営業担当がまずSalesforceの画面を開き、そこから商談の準備を始める。この手順を要らないものとして扱い始めたのは、ほかならぬSalesforce自身だった。同社は2026年8月26日、Anthropicとの拡大提携「Claudeforce」を発表し、Claudeの中から自社CRM(顧客関係管理)を直接操作できるプラグインを公開した。同じ日に出した四半期決算では、調整後の1株利益5.90ドルのうち2.53ドルを戦略投資の評価益、その中心はAnthropic持分が占めていた。自社アプリを主戦場から降ろす判断と、持分の評価益が利益の柱になる決算構造は、別々の話ではない。

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Salesforceを開かずに商談準備が終わる、37個のスキル

「Salesforce in Claude」というプラグインには、商談準備やディール健全性レビュー、パイプライン分析といった37個の営業スキルがあらかじめ組み込まれている。ユーザーはClaudeの画面から自然言語でCRMデータを照会し、更新し、処理を走らせられる。これはSalesforceが自社CRMをまるごとClaudeの中に入れたもので、これによりSalesforceのアプリをもう開く必要すらなくなるのだ。営業担当の作業が始まる場所が、Salesforceの画面からClaudeのチャット欄へ移る設計である。

逆方向の統合も同時に用意された。「Claude in Salesforce」では、ClaudeがAgentforceの推論エンジンであるAtlas Reasoning Engineで使えるモデルの一つになり、Agentforce VibesとAgentforce Coworkerではデフォルトに設定される。Agentforce全体がClaude専属になるわけではないが、顧客が最初に触れる主要な入り口ではClaudeが標準になる。Claudeの製品内から呼ばれるCRMもSalesforceであり、両社は同じ機能を二つの入り口から提供する構えを取った。

接続はMCP(Model Context Protocol)サーバーとAPI、CLIツールを経由する。管理者が接続と認証を一度設定すれば、利用者ごとに追加の作業は生じない。ここで効くのが権限の扱いで、Claude側から見えるデータの範囲は、そのユーザーがSalesforce上でもともと持っている権限をそのまま引き継ぐ。営業担当が自分の権限で閲覧できない他部門の商談は、Claudeに尋ねても返ってこない。金融や医療のように規制の厳しい業種向けには、Amazon Bedrock上でSalesforceが定義するTrust Boundaryの内側にモデルを置く構成も選べる。

提供は段階的に進む。パイロット顧客向けには2026年8月の時点ですでに始まっており、オープンベータは9月、スキルの追加は2026年後半に順次という予定が示された。37という数字は初期値であって、上限ではない。ただし事前構築済みという設計は、導入企業がプロンプトを書き起こす手間を省く一方で、スキルの中身をSalesforce側が定義することも意味する。自社の営業プロセスに合わせてどこまで作り替えられるかは、追加スキルの提供が始まる2026年後半になって見えてくる。

2つの3億ドルは、まったく別の場所から出ている

Salesforceとお金の話をするとき、Anthropicに向かう流れは2本ある。金額はどちらも3億ドル前後だが、性質は正反対だ。1本目は出資で、Salesforceは2023年のAnthropic Series C以降、複数のラウンドを通じて累計3億ドル超を投じてきた。2026年7月31日時点の同社開示によれば、この持分の評価額は約51億ドルに達している。

2本目は利用料である。Salesforceは2026年にAnthropicのAPIトークン利用へ約3億ドルを支出する計画で、その大半はAI開発エージェントによるコーディング業務に紐づくとSalesforce CEOのMarc Benioff氏は説明している。3年かけて積み上げた出資の累計額に匹敵する金額を、1年分の使用料として払う計算になる。この2つは合算されるものであって、片方がもう片方の内数ではない。「Salesforceが3億ドルをAnthropicに投じた」という一文は、どちらを指しているかで意味がまったく変わる。

Benioff氏が挙げたトークン代の大半は、社内のコーディング業務へ向かう。Salesforceは自社の開発工程をすでにAnthropicのモデルへ載せている。そのうえで、営業機能でも同じモデルを顧客に勧めているという構えになる。

結果として、SalesforceはAnthropicに対して顧客であり株主でもある。年間3億ドル規模の支払いは相手の売上を押し上げ、その売上成長が反映された企業価値の上昇は、自社が持つ約51億ドル分の持分に返ってくる。支払いが評価益として一部戻ってくる回路が、両社の間にできている。技術提携としての意味と、資本関係としての意味を切り離して読むことはできない。

