PsiQuantumは2026年10月28日、8入力・8出力の光回路スイッチの実証機を公開した。光信号を電気信号に変換せず、光のまま接続先を切り替える装置であり、同社が量子コンピューター向けに約10年かけて開発してきたシリコンフォトニクス技術を、AIネットワークにも応用する取り組みだ。同社によると、実証機の社内試験では典型挿入損失1.2 dBを達成したという。すでに一部の見込み顧客にサンプルを提供しており、今後数カ月以内に商用製品を発表する予定だ。ただし、今回の測定結果だけでAIネットワーク全体の性能向上を判断することはできず、測定条件や実際の運用環境での検証が重要になる。

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典型挿入損失1.2 dBは何を意味するのか

PsiQuantumが公表したのは、8×8光回路スイッチの実証機を社内で試験した結果であり、シミュレーションによる推計値ではない。挿入損失は光が装置を通過する際に失われる光パワーを示す指標で、値が小さいほど出力側に多くの光が残る。一方、クロストークは、本来とは異なる光経路へ信号が漏れる現象を指し、経路間の干渉を評価するために用いられる。今回の発表では、挿入損失とクロストークに加え、接続経路を切り替える時間も示された。

公表項目 値 測定対象・留意点
典型挿入損失 1.2 dB 8×8実証機の社内試験における典型値
低損失側の測定値 1 dB 同実証機で公表された低い側の値。典型値や保証値ではない
クロストーク 40 dB 8×8実証機の社内試験における典型値。符号の扱いや測定基準は未公表
経路の再構成時間 3 ms未満 8×8実証機の社内試験における典型値。接続経路の切り替えに要する時間

挿入損失の1 dBと1.2 dBは、改良前後の性能を比較した数字ではない。また、クロストークの40 dBはPsiQuantumが公表した表記をそのまま用いたもので、基準信号や測定方法が示されていないため、符号を補って別の指標として解釈することはできない。今回のプレスリリースと製品紹介ページには、試験した装置の台数や測定回数、使用した光の波長、偏光、温度などの条件も記載されていない。すべての接続経路における測定値の分布やばらつき、信頼区間も不明だ。さらに、今回の8×8実証機の測定結果を報告する査読論文やプレプリント、第三者による独立した追試・再現測定も、これらの資料には示されていない。したがって、公表された典型値が異なる使用環境や、より大規模な装置でも再現されるかは、現時点では判断できない。

電気信号に変換せず、光のまま通信経路を切り替える

光回路スイッチは、入力された光信号を電気信号に変換することなく、目的の出力ポートへ振り分ける装置だ。今回の実証機は8つの入力ポートと8つの出力ポートを備え、光信号の接続経路を切り替えられる。PsiQuantumはこの構成を「非閉塞(non-blocking)」と説明している。これは、ほかの接続によって妨げられることなく、各入力を空いている任意の出力へ接続できることを意味する。ただし、8つの入力を同じ出力へ同時に接続できるという意味ではない。

PsiQuantumによると、実証機には可動部や鏡、光増幅器を使用していない。また、光信号を電気信号へ変換する工程も必要ないが、装置内部を光が通過する際の損失そのものがなくなるわけではない。今回示された典型挿入損失1.2 dBは、そうした光パワーの損失を評価したものだ。一方、3 ms未満という数値は接続経路を再構成するのに必要な時間であり、データの伝搬遅延やGPUの応答時間を示すものではない。AIモデルの学習時間を測定した結果でもなく、スイッチの切り替え速度とネットワーク全体の通信性能、AIシステムの計算性能は分けて考える必要がある。

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量子コンピューター向け技術をAIネットワークへ展開

今回の発表で注目されるのは、PsiQuantumが量子コンピューター向けに開発してきた製造技術を、AIネットワーク向けの光部品にも活用しようとしている点だ。同社は、量子コンピューターの開発を通じて培ったシリコンフォトニクスの製造基盤を、別の用途に展開することを目指している。ただし、量子コンピューター向けに開発した技術を利用していることと、AIネットワーク向けスイッチの性能が実証されたことは区別する必要がある。特に、製造技術と装置の規模が異なる場合、ある装置で得られた測定結果を別の装置にそのまま当てはめることはできない。

PsiQuantumは、チタン酸バリウム(BTO)を300 mmウエハ規模で統合する技術を開発しており、量子システムでは64×64のBTOスイッチを使用すると説明している。一方、今回公開した8×8実証機と初期の商用製品には、BTOを使用する必要がないという。つまり、今回の実証機と量子システム向けの64×64スイッチは、同一の構成ではない。8×8実証機で得られた典型挿入損失1.2 dBや再構成時間3 ms未満を、64×64スイッチの性能として扱うことはできない。

製造面では、PsiQuantumはGlobalFoundriesを活用した量産製造基盤を持つことを強調しており、より大規模な光回路スイッチの開発も進めている。ただし、今回の発表は8×8実証機の性能とサンプル提供に関するものであり、商用製品の量産出荷が始まったわけではない。今後発表する商用製品についても、ポート数などの具体的な仕様は明らかになっていない。見込み顧客へのサンプル提供と、仕様や価格、供給条件が確定した商用製品の提供は、別の段階にある。

光信号を電気信号に変換せずに経路を切り替える仕組みは、通信に伴う消費電力を削減できる可能性がある。しかし、今回の資料には、データセンター全体の消費電力やGPU稼働率、通信帯域、AIモデルの学習性能を測定した結果は含まれていない。今回示されたのは光回路スイッチ単体の社内試験結果であり、AIシステムでの効果を直接検証した実験や、実際の運用データに基づく相関分析ではない。そのため、部品単体の低損失が、AIネットワーク全体の省電力化や性能向上にどの程度寄与するかは、まだ実証されていない。

TSNも、今回の発表では価格、顧客名、出荷日が明らかにされていないと指摘し、ポート数の拡大と低損失、価格競争力をどう両立させるかを商用化の課題に挙げている。今後は、より大規模なスイッチの詳細な測定条件や第三者による独立した性能評価に加え、実際のAI通信負荷でどれだけの効果が得られるかを確認する必要がある。製品の仕様、価格、供給時期などの条件が明らかになれば、PsiQuantumの低損失な光回路スイッチが、AIデータセンターのネットワークにどの程度の実用的な価値をもたらすのかを、より具体的に評価できるようになる。