米国の制裁下で、中国のテクノロジー大手HuaweiがAIチップの生産を驚異的なペースで拡大している――。このニュースは、中国が技術的自立への道を力強く歩んでいる姿を見せつけるものとして、世界中に衝撃を与えた。しかし、その華々しい生産ブームの裏側を覗くと、全く異なる景色が見えてくる。著名な半導体分析会社SemiAnalysisが発表した詳細なレポートは、Huaweiの現在の成功が、いずれ枯渇する「TSMC製のチップ備蓄」と、より深刻な「HBM(高帯域幅メモリ)不足」という、二つの時限爆弾の上に成り立っている脆弱な構造を白日の下に晒したのだ。

本稿では、このSemiAnalysisの報告書を基に、一見順調に見えるHuaweiのAIチップ戦略に潜む真のボトルネックを徹底的に分析する。ロジックチップの製造能力という従来の焦点から、HBMという新たな、そしてより致命的なアキレス腱へと移った米中半導体戦争の最前線を、データと共に読み解いていきたい。

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HuaweiのAIチップ、驚異的な出荷数の裏に隠された「カラクリ」

まず、HuaweiのAIチップ「Ascend」シリーズの生産状況を見てみよう。SemiAnalysisの推計によれば、Huaweiは2024年に約50万7000個のAscend AIアクセラレータを出荷し、2025年にはその数を80万5000個にまで引き上げる見込みだという。 この数字だけを見れば、米国の輸出規制をものともせず、中国国内のファウンドリSMIC(中芯国際集成電路製造)を駆使して、自給自足体制を確立しつつあるように見える。

しかし、報告書はこの数字の「カラクリ」を暴いている。この驚異的な生産量を支えているのは、純粋な国内生産能力だけではない。その大部分は、米国の輸出規制が完全に強化される前に、台湾のTSMCで製造され、密かに備蓄されていた「ダイバンク(Die Bank)」と呼ばれる膨大なチップの在庫に依存しているのだ。

SemiAnalysisは、HuaweiがTSMC製のAscendチップダイを290万個以上も備蓄していたと指摘する。 これは、いわば技術的な「遺産」であり、Huaweiはこの遺産を切り崩しながら、SMICの生産が本格的に立ち上がるまでの時間を稼いでいる格好だ。しかし、この猶予期間は永遠ではない。アナリストは、この貴重なダイバンクが今後9ヶ月以内に枯渇すると予測している。

つまり、現在の生産ブームは、過去の資産に支えられた一時的な現象である可能性が高い。この備蓄が尽きた時、Huaweiは真の意味で中国国内のサプライチェーンの実力を問われることになる。

中国半導体製造の進化:SMICはもはやボトルネックではない

一方で、中国の半導体製造能力そのものが進化していることも見逃せない事実だ。これまでHuaweiのAIチップ生産における最大の足枷と見られてきた、中国最大のファウンドリSMICの製造能力は、着実に向上している。

SemiAnalysisは、SMICがAIチップ製造の主要なボトルネックではなくなりつつあると分析する。 SMICは、7nm以下の先端プロセスにおける生産能力を急速に拡大しており、2025年末には月産45,000枚、2027年までには月産80,000枚のウェハーを生産する能力を持つ可能性があるという。 この生産能力があれば、たとえその一部をAscendチップに割り当てたとしても、年間数百万個のAIチップを製造することは理論上可能になる。

さらに、Huawei自身も現状に甘んじているわけではない。チップ製造装置を開発する「SiCarrier」といった関連会社を設立し、自前の工場ネットワークを積極的に拡大するなど、サプライチェーンの完全な垂直統合を目指している。 これらの動きは、中国がロジックチップの製造という点においては、徐々に外部依存から脱却しつつあることを示唆している。

問題は、もはやロジックチップを「作れるか、作れないか」という単純な話ではなくなっている。AIチップという極めて高度な半導体は、頭脳となるロジックチップだけでは機能しない。その性能を100%引き出すための、もう一つの重要な構成要素が、今や中国の前に巨大な壁として立ちはだかっているのだ。

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真のアキレス腱:なぜ中国は半導体製造装置ではなく「HBM」の規制緩和を求めるのか?