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決算を押し上げたのは営業ではなかった

Q2 FY2027の売上高は113.5億ドルで、市場予想の113.2億ドルをわずかに上回った。前年同期比では11%増、契約残高にあたるRPO(残存履行義務)は663億ドルで同じく11%増、AI関連のARR(年間経常収益)は約40億ドルに近づいている。数字の並びだけを見れば、二桁成長を保つ堅実な決算である。

問題は利益の内訳だ。調整後の1株当たり利益は5.90ドル。このうち2.53ドルは「戦略投資ポートフォリオ」と呼ばれる保有株式の評価益から来ている。SEC提出書類によれば、この四半期の戦略投資の利益は26億1300万ドルで、非GAAP EPSに2.53ドル(GAAPベースでは2.43ドル)を押し上げた。

同じ書類はAnthropic持分だけで27億ドルの含み益(税引前)を計上したとも開示しており、ポートフォリオ全体の利益の大半をAnthropic株が占める構図が読み取れる。割合にすると2.53ドル42.9%であり、四半期利益の4割超をソフトウェアの外側で発生した損益が占めたことになる。

戦略投資の寄与を除いた非GAAP EPSは約3.37ドルで、前年比の伸びは約16%だった。本業は伸びている。ただし決算の見出し数字を作ったのは、その本業ではない。

金額ベースで見ると構造はもっと際立つ。Anthropic株の含み益27億ドルは、同じ四半期の売上高113.5億ドルの23.8%に相当する規模だ。1四半期の売上の4分の1近くに当たる金額が、誰にも何も売らないまま持分の評価替えだけで生まれている。Motley Foolはこの決算を、株価は急騰したが1株5.90ドルの利益のうち2.53ドルは投資益だった、という角度で報じた。

売上高の上振れ幅そのものは小さい。113.5億ドルは予想の113.2億ドルを0.3億ドル上回っただけで、率にすれば0.3%に届かない。それでも株価が2割超動いた理由は、売上の数字より利益の作られ方と提携の中身にある。

CRM株は決算翌日となる2026年8月27日の取引終了時点で、終値ベース約22.6〜23%の上昇となった。時間外や寄り付き前には11〜14%程度の値動きが伝えられていたから、上げ幅は取引時間中にさらに広がったことになる。ただしこの2.53ドルは、持分の評価額が動けば同じだけ動く数字でもある。Anthropicの評価が次にどう更新されるかは、Salesforceの営業チームがどれだけ受注するかとは無関係な変数だ。

なぜ自社アプリを主役の座から降ろせたのか

2023年3月、SalesforceはOpenAIの技術を組み込んだEinstein GPTを発表し、AI CRMという言葉を掲げていた。以来、同社はモデルを一社に絞らない構えを続けている。2025年10月14日にはAnthropicをAgentforceの推奨モデルとする提携を発表し、当初の主眼は金融や医療、サイバーセキュリティ、ライフサイエンスといった規制産業向けの展開にあった。同じ時期にOpenAIとの提携も拡大し、ChatGPTの中でAgentforce Salesの営業機能が使える統合を2025年末のベータを経て2026年前半に一般提供している。そして2026年8月のClaudeforceで、Claude側の統合は37個の事前構築済み営業スキルとAtlas Reasoning Engineの既定モデル化まで踏み込んだ。

SaaSのCRMを普及させた会社にとって、ユーザーが毎日その画面を開くことは収益モデルの前提であり続けた。Claudeforceはその前提を外す。自社UIを通らない業務フローをSalesforce自身が用意した以上、この判断は単なるモデル選定より重い意味を持つ。営業担当がClaudeに話しかけるだけで商談準備が終わるなら、Salesforceの画面滞在時間は縮む。それでも同社が踏み切ったのは、ユーザーが最初に開くソフトがチャット型AIへ移りつつある流れに対して、自社アプリを守る側で戦うより中に入る側を選んだからだ。

Agentforceが消えるわけではない。Agentforceは自社製品の内側で動くエージェント基盤であり、Claudeforceは他社製チャットの内側からCRMを呼ぶ経路である。同じ機能へ二つの入り口を用意した以上、どちらが主戦場になるかを決めるのはSalesforceではなく顧客の使い方になる。Benioff氏は決算説明で、確率的にふるまう知能と決定論的に動くシステムを組み合わせることの意義を語ったという。確率的な側をClaudeが、決定論的な側をCRMのレコードが担う分担であり、この分担では前者が対話の窓口に立つ。

