米航空宇宙局(NASA)は2026年11月7日、月面基地の建設に向けた一連の契約とミッション計画を発表し、原子力電源を搭載する月探査車「PROMISE(Polar Rover for Observation, Mapping, and In-Situ Exploration)」の開発を進める方針を明らかにした。Blue Originには探査車を月面へ輸送する契約を発注し、2028年後半の打ち上げを目指す。PROMISEは月の南極で地表と地下を調査し、将来の月面基地に必要な資源の探索や着陸地点の選定に役立つデータを収集する計画だ。

月の南極には、太陽光が直接届かない「永久影」と呼ばれる領域があり、その一部には水の氷などが保存されている可能性がある。PROMISEは、こうした地域で地下の水素や氷の存在を調べるとともに、地盤の状態や温度、放射線環境を測定する。得られたデータは、月面で利用できる資源の分布や、探査車・着陸機が安全に活動できる場所を評価するために活用される。ただし、今回の発表は将来のミッション計画に関するものであり、月面での観測成果や氷の埋蔵量、採掘可能性を実証したものではない。

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太陽光に頼らない電源と火星探査車の試験機を再利用

 

PROMISEは6輪の探査車で、主ミッションの期間は18カ月を予定している。以前は実施が検討されている段階にあり、Scientific Americanの報道でもNASAが月面への投入を検討していると伝えられていたが、今回、開発を進める方針が正式に発表された。また、会見を取材した報道によると、NASAのジェット推進研究所(JPL)に所属するJames Keaneがプロジェクト科学者を務める。

永久影での活動を可能にするのが、多目的放射性同位体熱電発電機(MMRTG)だ。これはプルトニウム238の自然崩壊によって生じる熱を電気に変える装置で、太陽光が届かない環境でも継続的に電力を供給できる。MMRTGは火星探査車『Curiosity』と『Perseverance』にも採用されており、電力供給だけでなく、機器を低温から守るための熱源としても利用されている。PROMISEには、飛行用に製造された予備のMMRTGを搭載する予定だ。

車体にも、これまでの火星探査で蓄積された技術と部品を活用する。具体的には、Curiosityの地上試験に使用されてきた複製機から電子機器、車体構造、走行系を転用し、CuriosityとPerseverance向けに製造された予備の飛行用部品や試験機の部品を組み合わせる。火星で運用中の探査車を転用するのではなく、地上に残されている機材を再利用する計画である。ミッションを管理するJPLは、既存の設計や運用技術を生かすことで開発費と試験期間を抑える方針だ。

NASAは、転用するハードウェアについて月面環境への適合性を評価し、月の南極付近の厳しい条件に耐えられると判断したと説明している。ただし、公表資料には試験温度や実施回数、供試体数などの詳細は示されておらず、月面での長期運用が実証されたわけではない。火星で実績のある技術を月面に適用することが、今回のミッションにおける重要な技術的課題となる。

地下1メートルまで掘削し、氷の手掛かりを調べる

PROMISEの主要な目的の一つは、月の南極に水の氷が存在するかを調べ、その分布を把握することだ。地下の水素を検出すれば水の存在を推定する手掛かりになるが、水素が見つかっただけで氷の存在や量が確定するわけではない。このためPROMISEは、地下の水素を調べる装置に加え、採取した試料の化学組成や氷の種類を分析する機器を搭載する。

中心となるのが、回転打撃式ドリル「TRIDENT」だ。月面を覆う細かな粒子や岩石からなるレゴリスを、最大1メートルの深さまで10センチメートル刻みで採取する設計となっている。掘り出した試料は地表に置いて分析するほか、掘削時に地盤の強度や締まり具合、温度も測定する。なお、最大1メートルという数値は設計上の掘削深度であり、月面での到達実績を示すものではない。

NASAのPROMISEミッションページでは、搭載予定の観測機器と、それぞれの役割が公開されている。主要な4機器を測定対象別に整理すると、以下のようになる。

機器 主な測定内容 得られる情報
NSS 地下の水素の存在量を測定 地下に水が存在する可能性を探る手掛かり
MSOLO 採取試料から放出される揮発性成分の化学組成を分析 地下試料に含まれる揮発性物質の種類や組成
NIRVSS 氷の有無と種類、地表の鉱物組成を調査 氷の存在を直接調べるための分光情報と鉱物の情報
TRIDENT 最大1メートルまでの試料採取と地盤の強度・締まり具合・温度の測定 深さごとの試料と地下の物理的性質

これらの機器を組み合わせることで、地下の水素の分布、実際に存在する氷の種類、試料の化学組成、地盤の状態を多角的に調べる計画だ。水素の検出結果と試料の分析結果を照らし合わせることは、水資源の存在を評価するうえで重要になる。ただし、各機器が取得するデータは異なり、水素の存在量だけから氷の埋蔵量や採掘可能性を算出できるわけではない。この表は搭載機器の役割を整理したもので、月面で得られた観測結果や機器の性能比較ではない。

PROMISEには、このほかにも複数の観測装置が搭載される。赤外線放射計「LAFORGE」は、永久影の極低温環境を測定し、氷が保存されやすい場所を探る。放射線検出器「RAD」は月面の放射線環境を調べ、将来の有人探査に必要なデータを収集する。また、TRIDENT、NSS、MSOLO、NIRVSSの4機器は別の月探査車「VIPER」にも搭載される予定で、NASAは月の南極にある異なる2地域から相補的なデータを取得することを目指している。これは異なる地域の環境を比較するための計画であり、同一地点での観測結果を再現したという意味ではない。

