AIデータセンターの設計者が今いちばん頭を悩ませているのは、計算性能ではなく電力だ。GPUを増やすほどメモリへの給電が膨らみ、ラックあたりの消費電力が冷却の限界を押し上げる。NVIDIAの次世代CPU「Vera」は、この制約にメモリ電力30W未満で1.2TB/sの帯域という回答を用意した。そのメモリ供給の中心に立ったのがSK hynixである。両社は6月7日、AIファクトリー向け次世代メモリを共同開発する複数年の技術パートナーシップを発表した(SK hynixの公式リリースは6月8日付)。合意の核心は、両社の関係がHBMの枠を越え、CPUそのものの内部にまで踏み込んだ点にある。
Veraは、Intel XeonやAMD EPYCのような汎用サーバCPUとは設計の出発点が違う。一般的なサーバCPUはメモリを外付けのDIMMスロットに挿す前提で作られ、容量や帯域は後から差し替えできる。Veraは逆に、低消費電力のメモリを演算ダイの至近に固定配置し、メモリ構成をCPU設計と一体で決めている。だからこそ、どのメモリを誰が作るかがCPUの性能そのものを左右し、供給元の選定が単なる調達ではなく設計判断になる。SK hynixが今回入り込んだのは、まさにこの設計判断の領域である。
HBMからCPU中核へ:メモリベンダーの立ち位置の転換

GPUに積層するHBM(広帯域メモリ)から始まった両社の取引が、今回の発表でCPUの内部にまで対象を広げた。供給範囲はVera Rubin AIスーパーコンピュータ全体に及び、データセンター向けのVera CPU、デスクトップAI開発機であるRTX Spark搭載PC、ロボティクスとエッジ向けのJetson Thorプラットフォームまで、SK hynixのメモリが行き渡る。Jensen Huangは6月7日の韓国訪問中、Vera CPUがSK hynixのDRAMを採用すると明言した。
GPUの外側にメモリを納めるだけの取引から、CPUの演算性能を直接左右するメインメモリのサブシステムを共同で設計する関係へと、SK hynixの役割が一段上がった。半導体の世界では、CPUの設計者がメモリ構成を決め、メモリベンダーはその仕様に合わせて製品を作るのが長年の力関係だった。SK hynixは今回、VeraのメモリサブシステムをNVIDIAと並んで設計する側に回り込んでいる。SK Group会長のChey Tae-wonは会見で「SK hynixはNVIDIA最大のメモリ供給元であり、NVIDIAはSK hynix最大の顧客だ。我々はNVIDIAのバリューチェーンに全力で専念する」と述べた。
NVIDIA側の調達戦略の意図も、この動きから透けて見える。データセンターCPU市場ではIntel XeonやAMD EPYCに加え、Amazon Gravitonをはじめとするクラウド各社の内製チップが台頭している。後発で参入するNVIDIAがVeraで勝負する武器は、演算コアの速さだけではない。電力あたりの帯域というメモリ側の優位を設計の起点に据え、その供給を握るSK hynixを早い段階で囲い込むことで、競合が同等のメモリ構成を組みにくい状況を作っている。メモリの供給契約そのものが、Vera CPU事業への参入障壁として機能する。
LPDDR5Xによる30W未満・1.2TB/sの省電力メカニズム
Veraが打ち出した数値は、従来の常識からするとかみ合わない組み合わせだ。最大1.2TB/sという帯域は従来型CPU設計の最大2倍に達するが、それをメモリ電力30W未満で出す。DDR5ベースの構成では同等の帯域を狙うとメモリ電力が100Wを超えるため、この差は3倍以上に開く。
この差は、Veraが採用する第2世代LPDDR5Xメモリサブシステムから生まれている。LPDDR5X(Low Power Double Data Rate 5X)は、もともとスマートフォン向けに低消費電力を最優先して設計された規格だ。サーバ用のDDR5が高い動作電圧と長い基板配線を前提とするのに対し、LPDDRは動作電圧を下げ、メモリチップを演算チップのすぐ近くに配置する。
メモリの電力の大半は、データを運ぶ距離の関数で決まる。信号を遠くの基板スロットまで送るには、配線の容量を充電し直すたびに電力を消費し、その量は配線が長く動作電圧が高いほど増える。DDR5はCPUから数センチ離れたDIMMスロットへ高い電圧で信号を飛ばすため、帯域を上げるほど消費電力が跳ね上がる。LPDDR5Xは動作電圧を下げ、チップを演算ダイの至近に置くことで、この「距離あたりの電力」を根元から削っている。低い電圧で多数のチップを束ねて並列に動かせば、消費電力を抑えたまま総帯域を稼げる。モバイル向けの省電力技術を、そのままデータセンターへ持ち込んだ格好だ。
