ASMLがSamsung ElectronicsとSK hynixに供給するEUV・DUV露光装置の交換部品を、一律10%値上げすると報じられた。韓国の半導体専門メディアThe Elecが10月10日に報じた内容によると、新価格は2027年1月の供給分から適用され、両社は購買部門での協議を経て値上げを受け入れたという。今回の価格改定は、新しい製造装置の購入費用ではなく、すでに工場で稼働している装置を維持するための費用に影響する。ASMLの決算資料を見ると、保守・アップグレード事業は売上高の約3割を占め、装置販売よりも高い売上総利益率を確保している。AI需要を背景に半導体メーカーが設備投資を拡大する中、ASMLにとっては新規装置の販売だけでなく、納入済み装置の保守や性能向上も重要な収益源となっている。
ASMLが韓国向け交換部品を一律10%値上げ、2027年1月から適用か
The Elecの独自報道によると、ASML本社は2026年9月初め、韓国法人を通じてSamsung ElectronicsとSK hynixに交換部品の値上げ案を提示した。その後、両社の購買部門と協議し、価格改定が決まったという。
対象となるのは、韓国向けに供給されるEUV(極端紫外線)およびDUV(深紫外線)露光装置の交換部品すべてだ。定期的に交換する消耗品だけでなく、故障や性能低下によって交換が必要になる主要部品も含まれるとされている。
露光装置は、光を使ってシリコンウェーハ上に微細な回路パターンを転写する半導体製造装置だ。内部にはレンズや反射鏡などの光学部品、光源、精密な駆動機構など、数多くの部品が組み込まれている。これらの部品を交換しながら装置の性能と稼働率を維持する必要があるため、今回の値上げは半導体工場の日常的な運用コストにも影響する。
The Elecによると、ASMLはこれまで、原材料価格の高騰や特定部材の調達難が発生した場合、その影響を受ける部品の価格を個別に見直してきた。そのため、交換部品を一律10%引き上げる今回の方針は異例だという。
値上げの背景について、同紙が取材した匿名の業界関係者は、部品を構成する材料や部材の価格上昇に加え、顧客企業の業績が好調なことから、ASML側にも利益率を高めようとする狙いがあるとの見方を示している。
ただし、これは業界関係者の見解であり、ASML経営陣が価格改定の理由として公式に説明したものではない。また、具体的な価格表や個別の契約条件は公表されておらず、韓国以外の地域でも同様の値上げが行われるかは不明だ。
ASMLの保守・アップグレード事業は売上高の約3割、利益率も高い
今回の値上げを理解するうえで重要なのが、ASMLの収益構造だ。同社は新しい露光装置を販売するだけでなく、すでに顧客の工場に設置された装置の保守や修理、性能向上によっても大きな収益を得ている。
ASMLの「Statutory Interim Report 2026」によると、2026年上半期のサービス・現地アップグレード事業の売上高は52億4,920万ユーロとなり、前年同期比28.1%増加した。全社売上高に占める割合も29.0%に達している。
この事業には、納入済み装置の保守や修理だけでなく、顧客の工場で装置の性能や生産性を高めるアップグレードも含まれている。
さらに、2026年上半期の売上高と売上原価から売上総利益率を計算すると、保守・アップグレード事業は60.3%となり、装置販売事業の47.0%を大きく上回る。
| ASMLの事業区分 | 売上高(百万ユーロ) | 売上原価(百万ユーロ) | 売上総利益率 |
|---|---|---|---|
| サービス・現地アップグレード | 5,249.2 | 2,084.9 | 60.3% |
| 装置販売 | 12,844.2 | 6,803.1 | 47.0% |
この数値は、ASMLの2026年上半期(6月28日まで)の決算資料5ページに掲載されたEU-IFRS準拠の業績を基にしている。売上総利益率は「(売上高-売上原価)÷売上高×100」で計算し、小数点以下1桁に丸めた。
この結果から、ASMLの保守・アップグレード事業は、売上高の規模だけでなく、収益性の面でも重要な役割を担っていることが分かる。装置販売よりも高い売上総利益率を確保しており、すでに納入された装置を維持・改良する事業が、同社の利益を支える重要な柱となっている。
ただし、60.3%という数字は交換部品だけの利益率ではない。装置の保守サービスや性能アップグレードを含む事業区分全体の売上総利益率であり、研究開発費や販売管理費などを差し引いた営業利益率とも異なる。
また、今回の数値はEU-IFRSに基づく上半期実績であり、ASMLが米国会計基準(US GAAP)で発表する全社の利益率とは会計基準や集計範囲が異なる。あくまで同じ会計基準で装置販売事業と保守・アップグレード事業を比較したもので、2027年の値上げによって利益がどれだけ増えるかを示す数字ではない。
半導体工場は露光装置を簡単に止められない、ASMLの交渉力を支える構造
ASMLが交換部品の価格を引き上げられる背景には、半導体製造装置の保守に特有の事情がある。
ASMLは公式サイトの顧客サポートに関する説明で、露光装置が停止した場合、顧客企業に毎分数千ユーロの損失が発生することもあると説明している。そのため、同社は交換部品の要求の99%以上に24時間以内に対応するとしており、顧客の生産計画に合わせた保守サービスを提供している。
半導体工場にとって重要なのは、部品を安く購入することだけではない。故障した装置をどれだけ早く復旧できるか、安定した稼働率を維持できるかも、製造コストに大きく影響する。
仮に交換部品を安く購入できても、納品や修理に時間がかかって装置が長期間停止すれば、その損失が部品価格の差を上回る可能性がある。そのため、装置を販売したメーカーは、保守技術や交換部品の供給体制を通じて、納入後も顧客の生産活動に深く関わり続ける。
