「インターネットが遅い…」そう感じた時、多くの人が真っ先に頼るのはSpeedtest.netのような速度測定ツールだろう。しかし、その数値だけでは、オンライン会議が途切れたり、ゲームでラグが発生したりする根本原因は見えてこないかもしれない。そんな現代のインターネット利用者の悩みに応えるべく、Speedtestを生み出したOoklaの創業者兼元CEO、Doug Suttles氏が新たなツール「Orb」を世に送り出した。これは単なる速度測定に留まらず、あなたのインターネット接続の”総合的な健康状態”を診断してくれるのだ。
なぜ「速度」だけでは不十分なのか? Orb登場の背景
20年近く前に登場したSpeedtest.netは、インターネット回線のダウンロード/アップロード速度を手軽に測れるツールとして、世界中でデファクトスタンダードとなった。しかし、開発者であるSuttles氏自身が、時代とともに変化するインターネット利用の実態に、速度測定だけでは対応しきれない限界を感じていたという。
「世界的にインターネットの速度自体が向上し、速度そのものがボトルネックになるケースは減ってきました。人々が本当に知りたいのは、速度だけでなく、接続がどれだけ『安定』しているか、応答がどれだけ『速い』か、といったより包括的な情報なのです」とSuttles氏は語る。
彼はSpeedtestを車の「オイルレベルゲージ」に例える。「エンジンが壊れてからオイル不足に気づくようなものだ」と。対してOrbは、車の「ダッシュボード」を目指しているという。「オイルが減ってきたら事前に警告し、問題が起こる前に対処できるようにする」。これがOrb開発の核心にある思想だ。 つまり、単発の速度だけでなく、接続品質を継続的に、そして多角的に把握する必要があるというわけだ。
Orbは何を測る?「応答性」「信頼性」「速度」で接続を徹底解剖
では、Orbは具体的に何を測定するのだろうか? 主に以下の3つの側面からインターネット接続を評価する。
- 応答性: これは、ユーザーのアクションに対するネットワークの反応の速さを示す指標だ。具体的には、レイテンシ(データが目的地まで往復する時間、いわゆる遅延)、ジッター(レイテンシの揺らぎ、これが大きいと不安定になる)、パケットロス(送信したデータの一部が途中で消失する割合)を組み合わせて評価される。オンラインゲームやビデオ会議で「ラグい」「カクつく」と感じる場合、この応答性に問題があることが多い。
- 信頼性: 応答性が一時的なものでなく、安定して維持されているかを示す指標。一定時間内での応答性の変動やパケットロスの発生状況を継続的に監視することで評価される。接続が頻繁に途切れたり、不安定になったりする場合は、この信頼性が低い可能性がある。
- 速度: 従来からおなじみの、ダウンロードとアップロードの最大速度。大容量ファイルの転送や高画質動画のストリーミングに必要な基本的な性能を示す。
Orbはこれらの変数を、1分、5分、1時間、24時間といった異なる時間間隔で測定できるため、瞬間的な状況だけでなく、時間経過に伴う接続品質の変化も把握できるのが大きな特徴だ。
「Orbスコア」で一目でわかるネット接続の健康状態

Orbは、測定した「応答性」「信頼性」「速度」の3つの指標を統合し、ネットワーク接続の総合的な安定性を0から100の「Orbスコア」として表示する。
- 80点以上: 良好な接続状態。快適な利用が期待できる。
- 70点〜80点: まあまあの接続状態。通常利用には問題ないかもしれないが、状況によっては不安定さを感じる可能性も。
- 70点未満: 問題がある可能性が高い接続状態。速度低下、遅延、切断などを体感している可能性が高い。
もしスコアが80点を下回った場合、Orbアプリは問題の原因を探り、改善策を提案してくれる。この診断と提案にはLLM(大規模言語モデル)が活用されており、専門知識がないユーザーにも分かりやすく、具体的なアクションに繋がる情報を提供しようとしている点が新しい。
デスクトップからRaspberry Piまで、多様なデバイスで「常時監視」を実現
Orbの魅力は、その多角的な測定機能だけではない。対応プラットフォームの広さも特筆すべき点だ。iOS、AndroidといったモバイルOSはもちろん、macOS、Windows、Linuxといった主要なデスクトップOSにも対応している。

