Alliance for Open Media(AOMedia)の次世代動画コーデックAV2が、実装者にとっての基準点に到達した。AOMediaのAV2仕様ページは、AV2 specification and reference code v1.0.0をCurrent releaseとして掲載し、日付を2026年5月28日としている。AVM(AOM Video Model)リポジトリ側のCHANGELOGにも、2026年5月29日付でv1.0.0、「First released version of AV2」と記録された。
この出来事は、単に「AV2エンコーダーが出た」という話より大きい。v1.0.0が意味するのは、AV2のビットストリーム形式と復号プロセスを参照できる最初の正式な足場がそろったということだ。動画配信、ブラウザ、メディアプレーヤー、SoC、GPU、編集ツールは、ここから同じ仕様を相手に実装を進められる。一方で、参照ソフトウェアが1.0になったことは、消費者向けの高速エンコード環境やハードウェア支援がすぐ使えることを意味しない点にはいささか注意が必要だろう。
v1.0.0が固定したのは、エンコーダー製品ではなく実装の基準である
AOMediaのAV2 v1.0.0仕様文書は「Final Deliverable, 28 May 2026」として公開され、AV2のビットストリーム形式と復号処理を定義している。AV2仕様ページは、v1.0.0に対応するAVM参照ソフトウェアも案内しており、仕様とコードが同じ節目でそろった形だ。
AVMは、AV2の公式参照ソフトウェアである。CMakeプロジェクトのバージョンは1.0.0で、設定に応じてライブラリ、デコーダー例、エンコーダー例、ツール類をビルドできる。リポジトリにはavmencやavmdecのようなアプリケーションターゲットも見えるため、VideoCardzが「AV2 encoder 1.0.0」と報じた背景はここにある。
ただし、参照ソフトウェアは量産環境の主役ではない。AVMはコーデックの動作を確認し、仕様との整合を保ち、研究や実装の比較基準を与えるためのコードである。AV1世代でも、広い利用を支えたのは参照実装そのものではなく、dav1dのような高速デコーダー、SVT-AV1のような実用エンコーダー、ブラウザや配信基盤、GPUやSoCのハードウェア支援だった。AV2でも、v1.0.0は「すぐ使える完成品」の到着ではなく、その後の実装競争を始めるための合図に近い。
AV2の狙いはAV1の延長ではなく、配信形態の変化にある
AOMediaはAV2を、AV1を土台にした次世代の動画符号化仕様と位置付けている。狙いは圧縮効率の向上だけではない。AOMediaの説明では、AV2はストリーミング、放送、リアルタイムビデオ会議を対象にし、AR/VR、複数番組の分割画面配信、画面コンテンツ、より広い視覚品質レンジへの対応を強化する。
この対象範囲は、AV1が普及してきた時代から動画の使われ方が変わったことを映している。大手配信サービスのVODだけでなく、リアルタイム会議、AR/VR、分割画面配信、画面共有のようなスクリーンコンテンツでは、同じ「動画」でも求められる品質指標や遅延、電力、ビットレートの条件は揃わない。AV2がv1.0.0になったことで、こうした用途ごとの実装判断が、ドラフト追従ではなく固定仕様を前提に進められる。
圧縮効率の数字にも、その期待は表れている。2026年5月15日にarXivへ投稿されたAV2の評価手法と圧縮性能に関する論文は、AV2 v13.0をAV1ベースラインと比較し、ランダムアクセス設定でPSNR-YUVにおいて29.81%、VMAFにおいて33.79%のBD-rate削減を報告した。これはv1.0.0の量産エンコーダー性能そのものではないが、AOMediaがAV2をAV1後継として押し出す理由を示す材料になる。
採用意欲は高いが、普及の時計はここから動き出す
AOMediaは2025年9月の10周年発表で、AV2を年末リリース予定の次世代オープン動画符号化として紹介していた。同時に公表された会員調査では、AV1を現在または将来の製品ロードマップで「極めて重要」または「重要」とした会員が88%に達し、AV2についても最終化から12カ月以内に採用予定の会員が53%、2年以内に実装予定の会員が88%とされた。
