オンプレミスでAI基盤を構築しようとした企業の多くが、想定外の壁にぶつかっている。数カ月前に立てたストレージ予算では、調達段階で数字が合わなくなるほどの値上がりが起きているのだ。Verge.ioが委託したOmdia調査(北米のストレージ・インフラ担当IT専門家400人・2026年5月6日〜26日実施)によれば、2026年第1四半期にDRAM価格はほぼ倍増し、SSD価格も5割超上昇した。調査対象の98%がストレージ層の統合を検討または実施中と回答し、まだ導入していない企業が投資検討の筆頭に挙げた技術がソフトウェア定義ストレージ(SDS)だった。ハードウェアの価格が制御不能になった今、企業はストレージという土台そのものの設計思想を作り直そうとしている。

AD

DRAM倍増・SSD5割高、Omdia調査が示す北米ITの悲鳴

Verge.ioが公表した調査解説によれば、Omdiaが「ほぼ倍増」「5割超上昇」と表現した根拠はTrendForceの集計で、2026年Q1のDRAM契約価格は前四半期比90〜95%上昇、エンタープライズSSDの契約価格は同53〜58%上昇したというデータだ。NANDフラッシュ全体の契約価格見通しも、2026年1月時点の33〜38%という予測から3月時点には85〜90%へ上方修正されており、複数の集計が同じ方向の急騰を示している。

この価格変動を受けて、調査対象の98%がストレージ層の統合を検討中、またはすでに実施中だと回答した。まだSDSを導入していない企業に対して8種類の技術のうち投資を検討しているものを尋ねたところ、最も多く選ばれたのがSDSだった。Omdiaのチーフアナリスト、Simon Robinson氏は「ソフトウェア定義ストレージを潜在的な解決策として検討している組織の多さには驚かされた」と述べている。SDSがトップに選ばれたという結果は、価格高騰そのものへの反応であると同時に、既存のストレージ投資を大きく組み替えずに延命できる現実的な選択肢として受け止められていることを示している。

同じ400人の回答者のうち約4分の3が、ストレージコストの高騰を理由にオンプレミスでのAI導入を減速させていると回答した。クラウド移行という選択肢もあるが、規制業種や大規模データセットを抱える企業にとって、オンプレミス回帰は簡単に撤回できる決定ではない。ストレージ予算の見直しが、AI導入計画そのものの遅延に直結している構図がここにある。

SSDはなぜ高騰し続けるのか: NAND各社の生産シフト

価格高騰の根にあるのは、メモリメーカー各社に共通する「利益重視シフト」だ。DRAMとNANDの両方を手掛けるSamsungSK hynixは、AIアクセラレータ向けHBM(広帯域幅メモリ、複数のDRAMチップを積層し高速化した部品)の需要急増を受け、限られた製造能力をHBM生産へ優先的に振り向け、汎用DRAM・NANDへの投資を相対的に絞っている。半導体業界の報道によれば、この2社は2026年のNANDウエハー生産枚数を2025年比で減らす計画だという(Samsungは月産490万枚から468万枚へ、SK hynixは190万枚から170万枚へ)。値上がりする市場で生産量を絞る判断は、需給を一段と締め上げる方向に働いた。

NANDのみを手掛けるKioxia・SanDiskはHBMを製造できないため、Samsung・SK hynixが空けたNAND供給の穴を埋める側に回る一方で、両社を含むNANDメーカー各社は汎用品より利幅の厚いデータセンター向けエンタープライズSSDの生産を優先する傾向を強めている。半導体業界の報道によれば、Samsung、SK hynix、Kioxia、SanDisk、Micronの5社は2026年のNAND生産能力がほぼ完売した状態にあるという。キオクシア・SanDiskの北上工場のように2025年後半から稼働を始めた新設備もあるが、新規投資が意味のある生産量として供給に反映されるまでには段階的な立ち上げに数四半期を要するのが通例で、供給が急拡大する見通しは当面立たない。

汎用品を薄利多売するより、AI向けの高付加価値製品に生産余力を振り向けたほうが利益率が高いという経営判断が、業界全体の供給構造を書き換えつつある。結果として、企業がオンプレミスストレージ用に調達してきた汎用エンタープライズSSDの供給枠は相対的に細り、価格だけが先に上がる展開になっている。

その結果は財務数値に表れている。TrendForceが2026年6月11日に公表した集計では、エンタープライズSSD業界の2026年Q1売上は185億ドル(約2兆9415億円、1ドル=159円換算)に達し、前四半期比86.1%増となった。内訳はSamsungが70.5億ドル(前四半期比92.8%増)、SK hynixグループが46.4億ドル、Micronが30.9億ドル、Kioxiaが22.2億ドル、SanDiskが14.7億ドルだった。前段で触れた契約価格ベースの53〜58%の上昇が、そのままメーカー各社の増収に直結した形だ。売り手にとっての追い風が、買い手にとっての逆風になっている。

