2026年3月、PC用SteamクライアントにおけるLinuxのシェアは5.33%という記録的な水準に達した。長らく2%以下に低迷していた時代からは信じがたい数字であり、Steam Deck という専用ハードウェアの普及、そして Valve が長年にわたって磨き上げてきた互換レイヤーProtonの成熟が、ゲーマーをLinux環境へ誘導した成果として業界から注目を集めた。
しかし、その後の推移はやや厳しいものとなっている。4月は4.52%に後退し、5月はさらに3.99%まで落ち込んだ。3か月連続の下落は単なるノイズとは言い切れない傾向を示しており、Linuxのゲーミングエコシステムが自律的な拡大局面から、外部要因の影響を受けやすい「過渡期」に入っている可能性を示唆している。
数字の文脈を整理しておこう。3.99%という水準は、macOSの2.16%を依然として大幅に上回っている。かつてLinuxが1~2%台に長期間とどまっていた時代と比べれば、構造的なシフトが起きていることは確かだ。しかし3月のピークを起点とした連続下落は、「Linuxゲーミングの時代が来た」という楽観的な見方に対して、一定の留保を求めている。
Windows 11 の急伸:何がユーザーを動かしているか
5月のSteam調査における最大の動きは、Linuxの後退よりもむしろWindows 11の急伸にある。Windows 11のシェアは前月比2.02ポイント増の69.76%を記録した。Windows全体では今やSteamユーザーの93.85%を占め、Windows 10はさらに減少して23.99%に落ち込んだ。
この移行を加速している要因は複数ある。まず、Windows 10のサポート終了が2025年10月に完了し、セキュリティアップデートを受け取るためにはWindows 11への移行が事実上不可避となったことが大きい。ゲーマー層は特に、最新ドライバのサポート打ち切りリスクに敏感に反応する傾向がある。
加えて、最新世代のゲームがWindows 11専用の機能(DirectStorageの高度化やAutoHDRの拡充)を前提に設計されるケースが増えつつある点も、移行を後押ししている。
Microsoftは過去1〜2年間、Windows Updateの自動アップグレード施策を積極化させており、Steamのデータはその施策の浸透度を定量的に反映しているとも読める。企業やIT管理者向けではなく、個人の趣味でゲームをするユーザー層において、ここまで大規模なシフトが一月単位で起きていることは注目に値する。
GPUシェア:RTX 3060が首位奪還、5070も上位進出
OSトレンドと並んで注目されるのがGPUシェアの変化だ。5月の調査では、GeForce RTX 3060が3.85%で首位に返り咲いた。2位以下はRTX 4060 Laptop(3.77%)、デスクトップ向けRTX 4060(3.55%)、RTX 3050(3.10%)と続き、コストパフォーマンス重視の選択が市場全体のボリュームゾーンを形成していることがわかる。
特筆すべきは、RTX 5070が2.92%で上位5位に食い込んでいる点だ。GeForce 50シリーズは2025年初頭から順次市場に投入されたが、これまでの調査では供給制約もあり上位に入るほどの普及には至っていなかった。5月時点でRTX 5070が約3%に近いシェアを獲得していることは、同シリーズの流通量が一定水準に達しつつあることを示している。
一方で、RTX 3060が依然として首位であるという事実は、GPU市場の長い「尾」を示している。新世代のDLSS 4やFrame Generationといった機能を前面に打ち出す最上位モデルへの移行は、主流ゲーマー層においては緩やかなペースでしか進んでいない。コンシューマー向けゲーミングPCの買い替えサイクルが4〜5年程度であることを考えれば、RTX 3000シリーズが上位に居続ける状況は少なくとも2026年後半まで続く可能性が高い。
Linuxディストリビューション別の内訳:SteamOS Holoの存在感と台頭するCachyOS
Linuxユーザーの内訳を見ると、Steam Deck向けにカスタマイズされたSteamOS Holo 64bitが23.34%(前月比+0.29pp)で首位を堅持している。ただし、シェアが約4分の1にとどまることは、Steam Deck以外のデバイスでLinuxを利用するユーザーが依然として多数を占めることを意味する。
急速な成長という観点では、CachyOS(13.36%、+4.99pp)とBazzite(7.28%、+2.54pp)の上昇が目立つ。この2ディストリビューションが共通して支持を集めているのは、Steam Deckを持たない「自作PC・ミニPCゲーマー」層だ。既製品デバイスに依存せず、ハードウェアを自分で選んでLinuxを導入するユーザーにとって、セットアップの手間を省きながら高いパフォーマンスを得られる環境は大きな訴求力を持つ。
