IBMの研究チームが、120量子ビットを搭載した2基の量子プロセッサーを4本の超伝導ケーブルで接続し、量子状態を平均99.00%の忠実度で転送することに成功した。IBMが2026年10月27日に発表した成果によると、各接続には長さ80cmのケーブルを使用し、同じ希釈冷凍機内に設置した2枚のチップを結んだ。研究チームは量子状態の転送だけでなく、異なるチップ上の量子ビット間で演算を行う遠隔量子ゲートや、チップをまたぐ量子もつれの生成も実証している。

研究を主導したのは、IBM ResearchのNeereja M. Sundaresanら42人の研究チームだ。成果をまとめた論文「Meter-scale quantum interconnects between large quantum processors」は10月21日にarXivへ投稿されており、現時点では査読前のプレプリントとなっている。実験に使用したのは、それぞれ120量子ビットを備える「IBM Quantum Nighthawk R1」プロセッサーだが、測定用に配線されたのは接続部分の周辺にある一部の量子ビットに限られる。したがって、240量子ビットすべてを連携させた量子計算を実証したわけではない。

今回報告された99.00%という数値は、量子状態を一方の量子ビットから別の量子ビットへ転送する操作の忠実度を表す。異なるチップ上の量子ビット間で演算する遠隔ゲートの忠実度や、量子計算全体の正答率を意味するものではない。複数の量子プロセッサーをどこまで一体として利用できるかを判断するには、状態転送、遠隔演算、量子もつれの生成をそれぞれ区別して評価する必要がある。

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99%の忠実度は何を意味するのか

今回の接続技術「Lカプラ(L-coupler)」は、単なるケーブルではない。周波数を調整できる専用の「L量子ビット」、可変結合器、チップ上の配線、ケーブルとの接合部などを含む接続システム全体を指す。量子状態の転送には、超伝導アルミニウム製同軸ケーブル内に形成される約5GHzの定在波モードを利用する。これによって、離れたチップ上のL量子ビット間で量子情報を受け渡す仕組みだ。

量子コンピューターで使われる「忠実度」は、実際に得られた量子状態や操作が、目標とする状態や理想的な操作にどれほど近いかを表す指標である。研究チームは、L量子ビット間の状態転送に加え、各チップの計算用量子ビット間で実行するCZゲートも評価した。CZゲートは、2つの量子ビットの状態に応じて位相を変化させる2量子ビットゲートで、量子もつれを生成する際にも使われる。さらに、複数の量子ビットが量子もつれを共有するGHZ状態の生成にも取り組んだ。

以下は、論文のTable 1およびMethodsに基づき、主な実験結果を整理したものだ。

評価対象 測定方法と条件 実測値
量子状態転送 4本の接続をそれぞれ双方向で評価。状態準備と測定に伴う誤差を除外するネットワークベンチマークを使用 平均99.00%
遠隔CZゲート 異なるチップ上の計算用量子ビット間で実行する一連の操作を、ランダム化ベンチマークで評価。4本の接続の平均 94.75%
6量子ビットGHZ状態 各チップの3量子ビットにまたがる量子もつれ状態。読み出し誤差の補正前 67.67±0.66%

状態転送の99.00%、遠隔CZゲートの94.75%、6量子ビットGHZ状態の67.67%は、いずれも異なる対象を測定した結果である。そのため、数値の大小をそのまま操作間の性能差や改善率として解釈することはできない。

状態転送の忠実度は、4本すべての接続で98.86%以上となり、最も性能の高い接続では99.29±0.07%に達した。一方、遠隔CZゲートの最高忠実度は96.42±0.28%だった。今回の遠隔CZゲートは、チップ内でのCZゲート3回、チップ間の状態転送2回、単一量子ビットゲート4回に加え、仮想的な位相補正を組み合わせて実行する。このため、状態転送だけでなく、複数の操作に伴う誤差が遠隔ゲート全体の性能に影響する。専用のL量子ビットを計算用の量子ビット格子から分離した設計は、既存のNighthawkプロセッサーとの互換性を確保しやすい反面、チップ間演算に追加の操作が必要になるという課題もある。

研究チームは、2枚のチップにまたがる6量子ビットのGHZ状態も生成した。補正前の忠実度は67.67±0.66%で、真正の多体量子もつれを確認するための50%という判定基準を上回っている。測定時の読み出し誤差を補正した場合、忠実度は90.87±0.74%となった。ただし、この補正は測定誤差の影響を統計的に推定してデータを処理したものであり、量子ビット自体に生じた誤りを量子誤り訂正によって修復したわけではない。

また、研究チームは隣接する2本の接続を同時に使用し、2組のベル状態と呼ばれる量子もつれ状態を生成した。読み出し補正後の忠実度は、1組目が単独動作時の93.94±0.27%から同時動作時の87.56±0.38%に低下した一方、2組目は86.98±0.41%から86.14±0.58%への変化にとどまった。この結果から、複数の接続を同時に動作させられることは確認できたものの、接続間の干渉や操作の影響を完全に排除できたわけではない。

大型チップを搭載した後でも接続できる設計

量子状態転送や遠隔演算が可能であることに加え、多数の接続を組み立て、安定して運用できるかどうかも、モジュール型量子コンピューターの実現には欠かせない。小規模な量子プロセッサー間の接続や、99%前後の忠実度を持つ状態転送は、過去の研究でも報告されている。今回の研究が従来と異なるのは、120量子ビットを備える大型プロセッサーを冷凍機内に設置した後で、4本の接続を取り付けられる構造を実証した点にある。

