現代のデジタル社会と電動モビリティの急速な発展は、高性能なリチウムイオン電池(LIB)の存在なしには語れない。しかし、需要の爆発的な増加に伴い、主原料であるリチウムやコバルトといった希少金属(レアメタル)の資源枯渇リスクや価格高騰、そして採掘に伴う環境負荷が世界的な懸念事項となっている。こうした中、リチウムに代わる「次世代の蓄電デバイス」として熱い視線を浴びているのが、海水などに無尽蔵に含まれ、圧倒的に安価で安定供給が可能なナトリウムを用いた「ナトリウムイオン電池(NIB)」である。
長きにわたり、ナトリウムイオン電池の実用化と高性能化を阻む厚い壁が存在していた。それは、電池のマイナス極(負極)となる材料内部で、ナトリウムイオンが「いつ」「どこに」「どのように」入り込んで蓄えられるのかという、最も根本的な充電メカニズムが完全には解明されていなかったことである。
2026年2月、東北大学、総合科学研究機構(CROSS)、東京理科大学、横浜国立大学、東京科学大学、日本原子力研究開発機構(JAEA)、京都大学などの共同研究チームは、英国王立化学会が発行する学術誌『Chemical Science』にて、この長年の謎をついに打ち破る画期的な研究成果を発表した。研究チームは、「中性子」という極微の粒子を用いた最先端の観測技術を駆使し、電池が実際に稼働している状態(オペランド状態)のまま、内部で進行するナトリウムの貯蔵プロセスを世界で初めてリアルタイムかつマルチスケールで直接観測することに成功したのだ。
リチウムを阻む壁と「ハードカーボン」の迷宮
蓄電池の仕組みを理解する上で、負極材料の性質は決定的な意味を持つ。現在広く普及しているリチウムイオン電池の負極には、炭素原子が規則正しく層状に重なった「黒鉛(Graphite)」が使用されている。充電時、小さなリチウムイオンはこの黒鉛の層と層の間に滑り込むように入り込み(インターカレーション)、安定してエネルギーを蓄えることができる。
ところが、ナトリウムイオン電池を開発しようとした科学者たちは、早々に大きな障壁にぶつかることになった。ナトリウムイオンはリチウムイオンに比べて一回りサイズが大きく、エネルギー的な安定性の問題(熱力学的な二元系層間化合物の形成ポテンシャルの低さ)から、黒鉛の層間にはほとんど入り込むことができないのである。
そこで白羽の矢が立ったのが、「ハードカーボン(難黒鉛化性炭素)」と呼ばれる特殊な炭素材料である。ハードカーボンは、高温で加熱しても黒鉛のように規則正しい層状構造にはならず、炭素の小さな層(グラフェン様層)がランダムな方向を向いて入り乱れ、さらにその隙間にはナノメートル(100万分の1ミリ)サイズの微小な無数の空間(ナノ細孔)が形成されている。いわば、乱雑に積み上げられたトランプカードの山の隙間に、無数の小さな空洞が隠されているような、極めて複雑で無秩序(アモルファス)な構造を持っている。
このハードカーボンの複雑な構造こそが、ナトリウムイオンを多量に受け入れるための「受け皿」となる。しかし、その無秩序さゆえに、「ナトリウムイオンがグラフェンの層間に入り込んでいるのか」、それとも「ナノ細孔の中に溜まっているのか」、あるいは「表面に張り付いているだけなのか」といった具体的な充放電のメカニズムについては、世界中の研究者の間で長年激しい論争が続いており、確たる証拠を掴めずにいた。
中性子散乱が切り拓く「マルチスケール」の透視眼

この複雑怪奇なハードカーボンの内部構造を解き明かすためには、ナノメートルスケールの「細孔」と、オングストローム(1000万分の1ミリ、ナノメートルの10分の1)スケールの「炭素層の間隔」という、大きさの全く異なる2つの世界を同時に観察する必要があった。しかし、従来のX線を用いた観測手法では、炭素やナトリウムといった軽い元素の微細な変化を正確に捉えることは困難を極める。
そこで研究チームは、大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された、世界最高水準の中性子小角・広角散乱装置「TAIKAN(大観)」を用いた。中性子は原子核と直接相互作用するため、X線では見えにくい軽元素の動きを鮮明に捉えることができる究極の「透視カメラ」としての役割を果たす。
さらに重要なのは、電池を分解することなく、実際に充放電を行っている最中の構造変化を連続的に追跡する「オペランド(Operando)測定」を採用した点である。研究チームはこの実験のために特殊なセルを独自開発し、TAIKANの特性を最大限に引き出した。広範囲の散乱ベクトル(\(q$レンジ:0.05〜50 $nm^{-1}\))を一度に測定することで、マクロな「地図(細孔の構造)」とミクロな「地図(層間の距離)」の変化を、寸分の狂いもなく同時に、しかもリアルタイムで記録することに成功したのである。
明らかになった「3段階」のナトリウム貯蔵プロセス

得られた膨大な中性子散乱データを解析した結果、長年の論争に終止符を打つ決定的な証拠が浮かび上がった。ハードカーボンに対するナトリウムの貯蔵は、決してランダムに起こるのではなく、厳密に秩序立てられた「3つのステップ」を経て順次進行していくことが明らかになったのである。
電池の充電曲線は、電圧が徐々に低下していく「スロープ領域(約0.1 V以上)」と、低い電圧のまま一定を保ちながら大量の電力を蓄える「プラトー領域(約0.1 V以下)」の2つの特徴的な区間に分かれる。今回の観測により、この電圧変化と内部の構造変化がピタリと一致することが証明された。
ステップ1:表面および欠陥部位への吸着(最初期段階)
