SpaceXの大型ロケット「Starship」が2026年9月28日、14回目の飛行試験で初めて地球周回軌道に到達し、次世代通信衛星「Starlink V3」26基を軌道上へ放出した。
Starshipは前回の13回目の飛行でもV3衛星20基を宇宙空間へ放出している。ただし、このときの飛行経路は地球を周回しない亜軌道で、衛星も約20分後に大気圏へ再突入する計画だった。
今回は26基を地球周回軌道へ投入し、実際のStarlink通信網へ加えるための運用を開始できる状態まで運んだことが大きな違いとなる。
一方、飛行はすべて計画どおりだったわけではない。Super Heavyブースターでは上昇中にRaptorエンジン1基が停止し、その後の帰還でも一部のエンジンが再点火できなかった。Starship上段でも6基のうち1基が予定より早く停止した。
上段は残るエンジンで飛行を続け、最終的に軌道へ到達したものの、約10時間を予定していた飛行は安全を優先して約3時間で終了した。
今回の飛行は、Starshipが実用衛星を軌道へ運べることを初めて示した一方、長時間の軌道飛行に向けてエンジンの信頼性という課題も残した。衛星輸送の成果と、今後解決すべき問題は分けて見る必要がある。
亜軌道での放出から、初めて実用衛星を軌道へ
7月24日に行われた13回目の飛行試験では、Starshipは20基のStarlink V3衛星を放出し、SpaceXは全機との通信にも成功していた。
ただし、SpaceXの公式記録によると、衛星はStarshipと同じ亜軌道上へ放出され、約20分後に大気圏へ再突入して消滅する計画だった。
つまり、衛星の放出装置や通信機能を実際の宇宙環境で確認するための試験であり、Starlink通信網へ投入するための打ち上げではなかった。
14回目の飛行では、この点が大きく変わった。
Starship上段は最初の上昇燃焼を終えた段階では、これまでと同様、放置すれば大気圏へ戻る軌道に入っていた。
その後、SpaceXは機体の状態を確認したうえで、地上用Raptorエンジン1基を宇宙空間で再点火した。
約19秒間の燃焼によって最後の速度を加え、高度約276kmの地球周回軌道へ入った。
前回も衛星を宇宙へ放出することはできたが、実際の通信衛星として地球の周りに残すには、地球へ落下せず周回し続けられるだけの速度まで加速する必要がある。
14回目の飛行でStarshipは、この工程を初めて完了した。
軌道投入後、26基のStarlink V3衛星を順番に放出した。SpaceXは、レーザー通信や無線通信などを通じて全26基との通信を確立したとしている。
ただし、通信できたことと、すでに利用者向けサービスを提供していることは別だ。
衛星は今後、機器の状態確認や軌道上昇などを行い、Starlinkの既存ネットワークへ組み込まれる。今回の打ち上げによって、26基がただちに利用者向け通信を始めたわけではない。
Super HeavyとStarshipの両方でエンジンに問題
今回の飛行では、エンジンの信頼性にも課題が残った。
第1段のSuper Heavyは、打ち上げ時に33基のRaptor 3エンジンを点火したものの、上昇中に1基が停止した。
Starshipを分離した後、Super Heavyはメキシコ湾へ戻るための飛行を続けたが、帰還時にはさらに一部のエンジンが正常に再点火しなかった。
SpaceXによると、帰還方向へ速度を変えるブーストバック燃焼では予定していた33基のうち31基が作動した。
着水直前の燃焼では、予定していた13基のうち11基を最初に点火し、その後5基、3基へと段階的に絞って速度を落とした。
今回はSuper Heavyの液体酸素を限界近くまで使う試験も行われ、着水時には飛行中断システムを意図的に作動させた。
発射台の巨大なアームでブースターを捕獲する試験は行っていない。
Starship上段でも問題が起きた。
上段には地上用Raptor 3基と真空用Raptor 3基の計6基が搭載されているが、上昇中に真空用Raptorの1基が予定より早く停止した。
残る5基が燃焼時間を延ばして不足分を補い、上段は予定していた飛行経路まで進んだ。
この時点でSpaceXは、軌道投入を続行するかどうかを慎重に検討した。
