中国が自前の露光装置を量産し始めたと聞けば、ASMLの独占にひびが入ったように映る。半導体製造装置の脱中国依存を掲げてきた投資家心理を揺さぶるには十分なインパクトのニュースに見える。だが量産計画の中身と株価の動きを突き合わせると、その解釈は急ぎすぎている。
ニュースが流れた直後、ASML株は単日で7%下落した。だが年5台という生産規模は、ASMLの2026年出荷計画130台の26分の1に過ぎない。株価が真っ先に反応した一方で、ASMLの対中売上比率はこの量産報道より何カ月も前から静かに下がり続けていた。今回の量産開始が映し出すのは、中国の技術的な躍進というより、輸出規制強化に追い詰められた側の切迫感だ。
上海発、SMEEとYuliangshengを束ねた量産体制
中国国有企業のShanghai Aishengna Electronic Technology Group(上海愛生娜電子技術集団)が、液浸DUV露光装置の量産を開始したと2026年7月27日から28日にかけて相次いで報じられた。液浸DUV露光装置とは、レンズと基板の間を水で満たすことで光の屈折率を高め、より細かい回路パターンを転写できるようにした半導体製造装置を指す。Aishengnaは新興企業Shanghai Yuliangsheng Technology(上海昱瞭晟)と、中国の老舗装置メーカーSMEE(上海微電子装備)の開発チームを統合して量産体制を組んだ。半導体製造装置分野への参入を図るSiCarrier系のチームも合流したと報じられている。
生産台数は2026年に約5台、2027年に約20台の見込みだと報じられている。納入予定先はSMIC(中芯国際)、Hua Hong Semiconductor(華虹半導体)、CXMT(長鑫存儲技術)の3社で、いずれも米国の輸出規制対象に近い立場にある中国の主要半導体メーカーだ。SMICは2025年9月からYuliangsheng製の液浸露光システムをテストしているとされる。
元の報道は2026年7月27日にThe Informationが伝え、翌28日にReuters(ロイター)がAishengnaという企業名を独自に特定して報じる形で広がった。日をまたいで複数の海外メディアが後追いする展開になったこと自体、この量産開始が業界内で一定の注目を集めていたことを示している。
装置の技術水準は、単一露光で28nm級プロセスに対応し、複数回露光を重ねるマルチパターニングにより7nm級まで到達可能とされる。マルチパターニングとは、1層分の回路パターンを複数回の露光に分割して転写する手法で、1回の露光で到達できる解像度の限界を、重ね合わせによって実質的に引き上げる仕組みだ。装置自体の光学性能は28nm級のままでも、工程数を増やすことでより細かいパターンを作り込める代わりに、製造コストと歩留まり管理の難易度は上がる。
ASML製の最新機と比べると、スループットやオーバーレイ精度(重ね合わせ精度)、長期信頼性の面で「一世代遅れている」というのが複数の独立メディアと専門家コメントの一致した評価だ。CNBCの取材に応じた匿名の業界専門家は「未知の国家支援企業が製造する機器は、はるかに劣悪な立場から始まる」と述べている。
それでも、納入予定先のSMICやHua Hong、CXMTにとっては、装置調達の選択肢が増えること自体に意味がある。ASMLやNikon、Canonへの一極集中を避けられれば、価格交渉力の面でも一定の効果が見込める。合流したとされるSiCarrier系にとっても、半導体製造装置という新たな事業領域への足がかりになりうる。
ASML月10台換算で見える26倍の生産規模差
ASMLは液浸DUV機を2024年に129台、2025年に131台出荷しており、2026年も約130台の出荷を計画している。これを単純に12カ月で割ると、月間の出荷ペースは約10.8台になる。中国Aishengnaの2026年の生産計画は年間約5台であり、ASMLが1カ月で送り出す台数だけで中国の年間生産計画を上回る計算だ。
年間ベースで比較すると、130台÷5台で規模の差はおよそ26倍に達する。これが今回の量産開始を「ASMLを脅かすブレークスルー」と呼ぶにはまだ距離がある理由だ。もっとも、この差は縮小方向にある。
ASMLは2027年の出荷をさらに30%積み増す計画で、単純計算では約169台になる。一方の中国は2027年に約20台の生産を見込んでおり、169台÷20台で規模差は約8.5倍まで縮む計算になる。生産台数そのものは2026年比で4倍に増える計画であり、規模のギャップはまだ埋まっていないが、縮小ペースは速い。
CNBCの取材に応じた匿名のアナリストは「機械自体の生産スケーリングは最も過小評価されている部分だ」と指摘している。装置を1台試作することと、それを年間20台規模で安定生産することの間には別の壁があるという含意だ。
