AI向けハードウェアにおける未解決のボトルネックをついに解消する技術的ブレイクスルーが動き出した。SK hynixSanDiskは2026年2月25日、米カリフォルニア州ミルピタスにおいて共同でキックオフイベントを開催し、次世代メモリ規格「HBF(High Bandwidth Flash)」のグローバル標準化に向けた協業を発表した。両社は世界最大のオープンソースハードウェアイニシアチブであるOCP(Open Compute Project)の傘下に専用のワークストリームを立ち上げ、業界標準規格の策定を本格化させる。

HBFは、現在AIサーバーで主流となっている超高速・高価なHBM(High Bandwidth Memory)と、大容量だが相対的に低速なSSDの中間に位置づけられる、全く新しいカテゴリのメモリ階層である。現在、データセンター向けのハイエンドNVMe SSDはPCIe 6.0世代で最大28GB/s程度の転送速度に達しているが、膨大なパラメータを読み込むAI推論エコシステムにおいてはこれでも明確なボトルネックとなる。一方、AIアクセラレータに直接実装されるHBMは圧倒的な帯域幅を提供するものの、次世代のHBM4ですら1モジュールあたり最大64GBと容量の壁があり、製造コストも極めて高い。

SanDiskが公開したHBFの第1世代(Gen1)の仕様目標によれば、HBFはNANDフラッシュベースでありながら最大1.6 TB/sという驚異的な読み込み帯域幅を実現する見込みである。これは一般的なデータセンター向けSSDを桁違いに凌駕する速度だ。さらに容量面でも、16層のダイ・スタッキング技術により1パッケージあたり512GBという、HBMの8倍から16倍に相当する大容量を提供する。物理的なフットプリントや熱プロファイルは既存のHBMスタックと互換性を持つよう設計されており、既存のAIアクセラレータの設計資産を活かしたまま、大容量かつ高速なメモリプールを構築することが可能になる。両社のロードマップでは、第2世代で2 TB/s(容量1TB)、第3世代で3.2 TB/s(容量1.5TB)へと段階的に性能を引き上げる計画が示されており、2026年後半からのサンプル出荷、2027年の初期デバイス実装、そして2030年の本格普及を目指している。

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なぜ今「推論」への特化なのか:変化する生成AIのハードウェア要件

この新規格がなぜこれほどまでに業界の熱い視線を集めるのか。その根本的な背景には、AI産業全体の重心が「大規模言語モデル(LLM)の学習(Training)」から「実際のサービス実装に伴う推論(Inference)」へと急速に移行しつつある構造的変化が存在する。

モデルの学習フェーズにおいては、膨大な演算処理を並行して行うため、GPUの計算能力とそれにデータを送り込む最高速度の帯域幅(HBM)が絶対的な価値基準であった。しかし、実際に生成AIをサービスとして顧客に提供する推論フェーズに移行すると、要求されるハードウェアの性質は大きく変化する。Llama 3.1(405B)のように4000億を超えるパラメータを持つ巨大モデルを稼働させる場合、推論処理を実行する前にまずその膨大なパラメータ(重みデータ)をメモリ上に展開しなければならない。

現在のアーキテクチャでは、この大容量データを保持するためだけに、高価なHBMを搭載したフラッグシップGPUを複数台連結する必要がある。これは演算能力を持て余したまま「メモリ容量を確保するための力技」を採用している状態にほかならない。さらにHBMはDRAMベースの揮発性メモリであるため、データを保持し続けるためのリフレッシュ電力を常に消費し、データセンターの重い電力負荷の要因となっている。

HBFはNANDフラッシュベースの不揮発性メモリであるという特性を活かし、DRAMのような常時のリフレッシュ動作を必要としない。推論アルゴリズムの実行に十分な帯域幅(読み込み速度)を維持しつつ、不揮発性メモリならではの低消費電力と大容量を両立する。SanDiskのシミュレーションによれば、8ビット量子化されたLlama 3.1(405B)モデルを用いた推論ワークロードにおいて、HBFは「無限の容量を持つHBM」と比較した場合でも2.2%以内のパフォーマンス差に収まるという驚異的な結果が示されている。推論基盤のボトルネックが「演算能力(FLOPs)」から「メモリ容量と読み込み帯域」へと完全に移行した現在において、HBFはまさに推論フェーズの経済的合理性を劇的に向上させる特効薬として機能する。