その壁の名は、HBM(High-Bandwidth Memory、高帯域幅メモリ)である。

HBMとは、複数のDRAMチップを垂直に積み重ね、シリコン貫通電極(TSV)と呼ばれる技術で接続することで、従来のメモリとは比較にならないほどの広いデータ伝送帯域幅を実現した特殊なメモリだ。AIモデルが巨大化する現代において、AIチップ(GPU)が膨大なデータを迅速に処理するためには、このHBMが不可欠となる。HBMは、いわばAIチップの頭脳(ロジック)と身体(データ)をつなぐ超高速な情報ハイウェイであり、このハイウェイがなければ、どれだけ優秀な頭脳も宝の持ち腐れとなってしまう。

このHBM不足こそが、中国のAI戦略における「真のアキレス腱」であるとSemiAnalysisは断言する。

その最も象徴的な証拠が、米中間の貿易交渉における中国側の要求内容にある。驚くべきことに、中国政府が米国に対して規制緩和を求めているのは、最先端の半導体を製造するためのリソグラフィ装置(露光装置)やTSMCへのアクセス権ではない。彼らが最も強く求めているのは、HBMの輸出規制緩和なのだ。 この事実は、他のどの部品よりもHBMの供給が逼迫しており、中国のAI産業全体にとって致命的なチョークポイント(隘路)となっていることを何よりも雄弁に物語っている。

Huaweiもまた、TSMC製のロジックチップと同様に、外国製のHBMを大量に備蓄することでこの危機を乗り切ろうとしてきた。報告書によれば、中国は合計で約1300万スタックのHBMを備蓄。その大部分、実に1140万スタックは韓国のSamsungから供給されたものだという。

特に衝撃的なのは、米国がHBM2Eを超える性能のHBMに対する輸出規制を発表した2024年12月2日から、規制が完全に発効する同月31日までのわずか1ヶ月の間に、Samsungが700万スタックものHBMを中国に駆け込みで輸出したという事実だ。 この数字は、中国がいかにHBM確保に必死であったか、そして供給元であるメモリメーカーにとっても中国市場がいかに重要であったかを示している。

しかし、この膨大な備蓄(Ascend 910Cチップ換算で約160万個分)でさえ、中国の野心的なAI開発計画の前では十分ではない。SemiAnalysisは、このHBM備蓄も2024年末までに枯渇すると予測している。

そして、報告書は決定的な結論を突きつける。
「外国製HBMへのアクセスがなければ、Huaweiは2025年に100万個のAscendチップすら製造できないだろう
ロジックチップを製造する能力はあっても、それに組み合わせるHBMがなければ、最終製品は完成しない。中国のAIチップ生産ラインは、まさにメモリ不足という理由で停止する危機に瀕しているのだ。

国産HBMへの遠い道のり:CXMTは中国AIの救世主となれるか?

ならば、国内でHBMを生産すればいいではないか、という声が聞こえてきそうだ。もちろん、中国もその道を模索している。その希望を一身に背負うのが、中国の主要DRAMメーカーであるCXMT(長鑫存儲技術)だ。

CXMTは、海外からの技術者引き抜きや強力な国家支援を背景に、急速に技術力を向上させている。 しかし、世界のトップランナーであるSK hynixやSamsung、Micronとの差は依然として大きく、特に最先端のHBMを量産する能力は、まだ需要を満たすには程遠いのが現実だ。

SemiAnalysisの予測は厳しい。CXMTは2025年に約200万スタックのHBMしか生産できないと見られている。 これは、Huaweiの主力AIチップであるAscend 910Cに換算すると、わずか25万個から30万個分にしかならない。 Huaweiが計画する80万個超の生産目標には、到底及ばない数字だ。