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暗闇での自律走行を月面基地の候補地選定に生かす

永久影の探査では、電力の確保だけでなく、暗闇の中で周囲の地形を把握し、安全に走行する技術も欠かせない。地上からの遠隔操作だけに頼らず、探査車自身が障害物や地形を認識して進路を判断できれば、観測可能な範囲を広げられる。PROMISEでは、こうした自律走行技術の実証も計画されている。

周囲の地形を把握するために搭載するのが、ライダーを使った「SCAN-3D」だ。レーザー光を照射し、その反射を測定することで、周辺環境の3次元地図をリアルタイムで作成する。取得したデータは、NASAが開発する耐放射線計算機「HPSC(High Performance Spaceflight Computing)」で処理する。さらに、自律航法アルゴリズム「HI-RATE」とGPUによる処理の高速化を組み合わせ、太陽光の届かない場所でも人間の介入を抑えながら走行することを目指す。

この技術実証は、従来よりも長い距離を自律走行できる探査車の開発につながる可能性がある。ただし、現時点では将来の実証計画であり、月面での走行成功率や走行距離の改善が確認されたわけではない。実際の月面環境で、ライダーによる地形認識と計算機による経路判断がどの程度機能するかが重要になる。

PROMISEは走行系そのものを使って地盤の性質を調べることも計画している。車輪と月面の相互作用を記録することで、レゴリスがどの程度硬いか、緩んでいるか、凹凸があるかなどを評価する。例えば、車輪の一つを使って地面に溝を掘り、その過程と結果を記録する実験も候補に挙がっている。こうしたデータは、将来の探査車や着陸機が安全に活動できる場所を選ぶ際の判断材料となる。

水素や氷の観測結果に、地盤の強度、温度、放射線環境などの情報を重ね合わせれば、資源の有無だけでなく、月面基地の建設や探査活動に適した場所かどうかを総合的に評価しやすくなる。ただし、これは搭載機器の構成と測定目的から期待される効果であり、実際の月面で複数の観測結果を統合した成果ではない。NASAの公表資料には、具体的な走行経路や掘削地点数、採取試料数なども示されていない。自律走行技術の性能や観測データの有用性については、今後の地上試験と月面での運用結果を待つ必要がある。

輸送契約の金額と月面基地向け電力設備の開発段階

PROMISEを月面まで運ぶBlue Originとの契約は、基本契約額が9400万ドルで、履行状況に応じて追加できる1億4000万ドルのオプションが設けられている。これは2026年5月に発注された月面走行車2台の輸送契約を拡張するもので、同社の「Mark 1」着陸機を使ってPROMISEを月の南極へ輸送・展開する計画だ。なお、これらの金額は月面への輸送に関する契約額であり、PROMISEの開発費を含むミッション全体の費用ではない。

NASAは今回、月面貨物輸送を担う「CLPS(Commercial Lunar Payload Services)」の次期契約枠「CLPS 2」についても、Voyager Technologiesを含む8社を選定した。各社は今後の月面輸送業務を受注するための競争に参加できるが、選定された時点ですべての輸送任務が発注されたわけではない。CLPS 2は10年間で合計最大100億ドルの契約枠を持つものの、この金額は全社合計の上限であり、確定した支出額や特定企業の受注額ではない。

既存の「CLPS 1」についても、契約上限額を26億ドルから42億ドルへ引き上げた。契約枠の有効期限は2028年11月までで、それまでに発注された月面輸送任務は2033年11月までに完了することが認められる。NASAは既存の輸送体制を維持しつつ、新たな契約枠によって将来の輸送需要に対応する方針だ。

さらにNASAは、宇宙空間での輸送を対象とする「VADR(Venture-Class Acquisition of Dedicated and Rideshare)」でも、合計約13億ドルに相当する6件の業務を発注した。Arrow Science and Technology、Blue Origin、Impulse Spaceが受注し、月面基地向け貨物の輸送や軌道間輸送技術の実証などを担う。VADR全体の契約上限額は10年間で50億ドルだが、これは今回発注した約13億ドルとは別の数字であり、CLPS 2の契約上限とも区別する必要がある。

NASA長官のJared Isaacmanは、今回の一連の発表について「私たちはミッションを一つずつ重ねて月面基地を築いている」と述べた。探査車だけでなく、貨物輸送や軌道間輸送、通信、電力供給などの基盤を段階的に整えることで、将来の継続的な月面活動につなげる構想だ。

月面基地向けの電力・通信設備についても、新たな契約が発表された。NASAは、小型通信・太陽光発電タワー「miniCAST」に使用する部品として、Honeybee Roboticsから蓄電設備、Redwireから発電設備、Yank Technologiesから無線電力伝送装置を調達する。各社の部品はNASAのマーシャル宇宙飛行センターで組み立て、統合試験を実施する計画だ。ただし、現段階で調達するのは個別の部品であり、月面基地で使用する電力システム全体が完成したわけではない。

NASAは、完全に統合された電力システムについて、2027年初めに別途公募を行う予定だ。まずは各部品を組み合わせて正常に動作するかを地上で確認し、その後の月面運用へ向けた開発を進めることになる。

PROMISEは、月の永久影で原子力電源と自律走行技術を活用し、地下の氷や地盤の状態を詳しく調べることを目指す探査車だ。水資源の探索と着陸候補地の評価に必要なデータを一度に集められる点に意義があるが、その有効性は今後の試験と実際の月面観測によって確かめられる。2028年後半の打ち上げに向けて、既存の火星探査技術を月面環境に適応させられるか、また観測機器や自律走行システムを計画どおり統合できるかが、今後の重要な判断材料となる。