2026年3月下旬、韓国の金融監督院(FSS)に提出された有価証券報告書から、世界のメモリ半導体市場を牽引する二社の動向が鮮明になった。Samsung Electronics は2025年に中国・西安のNANDフラッシュ工場へ4,654億ウォン(約308億円)を投じ、前年比67.5%の増加を記録した。SK hynixは武漢のDRAM工場に5,811億ウォン(前年比102%増)、大連(Dalian)のNANDフラッシュ工場に4,406億ウォン(前年比52%増)を拠出し、中国工場全体への年間投資額は初めて1兆ウォンを超えた。両社合計では1.5兆ウォン(1,580億円)超に上る、この対中投資の急増は何を意味するのか。

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「完売市場」が強いる決断

背景を理解するには、現在のメモリ半導体市場の異様な過熱ぶりを押さえる必要がある。DRAMもNANDフラッシュも、2026年分の年間生産量が年明けの段階でほぼ完売済みという前例のない事態が続いている。Goldman Sachsが2026年2月に発表したリポートは、2026年のDRAM供給不足を総需要の4.9%と試算しており、これは3.3%としていた従来予測を大幅に上方修正したものだ。NANDフラッシュの供給不足見通しも2.5%から4.2%へ引き上げられており、同社はこれを「15年ぶりの最大規模の不足」と表現している。

この供給逼迫の根本にあるのは、AI推論インフラの構造的な変化だ。生成AIが検索型から「エージェンティック(Agentic)」自律的に推論・計画・実行を行うシステムへと進化するにつれ、一回の推論あたりに必要なDRAMの帯域幅と容量は指数関数的に増大している。AI データセンター向けのHBM(High Bandwidth Memory)が需要を席巻する一方、サーバーのバッファメモリであるDDR5も大量消費されており、標準的なDRAMのタイト化が世界的に起きている。

UBSセキュリティーズは、2026年のグローバル半導体市場が前年比40%超の1兆ドル(約1,496兆ウォン)規模に達すると予測している。中国市場固有の要因も見逃せない。工業情報化部のデータによれば、中国の国内メモリ市場規模は2025年に4,580億元(約99兆ウォン)に迫っており、国家主導のAIインフラ整備でさらなる拡大が見込まれる。自国でメモリを調達できない中国のAI企業にとって、Samsung と SK hynix の供給能力は実質的に不可欠の存在だ。

各社の投資戦略と工場の役割

Samsung 西安工場——唯一の海外NAND拠点

Samsung の西安工場は、同社にとって世界唯一の海外NANDフラッシュ生産拠点であり、Samsung全体のNAND生産量の約40%を担う。2019年に約6,984億ウォンを投じて大規模な設備投資を実施した後、2020年から2023年の4年間は追加投資がほぼ停止していた。再開は2024年(2,778億ウォン)であり、2025年は4,654億ウォンへさらに積み増した。

この投資の主目的は、西安工場の主力製造プロセスを128層(第6世代)から236層(第8世代)NANDへ転換することだ。業界関係者によれば、Samsung は国内での核心技術流出を防ぐため、海外工場のプロセスを国内より約2世代遅れで維持する方針を取っている。国内工場では2026年に400層(第10世代)製品の量産が予定されており、中国拠点を第8世代に引き上げることは技術格差を維持しながら量産能力を最大化するという、精緻なバランス戦略の一環だ。

SK hynix——武漢・大連の二正面投資

SK hynix の中国投資はより複合的だ。武漢工場は同社全体のDRAM生産量の30%超を占める基幹拠点であり、今回の投資でDRAMプロセスを10nmクラス第3世代(1z)から第4世代(1a)へアップグレードした。この転換により、武漢工場はDDR5(第5世代 Double Data Rate)の大量生産が可能となる。DDR5 はDDR4に比べて転送速度が大幅に向上しており、AI推論サーバー向けの需要が急増している高付加価値品だ。

大連の工場は、2022年にIntelから取得したNANDフラッシュ製造施設であり、SK hynix にとってはやや複雑な位置づけを持つ。2023年は投資ゼロだったが、2024年・2025年と連続して投資を拡大。業界関係者は「大連工場への投資拡大により財務体質の改善と生産効率の向上が見込める」と話す。SK hynix が中国工場全体で兆単位の投資を執行したのは、大連買収時の2022年以来初めてであり、同社の意志の強さを示している。

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米国輸出規制というアキレス腱

しかしこの積極的な対中投資には、深刻な構造的リスクが潜む。米国政府は2025年8月、それまでSamsung と SK hynixに認めてきた「認定エンドユーザー(Verified End User, VEU)」資格を剥奪した。VEU は米国製半導体製造装置を事前許可なく中国工場へ持ち込める特別措置であり、その喪失は両社が新規の米国製装置を中国工場へ搬入する際に毎年の個別許可が必要になることを意味する。

