2026年8月4日、ストレージソフトウェア企業のVersityが放った発表は、一見すると矛盾した言い回しに聞こえる。磁気テープ、つまり1950年代から続く最も古いデジタル記録媒体から、現在最高速の計算装置であるGPUの高帯域メモリへ、データを直接送り込むというのだ。CEOのBruce Gilpinによれば「50台のドライブを並列に回せば20GBpsのストリームをGPUに供給できる。しかも驚くほど安い」。AI業界が高価なNVMe SSDを買い漁るなか、倉庫で眠っていたはずのテープが再雇用されようとしている。

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NVMeを買えない世界がテープに回帰する理由

AIインフラの記憶媒体といえば、長らくNVMe SSDと大容量DRAMの独壇場だった。学習データはGPUの近くに置くもの、遅いストレージは計算の足を引っ張るもの、というのが支配的な設計思想だった。その思想を支えていたのは豊富な資金だった。Gilpin自身が認めるように「テープがAIで使われてこなかったのは、プレイヤーに資金的な制約がなかったからだ」。

その前提が揺らいでいる。Gilpinは発表のなかで、NVMeとメモリの価格高騰、そして2Uサーバですら数か月のバックオーダーが常態化している現状を指摘した。2025年後半から続くメモリ供給の逼迫は、AIデータセンターの建設計画そのものを遅らせ始めている。潤沢な予算があっても、物理的に部品が手に入らない。予算の問題に加えて「入手可能性」の問題が、ストレージ設計の再考を迫っている。

ここでテープの基礎スペックを確認しておこう。現行のLTO-9規格では、カートリッジ1本あたりのネイティブ容量は18TB、ドライブ1台あたりのネイティブ転送速度は400MB/sに達する。前世代のLTO-8から容量は1.5倍、速度は約11%向上した。1台だけならSSDに遠く及ばないが、テープライブラリはドライブを何十台も並べられる。400MB/sが50台並列になれば理論上20GBps。単位容量あたりのコストはHDDやSSDを大きく下回り、媒体は電源なしで数十年保管できる。

制御はS3のまま、データは裏道を行く

この仕組みの中心にあるのが、NVIDIAがGPUDirect Storageエコシステムの一部として整備したcuObjectというフレームワークだ。GPUDirect自体は2010年代初頭からある技術群で、NICやストレージからGPUメモリへCPUを介さずにデータを届ける経路を提供してきた。cuObjectはその考え方をS3互換オブジェクトストレージに適用したもので、InfiniBandやRoCEといったRDMAトランスポート上で、GPUメモリあるいはシステムメモリとオブジェクトストレージの間を直接結ぶ。

仕掛けは、S3リクエストを2つの経路に分離することだ。セッション確立、認証、バケット検証、オブジェクトのメタデータは、従来どおり標準のS3 APIを通るインバンド経路を流れる。対してオブジェクトの実データは、S3セッションと並走するRDMA接続というアウトオブバンド経路を通る。具体的には、通常のS3 GETやPUTリクエストにx-amz-rdma-tokenというカスタムヘッダでRDMAメタデータを載せ、ゲートウェイ側がそれを解釈してデータ転送だけをRDMAに切り替える。データチャネルはクライアントのCPUもS3プロトコルスタックも通らないため、プロトコル処理のオーバーヘッドが転送に乗らない。要求側をcuObjClient、ゲートウェイ側をcuObjServerが管理する。

Versityの貢献は、この高速な「正面玄関」の後ろに、自社のテープアーカイブ管理ソフトウェアScoutAM(Scale Out Archive Manager)を接続した点にある。オープンソースのVersity Gatewayはステートレスな設計で、標準のAWS S3コマンドをPOSIXファイルシステム、ScoutFSとScoutAMによるテープ、クラウドストレージといった各種バックエンドへの操作に翻訳する。PUTなら、オブジェクトはRDMAでゲートウェイのメモリに届き、そこからバックエンドへストリーミングされる。GETなら逆に、バックエンドからゲートウェイのメモリにステージングされてからRDMAでクライアントへ飛ぶ。GPUを積んだホストとゲートウェイサーバは任意の台数を並べられ、ペアごとに独立したRDMA経路を張るため、横方向にスケールする。

テープ側にも工夫が入る。テープの弱点はシーケンシャルアクセス、つまり目的のデータ位置まで巻き戻したり早送りしたりする時間だ。ScoutAMは大規模データセットへのリクエストを、テープ上のオフセット位置が最適になる順序に並べ替え、カートリッジのマウント回数を減らしてストリーミング性能を最大化する。読み出し順の最適化とRDMA転送の組み合わせで、ペタバイト級のデータセットの再読み込みが現実的な時間に収まる計算だ。

なお、書き込み側の性格は変わらない。アーカイブへの取り込みは従来どおりの着実なインジェスト処理で、RDMAが効くのは主に読み出し側だ。AI学習パイプラインはデータセットを一度しか読まないのではなく、再学習や再処理のたびに繰り返し読む。その反復読み出しこそが、このアーキテクチャが最も輝く局面になる。

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旧来の構成と何が違うのか

項目 従来のテープアーカイブ 従来のAI向けS3ストレージ(NVMe) Versity GPUDirect Tape Gateway
データ経路 CPUとS3プロトコルスタック経由 高速だが多くはCPU経由 GPUメモリとNIC間をRDMAで直結
媒体コスト 極めて低い 高い(NVMe、DRAM) 低い(テープ主体)
読み出し速度 低速、再取得に時間 高速 並列ドライブで20GBps級を目指せる
ライセンス 製品依存 製品依存 オープンソース、追加課金なし
向く用途 コールド保存 学習中のホットデータ 反復読み出しする大規模データセット

競合の動きもある。MinIOは2024年後半に発表したAIStorでS3 over RDMAに対応済みで、データをAIStorからGPUのHBMへゼロコピー、カーネルバイパスで直接届けると謳う。ただしAIStorは有償のプロプライエタリ製品であり、VersityはRDMAとcuObject対応をオープンソースのゲートウェイ本体に含め、別ライセンスを要求しない。また2026年6月には、BeeGFSを供給するThinkParQとテープアーカイブのGRAU DATAが提携し、XtreemStorをBeeGFSに統合している。AIとHPCのデータを高性能層と長期保存層の両方で扱う流れは、業界全体の方向性になりつつある。

残された問いは実測値と運用の現実だ

話を慎重に受け止めるべき点もある。20GBpsという数字は50台のドライブが理想的に並列ストリーミングした場合の理論構成であり、公開時点で第三者による実環境ベンチマークは出ていない。テープのシーク時間、カートリッジ交換のレイテンシ、ゲートウェイのメモリに一度ステージングするGET経路のボトルネックは、データセットの配置パターン次第で性能を大きく左右する。Gilpinが言及する「実験中の大規模顧客」が誰で、どの規模の成果を得ているかも未公開だ。加えてcuObjectは現行実装でDynamic Connectionトランスポートを要求するため、既存ネットワークの適合性確認も導入の前提になる。

それでも、AIインフラの設計思想にひびが入ったことは確かだ。計算の速さに全振りしてきた業界が、部品不足とコストの壁にぶつかり、「安くて耐久性のある媒体から、いかに速く読み出すか」という古くて新しい最適化問題に向き合い始めている。テープがGPUの給餌係として定着するかどうかは、これから公開される実測データと、追従する競合の実装が教えてくれる。