韓国、ソウル。半導体メモリの世界的な中心地であるこの場所で2025年7月1日、IntelはAI時代の未来を賭けた重要なロードマップを明らかにした。同社が開催した「Intel AI Summit」の壇上で発表されたのは、次世代AIアクセラレータ「Jaguar Shores」への最新鋭メモリ「HBM4」の採用と、第7世代Xeonプロセッサ「Diamond Rapids」における革新的なメモリ技術「MRDIMM Gen 2」の導入だ。
AIのボトルネックを破壊する「Jaguar Shores」とHBM4の衝撃
今回の発表で最も市場の注目を集めたのは、間違いなく次世代AIアクセラレータ「Jaguar Shores」だろう。その心臓部を支えるメモリとして、SK hynixが供給する次世代の超広帯域メモリ「HBM4」が採用されることが明言されたのだ。

HBM(High Bandwidth Memory)は、複数のメモリチップを垂直に積み重ね、プロセッサと極めて短い距離で接続することで、桁違いのメモリ帯域幅を実現する技術だ。現代の巨大なAIモデル、特に大規模言語モデル(LLM)は、膨大なパラメータを処理するためにメモリ帯域幅を貪欲に消費する。このメモリ帯域幅こそが、AIの性能を左右する最大のボトルネックとなっている。
発表によれば、Jaguar Shoresに搭載されるHBM4は、モジュールあたり毎秒2.0テラバイト(2.0TB/s)という驚異的な帯域幅を2048本のI/Oピン(データの通り道)で実現する。これは、現行のハイエンド製品で主流のHBM3Eを凌駕する性能であり、AIの学習および推論のスループットを劇的に向上させる可能性を秘めている。
Intelがこの重要な発表の場としてソウルを選んだ理由は明白だ。メモリパートナーであるSK hynixの本拠地であり、両社の強固な連携を世界に示す絶好の機会だったからである。Jaguar Shoresは、Intel自身の最先端製造プロセス「Intel 18A」で製造されることも示唆されており、設計から製造、そしてキーパーツであるメモリの調達まで、Intelの総合力を結集した製品となる。
このJaguar Shoresは、かつてIntelがCPUとGPUを統合する野心的なプロジェクトとして掲げた「Falcon Shores」の後継にあたる。Falcon Shoresは一部パートナー向けのテスト用という限定的な位置づけに留まったが、Jaguar Shoresは本格的な市場投入を目指す、まさにIntelのAI戦略の切り札と言えるだろう。
サーバーCPUの常識を覆す「Diamond Rapids」とMRDIMM Gen 2
AIアクセラレータがAIの「専門家」だとすれば、サーバーCPUはデータセンター全体の「司令塔」だ。Intelは、この司令塔の能力を飛躍させるもう一つの手札を公開した。第7世代Xeonプロセッサ、コードネーム「Diamond Rapids」である。
その性能を支える鍵となるのが、第2世代のMRDIMM(Multiplexer Rank Dual Inline Memory Module)だ。MRDIMMは、メモリ基板上にデータの経路を切り替える装置(マルチプレクサ)を搭載することで、信号の劣化を抑えながらメモリアクセスの高速化と大容量化を両立させる革新的な技術である。
Diamond Rapidsが採用するMRDIMM Gen 2は、転送速度を12,800MT/s(メガトランスファー/秒)にまで高める。これは、現行のXeon 6で採用されたMRDIMM Gen 1の8,800MT/sから実に約45%もの高速化を意味する。
さらに、メモリチャネル数も現行世代の12チャネルから16チャネルへと拡張される。転送速度の向上とチャネル数の増加という二つの要素が掛け合わされることで、Diamond Rapidsのシステム全体のメモリ帯域幅は、現行世代とは比較にならないレベルに達する見込みだ。
なぜこれほどの帯域幅が必要なのか。それは、近年のサーバーCPUが凄まじい勢いで多コア化を進めているからに他ならない。いくらプロセッサのコア数を増やしても、その「飢えたコア」たちに十分なデータを供給できなければ、宝の持ち腐れとなってしまう。Diamond RapidsとMRDIMM Gen 2の組み合わせは、この根本的な課題を解決し、多コアCPUの性能を限界まで引き出すための重要な布石なのである。この次世代プラットフォームは「Oak Stream」と呼ばれ、LGA9324という新たなソケットで提供される予定だ。
2026年、AIチップ三国志へ。Intelの勝算はどこにあるのか?
今回のIntelの発表は、NVIDIAが築いた巨大な牙城に風穴を開け、AMDとの熾烈な競争を勝ち抜くと言う目標に向けた同社の戦略の上にある。
AIアクセラレータ市場は、ご存知の通りNVIDIAが「CUDA」という強力なソフトウェアエコシステムを武器に8割以上のシェアを握る独走状態だ。その後をAMDが「Instinct MI」シリーズで猛追し、Intelは「Gaudi」シリーズで食い込もうとしている。
興味深いことに、IntelがJaguar Shoresの投入を計画する2026年には、NVIDIAが次世代アーキテクチャ「Rubin」を、AMDが「MI400」を投入すると見られている。そして、その両者もまた、HBM4の採用を公言している。つまり2026年は、奇しくもHBM4を搭載した次世代AIアクセラレータが三つ巴で激突する、「AIチップ三国志」の幕開けとなる可能性が高い。
この戦いにおけるIntelの勝算はどこにあるのだろうか。注目すべき点は以下の3点だ。
- コストパフォーマンスとオープン性: IntelはGaudi 3アクセラレータで、NVIDIA製品に対する高いコストパフォーマンスを前面に押し出した。この戦略はJaguar Shoresでも継続される可能性が高い。また、特定ベンダーにロックインされないオープンなソフトウェア標準「oneAPI」を推進することで、CUDAの牙城を崩そうと試みている。
- 統合ソリューション: Intelは、高性能なXeon CPUとAIアクセラレータの両方を自社で提供できる世界で唯一の企業だ。Diamond RapidsとJaguar Shoresを組み合わせた最適化されたプラットフォームは、システム全体の性能と効率で優位性を示す可能性がある。
- 製造技術(ファウンドリ)の復活: Jaguar ShoresがIntel 18Aプロセスで製造されることは、Intelが自社の製造技術に絶対の自信を取り戻しつつあることの表れだ。さらに、一部報道ではIntelのファウンドリ部門がSK hynixのHBM用ベースダイを製造する可能性も囁かれており、単なる顧客とサプライヤーの関係を超えた、半導体業界の地殻変動を予感させる。
もちろん、道のりは平坦ではない。NVIDIAが築き上げた開発者エコシステムと市場での信頼は依然として絶大だ。しかし、今回のソウルでの発表は、IntelがメモリというAI時代の生命線をがっちりと掴み、正面から競合に挑むという力強い意志表明に他ならない。
果たしてIntelが投じたこの大胆な一手が、AI市場の勢力図を塗り替える動きとなるのだろうか。
Sources
- Intel Korea (YouTube): Intel AI Summit Seoul 2025