半導体受託製造(ファウンドリー)市場でTSMCとの差を詰められない——Samsung Foundryはここ数年、この問いを抱えながら事業を運営してきた。2025年時点で市場シェアは7.2%、TSMCの69.9%との差は62.7ポイントに拡大し、赤字額は年間44億ドル(約6400億円)に上った。そこでSamsungが選んだのは、次世代ノードへの投資を一時止めるという逆説的な決断だった。

2025年初頭、Samsung Foundryは1.4nmプロセス(SF1.4)の商業化開発を凍結し、当時問題を抱えていた2nmプロセス(SF2P)の歩留まり改善に経営資源を集中投入した。約1年後、SF2Pで70%の歩留まりを達成。その実績が2025年7月、Teslaとの165億ドル(1兆6500億円)製造契約につながった。この成功を足がかりに、Samsung Foundryは2026年6月、凍結していたSF1.4の開発を正式に再始動した。

目標は2029年量産。TSMCの2028年、Intelの2027年目標に対して最後尾からのスタートだ。この「戦略的後退→大型受注→再始動」という流れに、Samsung Foundryの賭けの全容がある。

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2025年に凍結、なぜ今再開したのか

Samsung Foundryの1.4nm開発が最初に止まったのは2025年初頭だ。開発チームは2027年量産を目指していたSF1.4を棚上げし、当時問題を抱えていた2nm(SF2P)の歩留まり改善に舵を切った。

背景には積み重なった苦境がある。2022年に業界初の3nm GAA(Gate-All-Around)量産を達成したものの、歩留まりは20%前後に低迷し、QualcommやNVIDIAといった主要顧客はTSMCへの依存を強めた。2024年から2025年にかけての赤字総額は10兆ウォン超(約75億ドル)に上り、ファウンドリー事業の抜本的見直しを迫られた。次世代技術の開発に資源を分散させる余裕はなかった。

「選択と集中」は想定以上の速さで成果を出した。2026年初頭、Samsung FoundryはSF2Pで70%の歩留まり達成を報告した。ファウンドリー業界で量産移行の実用的な目安とされる水準だ。AppleやNVIDIAの先端チップを量産するTSMCの2nmノード(N2)が同様の歩留まり軌跡を辿ってきたことと比較すれば、Samsungにとって2nm70%は初めて「量産の土俵に立てた」感覚を与えるものだった。

この実績が、2025年7月26日のTesla契約を引き寄せた。Samsung Foundryはシェア165億ドル(1兆6500億円)のAI6チップ製造契約を締結。契約期間は2033年12月末まで。CEO Elon Muskが自ら認めたこの契約はSF2P(2nmとみられる。量産移行時に仕様変更の可能性がある)での製造を前提とし、Texas州Taylor工場での量産開始は2027年下半期を見込む。

165億ドルという数字が新たな起点になった。Samsung Foundryは2026年6月にApplied MaterialsLam Research1.4nm向け先端製造装置の開発を正式依頼し、SF1.4の開発を再始動した。当初2027年だった量産目標は2029年に2年延期されたが、立ち止まって基盤を固めるアプローチは2nmで機能した。2029年も同じ論理が成立するかどうかが、この再始動の核心にある問いだ。

2nmが教えた教訓:歩留まりとTesla契約の逆説

「歩留まり70%」という数字が持つ意味を理解しなければ、Samsung Foundryのここ2年の動きは読み解けない。

ウェハー1枚から設計通りに動くチップが70%取れる——この数字が量産コストに直結する。歩留まり30%のラインと70%のラインでは、良品チップ1個当たりのコストが2倍以上変わる。顧客企業が製造パートナーを選ぶとき、技術の先進性と同等かそれ以上に歩留まりの安定性を重視する理由がここにある。

2022年の3nm量産時、Samsungは業界に先駆けてGAAトランジスタを実装した。しかし市場の反応は冷淡だった。NVIDIAは次世代GPU製造をTSMCに委ね続け、AppleはA17チップの製造もTSMCで行った。QualcommもSnapdragon向け先端ノードはTSMCを選んだ。理由は技術的な劣位ではなく、歩留まりの低さによるコストと供給安定性への懸念だった。

この教訓をSamsungは2nmで活かした。量産の「見せかけの先行」より、製造の「本物の安定」を先に確立する——この思想の転換が、SF1.4凍結という決断を可能にした。

Tesla契約は単なる受注以上の意味を持つ。165億ドルという金額は2033年末まで8年にわたる長期コミットメントであり、Samsungの製造能力に対する実証済みの信頼を示している。Teslaのような顧客がこの規模で発注するためには、ウェハー歩留まりの実績だけでなく、AIチップ向けの高精度な電気特性管理や長期供給量確保への確信が必要だ。SF2Pでの70%達成がなければ、この契約は成立しなかったとみるのが自然だ。