一時は軌道投入を見送り、そのまま亜軌道から大気圏へ戻す可能性も示されたが、軌道投入と帰還に必要な3基の地上用Raptorが正常だと確認できたため、最終的に続行を決めた。
そのうち1基を再点火し、Starshipとして初めて地球周回軌道へ入った。
ブースターで発生したエンジンの問題と、Starship上段で早期停止したエンジンは別のものだ。
Starlink V3は1機で下り1Tbpsを目指す
今回軌道へ投入されたStarlink V3は、SpaceXが今後の通信網拡張の中心に据える次世代衛星だ。
Starlinkの公式仕様によると、V3衛星1機は下り最大1Tbps、上り160Gbpsの通信容量を持つよう設計されている。
下り容量はV2のおよそ10倍、上りは約22倍となる。
ただし、これは衛星1機の設計上の総通信容量だ。
「1台の利用者端末で1Tbpsの通信ができる」という意味でも、今回の26基がすでに合計26Tbpsを利用者へ提供しているという意味でもない。
衛星が同時に多くの地域や端末と通信できるよう、電波を細かく振り分ける能力も大幅に増えている。
V2では下り192本、上り144本だった通信ビームが、V3では下り・上りとも2048本になる。
単純計算すると、下りは約10.7倍、上りは約14.2倍だ。
通信ビームは、衛星のアンテナが地上の端末へ電波を送受信する範囲を細かく分ける仕組みだ。
本数を増やせば、より多くの地域や利用者へ通信容量を割り当てられる余地が広がる。
ただし、ビーム数の倍率を、そのまま利用者1人の通信速度の倍率として考えることはできない。
衛星間レーザーや地上局への回線も強化
通信容量を増やすには、利用者端末と衛星との間だけ高速にしても不十分だ。
受け取った大量のデータを、他の衛星や地上のインターネットへ運ぶための回線も必要になる。
Starlink V3は、1本当たり400Gbpsの宇宙レーザー通信を6系統搭載する。
これによって、地上局を経由せず衛星同士で大量のデータを転送できる。
さらに地上局との無線通信にはKa、E、V、Wバンドを利用し、合計最大1.2Tbpsのバックホール容量を持つ設計となっている。
太陽電池による発電能力もV2のおよそ2倍とされる。
つまりV3では、利用者との通信だけでなく、衛星間通信、地上局への通信、電力供給までまとめて強化している。
それでも、今回26基を投入したからといって、Starlink利用者全体の通信速度がすぐ大きく向上するとは限らない。
Ars Technicaが取材した衛星業界調査会社Quilty SpaceのCaleb Henry氏は、V3による容量が軌道上へ加わることには意味があるものの、十分な数が配備されるまでは利用者体験を決める主力にはならないと指摘している。
今回の26基が予定された軌道へ移動し、既存のStarlinkネットワークへ統合され、さらに今後の打ち上げでV3の数が増えることで、初めて設計上の大きな通信容量が利用者側の変化として現れてくる。
約10時間の予定を約3時間で切り上げた理由
Starshipは軌道投入と26基の衛星放出に成功したものの、当初予定していた飛行を最後まで実施しなかった。
計画では地球を6周し、約10時間にわたって軌道上に滞在する予定だった。
しかしSpaceXは、上昇時に起きた上段エンジンの問題を考慮し、安全を優先して軌道滞在時間を短縮した。
衛星の放出後、地上用Raptor 1基を再び点火し、Starshipとして初めて軌道離脱燃焼を実施した。
これは機体の速度を落とし、地球周回軌道から意図した場所へ大気圏再突入させるための燃焼だ。
Starshipはその後、大気圏へ再突入し、事前に設定されていた北太平洋の海域を目指した。
打ち上げから約3時間後、着水直前に地上用Raptor 3基を再点火し、横向きに降下していた機体を垂直に起こして減速。予定していた海域へ着水した。
その後、機体は横倒しになり、大きな火球に包まれた。
これはSuper Heavyの着水時に意図的に作動させた飛行中断システムとは別の現象だ。
また、今回のStarship上段は海上から回収し、再び使用する計画ではなかった。
重要なのは、衛星投入、軌道離脱、大気圏再突入、指定海域への帰還までを実行できた一方、当初予定していた約10時間の長時間飛行を完了できなかったことだ。
