中国の巨大テクノロジー企業Huaweiが、最新のAI(人工知能)チップ「Ascend 910D」のテスト準備を進めていることが報じられた。 目指すは、AIチップ市場のリーダーであるNVIDIAの高性能製品「H100」を凌駕する性能だ。米国の厳しい輸出規制が続く中、Huaweiは国産AI技術の確立を加速させており、この新型チップはその試金石となる。早ければ2025年5月下旬にも、最初のサンプルがパートナー企業に提供される見込みだ。
Ascend 910D開発の最前線:打倒NVIDIAへの布石
The Wall Street Journal紙の報道によると、HuaweiはAscend 910Dの設計を完了し、現在はその技術的な実力を検証する段階に入っているとのことだ。 そのために、中国国内の複数のテクノロジー企業に声をかけ、実際の環境でのテスト協力を仰いでいるという。
関係者の話では、最初のサンプルチップは2025年5月下旬にも完成し、これらのパートナー企業に届けられる予定だ。 もちろん、サンプル評価から実際の量産までには、フィードバックに基づく修正や生産体制の準備など、いくつかのステップが必要となる。そのため、本格的な市場投入には少なくとも数ヶ月を要すると見られている。
この動きと並行して、Huaweiは既存モデル「Ascend 910C」の大量出荷も2025年5月から開始する計画だと報じられている。 910Cを含むAscendシリーズは、すでに中国国内の国有通信キャリアや、TikTokを運営するByteDanceのような大手AI企業への納入が進んでおり、今年だけで80万個以上の出荷が見込まれているという。
性能目標 – 打倒NVIDIA H100? その実力と課題
HuaweiがAscend 910Dに託す期待は大きい。目標は、NVIDIAの「H100」を超える性能の達成だ。 H100は、AIモデルの学習(大量のデータを読み込ませてAIを賢くするプロセス)において、現在世界で最も広く使われている高性能チップの一つであり、いわばAI開発の「エンジン」とも言える存在だ。
しかし、期待通りに進むかはまだ未知数である。前モデルのAscend 910Cは、発表当初こそH100に匹敵する性能を持つと期待されたが、実際に使用したエンジニアからは「H100には及ばない」との評価も出ていた。 一部の報道では、910Cの実力は、NVIDIAが米国の輸出規制に対応して性能を抑えた中国市場向けモデル「H20」と同等レベルではないかと指摘されている。 もちろん、規制下でH20レベルのチップを開発できたこと自体が大きな成果ではあるが、トップエンドを目指すにはまだ壁があることを示唆している。
Ascend 910Dが本当にH100を超える性能を発揮できるのか、それとも910Cと同様の評価に落ち着くのか。その真価は、サンプルが登場し、第三者による客観的な評価が行われるまで分からない。
米国規制が生んだ「空白」とHuaweiの多角的戦略
HuaweiがAIチップ開発を急ぐ背景には、米国の厳しい対中半導体輸出規制がある。米国政府は、中国の軍事技術などへの転用を警戒し、NVIDIA製の最先端AIチップの中国への輸出を厳しく制限してきた。 H100は2022年の発売前から中国への輸出が禁止され、その後継とされる最新の「B200」や、性能を抑えたはずの「H20」さえも規制対象リストに追加された。
この規制は、中国企業にとってNVIDIAの高性能チップへのアクセスを困難にした一方で、Huaweiのような国内メーカーにとっては大きなビジネスチャンスを生み出した。いわば、NVIDIAが独占していた市場に「空白」が生まれた形だ。 実際、H20への規制強化後、一部の中国企業はHuaweiに対し、Ascend 910Cの発注を増やす方向で協議していると報じられている。
こうした状況下で、Huaweiは単に個々のチップの性能を追求するだけでなく、より高速で効率的な「システム」全体を構築することにも注力している。 2025年4月には、Ascend 910Cチップを384個接続したAIクラスターシステム「CloudMatrix 384」を発表した。 一部の専門家は、このシステムが特定の条件下では、NVIDIAの最新世代「Blackwell」を搭載したラックシステム(72チップ構成)を上回る性能を発揮する可能性があると分析している。 ただし、そのためには消費電力が大きくなるというトレードオフもあるようだ。 これは、最先端技術へのアクセスが制限される中で、効率性よりも処理能力を優先するという、Huaweiの現実的な戦略を示しているのかもしれない。
立ちはだかる壁 – サプライチェーンと技術的制約
野心的な目標を掲げるHuaweiだが、その前途は平坦ではない。最大の課題の一つが、サプライチェーンの制約だ。 米国の規制により、Huaweiは最先端の半導体製造プロセスへのアクセスを絶たれている。現在、チップ生産は中国国内のSMICや、規制前に確保したTSMCの旧世代プロセス在庫に依存していると見られている。 これでは、NVIDIAが採用するような最先端プロセスを用いたチップと真っ向から性能競争をするのは容易ではない。
また、チップ本体だけでなく、周辺技術にも課題がある可能性が指摘されている。例えば、AIチップの性能を大きく左右するメモリ技術として、現在NVIDIAなどが採用しているのは「HBM3」やさらに新しい規格だが、Huaweiは旧世代の「HBM2」に頼らざるを得ない状況かもしれない。 HBM(High Bandwidth Memory)は、チップにデータを高速供給するための重要な技術であり、ここの性能差が全体の処理能力に影響する可能性がある。
こうした製造プロセスや周辺技術の制約から、Huaweiは性能と消費電力のバランス(性能/電力効率、いわゆるワットパフォーマンス)において、不利な状況で戦わざるを得ない。効率を多少犠牲にしてでも、システム全体の工夫などで目標性能を達成しようとしている背景には、こうした事情があると考えられる。
今後の展望 – 中国AI自立への道筋となるか?
Ascend 910Dの開発は、単なる一企業の製品開発というだけでなく、米中技術覇権争いの文脈においても重要な意味を持つ。もしHuaweiが目標通りH100を超える、あるいはそれに匹敵するチップを安定供給できるようになれば、中国のAI産業はNVIDIAへの依存度を大きく下げ、米国による輸出規制の影響を軽減できる可能性がある。
しかし、その道のりはまだ不透明だ。Ascend 910Dの真の実力は? 量産体制は確立できるのか? そして、そのチップは中国のAI開発者たちに広く受け入れられるのか? これらの疑問に対する答えが、今後の中国AI産業、ひいては世界の技術バランスの行方を占う上で、重要な鍵となるだろう。
Sources
- The Wall Street Journal: China’s Huawei Develops New AI Chip, Seeking to Match Nvidia
- Reuters: China’s Huawei develops new AI chip, seeking to match Nvidia, WSJ reports