逆説はここにある。Samsung Foundryが1.4nmを「あきらめた」ように見えた時期に、最大の商業的成果を手にした。この経験が1.4nm再始動の論拠であり、同時に過信のリスクでもある。

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1.4nmの技術的壁:GAAトランジスタとHigh-NA EUVの挑戦

なぜ1.4nm2nmより根本的に難しいのかを理解するには、チップ製造の物理的な限界と、それを突破するための二つの技術——GAAナノシートとHigh-NA EUV——を掘り下げる必要がある。

トランジスタの構造進化

半導体チップの性能向上は、トランジスタをより小さく・より省エネで作ることで実現してきた。1990年代から2010年代まで主流だった「プレーナ型」から、3D構造の「FinFET(フィンフェット)」へ、そして「GAA(Gate-All-Around)」へという進化がある。

FinFETでは電流を制御するゲートがシリコンの「鰭(フィン)」の3面を囲む形だったが、数nm台になるとフィンを流れる電流のリーク(漏れ)を制御できなくなる。GAAではゲートがナノメートル幅のシリコン薄板(ナノシート)を四方全て取り囲む形をとり、制御精度が格段に向上する。Samsungは3nmで業界初のGAA量産を実現し、2nmのSF2Pでも継続している。SF1.4では、このナノシートをさらに薄く・高密度に積層し、トランジスタ単体の性能を引き上げる設計が求められる。

ナノシートが薄くなるほど電流特性は改善されるが、製造の難易度は指数的に上がる。シート1枚の厚さが数nmになると、原子数枚分の誤差が性能に影響し始める。このスケールでの歩留まり確保が、1.4nm製造における最大の課題だ。

High-NA EUVの役割と限界

もう一つの技術的な壁がリソグラフィだ。チップ製造では光でシリコンウェハー上にナノスケールのパターンを焼き付ける(露光)工程が性能を決定づける。現在の先端プロセスで使われるEUV(極端紫外線露光)装置は開口数(NA)0.33のレンズを使用する。「High-NA EUV」は開口数を0.55に拡大し、同じ露光工程でより微細な回路を一度に形成できる。

Samsung FoundryはすでにNRD-K(韓国・器興の新半導体研究開発キャンパス)にASMLのHigh-NA EUV装置を設置済みだ。NRD-Kは2022年着工、敷地面積109,000㎡、2030年までの累計投資額は約150億ドル(約2兆1750億円)を見込む大規模施設で、1.4nm時代の研究拠点として機能する。High-NA EUVはSF1.4の「全レイヤー」ではなく、最も精度が求められる特定レイヤーに使用される計画で、残りは従来のEUVや他の手法を組み合わせる。

しかし高開口数は新たな制約も生む。結像できる範囲(露光フィールド)が従来EUVより狭くなるため、大型チップを製造する際は露光回数が増え、スループットが下がる。またHigh-NA EUV装置1台の価格はASML製で3億ユーロ超とも言われ、稼働環境の温度・振動管理も従来装置より格段に厳しい。運用ノウハウの蓄積自体が量産移行の前提条件だ。

Applied MaterialsとLam Researchへの開発依頼は、このGAA形成と薄膜堆積・エッチング(不要部分の除去)の工程を量産レベルで安定させる装置を確立するためのものだ。半導体製造は露光(リソグラフィ)だけで完結せず、材料の堆積・除去・洗浄・検査まで数百工程が連鎖する。そのすべてで1.4nmスケールに対応できる装置と製法の最適化が、2029年量産に向けた開発の本質だ。

2028年TSMC・2027年Intelに対するSamsungの位置

三社のロードマップを並べると、Samsung Foundryの立ち位置が具体的に見えてくる。

TSMCは2028年にA14(1.4nmクラス)の量産を開始する計画だ。現行の2nmノード(N2)比で15%の速度向上、30%の消費電力削減、ロジック密度1.2〜1.23倍を謳う第2世代GAAナノシート技術を採用する。AppleのAシリーズやMシリーズ、NVIDIAの次世代GPU、QualcommのSnapdragonといった主要顧客の製品が製造される可能性が高く、A14の量産立ち上げはそのまま1.4nm時代の基準点となる。

Intel Foundryは2027年のリスク量産(Risk Production)を14Aで目標としている。High-NA EUVに加え、RibbonFET(第2世代GAA)とPowerVia(バックサイド電力供給)を組み合わせた3技術の同時実装という野心的な設計だ。Intel CEO Lip-Bu Tanは「14A開発は全速力で進んでおり、2026年に歩留まりとIPポートフォリオで大きな進展を見せる」と述べている。ただし「リスク量産」という表現自体が量産確約ではなく段階的な評価フェーズを指す。加えてIntel Foundryは経営難が続いており、Intel 18Aでも製品展開に時間がかかった実績がある。2027年という数字は、過去の修正実績を踏まえて留保付きで受け取るのが妥当だ。