この数字は、AV2が単なる研究成果ではなく、AOMedia会員企業のロードマップ上に置かれていることを示す。一方で、会員の採用計画と、一般ユーザーが手元のブラウザやGPUでAV2動画を自然に再生できる状態との間には距離がある。標準化団体のリリースは、サプライチェーン全体の最初の同期点であり、最後の出荷点ではない。
AV1の展開も同じ構造だった。仕様、参照コード、ソフトウェア実装、ブラウザ対応、配信サービスの採用、ハードウェアデコード、エンコード支援が段階的に進み、PCやスマートフォンで当たり前の選択肢になるまで時間がかかった。AV2 v1.0.0は、その長い過程の最初の確定地図である。地図ができたことで、各社はようやく同じ座標に向かって最適化を始められる。
すでに再生実証はあるが、性能評価とは切り分ける必要がある
AV2の実装は、v1.0.0の公開前から動き始めていた。AOMediaは2026年3月、GoogleとVideoLANがCES 2026でAV2のリアルタイム再生デモを行ったと説明している。VideoLANはVLC 4とAVM参照デコーダーを組み合わせ、macOSノートPC上でネイティブ再生を示した。GoogleはカスタムChromeビルドとYouTube経由の配信パイプラインを使い、ゲーミングノートPCで1080p/24fpsのAV2再生を実演した。
このデモの価値は、AV2が実際のプレーヤーやブラウザ配信経路に入ることを示した点にある。AOMedia自身も、これらは最適化済み性能やベンチマークではなく、実装可能性と統合の確認だと位置付けている。v1.0.0以後の評価では、「再生できる」から「どのCPUで、どの解像度とビット深度を、どれだけの消費電力で再生できるか」へ焦点が移る。
VideoLANのdav2dも同じ流れにある。dav2dはdav1dを土台にしたAV2向けのクロスプラットフォームデコーダーで、速度と正確性を重視するプロジェクトとして公開されている。ただしVideoLANは、dav2dを早期段階のプロジェクトであり、本番利用向けではないとも説明している。ロードマップには、C実装の完成、API整備、主要プラットフォームへの移植、AVX2やARMv8、SSSE3+向けのアセンブリ最適化、スレッド改善、GPUデコード活用が並ぶ。ここで進む作業は、AV2の普及速度を大きく左右する。
次の勝負は「AV2対応」を名乗る順番ではなく、実装品質で決まる
AV2 v1.0.0によって、開発者は仕様の揺れを追いかける段階から、実装品質を競う段階へ入った。最初に注目すべきは、デコーダーの実用性である。新しい動画コーデックは、まず再生側の負担が普及を制約する。PCやスマートフォンでソフトウェアデコードが成立しなければ、配信サービスはAV2コンテンツを広く出しにくい。逆に、dav2dのような高速デコーダーが早く安定すれば、ハードウェア支援の到着を待つ間の橋渡しになる。
次に見るべきは、エンコーダーの成熟である。参照エンコーダーは仕様確認には欠かせないが、実配信では速度、画質、レート制御、並列化、運用コストが問われる。AV2がAV1比で大きな圧縮効率を示しても、エンコード時間や運用負荷が重すぎれば、採用はアーカイブや高価値コンテンツから始まる。ライブ配信や一般的な投稿動画へ広がるには、ソフトウェアエンコーダーと専用ハードウェアの両方が必要になる。
ハードウェア側の予定は、まだ確定情報として扱えない。AOMediaの会員にはAmazon、Apple、Cisco、Google、Intel、Meta、Microsoft、Mozilla、Netflix、NVIDIA、Samsung Electronics、Tencentなどが並び、AV2への関与は業界横断的である。それでも、どのGPU、どのSoC、どのブラウザがいつAV2デコードやエンコードを有効にするかは別問題だ。仕様公開の直後に見るべきなのは、ロゴや宣言よりも、実際の再生互換性、消費電力、エンコード速度、配信サービスでのABR運用である。
AV2は、AV1の後継としてようやく公開ページと参照コードの基準点を得た。ここから先は、標準そのもののニュースよりも、標準をどれだけ軽く、安定して、低コストに動かせるかが価値を決める。v1.0.0はゴールではなく、ブラウザ、プレーヤー、エンコーダー、半導体が同じ仕様を相手に競争を始めるためのスタートラインである。
