WebPやAVIFといった新世代の画像フォーマットが性能を競い合う現代において、多くの開発者が「過去の遺産」と見なしていたかもしれない一つの規格が、劇的な復活を遂げた。「PNG」の略称で知られる「Portable Network Graphics」規格が、2003年の第2版発行から実に22年もの歳月を経て全面的なアップデートを受けたのだ。
22年の時を経て、PNGが得た「3つの新たな力」
2025年6月24日(現地時間)にW3Cは「PNG仕様 第3版」を勧告した。今回のアップデートにおける更新の核心は、大きく3つの機能に集約される。これらは、現代のデジタルメディア環境が抱える具体的な課題に応えるために実装された、極めて戦略的なアップデートだ。
長年の“非公式”から公式標準へ:アニメーションPNG (APNG)
多くのWeb利用者が、気づかぬうちにその恩恵にあずかっていたであろう「アニメーションPNG(APNG)」が、ついに正式な標準仕様として市民権を得た。

APNGはもともと2004年にMozillaの開発者によって考案され、2008年にはFirefoxブラウザでネイティブサポートが始まった。しかし、PNGの公式な仕様には長年取り入れられず、いわば「非公式な拡張機能」という扱いだった。状況が変わったのは2017年以降、Google ChromeをはじめとするChromiumベースのブラウザがサポートを開始してからだ。これによりAPNGは事実上の標準(デファクトスタンダード)として広く普及した。
今回の第3版は、この現実を追認し、APNGを正式な標準(デジュールスタンダード)へと格上げした形だ。これにより、開発者はGIFでは実現不可能な、24ビットフルカラー(約1677万色)と8ビットのアルファチャンネル(256段階の半透明)を併せ持つ、高品質なアニメーションを、正真正銘のWeb標準技術として利用できるようになった。
技術的には、アニメーションの制御のために3つの新しいチャンク(データの格納単位)が導入された。
- acTL (Animation Control Chunk): アニメーション全体のフレーム数やループ回数を定義する。
- fcTL (Frame Control Chunk): 各フレームの表示時間、表示位置、前フレームからの描画方法(ブレンドや破棄)などを制御する。
- fdAT (Frame Data Chunk): アニメーションの各フレームの画像データを格納する。
これにより、PNGは長年Webアニメーションの王座に君臨してきたGIFの、真の後継者としての地位を公式に確立したと言えるだろう。
放送業界が求めた高品位グラフィックス:HDRと広色域(WCG)対応の舞台裏
今回のアップデートで最も専門的かつ、その背景が興味深いのがHDR(ハイダイナミックレンジ)とWCG(広色域)への対応だ。なぜ、主にSDR(標準ダイナミックレンジ)で利用されてきたPNGに、今HDR対応が必要になったのか。その答えは、Webの世界の外、放送業界にあった。
ワーキンググループ委員長Chris Blume氏の報告によれば、この更新の直接的なきっかけは、BBC、Comcast/NBCUniversal、MovieLabsといった放送・映像業界からの強い要望だったという。彼らは、4K/8K放送などで標準となったHDR映像に対して、字幕やニュース速報のテロップ、スポーツ中継のスコア表示といったグラフィックスを、品質を損なうことなく高品位に合成する必要に迫られていた。
そこで白羽の矢が立ったのが、ピクセル単位で情報を完全に保存できる「可逆圧縮」フォーマットであり、圧倒的な実装実績と信頼性を持つPNGだったのだ。
この要求に応えるため、PNG第3版では以下の新しいチャンクが導入された。
- cICP (Coding-Independent Code Points): ITU-R H.273で標準化されている、色空間(色域)、伝達特性(ガンマ)、行列係数などをわずか4バイトの数値コードで指定する仕組み。これにより、BT.2020やDisplay P3といった広色域や、PQやHLGといったHDRの伝達特性を効率的に定義できる。
- mDCV (Mastering Display Color Volume): コンテンツが制作されたマスターモニターの輝度や色域の情報を記録する。これにより、視聴者側のディスプレイで最適なトーンマッピングを行う助けとなる。
- cLLI (Content Light Level Information): コンテンツ全体の最大輝度(MaxCLL)とフレームごとの平均輝度の最大値(MaxFALL)を記録する。これも最適なトーンマッピングに利用される。
これらの機能は、すでにプロ向けの映像編集ソフトであるDaVinci ResolveやAvid Media Composer、画像編集ソフトのAdobe Photoshop、Affinity Photoなどでサポートが始まっており、ウェブと放送という異なる世界の技術が融合した象徴的な成果と言える。
メタデータ連携の強化:公式にサポートされたEXIFデータ
第3版では、デジタル写真で広く使われているメタデータ規格「EXIF(Exchangeable Image File Format)」を格納するためのeXIf
チャンクが、正式に仕様へ取り込まれた。