充電が開始された直後のごく初期の段階では、ナトリウムイオンはハードカーボンの表面や、炭素構造の途切れたエッジ(端)、欠陥のある部位に優先的にトラップ(吸着)される。このプロセスは比較的短時間で完了し、内部の骨格構造に大きな変化はもたらさない。
ステップ2:グラフェン層間への挿入と構造の拡張(スロープ領域)
充電が進行し、電圧が低下していくスロープ領域に入ると、中性子広角散乱(WANS)のデータに劇的な変化が現れた。オングストロームスケールの微細な構造を示すWANSの解析から、炭素層(グラフェン層)の平均的な間隔が、充電前の約0.335 nmから、充電の進行に伴って徐々に広がり、最終的に約0.389 nmにまで拡大することが確認されたのである。
これは、ナトリウムイオンが炭素層の狭い隙間をこじ開けるようにして入り込み(インターカレーション)、蓄えられていることを直接的に示している。さらに、層の広がりを示すピークの幅が広がっていくことから、ナトリウムの侵入によってハードカーボンの無秩序な構造がさらに乱されていく様子も詳細に捉えられた。この層間への挿入プロセスは、スロープ領域が終わる頃に飽和に達し、全体の約28%の層間がナトリウムによって満たされることが判明した。
ステップ3:ナノ細孔への充填(プラトー領域)
層間への挿入が限界に達すると、充電は電圧が一定になるプラトー領域へと移行する。ここで主役となるのが、ナノメートルスケールの構造を捉える中性子小角散乱(SANS)のデータである。
SANSのデータ解析には、ランダムに分布する二相系の構造を記述する「Debye-Buecheモデル」が適用された。解析の結果、ハードカーボン内部のナノ細孔の半径は約1 nm(0.9995 nm)であることが特定され、驚くべきことに、大量のナトリウムが流入しても、この微細な細孔のサイズ自体は充電を通じて崩壊することなく維持されていることが分かった。
興味深いのは、プラトー領域に入ると、SANSプロファイルにおける細孔由来の散乱強度(\(I_{nanopore}\))が顕著に減少し始めたことである。これはなぜか。中性子散乱の強度は、対象となる物質間の「散乱長密度(SLD)」のコントラスト(差)によって決まる。充電前、細孔の中は空っぽ(真空状態)であり、周囲の炭素骨格との間に強いコントラストが存在するため、散乱ピークがはっきりと見える。しかし、プラトー領域に入って細孔内にナトリウムが次々と充填されていくと、細孔内のSLDが上昇し、炭素骨格とのコントラストが失われていく。つまり、「透明なガラス球を水の中に入れると境界が見えなくなる」のと同じ物理現象がナノの世界で起きていることを、SANSの強度低下が雄弁に物語っているのである。
理論と実験の完全なる符合:DFT計算による裏付け
研究チームは、実験による観測結果だけで結論を急がず、スーパーコンピューターを用いた密度汎関数理論(DFT)計算によるシミュレーションを組み合わせることで、発見の精度を極限まで高めている。
実験で観測された「炭素層の間隔が約0.389 nmまで広がり、約28%の層が満たされる」という限界値について、理論モデル上で理想的な黒鉛層にナトリウムを挿入するシミュレーション(NaC6モデルなど)を行った。その結果、実験から導き出された層間の拡張度合いと、理論的に許容されるナトリウムの挿入量(化学的許容量の約45%に相当)が極めて良好な一致を示したのである。
この事実は、実験で観測された中性子散乱の微細な変化が決して測定誤差やノイズではなく、量子力学的な基本原理に従った正確な物理現象であることを力強く裏付けるものである。
科学的営みが切り拓く、次世代蓄電デバイスへの道標
今回の研究成果が持つ科学的・産業的意義は計り知れない。これまで「ブラックボックス」であったハードカーボン内部の充放電メカニズムが、中性子散乱という最先端の眼と、理論計算という確固たる論理によって完全に白日の下に晒されたからである。
「スロープ領域では層間への挿入が起き、プラトー領域では細孔への充填が起きる」という明確な境界線が引かれたことで、今後のバッテリーエンジニアたちは、目的に応じてハードカーボンの微細構造を自在にチューニングするための確固たる羅針盤を手に入れたことになる。例えば、より多くの電力を蓄えたい(大容量化)のであれば、ナノ細孔の容積を最適化する合成プロセスを開発すればよく、より素早い充放電(高出力化)を目指すのであれば、炭素層の広がりや欠陥の制御に焦点を当てればよいという具体的な設計指針が立つ。
リチウムという限られた資源に依存する現在のエネルギーシステムは、地政学的リスクや環境問題と常に隣り合わせである。世界中に無尽蔵に存在するナトリウムを利用し、かつ安全で低コストな高性能電池を製造することができれば、再生可能エネルギーを平準化する巨大な定置用蓄電システムや、より手頃な価格の電気自動車(EV)の普及を劇的に加速させることができる。
「見えないものを見る」という科学の純粋な探求が、地球規模のエネルギー課題を解決するための巨大なブレイクスルーへと結実しようとしている。今後の研究では、幾度も充放電を繰り返した際の構造の「可逆性」や経年劣化のメカニズム解明へと進むことが示唆されており、究極のエコ・バッテリーの実用化に向けた歩みは、ここ日本からさらに力強く加速していくことだろう。
論文
- Chemical Science: Multiscale insights into sodium storage in hard carbon from operando small- and wide-angle neutron scattering measurements
参考文献