さらに、HBMの製造プロセスは極めて複雑であり、DRAMを積層するための特殊な製造装置やパッケージング技術が必要となる。これらの分野でも中国は海外サプライヤーへの依存度が高く、HBM不足は単なるメモリチップの供給問題ではなく、製造装置や材料を含む、より広範で多層的なサプライチェーンの問題なのである。

この状況は、米国の輸出規制が、中国のAI開発における最も脆弱な一点を正確に突いていることを示している。HBMという「兵站線」を断つことで、ロジックチップという「戦闘部隊」の動きを封じ込める戦略が、極めて効果的に機能しているのだ。

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米国の「計算外交」:NVIDIA H20輸出許可の裏にある戦略的ジレンマ

こうした状況の中、米国政府は一見矛盾したかのような動きを見せている。NVIDIAが中国市場向けに性能を調整したAIチップ「H20」の輸出を許可したのだ。 これは中国への譲歩なのだろうか?

SemiAnalysisは、これを米国の複雑な「計算外交」の一環と分析する。 この戦略の目的は、中国を完全に締め出すことではない。むしろ、性能が制限されたチップの輸出を許可することで、中国企業を米国の技術エコシステムに「つなぎ留め」、Huaweiのような国産チップへの完全移行を遅らせる狙いがある、という見方だ。 中国のAI企業が、多少性能が劣ってもソフトウェアの互換性や安定性で勝るNVIDIA製チップを使い続ける限り、米国の影響力を維持できる。

一方で、中国側がこのH20に対して公然と低い関心を示していることも興味深い。 これは、より高性能な次世代チップ(BlackwellアーキテクチャベースのB30Aなど)の承認を引き出すための、巧妙な交渉術である可能性も指摘されている。

実際に、中国のAI企業DeepSeekが、HuaweiのAscendチップを使用した際に技術的な問題に直面し、新モデルの開発が遅れたとの報道もある。 このことは、たとえハードウェアが入手できても、それを使いこなすためのソフトウェアやエコシステムの成熟には時間がかかり、中国企業が依然として西側技術に深く依存している現実を浮き彫りにしている。

米国は、「中国を自国の技術に依存させ、国産化を遅らせる」というメリットと、「中国のAI開発そのものを加速させてしまう」というリスクとの間で、常に難しい舵取りを迫られているのだ。

HBMが握る中国AIの未来 – 砂上の楼閣か、真の独立か

SemiAnalysisの報告書が明らかにしたのは、HuaweiのAIチップ生産というサクセスストーリーが、実は「TSMCからの遺産」と「外国製HBMの備蓄」という、時間と共に確実に失われる二つの要素の上に成り立っている、いわば「砂上の楼閣」であるという厳しい現実だ。

中国は、SMICの能力向上やHuaweiの垂直統合戦略により、AIチップの頭脳であるロジック部分の国産化では着実な進歩を遂げている。しかし、その頭脳に血液を送り込む血管とも言えるHBMという、新たな、そしてより深刻なボトルネックが、国全体のAI戦略の足枷となっている。

今後の米中技術覇権競争の行方は、このHBMを巡る攻防が大きな鍵を握るだろう。注目すべきは以下の二点だ。

  1. CXMTの生産立ち上がりのスピード: 中国が国家の総力を挙げて支援するCXMTが、予測を上回るペースで高品質なHBMを量産できるようになるか。
  2. 米国の追加制裁の有無: 米国がHBMそのものだけでなく、その製造に必要な装置や技術に対しても規制の網を広げ、中国の国産化の道をさらに険しいものにするか。

Huaweiと中国のAI産業は、HBMという壁を乗り越え、真の技術的自立を達成できるのか。それとも、メモリ不足によってその野望が潰えるのか。我々はその歴史的な岐路を目撃しているのかもしれない。


Sources