わずか半年前、米テキサス州テイラーに建設中のSamsung Electronicsのファウンドリ部門の工場は、「顧客不在の巨大な廃墟」になりかねないという悲観論に包まれていた。2025年7月時点で報じられた「設備を搬入しても顧客がいないため稼働を延期する」というニュースは、半導体業界に衝撃を与え、韓国の巨人がTSMCの背中を見失ったかのようにさえ思わせた。

しかし2026年1月現在、現地の空気は一変している。

静まり返っていたはずの建設現場には、現在7,000名もの労働者がひしめき合い、24時間体制で仕上げ工事が進められている。その中心にあるのは、Elon Musk氏率いるTeslaからの約165億ドル(2兆6,000億円)に及ぶ次世代AIチップの超大型受注だ。

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7000人が週末返上で動く「要塞」の現在地

かつて「開店休業」と揶揄されたテキサス州テイラーの第1工場(Fab 1)は今、米国製造業の復権を象徴する最も熱い現場へと変貌を遂げている。

廃墟説を覆す圧倒的な物量作戦

最新の現地レポートによると、Samsungは現在、テイラー工場の立ち上げを最優先事項としており、1日平均7,000人の現場人員を投入している。これは単なる建設作業員だけでなく、本社から派遣されたエース級のエンジニア集団、そして装置メーカー(ASMLやApplied Materialsなど)のサポート部隊を含んだ数字だ。

特に注目すべきは、以下の具体的な進捗状況である。

  • TCO(臨時使用承認)の申請: Samsungは現地当局に対し、TCOの申請準備に入った。これは消防・安全基準を満たした段階で、竣工前であっても一部施設の使用許可を得る行政手続きであり、実質的な「生産準備完了」のカウントダウンが始まったことを意味する。
  • オフィス棟の稼働: 敷地内に建設された6階建てのオフィス棟では、すでに1,000名の従業員が勤務を開始しており、生産ラインのコントロールタワーとしての機能動き出している。
  • EUVの搬入と「3月」の節目: 最も重要なマイルストーンとして、2026年3月からEUV(極端紫外線)露光装置の試験稼働(ターンオン)が予定されている。オランダASML製の1台数百億円もするこの装置に火が入ることは、工場の心臓が鼓動を始めることと同義だ。

平澤・華城を超えるスケール

テイラー工場の敷地面積は約485万平方メートルに達し、これはSamsungの主力拠点である韓国の平澤(ピョンテク)工場と華城(ファソン)工場を合わせた面積よりも広い。この広大な土地は、将来的に最大10棟のファウンドリ工場(Fab)を建設可能なキャパシティを持っており、今回の第1工場はその序章に過ぎない。

復活のトリガー:Tesla「2兆円」受注とAIチップの爆発的需要

半年間の沈黙を破った最大の要因は、Teslaとの大型契約である。これは単なる自動車用半導体の契約ではなく、Samsungの最先端プロセス技術に対する「信任投票」であったと言える。

Elon Muskが認めた「AI5・AI6」チップ

Samsungが受注したのは、Teslaの完全自動運転(FSD)の中核を担う次世代チップ「HW 5.0(AI5)」および「HW 6.0(AI6)」である。契約規模は約165億ドル(約2兆6,000億円)と報じられているが、Elon Musk CEO自身がソーシャルメディア上で「165億ドルは最小規模であり、実際の生産量はその数倍になるだろう」と示唆している点が重要だ。

これまでのTeslaは、FSDチップの生産においてTSMCへの依存度を高めていた。しかし、今回Samsungが選ばれた背景には、以下の構造的な理由がある。

  1. TSMCのキャパシティ逼迫: 生成AIブームにより、NVIDIAやAppleがTSMCの先端ライン(3nm/4nm)を買い占めており、Teslaであっても十分な割り当てを確保することが困難になっている。
  2. サプライチェーンの多重化: 米中対立などの地政学リスクを考慮し、重要部品の供給元をTSMC一社に依存することの危険性をビッグテック各社が認識し始めた。
  3. Samsungの技術的賭け: Samsungが提案した4nmおよび次世代プロセスの性能とコストバランスが、Teslaの要求水準を満たした。

Qualcommも合流の可能性

さらに、QualcommのChristiano Ammon CEOも「CES 2026」において、次世代アプリケーションプロセッサ(AP)の生産をSamsungに委託する検討を進めていると発言している。Teslaという「アンカーテナント(核となる顧客)」が決まったことで、様子見をしていた他のビッグテックも雪崩を打ってSamsungとの交渉を加速させているのが現状だ。