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Anthropicが40%、OpenAIが27%というエンタープライズの内訳

Menlo Venturesが2025年末にまとめた調査によれば、企業のLLM(大規模言語モデル)API支出シェアはAnthropicが約40%を占めた。2023年時点の12%からの伸びであり、同じ調査でOpenAIは27%、Googleは21%とされる。エンタープライズ市場に限れば、APIの支出先としての順位はすでに入れ替わっている。Claudeforceは、そのシェアに世界最大級のCRMという流入口を足す取引になる。

12%から40%への移動は、2年ほどで3倍を超える伸びに当たる。ただし調査時点でOpenAIの27%とGoogleの21%を合わせれば48%であり、Anthropic1社との差はまだ小さい。Claudeforceは、その接戦に業務データの入り口を1つ持ち込む取引である。

見劣りする側もはっきりしている。MicrosoftはDynamics 365 CopilotでOpenAI連合を組んだままだが、Salesforceの主要CRM機能への統合の深さでは後れを取る。OpenAI自身はChatGPT内でAgentforce Salesの機能を使える統合を維持しているものの、37個の事前構築済みスキルと双方向のモデル統合まで踏み込んだのはAnthropicだけだ。

Yahoo Financeに掲載された分析は、この取引をモデル非依存路線の終わりの合図と論じた。特定のモデルを推奨する段階から、特定のモデル向けにスキルを作り込む段階へ進んだという意味である。CRM接点で後退するGoogleを含め、残る各社が同じ深さの統合を別の業務システムで作れるかどうかが次の勝負になる。

顧客企業から見ると、これは移行コストの話になる。37個の営業スキルはClaudeの上で動くよう作られており、将来別のモデルへ載せ替えるなら、そのスキル群を作り直す作業が発生する。導入が進むほど、その作り直しの規模は大きくなる。SalesforceがモデルをClaudeに寄せた判断は、顧客側にも同じ方向の固定化をもたらす。

価格もGA時期も決まらないまま、日本の利用企業が確かめること

発表からは、Salesforce in Claudeの一般提供(GA)時期が読み取れない。示されているのは9月のオープンベータと、追加スキルが2026年後半から順次提供されるという情報だけで、GA自体の日付は明言されていない。トークン費用の請求先はすでに構造が見えている。Salesforceによれば、顧客はClaudeの推論利用についてAnthropicと別途契約し、SalesforceはSalesforce側のライセンスの版に応じたヘッドレス消費課金を別枠で請求する。

一枚の契約書では完結しない、二重の請求構造だ。Salesforce自身が2026年に約3億ドルをトークンに払う計画は、この顧客向け料金とは別の、社内開発業務向けの支出である。読み取れないのはむしろ、この二重契約が導入企業にとって総額でいくらになるかという水準感の方だ。

日本の利用企業にとって、金額の桁は円に直すと実感しやすい。1ドル159.55円(2026年8月28日時点の参考レート)で換算すると、Salesforceが持つAnthropic持分の評価額約51億ドルは約8137億円、2026年のトークン購入計画3億ドルは約479億円になる。Anthropic持分の四半期含み益27億ドルは約4308億円で、これが戦略投資全体の利益26億1300万ドルの大半を占め、1四半期の1株利益の4割超を作った。国内で金融や製造業を中心にSalesforceを使う企業、そしてSlackを日常的に使う組織にとって、この提携の波及範囲は広い。

データの扱いについては、権限の継承とTrust Boundary内での配置という二つの仕組みが用意されている。規制産業向けにBedrock配置をわざわざ設計したこと自体が、Salesforceが審査の厳しさを見込んでいた証拠でもある。ただし、Claude側へ渡ったデータの保持期間や監査ログをどの粒度で自社に残せるかは、日本の金融機関が内部規程に照らして最初に確認する項目になる。ここが決まらないと、パイロットから本番へは進めない。

Claudeforceが日本企業の業務に定着するかどうかは、37というスキルの数では決まらない。二重契約の総額がいくらに収まるか、GAがいつ来るか、監査ログを自社でどこまで保持できるか。この3点は9月のオープンベータで最初に姿を見せる。3つが自社の規程に収まると確認できた企業から、営業担当はCRMの画面を開かないまま商談準備を終える働き方へ移っていく。その間もAnthropicとの資本関係は残り、持分の評価額が決算のたびに利益を押し上げる構図は次の四半期にも持ち越される。