AD

ソフトウェア定義ストレージ(SDS)とは何か、仕組みを解説

SDSとは、データの配置・複製・階層管理といったストレージの制御機能を、専用ハードウェアから切り離しソフトウェア層で実行する仕組みを指す。従来型のストレージは、ベンダー独自のアプライアンスがハードウェアと制御ソフトウェアを一体で提供する形が一般的だった。SDSはこの制御機能を汎用サーバー上のソフトウェアとして動かし、異なる世代・異なるベンダーのディスクを1つのプールとして扱えるようにする。

この仕組みが効くのは、データには「よく使うデータ」と「めったに使わないデータ」が混在しているという単純な事実による。VMware vSANやWekaなど主要なSDS製品は利用頻度に応じてデータを自動的に階層分けする機能を備えており、高速だが高価な新品SSDには本当に必要なホットデータだけを置き、アクセス頻度の低いコールドデータは既存の安価なHDDへ移す設計にできる。容量が足りなくなるたびに最新価格のSSDを追加購入するのではなく、手元にある古い世代のハードウェアを再利用する余地を作り出せる点が、価格高騰局面で注目される理由だ。

Verge.io CMOのGeorge Crump氏はこの状況を「あらゆるバイトは2026年の価格で購入されたメディアの上に置かれる。解決されていないのは、企業が購入する容量とワークロードが必要とする容量のギャップだ」と表現している。同氏はさらに、「アーキテクチャの数を減らせ。コールドデータは下位層へ移せ。最初のハードウェアを保護するためだけの2セット目のハードウェア購入をやめろ。どれも突飛な話ではないが、大半の企業はそれらを一度も測定したことがない」と指摘している。価格が制御不能な今、無駄な重複購入を洗い出す作業そのものがコスト削減策になっている。

一方で、今回公開されているOmdia調査(Verge.io委託)の解説は、SDSへの移行に伴う既存ハードウェアとの互換性、移行そのものにかかるコスト、レイテンシへの影響といった技術的な論点には触れていない。北米IT担当者の98%が検討していると答えたことと、実際に移行が完了することの間には、まだ相応の距離がある。

勝者と敗者: NAND各社の増収とIT部門のコスト圧迫

この局面で最も明確に得をしているのはNANDメーカー各社だ。日本企業であるキオクシアもその1社にあたる。同社が2026年5月に発表した2026年3月期(通期)決算は、売上収益2兆3376億円(前期比37%増)、営業利益8703億円(同92.7%増)で、営業利益は8年ぶりの高水準となった。売上収益が2兆円を超えたのは同社にとって初めてで、四日市・北上工場でのSanDiskとの合弁生産体制が支える増収の一角を担っている。

キオクシアとSanDiskは2026年1月、四日市工場の合弁契約期間を2029年末から2034年末へ5年間延長すると発表した(北上工場の契約はこの時点ですでに2034年末までとなっていた)。両工場ともに2034年末まで事業を続ける前提が整った形で、価格高騰局面での事業継続に強気の姿勢を示した。

対照的に割を食っているのが、ストレージを買う側のエンタープライズIT部門だ。約4分の3がオンプレミスAI導入の減速を強いられ、DRAM価格はほぼ倍増、エンタープライズSSD契約価格は5割超上昇という条件下で予算を組み直さざるを得ない。Omdiaの調査では、オンプレミスで保有するデータ量について27%が1〜10PB、ほぼ同程度の割合が11〜25PB18%が25〜50PB6%100PB以上と回答した。これら4区分の合計はおおむね7割台後半にとどまり、残りは50〜100PB帯など他の区分に分散している計算になる。規模が大きい企業ほど値上がりの影響は金額として跳ね返る。

加えて、保有データの50〜75%が「利用実態不明のダークデータ」だと答えた企業が3分の1を超え、76〜90%と答えた企業も13%に上った。使われているかどうかも分からないデータのために最新価格のSSDを買い続けることの非効率さが、数字として可視化された形だ。

ダークデータの扱いは、この構図をさらに複雑にしている。利用実態不明のデータが保有量の半分を超えるという状況は、裏を返せば、それらのデータが将来のAIモデル学習に使える資産なのか、それとも高騰した価格で保管し続けるだけの負債なのかを、企業自身が判別できていないことを意味する。SSDの実勢価格が数倍に跳ね上がった今、その判別を先送りするコストは以前よりはるかに大きくなっている。