セジョン研究所の客員研究員でSamsung Electronics の元常務副社長として中国子会社に15年間勤務した李秉哲氏は、「新工場を建設するには通常3〜5年かかる。既存の中国生産拠点を最適化することで、はるかに迅速な供給対応が可能になる」と今回の投資の実利を評価しつつも、対米規制の長期的な圧力には楽観視できないと指摘する。「米中間の対立が激化すれば、韓国企業は中国での生産比率について長期的な見直しを迫られることになるだろう」とも述べた。

カーネギーメロン大学戦略技術研究所の非常勤研究員Troy Stangarone も、「この投資はグローバルなAIメモリ不足への対応の必要性を示している。DRAMもNANDも今年の供給量は事実上完売済みの状態だ」と分析しつつ、現状が持続困難なリスクをはらむと見る。

2026年3月には、中国国家発展改革委員会(NDRC)の鄭山澤主任がSamsung Electronics の李在鎔会長と北京で会談し、「中国の開放政策から生まれる機会をつかんで、投資と協力をさらに拡大してほしい」と直接働きかけた。李会長は「中国はSamsung のグローバル戦略において重要な位置を占める」と応じている。李在鎔会長とSK hynix のクァク・ノジョンCEOはいずれも中国発展フォーラムに出席しており、これが2年連続の出席となる。韓国半導体大手のトップを引き寄せる中国の巻き返しは、単なる外交的ジェスチャーの域を超えている。

戦略的合理性と「ない袖は振れない」論理

この一連の動きを整理すると、両社が「好き好んで」中国投資を拡大しているわけではない構造が見えてくる。あくまでも既存拠点の生産効率向上であり、新工場建設ではない。設備の転換にとどまるため、VEU 失効後の装置搬入許可問題の影響を最小限に抑えつつ、即効性のある供給増を狙う現実解だ。

S&P Global RatingsのPark Jun-hong ディレクターは「中国は世界のパソコンおよびスマートフォン向けチップ市場で大きなシェアを占める最終需要市場でもある」と指摘する。Samsung や SK hynix の中国工場は単に生産拠点であるだけでなく、チップを消費する巨大な需要地の目と鼻の先にある。地理的優位性を無視したサプライチェーン再編は容易ではない。

この構図を際立たせるのが、米国の Micron Technologyとの比較だ。Micronは中国当局から自社製品への安全審査(2023年)を受け、政府調達向けの販売禁止措置に直面して以降、実質的に中国の主要顧客基盤を失った。中国への依存度を下げる方向に舵を切ったMicronとは対照的に、Samsung と SK hynixは中国拠点の「使い倒し」戦略で対抗する。三者の分岐は、同じ地政学的圧力に対してもサプライヤーの立場や生産地理によって選択肢が大きく異なることを示している。

なお、技術的な下方リスクも浮上している。Googleは2026年3月25日、「Turbo Quant」と呼ぶ量子化アルゴリズムによってAI推論時のメモリ使用量を最大6分の1に削減できると発表した。この報道を受け、Samsung Electronics と SK hynixの株価は当日下落。メモリ需要そのものが技術的な非効率の解消によって抑制されるシナリオも、長期的なリスクファクターとして無視できない。

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「供給制約」をめぐる多層的な競争

今回の投資を俯瞰すると、分断されつつある世界の半導体供給網において、韓国メモリ大手が占める独特のポジションが浮き彫りになる。両社は米国の同盟国である韓国に本社を置きながら、生産インフラの重要な部分を中国に持つ。高いレイヤーHBM のサプライヤーとしては米国の最先端AIシステムを支え、スタンダードDRAM・NANDの供給者としては中国のAIインフラをも下支えする。この二重の役割は、地政学的にはリスクでありながら、市場としては独自の交渉力を両社にもたらしている。

仮にDRAMの供給不足が2026年も継続した場合、Samsung と SK hynix の中国工場の稼働率は彼らの全体的な財務業績に直接的な影響を与える。西安での236層NAND、武漢でのDDR5大量生産が本格化すれば、両社の粗利率の改善にも寄与するだろう。一方で、VEU 喪失後の装置調達問題が顕在化したり、米中関係が一段と悪化した場合には、今回の投資判断が将来のリスク要因として逆噴射する可能性もある。

AI向けメモリへの需要が構造的に旺盛な今、生産能力の拡充を急ぐ判断は合理的だ。しかし、その拡充先が地政学的なプレッシャーのただ中にある中国であるという事実が、2026年の半導体産業が直面する矛盾を象徴している。


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