さらに、ネットワーク監視に熱心なユーザー向けに、Raspberry Pi、OpenWrt(カスタムルーターファームウェア)、Dockerコンテナ、Steam Deck、さらには古いスマートフォンなど、様々なデバイスへのインストールガイドも提供されている。 これにより、特定のデバイスをネットワークの「常時監視役」として設置し、24時間365日、接続品質の変動を記録・分析することが可能になる。また、Androidアプリの「Keep Awake」オプションを使えば、スマートフォン自体を常時ネットワークモニターとして活用できる。

また、ログイン機能を使えば、自宅のデスクトップPC(固定回線)と外出先のスマートフォン(モバイル回線)など、異なる場所・異なるネットワーク上にある複数のデバイスの接続状況を一元的に監視することも可能だ。
リモート監視共有とサービス別「レシピ」機能
Orbはまだリリースされたばかりだが、開発チームはすでに多くの新機能追加を計画している。
注目すべき機能の一つが、リモート監視共有機能だ。これは、一時的なアクセス権を付与することで、例えばISP(インターネットサービスプロバイダ)のサポート担当者などが、ユーザーの許可のもと、リアルタイムでそのユーザーのOrbの測定データを確認できるようにするもの。これにより、問題発生時の原因特定やトラブルシューティングが、より迅速かつ効率的になることが期待される。
もう一つが、サービス別「レシピ」機能だ。これは、Zoom、Netflix、X(旧Twitter)、Google Drive、YouTube、Microsoft Teamsといった特定のオンラインサービスへの接続性を個別にテスト・評価できるようにするもの。 「Zoom会議は問題ないけど、なぜかNetflixだけが途切れる…」といった特定のサービスに依存する問題を診断するのに役立つだろう。PCWorldは、ゲーマー向けにValve(Steam)、EA、Microsoftなどのオンラインマルチプレイヤーサーバーへの接続性をテストするレシピへの期待も示唆している。
無料提供を維持し、法人向けライセンスで収益化へ
これだけの高機能ツールでありながら、Orbは現在、個人ユーザー向けには完全に無料で提供されている。そして、今後も個人利用は無料であり続ける方針だという。
収益は、企業やISPに対して、より高度なアラート機能や分析機能を備えたOrbの技術をライセンス供与することで得る計画だ。Suttles氏は、個人向けアプリを「理想的な研究開発およびマーケティングプラットフォーム」と位置づけ、ユーザーからのフィードバックや利用状況データを、法人向けソリューションの開発・改善に活かしていく考えを示している。
Orbの開発チームは、すでにSidekick Venturesや、Fastly、Netflix、Oculus、Naughty Dog(ゲーム開発会社)などの著名企業の幹部やエンジニアを含む個人投資家から、380万ドルの資金調達に成功している。
Down Detectorの開発にも関わったJamie Steven氏もチームに加わっており、SpeedtestとDown Detectorという、インターネットインフラの安定性を支える重要ツールを生み出してきた経験豊富なチームが、Orbの開発を力強く推進していると言えるだろう。
インターネット接続の”質”を可視化する新時代へ
Orbの登場は、私たちがインターネット接続を評価する方法に、新たな基準をもたらす可能性を秘めている。単なる「速度」という一面的な指標から、「応答性」「信頼性」を加えた多角的な”品質”へと、その視点をシフトさせるものだ。
自宅のWi-Fi、オフィスのネットワーク、スマートフォンのモバイル通信…。私たちの生活や仕事に不可欠なインターネット接続が、本当にそのパフォーマンスを発揮できているのか。Orbは、それを誰でも手軽に、そして深く理解するための強力なツールとなるだろう。LLMによる診断支援や、将来のリモート監視共有、サービス別レシピといった機能が加われば、単なる測定ツールを超え、より快適なインターネット環境を実現するための能動的なソリューションへと進化していく可能性も高い。
ベータテストを経ずに一般公開するという大胆な戦略は、開発チームの自信の表れか、あるいはコミュニティの力を借りて共にツールを育て上げようという意思表示か。いずれにせよ、Ookla創業者たちが次に描くインターネットの未来図の一端が、このOrbに込められていることは間違いない。あなたのネット接続、一度Orbで”健康診断”してみてはいかがだろうか。
Sources
- Orb: Introducing Orb