2026年2月3日、ソフトバンクグループが設立したメモリ新会社「SAIMEMORY(サイメモリ)」と、米半導体大手Intelが、次世代メモリ技術「ZAM(Z-Angle Memory)」の開発および実用化に向けた広範な協業契約を締結した。この提携は、単なる企業の共同開発の枠を超え、AI時代の最大の障壁となっている「消費電力」と「熱」の壁を打ち破る、日米主導の国家プロジェクト級のインパクトを秘めたものだ。

これまで韓国のSK hynixやSamsung Electronicsが主導権を握ってきた高帯域幅メモリ(HBM)市場に対し、全く新しいアーキテクチャで挑む「ZAM」とは何なのか。そして、かつてメモリ事業から撤退したIntelがなぜ今、ソフトバンクと共に再参入を図るのか。その背景にある戦略と技術的特異性を見てみよう。


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AIデータセンターの「青天井」な電力を食い止める救世主

現在、ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)の急速な普及に伴い、AIデータセンターの電力消費量は爆発的に増加している。その最大の要因は、計算を担うGPU(画像処理半導体)やCPUと、データを一時的に記憶するメモリの間で繰り返される、膨大なデータの「書き出し」と「読み込み」の作業にある。

現在の主流は、DRAMを垂直に積層した「HBM(High Bandwidth Memory)」だ。しかし、HBMには致命的な弱点がある。積層数を増やすほどダイ(チップの破片)の間に熱がこもりやすく、冷却性能の限界から、現在の16層積層ですでに物理的な限界(20層程度が上限とされる)が近づいているという点だ。

これに対し、SAIMEMORYとIntelが打ち出した「ZAM」は、従来のメモリとは大きく異なる構造を採用している。

垂直ではなく「Z軸」でダイを並べる新構造

ZAMの名称の由来は、その名の通り「Z軸(垂直方向)」の概念を再定義した点にある。従来のメモリが平面(基板)に対してダイを平たく積み重ねていたのに対し、ZAMではダイを縦(垂直)に並べて実装する手法を検討している。

この構造の最大のメリットは「放熱効率」の飛躍的な向上だ。ダイを縦に並べることで、それぞれのダイから発生する熱が遮られることなく上部へ伝導される。これにより、平置き積層で課題となっていた「熱の籠もり」を解消し、電力消費を抑えつつさらなる高密度化が可能になる。

ZAMが掲げる圧倒的なスペック

SAIMEMORYが公表した目標値は、既存のHBMを大きく上回るものだ。

  • 容量: HBMの2〜3倍(1チップあたり最大512GBを想定)
  • 消費電力: 40〜50%削減(従来の半分近くまで低減)
  • 製造コスト: HBMの約60%(4割近いコストダウン)

このスペックが実現すれば、AIサーバーの維持費の大半を占める電気代を劇的に削減できるだけでなく、1台のサーバーで処理できるデータ量が倍増することを意味する。


Intelの「メモリ市場復帰」と技術的裏付け

Intelにとって、今回の提携は極めて象徴的な意味を持つ。同社は1970年に世界初の商用DRAMを成功させたメモリの先駆者だったが、日本勢との価格競争に敗れ、1985年にメモリ事業から撤退した経緯がある。実に40年以上の時を経て、Intelは再びメモリという「戦場」に戻ってきたのだ。

IntelがZAMの基盤として提供するのは、同社が米エネルギー省(DoE)や国立研究所(サンディア、ローレンス・リバモア等)の支援を受けて極秘裏に進めてきた「AMT(Advanced Memory Technology)」プログラムの成果だ。

NGDBとEMIB:2つの核となる技術

ZAMの実現には、Intelの2つの独自技術が不可欠となる。

  1. NGDB(Next Generation DRAM Bonding):従来のメモリ積層技術(TSV:シリコン貫通電極)は、ダイに直接穴を開けて接続するため、穴を開ける領域がメモリ容量を圧迫し、製造工程も複雑だった。Intelが開発したNGDBは、銅(Copper)同士を直接接合する「ハイブリッド・ボンディング」を活用し、まるで1つのシリコンブロックであるかのような高密度な接続を実現する。これにより、接続の遅延(レイテンシ)を最小限に抑えつつ、帯域幅を劇的に拡大できる。
  2. EMIB(Embedded Multi-Die Interconnect Bridge):複数のチップを高速で繋ぐ「架け橋」となるパッケージング技術だ。ZAMではこのEMIBを用いて、メモリとAIチップ(GPU等)を最短距離で接続する。これにより、電力効率を維持しながらHBMを超える超高速通信を可能にする。

Intelのフェローであり、政府技術部門CTOを務めるJoshua Fryman博士は、「標準的なメモリ・アーキテクチャではAIのニーズを満たせない。NGDBは次の10年を加速させる全く新しいアプローチだ」と断言している。


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ソフトバンクの野望:投資家から「技術の供給者」への変貌

ソフトバンクグループを率いる孫正義氏は、これまでArmの買収やビジョン・ファンドを通じて、AI業界の「黒子」として莫大な投資を行ってきた。しかし、2024年12月に設立されたSAIMEMORYの動きは、同社が「投資家」としての顔だけでなく、自ら次世代インフラの「開発者」としての顔を強めていることを示している。