新しい接続方式では、室温でインジウム同士を圧着して電気的な接続を形成し、ケーブルをチップ表面に対して垂直に取り付ける。両方のモジュールを冷凍機内に設置した後、ねじと目視による位置合わせだけで接続できるようにした。ばね付きの保持具を使用して2本のケーブルを一度に固定する構造で、将来的には接続を高密度に配置することも想定している。

接合部の損失を評価するため、研究チームは独立した2台の試験装置も製作した。3〜8GHzの周波数帯で測定した内部品質係数()は平均174万に達し、接合部を持たないアルミニウム同軸ケーブルと同程度の性能を確認した。内部品質係数は共振器などがエネルギーをどの程度保持できるかを表す指標で、値が大きいほど損失が小さいことを意味する。実際の2チップ構成でも、4本すべての接続が、接触状態を変更しないまま3回の冷却・昇温サイクルを経ても正常に動作した。

ただし、温度変化を繰り返しても接続が維持されたことと、ケーブルを取り外して再接続した後も同じ性能を保てることは別の問題だ。論文では、インジウム接合部の再接続について初期試験で有望な結果が得られているとしながらも、今回の実験では接続部の取り外しと再接続を一度も行っていないと明記している。そのため、今回の4本の接続が良好に動作したことだけで、大規模システムに必要な製造歩留まりや保守性まで確認できたとはいえない。

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冷却時の磁場が超伝導ケーブルの損失を左右する

量子コンピュータの冷凍機内部を調整する二人の研究者

接続本数を増やす上では、超伝導ケーブルの損失を抑えることも重要になる。今回の研究では、ケーブルを冷却する際に存在する磁場が、量子情報の伝送性能に影響することも明らかになった。研究チームは、実験装置の4本とは別に長さ1mのアルミニウム同軸ケーブルを用意し、超伝導コイルに3周巻き付けることで、約5cmの区間に磁場が集中する試験環境を構築した。磁場を加えた状態で、アルミニウムが超伝導状態に移行する約1.2Kを通過させ、20mKまで冷却して測定した。

4.5〜7.5GHz帯で測定した内部品質係数の中央値は、冷却時の磁場が0ガウスの場合に150万、1.4ガウスで110万、3.5ガウスで74万、14ガウスでは25万となった。つまり、0ガウスと14ガウスの条件を比較すると、内部品質係数は6分の1に低下した。ただし、これはケーブルがエネルギーを保持する性能の変化であり、量子状態転送の忠実度が6分の1になったことを意味するものではない。

重要なのは、超伝導状態へ移行する際の磁場が損失を左右していた点だ。研究チームによると、ケーブルが超伝導状態になった後で磁場を変化させても、同様の影響は見られなかった。このことから、損失の増加は超伝導転移時の磁場条件に依存し、十分に冷却した後で磁場を調整しても回復できないことが分かる。一方、損失が増加する微視的な仕組みはまだ特定されておらず、論文では超伝導体内部に閉じ込められた磁束の動きが原因の候補として挙げられている。

磁場を遮蔽する構造にも改善の余地がある。単体ケーブルを二重の磁気遮蔽編組で覆った試験では、約5GHzにおける内部品質係数の中央値が200万に達した。一方、実際の装置で4本のケーブルを共通の遮蔽編組にまとめた構成では、平均94万となった。研究チームは、複数のケーブルを束ねることで遮蔽編組が広がり、磁場を遮る性能が低下した可能性を指摘している。ただし、両者は測定対象や構成が異なるため、性能差の原因がケーブルの束ね方だけにあると断定することはできない。

転送忠実度の改善予測はモデル上の上限

研究チームは、量子状態転送の忠実度をどこまで高められるかについて、実験結果とは別に数値モデルによる検討も行った。このモデルでは、L量子ビットとケーブル内の量子状態が維持される時間に着目し、量子状態の緩和時間を表すと、位相情報が失われる時間を表すT_2^_を用いて誤差を計算する。L量子ビットのとT_2^_をともに100マイクロ秒と仮定し、ケーブルには実測値を使用した。

計算では、量子状態の励起が転送時間の半分をL量子ビット側で、残り半分をケーブル内で過ごすと仮定している。この条件で求められた4本の接続の転送忠実度の上限は、99.68〜99.77%だった。研究チームは、現在の実測値である平均99.00%から、量子ビットのコヒーレンス性能を改善することで忠実度をさらに高められる可能性があると考えている。

ただし、99.68〜99.77%は今回の実験で達成した値ではない。モデルが考慮しているのは量子状態の緩和や位相緩和に伴う誤差であり、制御パルスの不完全さなど、その他の誤差要因をすべて含んでいるわけではない。そのため、量子ビットのコヒーレンス時間を改善すれば、実際の転送忠実度が必ずこの範囲に達するという予測ではない。あくまで、量子状態を保持する性能が改善された場合に、転送忠実度をどこまで高められる可能性があるかを示した理論上の上限だ。

今回の研究は査読前の段階にあり、独立した研究チームによる追試もまだ確認されていない。また、同じ実験装置で4本の接続を評価し、複数回の冷却サイクルを実施したことは、異なる装置や研究環境で再現性が確認されたこととは区別する必要がある。

それでも、2基の大型量子プロセッサーを複数の超伝導接続で結び、量子状態転送、遠隔演算、量子もつれの生成まで実証したことは、モジュール型量子コンピューターの開発における重要な進展といえる。今後は、接続数を増やした場合の歩留まりと再現性、接続部の交換・再接続後の性能、遠隔ゲートの誤り率をどこまで改善できるかが焦点となる。これらの課題を克服できれば、単一チップの規模に依存せず、複数の量子プロセッサーを組み合わせて計算能力を拡張する道が開ける。