MATCH Actと量産発表、3カ月半の距離
今回の量産報道の3カ月半ほど前、米議会では中国向け輸出規制をさらに強化する法案が動き出していた。2026年4月2日、Baumgartner下院議員がMATCH Act(Multilateral Alignment of Technology Controls on Hardware)法案を下院に提出し、4月8日にはRisch、Ricketts、Kim、Schumerの各上院議員が上院版を提出した。法案が狙うのは、液浸DUV露光装置の対中輸出を全面的に禁止し、既存装置への保守サービスも制限することだ。対象となる「covered facilities」には、SMIC、Huawei、Hua Hong、CXMT、YMTCの名が挙げられている。
MATCH Actはまだ成立していない。それでも、対中輸出網が段階的に狭められてきた過去数年の流れの延長線上にある法案であり、SMICやCXMTにとっては装置調達の先行きを左右しかねない材料だ。中国が半導体製造装置の国産化を国家目標に掲げてきたこと自体は目新しくない。EUVはおろかDUV露光装置の調達網まで断たれかねない局面になって初めて、性能で一世代劣る装置でも量産に踏み切るという判断が下された、と見る方が時系列としては筋が通る。
株価は急落したが、対中依存はすでに縮んでいた
報道を受けてASML株は急落した。GIGAZINEが報じたところでは下落率は単日で7%に達し、関連装置サプライヤーのBESIも8.5%、Soitecが5%、Infineonが3%それぞれ下落したという。市場が「中国が自前の装置を持ち始めた」というニュースに敏感に反応した格好だ。
だが、ASMLの対中売上構成を時系列で追うと、株価が反応するより先に依存度の低下は進んでいた。中国は2025年通期でASML売上の33%を占めていたが、この量産報道とは無関係に、2026年には約20%へ低下する見通しだとCNBCが4月時点で報じている。実際に蓋を開けてみると、2026年上半期の実績では中国の比率は16%(約26億ユーロ、1ユーロ=186.59円換算で約4850億円)まで下がり、台湾や韓国に次ぐ第3位の市場になっていた。つまり量産報道が流れた時点で、ASMLの対中依存はすでに市場の想定より速いペースで縮小し終えていたことになる。
この文脈を踏まえると、株価急落は「新たなリスクの発覚」というより「知っていたはずの縮小トレンドへの遅れた反応」に近い。Bank of Americaは報道の前日時点でASML株の買い推奨を維持しており、「ウェーハファブ設備投資は2028年までに2500億ドルに達する」との強気予測を示していた。ASMLの受注は2027年分まで完売しているとされ、少なくとも短期の受注状況に量産報道が影響を及ぼした形跡は見当たらない。
焦点は2030年のEUV、埋まらない世代差
北京は自国製EUV露光装置の量産開始を2030年ごろと見込んでいるとされ、Huawei系の開発プロジェクトとの関連が指摘されている。今回のDUV量産はその手前の段階であり、ASMLの独占的地位を脅かす存在というよりも、輸出規制がさらに強まった場合の「最低限の保険」としての性格が強い。ASMLはEUV露光装置で事実上唯一の供給者であり、DUV市場でも最大手の座にある(NikonやCanonも一定のシェアを持つ)という構図自体は、今回の量産開始によって崩れていない。
実際の歩留まりや不良率、部品の国産化率、ASML製と比べた価格水準について、報道各社は「不透明」と繰り返すのみで具体的な裏付けは示していない。光学部品やレーザー、精密ステージ、制御ソフトウェアといった構成要素をどこまで自国内で賄えているかも公表されておらず、装置の国産化率がどこまで進んでいるかが明らかにならない限り、年5台から20台への量産拡大が計画通り進むかどうかも見通しにくい。もっとも、SMICは2025年9月からYuliangsheng製の液浸露光システムのテストを続けているとされ、この実機評価の歩留まり実績が公表されれば、規模差が縮まる速度を判断する最初の具体的な材料になる。2023年にHuawei端末に搭載された「Kirin 9000S」の7nmチップも発表直後は大きく報じられたが、その後の先端ノードでの量産規模は限定的にとどまったとの指摘がある。発表のインパクトと実際の産業規模が一致するとは限らないという点は、今回にも当てはまりそうだ。
年5台という数字が示しているのは技術的な追いつきではなく、調達網が閉じる前に自前の手段を確保しておきたいという中国側の切迫感だ。この規模差が本当に縮むかどうかは、2027年納入分で歩留まりと部品国産化率がどこまで公表されるか、そしてMATCH Actが成立して調達網がさらに狭まるかにかかっている。



