半導体業界において、長らく「物理的な限界」と囁かれてきたDRAMの微細化競争に、新たなブレイクスルーがもたらされた。
Samsung ElectronicsとSamsung Advanced Institute of Technology(SAIT)は、米国サンフランシスコで開催された世界的な半導体学会「IEEE IEDM 2025」において、10nm(ナノメートル)未満のDRAM製造を可能にする革新的なトランジスタ技術を発表した。
これは現在市場の主流である10nm級(1a, 1b)を超え、2027年以降の投入が見込まれる「0a(ゼロ・エー)」および「0b」世代のDRAMにおける量産適用の可能性を示唆する、極めて戦略的な一手である。
「CoP構造」のジレンマと550℃の熱障壁
DRAMの微細化が10nmの壁に直面する中、業界は平面積を縮小する従来の手法から、空間を有効活用する3次元構造への転換を迫られている。その鍵を握るのがCoP(Cell-on-Peri)構造だ。
CoP構造とは何か
CoPは、メモリセル(データを記憶する部分)を周辺回路(Peri:データの入出力を制御する論理回路)の「真上」に垂直に積み上げる技術である。従来、セルと周辺回路は平面上に並べて配置されていたが、これを2階建て構造にすることでチップ面積を劇的に削減し、集積度を高めることが可能になる。これはNANDフラッシュメモリでは既に「COP(Circuit Under Array)」として一般化している技術だが、DRAMへの適用には高いハードルがあった。
構造的な課題:熱による破壊
DRAMの製造プロセス、特にキャパシタやトランジスタの形成には高温処理が不可欠である。しかし、CoP構造において、下層にある周辺回路(シリコントランジスタ)は熱に弱い。上層にメモリセルを形成する際、プロセス温度が高すぎると、下層の周辺回路が熱損傷を受け、性能が劣化してしまうのだ。
具体的には、550℃という温度が分水嶺となる。これ以上の熱が加わると、下層のトランジスタがダメージを受け、DRAMとして機能しなくなるリスクが高まる。Samsungはこの「熱の壁」を打破する必要があった。
InGaO(非晶質酸化物半導体):低温プロセスの救世主
SamsungがIEDMで提示した解決策は、シリコン(Si)ではなく、非晶質インジウムガリウム酸化物(InGaO)という新素材をチャネル(電子の通り道)に採用することだった。
なぜシリコンではなくInGaOなのか
従来のシリコンベースの垂直チャネルトランジスタ(VCT)を形成しようとすると、結晶化のために高温プロセスが必要となり、前述の通り下層の周辺回路を破壊してしまう。
対して、今回Samsungが発表したInGaOベースのトランジスタは、「高耐熱性」かつ「低温形成が可能」という二律背反する特性をバランス良く備えている。
- 550℃への耐性: Samsungは、InGaOを用いたVCTが550℃の熱処理に耐えうることを実証した。これは、CoP構造におけるセル形成プロセス(積層工程)において、下層回路を保護しつつ、上層セルを形成できるギリギリの温度域で高性能なトランジスタ動作を維持できることを意味する。
- 垂直チャネル(Vertical Channel): InGaOを垂直方向に形成することで、電流の流れるチャネル長を確保しつつ(今回の発表では100nm)、平面積を最小化できる。これにより、漏れ電流(リークカレント)を抑制し、消費電力を低減させることが可能になる。
驚異的な実験データ:劣化なき性能維持
発表されたデータは、この技術の実用性の高さを裏付けている。
- 閾値電圧(Vt)の安定性: 550℃の窒素アニール(熱処理)工程を経ても、トランジスタのON/OFFを決定する閾値電圧の変化(ΔVt)は0.1eV(電子ボルト)未満に留まった。これは、高温プロセスを経てもトランジスタのスイッチング特性がほぼ変化せず、新品同様の性能を維持していることを示している。
- ドレイン電流の健全性: トランジスタの損傷を示す「ドレイン電流の劣化」もほぼ確認されなかった。
- 10年以上の寿命: NBTI(高温・高電圧ストレス試験)において、ΔVtはわずか-8mVという極めて低い値を記録。これにより、10年以上の安定動作が見込めることが確認された。
Samsungは、分子動力学(MD)および密度汎関数理論(DFT)を用いたシミュレーションにより、この高い熱安定性が「チャネルと電極間の界面におけるイオンの外部拡散が抑制されているため」であると分析している。つまり、原子レベルでの結合が強固であり、熱によって物質が変質しにくい構造を実現したということだ。
ロードマップにおける位置づけ:0a・0b世代への布石
この技術は、いつ私たちの手元のデバイスに届くのか。SamsungのDRAMロードマップと照らし合わせると、その戦略的なタイムラインが見えてくる。
現在地と未来:1cから0aへ
- 現在(2024-2025年): Samsungは現在、10nm級の第6世代にあたる「1c DRAM」の開発を完了し、量産化フェーズにある。これは主にHBM4(第6世代高帯域幅メモリ)などに採用される。
- 中期(2026年): 次いで第7世代の「1d DRAM」が登場する。
- 長期(2027年以降): そして、今回発表された技術がターゲットとするのが、その先の10nm未満(Sub-10nm)世代である「0a DRAM」および「0b DRAM」である。
業界関係者は「この技術はまだ研究段階であり、商用化は数年先」と慎重な見方を示しているが、これはDRAMの構造が「2D(平面)」から「3D(垂直・積層)」へと完全にパラダイムシフトすることを意味している。3D NANDフラッシュで世界をリードしたSamsungが、DRAMにおいても3D化(4F2構造やVCT)を主導し、微細化の限界を突破しようとする強い意志の表れである。
「基本への回帰」とAI時代への野心
今回の技術発表の背景には、Samsungの切実な経営課題と戦略転換が存在する。
失地回復への「基本動作」
HBM市場においてSK hynixに先行を許し、DRAM市場でのシェア差を詰められているSamsungは、全社を挙げて「根源的な競争力の回復」を掲げている。HBMやAIアクセラレータといった応用製品の性能は、結局のところ、その構成要素であるDRAMやNANDの基礎体力に依存するからだ。
今回、IEDMという最高峰の学会で、競合他社に先駆けて「10nm未満」の具体的な解を示したことは、技術リーダーシップを再アピールする狙いがある。特に、AIサーバー等の過酷な環境下で求められる「低消費電力」「高密度」「高信頼性」を、InGaOという新材料とCoP構造で実現しようとするアプローチは、AI時代のメモリ需要に合致している。
DRAMは「積む」時代へ
Samsungが示したInGaO基盤のCoP VCT技術は、DRAMが「微細化(Shrink)」の時代から「積層(Stacking)」の時代へと完全に移行したことを告げる物と言えるだろう。
550℃という熱の制約をクリアし、10nm未満の世界への扉を開いたこの技術は、将来的にスマートフォンのバッテリー寿命の延長や、データセンターの処理能力向上に直結する。現在はまだ研究室のデータに過ぎないが、2027年の「0a」世代に向けたSamsungのロードマップにおいて、最も重要なマイルストーンの一つとなることは間違いない。
DRAMは死なず、ただその姿を「垂直」へと変えるのみなのだ。
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