SK hynixのSOCAMM2は、この設計思想を物理的なモジュールに落とし込んだ製品である。SOCAMM2はLPDDR5Xをベースに1cナノメートルプロセスで製造され、1モジュールあたり192GBの容量を持つ。転送速度は9.6Gbpsで、第1世代SOCAMM1の8.5Gbpsから引き上げられた。SK hynixの説明では、従来のサーバ用RDIMMと比べて帯域は2倍超、電力効率は75%以上改善する。同社は2026年4月にこのSOCAMM2の量産を開始しており、Vera世代の供給体制を先んじて整えていた。
省電力という性質は、AIファクトリーの規模では決定的な差になる。1台あたり数十Wの削減でも、数万台規模で積み上がれば冷却設備や電力契約の制約を直接緩める。エージェント型AIの普及でCPUの負荷が増す局面では、演算性能と同じ重みで電力効率が競争力を決める。Veraが省電力メモリを武器に選んだ背景には、この規模の経済がある。
自社設計コア「Olympus」と演算・メモリの一体最適化
メモリと並んでVeraを性格づけるのが、NVIDIA自社設計の演算コア「Olympus」だ。VeraはOlympusコアを88基搭載し、Armv9.2 ISAに準拠する。前世代のGrace(72コア・Arm Neoverse-V2)の後継にあたり、初期ベンチマークでは全テストの幾何平均で63%高速という結果が報告されている。
NVIDIAは汎用のArmコアをそのまま使う道を捨て、独自コアの設計に踏み込んだ。コアを自社で設計すれば、演算ユニットとメモリサブシステムを切り離さず一体で最適化でき、LPDDR5Xの低電圧・近接配置という特性を演算側から引き出せる。各コアはFP8演算に対応し、spatial multi-threadingにより物理88コアで計176スレッドを処理する。Vera Rubinは、このVera CPUと次世代GPUのRubinを組み合わせたプラットフォームであり、Grace HopperやGrace Blackwellの系譜を継ぐ世代となる。
HBM4供給競争の構図とDRAM3社の綱引き
CPUレベルへの拡大と並行して、GPU側のHBM4をめぐる供給競争も山場を迎えている。Vera Rubinは6月1日のGTC Taipeiで発表されてフル生産に入り、2026年第3四半期の出荷が予定されている。NVIDIAはHBM4の供給元としてSamsung・SK hynix・Micronの3社を認定済みで、Huangは6月5日にこれを確認した。調達を1社に絞らないマルチベンダー方式は、供給逼迫が続くメモリ市場でリスクを分散する。
3社のなかで先行しているのがSK hynixだ。サプライチェーンアナリストの推計では、Vera Rubin向けHBM4の供給シェアはSK hynixが約60〜70%、Samsungが約25〜30%、残りをMicronが占めるとされる。この数値は公式発表ではないが、SK hynixがHBMの早期検証で優位を築いてきた経緯と整合する。今回のCPUレベルへの提携拡大は、この先行優位を世代をまたいで固める動きにあたる。
ここで本日6月8日午前の会合の意味が重くなる。HuangはSeoul・Jangchung-dongの新羅ホテル付近で、Samsung DS部門長のJun Young-hyun副会長と会う。海外出張中のLee Jae-yong会長の代理として臨むJunとの議題は、HBM4の供給時期と数量だとされる。Q3出荷に向けた引き当て数量がこの場で固まれば、DRAM3社のHBM4供給競争の構図がそのまま確定へ向かう。Samsungはここで数量拡大を引き出し、SK hynixの先行を巻き返したい立場にある。
SK hynixの優位が際立つのは、HBM4というGPU側の供給に加えて、Vera CPUのメインメモリまで一社で押さえた点だ。GPUとCPUの両方のメモリ仕様に設計段階から関与した供給元は、NVIDIAのプラットフォーム全体に深く組み込まれることになる。NVIDIAから見れば、Vera Rubinの電力性能を支えるSOCAMM2を量産できるのは現状SK hynixだけであり、ここで供給元を切り替えれば設計をやり直す負荷が生じる。SamsungとMicronがHBM4で数量を伸ばしても、CPU側のメインメモリにはSK hynixへの依存が残り、NVIDIAのサプライチェーンに後発が割って入る余地はその分だけ狭まる。
両社の協業は供給にとどまらず、半導体の設計・製造そのものにもAIを適用する。CUDA-XとPhysicsNeMoでTCAD(半導体プロセス・デバイスシミュレーション)ワークフローを高速化し、OmniverseとcuOptを使って完全自律ファブ運用のデジタルツインを構築する計画だ。メモリを供給する関係から、メモリを作る工程まで共有する関係へと、提携の射程は広がっている。
6月8日の会合の結果次第では、HBM4の数量配分が動く可能性がある。SK hynixがCPUレベルまで取り込んだ優位を維持できるか、Samsungが物量で食い込むか。Vera Rubinの出荷が迫る第3四半期に向けて、メモリ3社の綱引きはこれから数週間が分岐点になる。