なぜ自社でメモリを作るのか

その背景には、孫氏が提唱する「ASI(人工超知能)」構想がある。ASIを実現するには、現在の数百倍から数千倍の計算資源が必要となるが、既存の半導体エコシステムでは電力不足によってその進化が止まってしまう。ソフトバンクにとって、SAIMEMORYによるメモリ開発は、自社のAI戦略(AIデータセンター事業やIzanagiプロジェクト)を支えるための「死活的な内製化」の一環とも言える。

SAIMEMORYの山口秀哉社長は、「SAIMEMORYの『SAI』は、物流単位の『才』だけでなく、世界へ発信する『才能』や『天才』の『才』にも通じている」と語る。ソフトバンクが持つ膨大な資本と世界的なネットワーク、そしてIntelの技術が融合することで、日本発のグローバル・テクノロジー企業を生み出そうとする意図が見て取れる。


日米連携の地政学的意味:Rapidusに続く「国家プロジェクト」への発展

今回の協業は、単純な企業間の契約にとどまらない。その背景には、日米両政府の強い関与と、地政学的な戦略が色濃く反映されている。

Trump政権の影響とIntelの立場

特筆すべきは、米Intelの株主構成だ。2025年8月、Trump政権がIntelに対して約89億ドル(約1兆4,000億円)を出資し、9.9%を保有する筆頭株主になったことが大きく報じられた。米政府が大企業の株式を直接保有するのは異例中の異例だ。

これにより、SAIMEMORYにとっては、米エネルギー省などの政府機関が主導してきた最先端技術にアクセスしやすくなるという大きなメリットが生まれた。一方で、Trump政権が進める「米国製造業の復活」により、将来的にZAMの量産拠点を米国内に置くよう求められる可能性もあり、外交・経済政策の影響を強く受ける側面もある。

日本のオールスターが集結

SAIMEMORYの開発には、ソフトバンクだけでなく日本の有力機関が名を連ねている。

  • ソフトバンク: 30億円を出資
  • 理化学研究所(理研): 開発に参画、出資を検討
  • 富士通: 開発に参画、出資を検討
  • 東京大学: 共同設立メンバーとして参画

2027年度までの開発費は約80億円規模を見込んでおり、その多くを国の補助金で賄う計画だ。これは、米IBMの技術を活用して次世代半導体の国産化を目指す「ラピダス(Rapidus)」と同様、日米がタッグを組んで特定国(韓国や台湾)への依存度を下げ、サプライチェーンの強靭化を図る戦略的な取り組みであると言える。


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市場へのインパクト:SK hynixやSamsungの牙城を崩せるか

現在、HBM市場は韓国のSK hynixが圧倒的なシェアを誇り、それをSamsungと米Micron Technologyが追う構図となっている。ZAMがこの牙城を崩せるかどうかは、単なる性能差だけでなく「標準化」と「エコシステム」の構築にかかっている。

既存のHBM4との競合

2026年以降、市場では「HBM4」の普及が始まると予想されている。HBM4は1024ビットから2048ビットへとインターフェース幅を倍増させ、さらなる高帯域化を目指しているが、依然として積層による熱問題と、高額な製造コストが課題として残っている。

ZAMが掲げる「製造コスト6割削減」という目標が達成されれば、価格競争力において圧倒的な優位に立てる。また、Intelが「技術標準」としてZAMを推進することで、自社のCPUやGPUにZAMを最適化させ、NVIDIAなどの他社に対しても、新たなメモリ規格としての採用を促す強力な交渉カードとなるだろう。


2029年の実用化に向けたロードマップと課題

SAIMEMORYとIntelの計画では、実用化までの道のりは以下のように設定されている。

  • 2026年第1四半期: 開発オペレーション本格始動
  • 2027年度中: 試作品(プロトタイプ)の完成
  • 2029年度中: 商用化・実用化の開始

しかし、この壮大なプロジェクトには高いハードルも存在する。

  1. 量産技術の確立:Z軸方向のスタッキングやハイブリッド・ボンディングは、研究室レベルでは成功していても、歩留まり(良品率)を維持しながら大量生産するのは極めて困難だ。
  2. サプライチェーンの確保:製造に必要な装置や材料において、日本の Shinko Electric(新光電気工業)などのパートナーとの連携が不可欠となる。
  3. 地政学的リスク:米中対立や米国の産業政策の変更により、輸出規制や製造拠点の選定において不確実性がつきまとう。

AI時代の「インフラ」としてのメモリ

かつて半導体は「産業のコメ」と呼ばれたが、AI時代におけるメモリは、もはや単なる部品ではなく、社会全体の持続可能性を左右する「最重要インフラ」へと進化した。ソフトバンクとIntelが挑むZAMプロジェクトは、既存の技術の延長線上にはない「非連続な進化」を目指している。

もし2029年にZAMが実用化されれば、データセンターの電力不足問題は一気に解決に向かい、私たちの手元にあるスマートフォンやPCでも、現在のスーパーコンピュータ並みのAI処理が可能になる未来が現実味を帯びてくる。日本が再びメモリの主要プレイヤーとして返り咲くのか、それともインテルが再び業界を再定義するのか。SAIMEMORYの動向から目が離せない。


Sources