CachyOSはArch Linuxをベースとしつつ、カーネルパッチや最適化設定によってゲーミング性能を突き詰めるディストリビューションとして知られており、フレームレートや遅延に敏感なユーザー層に浸透している。BazziteはFedora/Silverblue系の不変OSで、Steam Deckライクなゲーミング特化セットアップを一般のPC向けに提供するプロジェクトとして急速に認知を高めている。
Arch Linux本家は8.70%(前月比-0.08pp)、Linux Mint 22.3は7.65%(+0.18pp)で比較的安定した推移を見せている。Nobara Linux 43は2.02%(+2.02pp)と前月比で倍増しており、RPM Fusionベースのゲーミングフレンドリーな環境として存在感を増している。Ubuntu 26.04 LTSも1.70%(+1.70pp)と新規エントリーしており、長期サポート版の新リリースが一定の移行効果を生んでいることがわかる。
Linuxシェア後退の複合的な要因
Linuxシェアが3月のピークから低下した要因として、複数の要素が絡み合っている可能性が高い。
最も即効性の高かった要因のひとつとして指摘されるのが、Steam Deckの在庫状況だ。Steam Deck OLEDモデルが品薄状態になり、その後に価格が改定された(値上げが実施された)ことで、Deckを新たに購入するユーザーが一時的に減少した。Steam DeckはSteamOS Holo搭載ゲーミング機であり、新規購入者の増減がLinuxシェアに直結する構造がある。
もうひとつの要因として、Valveが予告していたSteam MachineおよびSteam Frameの動向がある。いずれもSteamOS Linuxを搭載したゲーミングデバイスとして期待されているが、5月時点でも具体的な発売スケジュールは発表されておらず、「潜在的なLinuxユーザー」の取り込みは先送りになっている状態だ。
また、3月のシェア急騰自体が特殊要因を含んでいた可能性もある。Windowsのある更新や不具合が一部のユーザーをLinuxへの試用に向かわせ、その後、試用から本格移行には至らなかったユーザーがWindowsに戻るという流れが統計に表れているとも解釈できる。
モニター解像度:Full HDが依然として主流、わずかに逓減
モニター解像度のデータでは、1920×1080(Full HD)が51.89%と依然として過半数を占める。ただし前月比で0.32ポイント低下しており、緩やかな逓減傾向は継続している。2560×1440(QHD)は21.20%(-0.21pp)で2位を維持している。
高解像度化が進む中でも、コストと処理性能のバランスからFull HDが主流であり続ける状況は、ゲーミングモニター市場とグラフィックボード市場の両方に影響する。RTX 4060やRTX 3060が上位を占めるGPUシェアと、Full HDが51%以上を占める解像度分布は整合性があり、「手頃な価格でFast Frame Rate」を追求するゲーマー層のプロフィールと一致している。
PCゲーミングプラットフォームの分水嶺:Valveの次の手
Steamハードウェア調査は毎月の「現状スナップショット」にすぎないが、長期的な文脈で読むと、現在がPCゲーミングにおけるOS多様化のターニングポイントにあることを示している。
Linuxがここ2年で2%以下の水準から4%前後まで上昇した事実は、ValveのProton開発投資とSteam Deckの市場投入が一定の成果を生んでいることを示している。Protonにより、Steamカタログの大多数のタイトルが追加の最適化なしにLinux上で動作する環境が整ってきた。ゲームスタジオがLinuxネイティブビルドを提供する動機が薄れていても、プレイヤー体験の品質は著しく向上している。
他方、Windows 11の急進とWindows 10からの移行加速は、Microsoftのエコシステム支配力が依然として堅固であることを示している。Project Helix(XboxのゲーミングPC・コンソールハイブリッド)を含む次世代プラットフォーム施策が実現すれば、Windowsエコシステムへのロックインがさらに深まる可能性もある。
ValveがSteam MachineやSteam Frameの投入時期を明確にするかどうか、またSteam Deckの新モデル投入がシェアを再び押し上げるかどうかが、今後のSteam調査で確認すべき最大の注目点となる。