これにより、カメラの機種、絞りやシャッタースピードといった撮影情報、著作権情報、そしてGPS位置情報などを、PNGファイル内に標準的な方法で保持できるようになった。これまでも非公式な形でEXIFを埋め込むことは可能だったが、公式サポートにより、プロフェッショナルな写真編集・管理のワークフローにおけるPNGの親和性が大幅に向上した。

なぜ今、PNGなのか? 性能至上主義へのアンチテーゼ
WebPやAVIFがPNGを大きく上回る圧縮性能を誇る中で、なぜ今、PNGのアップデートがこれほど多くの有力企業を巻き込んで実現したのだろうか。その背景には、Web技術の評価軸が変化しつつある現状が透けて見える。
「速さ」より「確かさ」:再評価されるPNGの信頼性と相互運用性
WebP、特にAVIFは非常に高い圧縮率を実現するが、その代償としてエンコード(圧縮)とデコード(展開)に比較的高い計算コストを要する。また、新しいフォーマットゆえに、世の中のあらゆるツールや古いシステムが対応しているわけではない。
一方で、PNGは20年以上にわたって使われ続けてきた結果、その仕様は極めてシンプルかつ堅牢で、世界中の無数のソフトウェアやライブラリに実装されてきた。この圧倒的な「相互運用性」と「信頼性」こそが、PNGの最大の強みである。
今回のアップデートは、純粋な圧縮性能競争とは別の土俵で、PNGの価値を再定義する試みだ。特に、ロゴ、アイコン、UIエレメント、図版といった、劣化が許されないシャープなエッジを持つグラフィックスの分野では、可逆圧縮であるPNGの優位性は今なお揺らいでいない。今回の更新は、その牙城をさらに強固にするものだ。
Webと放送の融合が生んだ「ドリームチーム」
このアップデートが特異なのは、その推進体制にある。Google、AppleといったWebの巨人、Adobeのようなクリエイティブツールの雄に加え、前述のBBC、Comcast、MovieLabsといった放送・映像業界のプレイヤーが名を連ねる「ドリームチーム」が結成されたのだ。
これは、特定の企業が主導するフォーマット開発(例えばGoogleが主導したWebP)とは一線を画す。多様な業界の具体的なニーズを持ち寄り、オープンな議論を通じて標準規格を進化させるという、W3Cが目指す本来のオープンスタンダードの在り方を示している。特定のユースケース(放送業界のHDR合成)が、20年以上動かなかった巨大な岩を動かしたという事実は、今後のウェブ標準開発のモデルケースとなるかもしれない。
画像フォーマット戦国時代、PNGはどこへ向かうのか
PNG第3版の登場により、Web開発者が考慮すべき画像フォーマットの選択肢は、より複雑で、より豊かになった。
適材適所の棲み分け:WebP/AVIFとの関係性
もはや、「どのフォーマットが一番優れているか」という問いは意味をなさない。それぞれのフォーマットが持つ特性を理解し、「適材適所」で使い分ける時代が本格的に到来したと言える。
- 写真コンテンツ: 高い圧縮率が求められる場面。AVIFやWebP(可逆モードも含む)が第一候補となる。
- ロゴ、アイコン、UI、図版: 劣化が許されないシャープなグラフィックス。信頼と実績のPNGが引き続き最適解。
- アニメーション:
- シンプルなループアニメーションでファイルサイズを抑えたいならWebP。
- フルカラーと高品質な半透明表現が不可欠な場合は、標準化されたAPNGが新たな選択肢となる。
- プロフェッショナルな合成素材: HDR映像へのテロップ合成など、高い色精度と可逆性が求められる業務用途では、新生PNGが独自の地位を築くだろう。
開発者は、コンテンツの特性、ターゲットユーザーの環境、そしてサーバーコストやワークフローとの兼ね合いを総合的に判断し、最適なフォーマットを戦略的に選択する能力がこれまで以上に求められる。
未来へのロードマップ:PNGの進化はまだ終わらない
驚くべきことに、PNGの進化はこれで終わりではない。W3CのPNGワーキンググループは、すでに次なるアップデートの計画を進めている。
- PNG 第4版: SDRとHDRコンテンツ間の相互運用性をさらに向上させる、比較的小規模なアップデートが予定されている。
- PNG 第5版: 長年の課題であった「圧縮性能の向上」という、極めて野心的な目標が掲げられている。これがもし、既存の互換性を大きく損なうことなく実現すれば、PNGはWebPやAVIFが君臨する圧縮性能の領域に、再び挑戦者として名乗りを上げる可能性がある。
22年の沈黙は、次なる飛躍のための長い助走だったのかもしれない。
PNGの復活が告げる「Web技術の多極化」
PNG仕様第3版の発表は、より大きな潮流の変化を示唆している。それは、Web技術が黎明期や成長期を越え、成熟期に入ったことの証左だ。
もはや、単一の性能指標(例えば圧縮率)だけが技術の優劣を決める時代ではない。信頼性、相互運用性、実装の容易さ、特定業務への適合性、そしてオープンな標準化プロセスといった、多様な価値が評価される「技術の多極化時代」が訪れたのだ。
22年の時を経て、現代のニーズに応えるべく生まれ変わったPNG。その復活劇は、私たちに教えてくれる。優れたレガシー技術は、時代の要請とコミュニティの熱意があれば、新たな価値をまとって何度でも蘇るのだということを。開発者は今、この豊かで複雑な選択肢の中から、自らの目的にとっての「最適解」を見つけ出すという、刺激的な課題に直面している。
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