地球を6周しながら機体や各種システムを長時間運用する試験は、今後に持ち越された。
初の軌道投入成功でも、再使用はこれから
Starshipの最終目標は、大量の物資を軌道へ運ぶだけではない。
Super HeavyとStarship上段の両方を回収し、繰り返し飛ばす「完全再使用」を目指している。
Super Heavyについては、これまでに発射台の大型アームを使った空中捕獲に成功した実績がある。
一方、Starship上段はまだ発射地点へ戻して捕獲し、整備後に再飛行させたことがない。
今回も上段を海上へ着水させたため、軌道投入した機体を回収して再使用する能力は未実証のままだ。
今回の飛行で示されたのは、Starshipが実際の大型衛星を地球周回軌道へ運び、衛星を放出した後に自力で軌道を離れて帰還できるというところまでだ。
次の大きな段階は、これを繰り返し行える信頼性と、上段そのものを回収・再使用する能力になる。
Starlink V3では、配備ペースも重要になる
Starlink側から見ると、今後の焦点はV3をどれだけ速いペースで軌道へ増やせるかだ。
今回の26基だけでも大きな通信容量を持つが、Starlink全体は数千基規模の衛星で構成されている。
SpaceXは将来的に、1回のStarshipで最大60基のV3衛星を打ち上げる構想を示している。
仮に1機当たりの設計上の下り容量を単純に合計すれば、1回で最大60Tbps相当になる。
ただし、これは衛星の仕様を足した理論上の数字だ。
実際に利用できる通信容量は、衛星の配置、地上局、衛星間レーザー、利用者端末、地域ごとの需要などによって決まる。
今回の26基についても、1機当たり1Tbpsという仕様を26倍して、その数字を現在利用可能なStarlinkの通信容量と呼ぶことはできない。
衛星通信網の競争では、打ち上げ能力も差になる
衛星通信網を拡大するには、高性能な衛星を作るだけでなく、それを大量に軌道へ運ぶロケットも必要になる。
競合するAmazon Leoでは、7月2日の打ち上げで29基を追加し、累計で396基の衛星を放出した。
ただし、この396基は7月2日時点で「これまでに放出した衛星の累計」であり、9月末時点で実際にサービスへ利用されている衛星数とは限らない。
また、Starlink V3とAmazon Leoでは衛星1機当たりの能力や軌道、通信方式も異なる。
Starlink V3を26基投入した今回の打ち上げと、Amazon Leoの衛星数だけを比較して、通信網全体の性能差を判断することはできない。
一方、大量の衛星を継続的に軌道へ投入できるロケットを確保することが、通信網の拡張速度を左右する点は共通している。
今回Starshipが実用衛星を軌道へ運んだことは、Starlinkにとって衛星そのものの進化だけでなく、配備能力の面でも重要な節目になる。
月着陸船には、さらに長い飛行と燃料移送が必要
Starshipの用途はStarlink衛星の輸送だけではない。
NASAはアルテミス計画で、Starshipを月着陸船「Human Landing System(HLS)」として利用する計画を進めている。
月面へ向かうStarshipでは、今回の低軌道への衛星輸送よりはるかに複雑な運用が必要になる。
その中でも重要なのが、宇宙空間で別のStarshipから極低温の推進剤を受け取る軌道上燃料移送だ。
さらに長時間にわたり推進剤を保存し、複数の宇宙船を軌道上で接近・ドッキングさせる必要もある。
今回の飛行では、約3時間の軌道飛行と、軌道投入・軌道離脱のエンジン再点火には成功した。
しかし、当初予定していた約10時間の飛行は実施しておらず、Starship同士の本格的な燃料移送もまだ残る課題だ。
上段で早期停止したエンジンの原因を調べ、長時間の軌道飛行を計画どおり完了できるようにすることも必要になる。
Flight 14でStarshipは初めて、「大型の実用衛星を地球周回軌道へ運ぶロケット」として実際の仕事をこなした。
一方、SpaceXが目指すのは、これを高頻度で繰り返し、機体を回収して再使用し、さらに月へ向かうための燃料移送まで行うシステムだ。
今回の成功は大きな前進だが、衛星を軌道へ届ける能力を実証したことと、完全再使用の宇宙輸送システムが完成したことはまだ別の段階にある。