需要の転換は、SDSを提供するベンダー各社にとっても商機になっている。VMware vSAN、Ceph、MinIO、Pure Storage、Weka、VAST Data、VergeIOといった顔ぶれが、既存ハードウェアを延命させたい企業からの引き合いを受ける立場に回った。ハードウェア価格の主導権をNANDメーカーが握る一方、その上に載るソフトウェア層の主導権を巡る競争が新たに立ち上がりつつある。

AD

22.6倍という数字はどこまで古いのか

今回の調査で最も目を引く数字は、Crump氏が示した「30TB QLC SSDの容量あたりコストは、同容量のHDDの22.6倍」という比較だ。従来の4.9倍(2025年Q2時点)から急拡大したこの倍率は、VDURAが2026年4月に公表した2026年Q1時点のQLC SSDのデータに基づく。だが、このピーク値をそのまま「最新の格差」として引用するのは正確ではない。その後の推移を追うと、実際の動きは単純な拡大とは違う形をしている。

StorageReviewが追跡した30TB TLC SSDとHDDの実勢価格を時系列で見ると、SSD対HDDの倍率は2025年Q3の7.0倍から2026年Q1に23.2倍まで急拡大した後、2026年Q2には16.3倍まで縮小し、直近の2026年Q3時点でも18.6倍にとどまっている。SSD自体の価格は2025年Q3の3460ドルから2026年Q3の22600ドル(約359万円)まで一貫して上昇を続けているが、倍率という指標で見るとQ1がピークだった。

倍率が縮小した理由は、SSDの値上がりが一服したからではない。同じ期間にHDD価格そのものが755ドルから1216ドルへ、61%値上がりしたためだ。データの「安価な受け皿」とされてきたHDDまでもが急騰し、SSDとの相対差を押し縮めている。

この事実は、SDSの節約効果の前提そのものに関わる。SDSの基本発想は、高価なSSDと安価なHDDを組み合わせてホットデータとコールドデータを振り分け、コストを抑えることにある。だがそのHDD側の単価自体が1年で2倍以上に膨らんでいるとすれば、SDSが約束する節約幅は当初の想定より目減りしている可能性がある。22.6倍という数字を「今も有効な物差し」として調達計画に使うことは、SSD側の高騰にばかり目を向け、HDD側で同時に進んでいる値上がりを見落とすことにつながる。

日本への波及とキオクシアの存在感

日本企業も北米のIT部門と同じ調達コスト上昇の渦中にある。エンタープライズSSD業界の2026年Q1売上185億ドルは、四半期単位だけで約2兆9415億円(1ドル=159円換算、2026年8月13日時点)に相当する規模であり、その一角を担うキオクシアは三重県四日市市と岩手県北上市に主力工場を持つ日本企業だ。データセンター向けSSD・DRAMの価格は世界共通の需給で決まるため、日本国内でオンプレミスAI基盤の構築を計画する企業も同じ調達コストの上昇を避けられない。

キオクシアとSanDiskが合弁を2034年まで延長した判断は、今回の価格高騰を一時的な需給の乱れとは見ていないことを示す。少なくとも数年単位で続く構造だとNANDメーカー自身が判断していることの表れであり、その合理的な経営判断は、そのままエンタープライズIT部門を縛る制約条件として跳ね返っている。この非対称性は半導体の価格サイクルが変わらない限り解消しない構造であり、SDSへの関心の高まりは一時的な流行というより、価格が高止まりする前提で組み直された調達戦略の一部として定着していく可能性が高い。

日本企業がサーバー向けストレージを刷新する場合の負担感も、具体的な数字で見えてくる。30TBのエンタープライズSSDが1台約359万円という水準に達した今、数十台単位で調達すればそれだけで数億円規模の予算が動く。為替変動を除いても、数年前の同種調達計画とは桁が違う金額になっている。新規設備の立ち上げには段階的な生産量拡大が伴う以上、供給側の余力が短期間で急に増えることは考えにくい。

価格そのものを引き下げる手立てが乏しい中で、企業側に残された選択肢はストレージの使い方を変えることだ。SDSによる階層管理とアーキテクチャの整理は、値上がりしたSSDを買い控える延命策であると同時に、これまで測定すらしてこなかった無駄な重複投資を洗い出す機会にもなっている。北米で調査対象の98%が動いた背景にあるのは、目先の値上げへの反発というより、ハードウェア価格を自ら動かせないという構造的な無力感だ。Samsung・SK hynixが計画する新規投資分の生産量が段階的に立ち上がり、NANDメーカー各社の供給余力に実際に反映されるまで、この構造が緩む見込みはない。