えれば、将来的にAI技術がビデオコーデックに統合されていく流れは、ほぼ間違いないだろう。AV2はその大きな一歩となる可能性を秘めている。

普及へのロードマップと業界の期待

新しいコーデックの成否を分けるのは、技術の優位性だけではない。エコシステム全体を巻き込んだ「普及」こそが最大の鍵だ。

AOMediaの調査が示すように、メンバー企業の期待は非常に高い。53%が最終仕様策定から1年以内に、88%が2年以内にAV2を導入する計画だという。 この迅速な採用意向は、AV1で成功体験を積んだ業界が、オープンスタンダードの価値を深く理解しているものと言える。

AV1の普及プロセスを振り返ると、ハードウェアによるデコード対応が重要なマイルストーンであったことがわかる。当初、AV1のデコード(再生)はCPUに大きな負荷をかけるソフトウェア処理が中心だったが、NVIDIA、IntelAMDといったGPUベンダーや、各種SoCメーカーがハードウェアデコーダを搭載し始めたことで、低消費電力での再生が可能になり、普及が一気に加速した。最後の砦であったAppleが2023年にようやく重い腰を上げ、AV1のハードウェアサポートを開始したことも記憶に新しい。

AV2も同様の道を辿ることになるだろう。幸い、AV1を推進してきたAOMediaのメンバーには、Amazon、Apple、Cisco、Google、Intel、Meta、Microsoft、Mozilla、Netflix、NVIDIA、Samsung、Tencentといった、ハードウェアからソフトウェア、コンテンツまでを網羅する錚々たる顔ぶれが名を連ねている。 この強力な布陣が、AV2の仕様策定からハードウェア実装、そしてサービスへの展開までを一体となって推進することで、AV1の時よりもスムーズな移行が期待される。

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AV2が切り拓く未来と残された課題

AV2の登場はデジタル社会のインフラを再定義する可能性を秘めた、重要な一歩と言える。

ロイヤリティフリーモデルの勝利宣言か?
AV2の登場は、オープンで協力的な標準化モデルが、クローズドで複雑なライセンスモデルに対して優位性を確立しつつあることを象徴している。もちろん、H.266/VVCといった対抗規格も存在し、特定の分野ではその地位を保ち続けるだろう。しかし、インターネット動画という巨大な舞台においては、もはやロイヤリティフリーという潮流は誰にも止められないのではないだろうか。

ユーザー体験は根底から変わる
AV2が完全に普及した世界を想像してみよう。モバイル回線でも、通信量を気にすることなく4Kや8Kの美麗な映像を楽しめるようになる。クラウドゲーミングやVRチャットは、より低遅延でリアルになり、本当の意味での没入体験が身近になる。遠隔医療や自動運転でやり取りされる高精細な映像データも、AV2によってより効率的に伝送されるだろう。AV2は、私たちのデジタルライフの質を根底から引き上げるポテンシャルを持っている。

残された最後のハードル
しかし、楽観ばかりはしていられない。AV2が真に「次世代」となるためには、いくつかのハードルを越える必要がある。
第一に、年末にリリースされる最終仕様の完成度だ。野心的な機能と、安定性・実装の容易さとのバランスが問われる。
第二に、ハードウェア対応のタイムラインである。特に、スマートフォンのSoCやPCのGPUにAV2のハードウェアデコーダ・エンコーダが標準搭載されるまでには、少なくとも1年から2年のタイムラグが生じるだろう。それまでの期間、CPUパワーに依存するソフトウェア処理のパフォーマンスが、初期の普及速度を左右することになる。

とはいえ、AOMediaが示したロードマップと業界全体の熱狂的な期待感は、これらの課題を乗り越える強い意志の表れだ。2025年末、私たちはビデオテクノロジーの新たな歴史が始まる瞬間を目の当たりにすることになるだろう。AV1が築いた礎の上に、AV2は一体どのような未来を描き出すのか。その動向から、片時も目が離せない。


Sources