こうした構造は、ASMLが価格交渉で有利な立場を維持できる理由の一つと考えられる。ただし、今回報じられた10%の値上げに、どの程度の保守費用や供給リスクが織り込まれているかは明らかになっていない。
また、今回の値上げ対象にはEUVだけでなく、DUV露光装置も含まれている。
ASMLのEUV露光技術に関する説明によると、EUVは半導体の製造工程のうち、特に微細で複雑な回路パターンの形成に使われる。一方、それ以外の多くの工程では、引き続きDUV露光装置が使用される。両者は今後も長期にわたって併用される見通しだ。
さらに、ASMLのDUV製品ラインアップには、3D NANDの製造工程に対応した性能アップグレードも用意されている。
つまり、EUVとDUVの交換部品がともに値上げされる場合、最先端半導体の製造だけでなく、DRAMやNANDフラッシュなど、既存の製造工程を維持するための費用にも影響が及ぶ可能性がある。
ただし、DUV露光装置の市場には、Nikonが提供するArF液浸スキャナーなどの競合製品も存在する。EUV露光装置におけるASMLの強い市場支配力を、そのままDUV市場全体にも当てはめるのは正確ではない。
もっとも、新たに導入する装置のメーカーを選ぶことと、すでに工場で稼働しているASML製装置の交換部品を調達することは別の問題だ。競合メーカーが存在していても、既存装置の交換部品を簡単に他社製品へ切り替えられるとは限らない。
AI需要による半導体工場の増設が、保守・アップグレード事業も押し上げる
ASMLの保守・アップグレード事業が拡大している背景には、AI需要を受けた半導体メーカーの設備投資増加がある。
ASMLのCFOであるRoger Dassen氏は、2026年7月15日の決算説明会に向けた資料で、2026年の保守・アップグレード事業の売上高が前年比30%以上増加するとの見通しを示した。
その理由として、顧客の工場に設置されるEUV露光装置が増えていることと、既存装置の性能や生産性を高めるアップグレードへの需要が拡大していることを挙げている。
この30%以上という数字は、ASML全社の売上成長率ではなく、保守・アップグレード事業に限定した見通しだ。また、対象は2026年であり、今回報じられた2027年1月の交換部品値上げよりも前の期間となる。
したがって、保守・アップグレード事業が成長している理由を、今回の値上げだけで説明することはできない。顧客企業が導入する装置の台数そのものが増えていることに加え、既存装置の生産能力を高めようとする動きも売上増加につながっている。
同じ決算説明で、ASMLはDDRやHBMの供給不足と価格上昇が、DRAMメーカーの設備投資を促していると説明した。DRAMの製造プロセスが高度化するにつれて、EUVだけでなくDUV液浸露光装置の重要性も高まっているという。
新しい工場に露光装置が導入されれば、その装置には継続的な保守が必要となり、将来的には性能アップグレードの対象にもなる。そのため、AI需要を背景とする半導体工場の増設は、ASMLに新規装置の売上をもたらすだけでなく、長期的な保守・アップグレード収益の拡大にもつながる。
ASML自身も、生産能力の増強を進めている。
同社が7月15日に発表した2026年第2四半期決算によると、従来型のLow NA EUV露光装置について、2027年の生産能力を2026年の水準から約30%引き上げ、2028年にはさらに約30%の増強を検討している。
これは露光装置そのものの供給能力を増やす計画であり、今回の交換部品の値上げ幅を説明するものではない。
ただし、新規装置の販売が増えるほど、将来の保守対象となる装置も増える。AI需要による設備投資の拡大が、装置販売と保守・アップグレードの両方に継続的な需要を生み出す構造が見えてくる。
交換部品が10%値上がりしても、メモリ価格が10%上がるわけではない
今回の価格改定が半導体メーカーの製造コストに影響することは考えられるが、交換部品の10%値上げが、そのままDRAMやSSDの10%値上げにつながるわけではない。
重要なのは、値上げ対象となる交換部品の費用が、半導体の製造原価全体のどれだけを占めているかだ。
今回の報道では、Samsung ElectronicsやSK hynixが対象部品の購入に支払う総額や、製造原価に占める交換部品費用の割合は明らかにされていない。
仮に購入数量やその他の費用が変わらないとすると、製造原価全体への影響は次の式で計算できる。
製造原価の増加率=値上げ対象部品の原価構成比×10%
例えば、値上げ対象の交換部品費用が製造原価全体の1%を占めている場合、部品価格が10%上昇しても、製造原価全体の増加率は0.1%となる。
もちろん、これは計算方法を説明するための仮定であり、Samsung ElectronicsやSK hynixの実際の原価構成比を推計したものではない。
さらに、製造装置の性能アップグレードによって、同じ時間で処理できるウェーハの枚数が増えれば、ウェーハ1枚当たりの製造費用を引き下げられる可能性がある。
歩留まりの改善や装置の停止時間の短縮によっても、実際の製造コストは変化する。そのため、交換部品の購入価格が上昇したとしても、生産性の改善によってその負担を一部吸収できる余地はある。
また、増加したコストを半導体メーカーが自社で吸収するのか、販売価格に転嫁するのかは、DRAMやHBMなどの需給状況、顧客との契約条件、競争環境によっても左右される。
今後の焦点は、2027年の交換部品値上げが、半導体メーカーの製造コストと利益率にどの程度影響するかだ。保守費用が増えても、装置の稼働率や生産性が向上すれば、製品1個当たりの製造コストへの影響を抑えられる可能性がある。
AI需要を背景に半導体メーカーが設備投資を拡大する中、製造装置の購入価格だけでなく、導入後の保守や性能更新にかかる費用も重要性を増している。今回の値上げ報道は、半導体の製造コストを考える際、新規設備への投資だけでなく、既存装置を長期間稼働させるための費用にも目を向ける必要があることを示している。