メモリエコシステムの再構築と「容量・帯域・コスト」のトリレンマ崩壊

HBFの登場は、単に「新しいメモリ規格が一つ増殖した」という表面的な出来事ではない。これは数十年にわたってコンピュータ・アーキテクチャを縛り付けてきた記憶階層(SRAM→DRAM→NAND/HDD)の深い断層を繋ぎ合わせ、データセンターの設計思想そのものを不可逆的に変革するパラダイムシフトである。

従来のフォン・ノイマン型アーキテクチャでは、プロセッサに最も近い配置にある演算用メモリ(DRAM/HBM)と、データを長期保存するストレージ(NAND SSD)の間には、越えられない性能と用途の壁が存在した。しかしHBFは、SanDiskがCBA(CMOS directly Bonded to Array)と呼ばれる独自の直接接合技術と3Dスタッキングを駆使することで、NANDを物理的・論理的にプロセッサの極めて近く(HBMと同様のシリコンインターポーザ上など)に配置することを想定している。

これにより、AIサーバーは「演算ユニットの近くに大容量のデータを常駐させる」というTiering(階層化)構造をネイティブに獲得する。プロセッサは必要な時にのみHBMの高帯域を消費し、膨大なモデルデータやコンテキスト情報はHBFに展開したまま高速に読み出す。これは、ハードウェア業界が長年抱えてきた「大容量化すると単価が下がるが遅くなる」「高速化すると圧倒的に高価で容量が積めない」というトリレンマを力強く破壊するものである。結果として、ソフトウェア・プラットフォームやOS側も、この新たなメモリ階層を前提としたメモリページングやデータ管理機構へと設計を見直すことになり、基盤ソフトウェアのレイヤーにまで強烈な波及効果をもたらす。

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覇権争いの新たな主戦場:SK hynixの垂直統合型戦略による業界再編

この標準化の動きの背後には、半導体メーカー同士の熾烈な覇権闘争とゲームルールの書き換えという意図が明確に読み取れる。現在、AI向けメモリ市場においてSK hynixはHBMの絶対的リーダーとして君臨し、NVIDIAとの強固な紐帯によって莫大な利益を上げている。しかし、彼らは現状のDRAMベースのHBMの限界と、それに過度に依存したビジネスモデルの危うさを誰よりも熟知している。

SK hynixがSanDiskというNANDフラッシュの巨人とともにHBFという新規格を立ち上げた事実は、同社が「HBMからHBFまでを網羅するトータル・メモリ・ソリューション・プロバイダー」へと自己定義を拡張し、市場支配力を一段階抽象度の高いレイヤーへと引き上げようとする戦略的布石である。単一チップの性能追求ではなく、CPU、GPU、そして多様なメモリ群のシステムレベルでの最適化を主導することで、インフラストラクチャの主導権を握る狙いがある。

さらに重要な点は、HBFの普及がNVIDIAが作り上げた現在の「ハイエンドGPU一強」というエコシステムの構造を軟化させる可能性を秘めていることだ。推論フェーズにおいてHBMの容量制約から解放され、より廉価で大容量なHBFを活用できるようになれば、カスタムAIチップ(ASIC)や中規模のアクセラレータでも巨大なパラメータモデルを現実的なコストで稼働させることが可能になる。これは、AIインフラの投資効果(ROI)に苦しむクラウド事業者(ハイパースケーラー)にとっての福音であると同時に、特定のGPUベンダーへのロックインを弱める強力な交渉材料ともなり得る。

2030年に向けたデータセンター設計の再定義とユニットエコノミクス

HBFが本格的な市場浸透を果たすと予測される2030年に向けて、データセンターの物理的設計とAIサービスのユニットエコノミクス(単位あたりの採算性)は劇的に改善される軌道を描く。

現在の生成AIサービスは、その背後で天文学的な電力とインフラコストを燃焼させて成り立っている。しかしHBFは、世代を重ねるごとに転送バイトあたりの消費電力を削減し(Gen1に対しGen2で0.8倍、Gen3で0.64倍の電力効率目標)、待機時の電力消費をゼロに近づける。これにより、数万台規模でAIサーバーを展開するメガデータセンターにおいては、数メガワット規模で電力インフラの設計余裕が生まれると予想される。

浮いた電力バジェットは、さらなる計算資源の追加投資へと回るか、あるいはデータセンター自体の冷却コストの削減に直結する。HBFは単なるハードウェアの進化という枠組みを超え、「大規模AI推論がビジネスとして恒久的に持続可能であるか」という極めて現実的な経済的問いに対する、インフラ業界からの最も強力な回答の一つである。SK hynixとSanDiskが蒔いたOCPでの標準化という種は、数年後にはAI産業全体の利益構造を根底から支える大樹へと成長していくはずだ。


Sources