整理すると、Intel(2027年目標)→ TSMC(2028年)→ Samsung(2029年)という順番になる。Samsungは三社の中で最も後に量産を達成する計算だ。しかし市場参入の順番だけで顧客獲得競争の勝敗が決まらない点も見落とせない。TSMCの供給能力には物理的な上限があり、AI需要の急拡大でTSMC一極集中のリスクを懸念する顧客は、代替ファウンドリーを積極的に探している。Samsungが「3番手」で参入するとしても、その頃の需要環境次第では2番手以上の商業的意味を持つ可能性がある。

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2029年量産の現実的評価:楽観論と懸念の間

3年後の目標を現時点で評価することは難しいが、開発の進捗状況からいくつかのシグナルを読み取れる。

前向きな要素は複数ある。NRD-KへのHigh-NA EUV設置はすでに完了しており、装置インフラの先行整備は進んでいる。SF2Pで積み上げたGAA製造のノウハウはSF1.4への技術移転が可能な部分が多い。「ゼロからの学習」ではなく「延長線上の深化」として1.4nmに取り組める点は、3nm時代との大きな違いだ。Applied MaterialsとLam Researchへの開発依頼開始は2026年6月で、量産まで3年のスケジュールとして技術開発の余裕は一定程度ある。

PDKの配布計画については、二つの異なる情報が存在する。The Bellは「2026年後半」の配布を伝えるが、TrendForce(2026年1月)は「正式PDK 1.0の配布は2027年後半」と報告しており、1年の乖離がある。早期の設計支援用PDKを2026年後半に配布し、正式版を2027年にリリースという段階的アプローチが実態に近い可能性が高い。PDKが遅れれば顧客の設計開始も後ろにずれ、2029年量産に間に合う完成チップを得ることが難しくなる。2026年後半の早期PDK配布が実現するかどうかが、最初の評価ポイントになる。

顧客パイプラインでは、QualcommとAMDが2nmの活用に向けて最終交渉中とされており、実現すれば製造ラインの稼働率と歩留まり改善に寄与する。TrendForceは2026年の2nm受注が前年比30%以上増を見込む。2nmでの継続的な改善が1.4nmへの技術的自信を高めるという好循環が機能するかが、楽観シナリオの鍵だ。

懸念は顧客獲得の不確実性にある。1.4nmでTSMCではなくSamsungを選ぶ顧客は、価格・供給安定性・技術的優位性のいずれかで明確なメリットを必要とする。Tesla案件のような大型戦略的契約を1.4nm時代に繰り返せるかは未知数だ。Samsungが「後から参入」するからこそ、TSMCが満たせない需要を拾う機会があるという見方もあるが、それは1.4nm製造が実際に稼働してから評価できる話だ。

Samsung Foundryが1.4nmを必要とする本当の理由

技術ロードマップの達成は、Samsung Foundryにとって競争上の優位性確保だけを意味しない。事業の存続理由そのものに関わる問いだ。

2025年時点でSamsung Foundryは年間44億ドル(約6400億円)の赤字を抱えている。2026年Q4の黒字転換、2027年に20%のシェア達成という目標を掲げているが、これはTSMCとの差を現在の62.7ポイントから大幅に縮めることを意味する。2nmで確保しつつあるQualcomm・AMD・Teslaといった顧客が、2029年以降も継続して次世代ノードを発注し続けるためには、1.4nmの技術的な信頼性が不可欠だ。顧客にとって「Samsung Foundryはロードマップを実行できる」という確信がなければ、複数世代にわたるパートナーシップは成立しない。

地政学的な要因も外せない。米国・欧州・日本は先端半導体の地域内調達を強化する政策を打ち出しており、TSMCへの一極集中を懸念する顧客・政府は代替ファウンドリーを模索している。Samsung FoundryはTSMCに次ぐ技術力を持つ非中国系の代替ファウンドリーとして、この地政学的需要の受け皿になる可能性を持つ。テキサス州テイラー工場を活用したTesla向け米国内製造というモデルは、その方向性をすでに示している。

Samsung電子のポートフォリオ全体から見ると、メモリ半導体(DRAM・NANDフラッシュ)の需要サイクルは景気変動の影響を受けやすい。先端ロジックのファウンドリー事業は、より長期安定的な収益源として機能し得る構造だ。1.4nm量産の確立は、事業ポートフォリオの構造的なバランス改善という意味でも重要な意味を持つ。

2025年初頭の「凍結」が今振り返ると戦略的合理性を持って見えるように、2029年の「量産実現」か「再度の延期」かという分岐点も、数年後には評価が定まる。現時点で確かなのは、Samsung Foundryがファウンドリー事業から撤退する選択肢を持たないという事実だ。1.4nmへの再挑戦はオプションではなく、事業継続のための必要条件として位置づけられている。