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2nm GAAプロセスという「勝負手」

SamsungがTSMCに対抗しうる唯一の武器、それがGAA(Gate-All-Around)技術を用いた2nmプロセスだ。

なぜ「FinFET」ではなく「GAA」なのか

現在、TSMCの3nmプロセスまでは「FinFET」と呼ばれる構造が主流だが、微細化が進むにつれ電流の制御(リーク電流の防止)が物理的な限界に達しつつある。Samsungは競合に先駆けて3nm世代から、電流が流れるチャネルをゲート(門)が全方向から囲む「GAA構造」を導入した。

  • TSMC: 2nm世代(N2)からGAAを導入予定。
  • Samsung: 3nmですでにGAA(SF3E)を量産導入済み。2nm(SF2)では第2世代・第3世代のGAA技術を投入。

Samsungの戦略は、「GAAの経験値においてはTSMCを凌駕している」という一点突破にある。テイラー工場はこの2nmプロセスの戦略拠点と位置づけられており、AIチップ特有の「低消費電力かつ高性能」という要求に対し、GAA構造が決定的なアドバンテージを持つとアピールしているのだ。

歩留まりの改善とExynos 2600

懸念されていた歩留まり(良品率)についても改善の兆しが見える。報道によると、2nmプロセスの歩留まりは50%程度まで向上しており、自社製モバイルSoC「Exynos 2600」の量産も開始された。50%という数字は量産初期としては許容範囲であり、これが60〜70%を超えてくれば、利益率は劇的に改善する。

飛躍を待つIntel、強気のTSMC、そして「選ばれる」Samsung

市場力学の変化もSamsungに追い風となっている。ここでは競合他社の状況から、Samsungの立ち位置を分析する。

Intel Foundryのつまずき

米国政府は当初、Intel(Intel Foundry)をTSMCの対抗馬として強く支援していた。しかし、Intelは製造プロセスの実行能力(Execution)において課題を抱え続けており、顧客からの信頼獲得に苦戦している。IBTimesの分析によれば、ファブレス企業は「実績のないIntel」よりも「実績のあるSamsung」をTSMCの代替(セカンドソース)として選択しつつある。Intelの失速が、結果的にSamsungへの回帰を促しているのだ。

TSMCの「王者の驕り」と価格高騰

一方、市場シェア60%以上を握るTSMCは、その独占的な地位を背景に価格交渉力を強めている。製造コストの高騰に悩むビッグテックにとって、TSMCの強気な価格設定は頭の痛い問題だ。Samsungは、TSMCと同等の技術をより競争力のある価格で提供できる唯一の対案として、その価値を再評価されている。

「ワンストップ・ソリューション」の強み

Samsungには、TSMCにもIntelにもない独自の強みがある。それは、メモリ(HBM)、ロジック(ファウンドリ)、パッケージング(AVP)を一社で完結できる「ターンキー・ソリューション」だ。
生成AIシステムには、GPUなどのロジック半導体とHBM(広帯域メモリ)を高度なパッケージング技術で統合することが不可欠である。Samsungはテイラー工場への先端パッケージングラインの導入も再検討しており、「AIチップのすべてをここで完結させる」という提案力で顧客を惹きつけている。

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赤字縮小とボーナス47%が示す自信

Samsungの復活は、財務データや社内の待遇にも如実に表れている。

  • 稼働率の回復: 2025年下半期に50%台だったファウンドリ稼働率は、2026年上半期には60%台に回復する見込みだ。
  • 赤字幅の縮小: 非メモリ部門の営業赤字は、2025年後半にかけて急速に縮小(約1兆ウォン=6.8億ドル程度へ改善)しており、2027年の黒字化、そして利益爆発への道筋が見え始めた。
  • 異例のボーナス: Samsung Electronicsは半導体部門(DS)の従業員に対し、年俸の47%に相当する成果給(OPI)を支給することを決定した。前年の14%から大幅な増額であり、これはHBMの好調に加え、ファウンドリ事業の将来性に対する経営陣の強い自信の表れと言えるだろう。

米国の半導体戦略における「真の勝者」へ

2025年夏の「顧客不在」という絶望的な状況から、わずか半年でSamsungは蘇った。その背景には、生成AIブームによる半導体需要の爆発、TSMC一強体制への危機感、そしてSamsung自身のGAA技術への執念があった。

テイラー工場はもはや「CHIPS法(米国の半導体補助金政策)の失敗例」ではない。それは、Tesla、そしてそれに続くビッグテックのAIチップを生産する、北米大陸における最重要かつ最先端の半導体製造拠点へと変貌しようとしている。

3月のEUV稼働開始、そして下半期の本格量産へ。Samsungの「逆転のシナリオ」は、今まさに第2章に入ったと言えるだろう。


Sources